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■2702   (無題) 
□投稿者/ 高校生です 新参(1回)-(2014/11/16(Sun) 21:06:30) [ID:mDMGwrsu]

いつも楽しく拝読させていただいております。

世界史のページにインド史を加えられるご予定はありますでしょうか?

学校の教科書ではインド史の扱いが小さく、歯がゆいです。チョーラ朝、チャールキヤ朝など、教科書では名前しか登場しない王朝にも、それぞれいろんなドラマがあるのだろうなあ、と思うとワクワクしてしまいます。

そういうわけで、裏辺研究所にインド史のページが加わるのを熱望する次第です。御一考いただければ嬉しいです。


■2707  Re: (無題) 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(3回)-(2014/11/23(Sun) 23:26:38) [ID:QxW5TuxQ]
http://www.uraken.net/

お返事遅くなりました。
インド史、確かに面白そうで多少ですが資料も集め始めています。
中央アジアの歴史とセットにするか、別にするかを考えていますが
取りあえず現代史の完結と、イスラム史の完結がまずは先と考えております。

もう少々お待ちください。

 

■2712  Re: (無題) 
□投稿者/ 作左衛門 新参(1回)-(2014/12/13(Sat) 11:03:25) [ID:g2bmbzPK]

インド史関連ということで。

気付いたら、バーブル一世の回想録が2巻まで出版されていました。
まだティムール帝国の継承・復興に挑んでいる頃の話で、開き直って(?)インド経略に乗り出す段階には至っていませんが。

また、2巻では鉄砲の記事も少し出てきます。
まだ個人の武器として使用している段階で、これがどうパーニーパット会戦の大規模運用に昇華されていくのか、3巻以降の楽しみでもあります。

 

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■2529   古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 小物(30回)-(2014/02/26(Wed) 00:07:53) [ID:8z5F0GKX]

最近、安倍首相の「お友達」が槍玉に上がっていますが、タイトルの人もかなり要注意です。

筑波大学教授で朝鮮史研究者という肩書ながら、大の朝鮮・韓国嫌いで、そういう趣旨の文章を保守系雑誌に次々と掲載し、ネット右派ではちょっとした人気者です。

また、安倍首相の第一次政権期に日韓歴史共同研究の日本側幹事をつとめ、当時のイザコザをこれまた保守系雑誌で暴露しています。
最近では、雑誌「歴史通」で靖国参拝を褒めちぎっております。

さらに昨今の時流に乗り、アンチ韓国の本を出版する予定とか。

私などは、ある種の「曲学阿世」という印象を抱いてしまうのですが、これは聊か戦後民主主義に毒された感覚なのでしょうか?


■2530  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 小物(31回)-(2014/02/27(Thu) 23:22:01) [ID:8z5F0GKX]

雑誌「歴史通」にて、古田氏は首相の靖国参拝を「美しい」とまで絶賛し、靖国神社こそは中韓の東アジア的専制に抵抗するシンボルであると位置付けております。

所謂「A級戦犯分祀論」などは、じつに姑息な議論だと思いますが、古田氏のような煽り方にも嫌悪感を覚えます。

 

■2531  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(3回)-(2014/02/28(Fri) 17:45:54) [ID:xnhmocJd]

いやあ、お隣の国家が血眼になって反日キャンペーンを大々的に展開していることを考えれば、このぐらいは可愛いレベルではないでしょうか。
(個人的に靖国神社は、あまり良い感情は無いですが・・・)

まあ、売り言葉に買い言葉状態で、嫌韓を必要以上にエスカレートさせて、お付き合いする必要は無いですが
日本に対する事実無根の言いがかり(・・・原因は朝日新聞ですが)に対する理路整然とした反論や
韓国がベトナム戦争で、どれだけ残虐なことをやったか、しかもそのことを棚に上げているかは
英語をはじめ、様々な言語できちんと丁寧に説明していく必要はあるでしょうね。

これまでは左巻きの連中の言うがままに、謝罪をし続けてきた結果、
朝日新聞が図に乗り、中韓がさらに付け上がるという構図でしたから、
当面は、日本ではその反動が見られるのは、致し方の無いことと思います。
(とは言え、あくまで丁寧に理論を構築した上で安倍政権の側近に発言いただかないと、正しいことまで疑われますので、妙な懐古趣味に基づく感情的な発言はご遠慮願いたいです)

 

■2532  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 小物(32回)-(2014/03/01(Sat) 00:20:55) [ID:8z5F0GKX]

私などは、中韓がおかしな方向に傾斜しているからこそ、日本はより節度ある対応を心掛けるべきで、程度の差はあっても、同レベルに堕しては駄目だろうと感じるのです。

国立大学の教授という、まさに丁寧な理論構築をリードすべき立場にある人間が、ゴロツキじみた文章で嫌韓ビジネスに精を出し、それなりに成功している状況は、右派言論も相当に劣化していると評さざるをえません。
古田氏の新刊を読んでみると、「中国共産党の「長征」は、日本軍に敗れて逃げ回っただけ」などと、高校生レベルの間違いが散見され(共産党を追い回したのは国民党)、意図的な捏造すら疑われます。こういう調子では、中韓のことをとやかく言えなくなります。

