生命三十六億年(17) 新第三紀

○今回ご紹介する時代(赤色部分)

累代
開始年代
顕生代 新生代 第四紀 完新世       1万1700年前〜
      更新世     258万年前〜〜
    新第三紀 鮮新世     533万年前〜
    中新世    2303万年前〜
    古第三紀 漸新世    3390万年前〜
      始新世    5580万年前〜
      暁新世    6550万年前〜

○新第三紀とは

 繰り返しになりますが、かつてこの時代は第三紀の前半部分という位置づけでした。名前の由来は簡単で、三番目の時代という意味です。しかし、この区分は近年廃止され、PaleogeneとNeogeneの二つの時代に分割されました。日本では今のところ、旧来の呼び方を元に、古第三紀新第三紀と呼んでいます。

 なおこれも繰り返しに近い内容ですが、時代の区分は、どんな生き物がそのときに棲んでいたかで区別しています。新第三紀が古第三紀と区別される最大の理由は、新第三紀には草本植物(早い話が、ただの草)とイネ科の草の拡大したことが挙げられます。さらに最初のヒト科動物が出現したほか、イネ科の植物の発展は、これをエサにした偶蹄類などの発展を促し、現代的な姿へと進化していったことです。

 それ以上については、前回ご紹介していますので、そちらを参照してください。


○新第三紀の気候

 初めは温暖でしたが、後半には乾燥し、さらに寒冷化していきました。南極では氷床が発達していきました。そして、新第三紀鮮新世の終わりには氷河期に向かっていきます。

○新第三紀の動物〜現世動物の祖先たち〜

 新第三紀の前半である中新世には、サイやウマなどの奇蹄類、ラクダなどの偶蹄類といった哺乳類が棲息していました。これらは現存している種に時代が経つにつれて、どんどん似ていきます。

 奇蹄類は、サイに近い仲間(前紹介したインドリコテリウムもそうでこの時代の初め、中新世初期まで棲息していました)やウマの仲間が生息していましたが、衰退していきます。
 
 ウマについては、ちょっと詳しく見てみましょうか。

 まず古第三紀の始めである始新世に登場したウマの直接の祖先が、ヒラコテリウムでした。当時は木の葉を食べ、森に棲む大変小さな動物でした。小鹿を想像していただければ、大体の雰囲気がわかると思います。また、奇蹄類とはいいますが、足の指は前は4本、後ろは3本ありました。

 古代三紀後期である漸新世の初めに棲息したメソヒップスでも、若干体が大きくなりましたが傾向は変わりませんでした。

 ところが、新第三紀前半の中新世から登場するメリキップス(下写真)やプリオヒップスからは、様子が変わります。臼歯が大きくなり、草をすりつぶすのに適した形となります。また、プリオヒップスからは蹄(ひづめ)が一つになります。より強く大地をけり、走りやすい草原生活への適応です。また、広々とした空間に出たせいか体もさらに大きくなっています。




メリキップス (国立科学博物館にて)
 中新世前期〜中期に生息したウマの祖先の1種。ウマの仲間は進化の過程で木の葉食から草食に変わりますが、このメリキップスは草食性に最初に進化したグループです。
 やがて、新第三紀の後半である鮮新世において、ついにより大きく、よりかむ力が強い現生のウマ「エクウス属」が登場します。彼らは次の時代、主にユーラシアで生き残って私たち人間のパートナーとして歴史上で活躍するのです。

 このようにウマの進化はよく研究されており、進化の流れを見るよい材料となっています。また、小から大、4本足から1本足、そして臼歯はより草原に適した形へ進化しているように見えます。これから、生物自体に一定方向へ進化する仕組みが備わっているとする「定向進化説」のよりどころになりました。

 しかしその後の研究で、実は途中でいくつもの絶滅グループが派生していることがわかり、現在では進化は必ずしも一定の方向ではないことが証明されています。また、遺伝子の研究も定向進化説を否定する補強材料となりました。ともあれ、数々のウマの仲間の化石によって、進化は研究する上で非常に様々な材料を与えてくれたことは間違いありません。

 さてこの時代の動物たちに話を戻しましょう。今度は、偶蹄類です。

 このグループでは、当時は豚の仲間、カバの仲間が主に繁栄していました。さらに、シカ、ウシ科の仲間が登場(つまり今生きているシカやウシ、レイヨウの近縁です)、この時代から偶蹄類は、バラエティ豊かになっていきます。

 そしてキリンの祖先も出現しました。このキリンの祖先は森林性で、今のキリンのように首は長くなく、アフリカの東部で今も棲息するキリンの仲間であるオカピが、当時のキリンの姿とよく似ています。

 
 さらにアライグマやイタチの仲間が登場します。さらに長鼻類は中新世に多様化し、実に様々な種類が登場します。当時の象は牙の形も変わっており、シャベルのように使っていたと考えられたり、木を倒すのに使っていた種類も存在したといわれています。

 また、鳥の仲間ではこの時代のみに生息したアンゼンタヴィスというのがいます。これは、なんと翼を広げると8mにもなる超巨大なコンドルでした。

 このほか、海に目を転じますとクジラがより現在の姿に近いものへと進化しています。



ディノテリウム (国立科学博物館にて)
中新世中期から更新世前期にかけて生息したゾウの祖先の仲間。
化石ではわかりませんが、長い鼻を持っていたと考えられています。


アメリカマストドン (国立科学博物館にて)
鮮新世前期から更新世末にかけて北アメリカで生息した、ゾウの祖先の仲間の1つであるマムート科の動物。
森林を好んで生息したと考えられています。


アストラポテリウム (国立科学博物館にて)
中世期前期〜中期に南アメリカで生息した雷獣目の1種。頭胴長は約2.7mです。
カバのに多少似た生態であったと推定されています。


