歯の形からわかる恐竜講座

○はじめに

 コナン・ドイルが、ベーカー街に煙草と理性の証を入れて以来、私たちは探偵というものに憧れを感じるようになりました。完全なアリバイをひっくり返す。そこにいなかったのに、知りえぬ事実を浮かび上がらせる。私たちには見つからない証拠を見つけ、事実を明らかにする。多くの人間がその姿に憧れているはずです(そうだよね?)。


 しかし、それは現代の探偵のお話。現代には、実際にもっと厳しい環境に挑む人々がいます。
 彼らを、私たちは「古生物学者」と呼びます。

 彼らの相手にするのは、名探偵に挑む犯人たちが反抗を計画するはるか前の時代です。
 日本という不安定な島嶼の一部がまだ大陸につながり、もう一部はまだ生まれてすらいなかったころ。今の陸地は海の下に沈み、今の海は陸地になっていました。 そこに、彼らの相手にする動物たちがいます。彼らは確かに生きていました。食べ物をたべ子供を産み、歩み、そして死んでいました。そして、彼らは世界中のどこにもいたのです。現在の北極に、大陸と繋がっていたアメリカに、そして後に日本と呼ばれる陸地や、中国と呼ばれる大陸に。

 彼らが生きていたこと、それは化石という証拠で確かに解っています。でも、はじめに申しました。その証拠はあまりにも少ない。例えば、たった一つの歯のみとか。


 お話を始めましょう。私たちは成長する際に抜いてしまう小さな物体、歯。これが、いかに多くのことを雄弁に語るか。お話を始めましょう。たった一つのエナメル質の塊が明かす生き物の話を。これからはじめるのは、古生物学における「歯」のお話です。(原稿担当:馬藤永徳)

○歯?
  恐竜研究黎明期に問題になったのもの、それは歯でした。たった一つの大きな歯。それが、多くの研究者を混乱させたのです。19世紀前半のイギリスの医者であったギデオン・マンテル。彼が見つけたのも恐竜の歯でした。マンテルはその歯の研究にこだわり、ついには恐竜の化石であることを示します。

 草食恐竜、「イグアノドン」です。このことで、彼の名は後世まで語り継がれることになります。
 なぜ、歯だけでマンテルはこれほどの大発見を成し遂げることができたのでしょうか?ためしに我々自身の口の中を思い出してください。前歯、犬歯、奥歯、それぞれ全く形が違いますね?食物を切り、すりつぶす。多くの人がご存じのように、歯はそれらの役割のため適切な形をしています。

 この傾向は哺乳類で顕著です(なんせ、歯だけでゾウの見分けがつくくらいです)。哺乳類の多様性には劣りますが、恐竜の歯もその役目により様々な形に分かれているのです。イグアノドンの歯は、草食恐竜らしい平らで上に長い歯。ちょうど、「草食の」イグアナの歯の形に似ていたわけです。

 恐竜研究が進み、多くの恐竜が見つかるにつれて、以下のような形の歯が見つかっています。これは、その恐竜が何を食べるか、食性に深くかかわってくるのです。さらに、恐竜の種類を特定するのに役立っています。

1.D時型のナイフのような歯(獣脚類の場合)

(上写真:タルボサウルス)

 怪獣と聴いてすぐイメージする三角型の歯。それを変形させて、1:2:√3の直角三角形に近い形にします。まるでナイフのような歯です。歯のふちにはぎざぎざがついています。これらはまさに肉食恐竜の歯です。小型の肉食恐竜は、ぎざぎざが極端に鋭く、肉を裂くのに適していたとされます。

 一方、大型の恐竜はぎざぎざは鈍いようです。歯の皺やキズから、大型恐竜の歯には大きな力がかかっていたと推測されます。大きな獲物を狙うのに鋭利な刃物を使うよりかは、折れにくいナタを使うほうが良いということでしょうか。また、同じ大きさの恐竜でも歯の太さが変わっていたりします。歯が薄い場合はより獲物の肉を切り裂く方向に、太い場合はむしろ歯で獲物を押さえつけていたのでしょう。

2.細いスプーンのような歯(竜脚類の場合)