エピガウルス (国立科学博物館にて)
中新世の北アメリカに生息した、全長約30cmの原始的な「げっ歯類」。一対の角と大きな前足が特徴。

ステノミルス (国立科学博物館にて)
 中新世前期の北アメリカに生息した、ラクダの祖先の1種。ラクダ類は北アメリカで起源を持ち、ここで進化を遂げますが、現在生き残っているのはアジアと南アメリカに渡った仲間だけです。


メリキップス (国立科学博物館にて)
 中新世前期〜中期に生息したウマの祖先の1種。ウマの仲間は進化の過程で木の葉食から草食に変わりますが、このメリキップスは草食性に最初に進化したグループです。


モロプス (国立科学博物館にて)
奇蹄目で植物食ながら、大きなカギ爪を持つカリコテリウム科(現在は絶滅)の1種。ナックルウォークで歩いていたとよく言われていますが、ここでは普通の4足歩行で復元しているようです。それとも、静止状態なのでしょうか。
 

○霊長類の繁栄


 新第三紀の動物で特筆されるのは、我々ヒトも含まれる霊長類の繁栄です。

 上の系統図を見ていただけれると解りますが、新第三紀に霊長類が概ね出揃いました。動物園で、霊長類を見ると何でもサルと言ってしまいがちですが、種類によって親戚関係は随分と異なることが解ると思います。

 霊長類は、キツネザルやロリスなどをふくむキツネザル亜目(原猿類)と、サル、類人猿、ヒトをふくむサル亜目(真猿類)の2つに大きく分かれるのですが、特に原猿類の多くは樹上生活に特化しており、進化の過程で、目が頭部の前方に移動し、両目で一つのモノが見えるようになっています。また、視覚よりも臭いに頼ることが多いのも特徴です。

 一方、我々も含まれる真猿類は視覚こそが武器で、立体的にモノを見ることが出来ます。さらに、色の識別にも優れていることも特徴の1つです。


 さて、この新第三紀の中新世の終わりには、霊長類の中からヒト(人類)がついに登場しました。ご覧のように、直前にチンパンジーと分岐していますね。実はヒト、チンパンジー、ゴリラの3つはDNAが非常に近いことが解り、ヒト科に一緒に分類されています。我々ヒトは、その中でもヒト亜科として細分化されて位置づけられています。

○人類の登場

 いつ頃ヒトが登場したのかは、新しい発見が続いていることもありハッキリしたことは解りませんが、現在では少なくとも約500万年前と考えられていますが、さらにそれより古く人類が出現したと思われる発掘結果も見つかっています。また、ヒトはアフリカから出現したことは間違いないようです。

 最初期の人類として、特に名高いものがアウストラロピテクスの系統です。アウストラロピテクスとは「南のサル」の意味で、1924年に南アフリカで発掘されたのが最初です。脳容積は500ccで原生のサルと同じぐらい。また、時代が進むにつれて原始的な石器を使うグループも登場しました。



ルーシー (国立科学博物館にて
 このアウストラロピテクスの特徴は、直立二足歩行をしたことがハッキリわかっていることです。つまり、いよいよメインの生活の場所が樹上ではなく、地上に移ったことを示しています。そのために、当時はネコ科の動物(今のライオンみたいな感じ)に襲われることも多く、なかなか生きるのも命がけです。

 そして、この直立二足歩行をすることと、このために形作られた骨格の特徴こそが、ヒトと他の霊長類を区別する最大の特徴なのです。

 上写真は、エチオピアから出土した約320万年前のアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の成人女性。ルーシーの愛称で知られています。・・・ちなみにこの愛称、アメリカのドナルド・ジョハンソンらが化石を発見したとき、キャンプのラジオでビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」が流れていたからだとか。

 ちなみにアウストラロピテクスは、最初の人類と同じような意味合いで使われることもあるほどの代表種でしたが、近年のさらなる発掘によって、もっと古い人類(たとえば約580万年前〜約440万年前に生息したアルディピテクス属)も発見されており、この時代の研究はどんどん変わっていくことでしょう。


 さらに、新第三紀の間にアウストラロピテクスのグループから2つの属が登場します。1つは、パラントロプス属。臼歯(きゅうし)や顎(あご)を極端に大型化しており、噛むための筋肉が発達しています。次の時代の第四紀のはじめ更新世まで生き残りますが、約120万年前に絶滅してしまいます。

 そして、もう1つが我々ホモ属
 このグループの化石が見つかるのは、次の第四紀の最初期になりますが、新第三紀の間にはすでアウストラロピテクスのグループから進化したと推定されています。

○新第三紀の植物

 新第三紀には、地球が寒冷化したことが植物に影響しています。古第三紀にはイギリスまで広がっていた熱帯の植物は、現在の熱帯や亜熱帯まで後退します。北半球では、寒帯では落葉樹が、南半球ではブナが主体となりました。

 そして多くの土地で乾燥が進んだため、 草原が広がりました。 中でもイネ科の植物が増えています。

○新第三紀の大陸

 新第三紀の大陸は、いよいよ現代の大陸とほぼ同じような形となります。インドとユーラシア大陸が合体し、その間に巨大なヒマラヤ山脈が形成されています。同じように、スペイン(イベリア半島)がフランスに衝突してピレネー山脈が、イタリアがフランスとスイスに衝突してアルプス山脈が、そしてギリシャとトルコがバルカン地方に衝突してギリシャの山々を形成しています。

 逆に日本列島がこの時代、ユーラシア大陸から分離を始めます。西南日本と東北日本が現在のようなクの字型に変形をしつつ、つながりました。完全に分離するのは、この次の時代以降です。


↑ PAGE TOP

data/titleeu.gif