(上写真:カマラサウルス)

  史上最大の陸上動物。大型で四足歩行、長い首と尻尾を持つ竜脚類。一般的に「雷竜」とか「ブロントサウルス(無効名だけど)」と呼ばれる彼らは、細長く華奢な歯を持っていました。体重80トン(本当か!?)とも言われた彼ら。種類により形の違いはありますが、大量の植物を噛み潰すにはどれも頼りない歯ばかりです。これらの歯の目的はただ1つ、植物の葉をつかみ取ること、ただそれだけのためであったと考えられてみます。

 何故このような歯になったか?理由として以下の2点が考えられます。


 1点目.頭を軽くしたい
  竜脚類は大きな体をしていますが、それに比べてその頭は非常に小さいものとなっています。長い首で支えるのには、 頭は小さく軽い方が良いのです。なんでそこまでして長い首にしたのか?これには諸説あります。高い木の葉を独占する ためという説もあります。一方で、種類によっては首がそこまで高く上がらない(骨の稼動域が小さい)ことから、それ らの種は広い範囲の植物に手が届くよう(いや、首か)に、首を長くしたとも考えられています。このほかの理由もあっ たのかもしれません。いずれにしても、長い首は「便利」であり、当時、この形質を持った恐竜が生き残り繁栄したので す。
 
 2点目.噛む必要などない
  砂嚢という言葉を聴いたことはあるでしょうか?歯が無く、食物を丸呑みする鳥類が持つ、胃と繋がる器官です。中に は小石がたくさん詰まっています。この小石は胃石と呼び、食物をすりつぶすのに使われます。竜脚類もこの砂嚢を持っ ていました。口に入った食物はまずこの砂嚢に贈られ、収縮する砂嚢の中で、胃石と共に転がされ、この石によりすりつ ぶされるのです。そうなると、口で良く噛む必要もありませんね。むしろ、小さな頭で体の中に食物を入れなければなり ませんから、噛む暇もなく飲み込まなければならなかったのかもしれません。

3.歯と歯の隙間がない、床板状の葉(鳥脚類の場合)


(上写真:ランジョウサウルス)

  白亜紀後期の恐竜には、歯と歯が繋がってまるで板のようになっている恐竜を見ることができます。彼らは、竜脚類とは逆の方向で進化した生物。噛むことにこだわった生き物たちです。我々の周りにもある、踏んでも起き上がってくるような雑草。もしこれを、口ですりつぶそうとするのなら、華奢の歯ではとても間に合いません。

 旋盤のように、砥石のようにがっしりした歯を使い、強力な顎の筋肉でしっかりとすりつぶさないといけません。彼らの歯は、まさにそのような形をしています。彼らの歯は横と横が繋がるだけではありません。歯の下に次の代えの歯が繋がっており、歯が磨り減ることにも対応しているのです。近年の研究では、顎自体も動いていたことがわかっています。顎が変形し、噛むと左右にも動くのです。この構造により、噛むことで食物をすりつぶすことが可能となります。

4.クチバシ(よろい竜・剣竜の場合)

(上写真:クライトンサウルス)

  最後に、草食恐竜に代表的な歯、というより口の形態です。植物を刈り取ることができます。ただし、丸呑みにする鳥類は肉食ですから、これだけで食性を判断するのは難しいですね。様々な食性が考えられるため、研究者にとっては
一番始末に困る歯であるかもしれません。


 このように、恐竜の中でさえ、歯の構造はたくさんの種類が存在しています。さらに、これらの歯の形は決して機能面だけで決定されるわけではありません。この原稿を見ているあなたが様々な面で親ににているように、生物の形は祖先によっても決定されます。同じ仲間の骨は似たような形質になることが多いです。歯も同じ。歯は生物の進化を理解するのにも役立つのです。

 さあ、これでこの原稿を見ているあなた方は、簡単な歯の知識を手にしました。これから、恐竜の化石を見るとき、是非歯を御覧になってください。似たもの同士は似ていて、食性ごとに違って、きっと様々な発見があるはずです。これで今回のお話は終わりです。また、次のお話をお楽しみに。

(執筆:馬藤永徳)
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