読者側としても、中韓バッシングにただ快哉を浴びせるのではなく、書き手の真贋は厳しく見極めるべきで、古田氏のような転向組の売文学者は順次淘汰していかなくては、とても「美しい国」には届かないだろうと見込まれます。

 

■2533  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 小物(33回)-(2014/03/02(Sun) 12:59:41) [ID:8z5F0GKX]

古田氏によると、戦後の朝鮮史研究はマルクス主義者に牛耳られていたとのことですが、視点を変えれば、そのカウンター勢力も古田氏などの右派ばかりで、朝鮮史研究は中間派を欠いていたという見方とて成立します。
実際、書店に並んでいる李朝時代の韓国史は、興味本位・悪意先行のものか、辞典類のコピペに終始しているものばかりです。中国の明清時代関連本に比して、このショボさは何なのかと思っていたのですが、そもそも研究者のレベルが左右を問わずに低かったということなのかもしれません。

 

■2534  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(4回)-(2014/03/02(Sun) 22:18:44) [ID:xnhmocJd]

全く同意見です。
とにかく、日中韓「どっちもどっち」と諸外国から白い目で見られるようになることだけは、勘弁して欲しいですね。

ただしその前に、朝日新聞には1日も早く潰れて欲しいですが。

 

■2683  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 新参(2回)-(2014/08/17(Sun) 11:30:06) [ID:o9fV0bQZ]

最近の『正論』にて、竹田恒泰氏と対談していましたが、「殿下」などと媚び諂っており、やはり保守論客としては紛いモノという印象を強めました。
 

■2684  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(1回)-(2014/08/17(Sun) 15:34:45) [ID:zRvW9LFs]

そんな気にするほど影響力のある人物なのですか?
私は古田博司氏という人を聞いたことがありませんし、
竹田恒泰氏もどちらかと言えば、面白可笑しな人物扱いと思いますが・・・。

 

■2685  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 作左衛門 新参(3回)-(2014/08/17(Sun) 18:37:53) [ID:o9fV0bQZ]

竹田氏と違ってメディアの露出はさほどでもなく、普通に生活していれば名前を聞くことはないでしょうが、右派論客としてはそこそこの知名度かと存じます。
どうも安倍首相の「お友達」らしく、首相夫人のブログにそれっぽい記事があります。歴史学科の教授でもないこの人が、第一次安倍政権期に日韓歴史共同研究委員会の日本側幹事に起用されたのは、何か魂胆があったのではないかと勘繰りたくなります。得意ネタとして当時のトラブル暴露を連発する姿勢を見ると猶更です。

現段階では有象無象の類でしょうが、タチの悪いナショナリズムを振りかざす手合であり、現在以上に露出が増えるとやや「危険信号」かもしれません。

 

■2711  Re: 古田博司という事象 
□投稿者/ 名無しの日本人 新参(1回)-(2014/12/08(Mon) 18:15:50) [ID:Z3NRuwgr]

最近古田博司氏を知り、その著作を読んでいる最中です。古田氏は韓国や北朝鮮を嫌いだなんてどういう歪曲でしょうか? ちゃんと古田氏の著作を読んでから物を言って欲しいです。最近雑誌に載せた文章が韓国に批判的であるからと言って彼を判断するのは性急すぎます。彼は奥様が在日であり、親友は韓国人、尊敬する韓国人や世話になった韓国人の方々のことを大変愛のこもったタッチで書いています。彼が韓国に批判的なのはあくまで韓国歴史のねつ造と悪質なプロパガンダに対してです。彼は朝鮮の歴史書を読みながら朝鮮の儒教や朝鮮韓国人の思想の根っこを書いているだけです。
 

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■2693   安彦良和先生ほかの古代史講演会開催 
□投稿者/ gyodatabi 新参(1回)-(2014/09/23(Tue) 23:57:53) [ID:ThumZyqY]
http://www.city.gyoda.lg.jp/41/03/10/kodaisiwosagurukouenkai.html

こんにちは、

告知失礼いたします。

10月4日午後1時から埼玉県行田市佐間の
行田市教育文化センター「みらい」で、
埼玉古墳群を始めとする行田の古代史を探る
講演会「行田の古代史を探る」が開催されます。

講師は、「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイン・作画監督として知られ、
「ヤマトタケル」など神話や古代史をテーマとした作品を描かれている
漫画家”安彦良和”先生 など下記の3名の先生方です!!

第1部  
「古代に想いを馳せる〜ワカタケル大王とオワケの臣〜」
講師:漫画家 安彦良和 先生

第2部 
「埼玉古墳群 七つの謎を解く」
 講師:埼玉考古学会会長 高橋一夫 先生
「さきたま地域の埴輪」
講師:大正大学教授 塚田良道 先生

入場料は無料です!

来場者の中から抽選で15名に安彦良和先生のサイン入りポスターをプレゼント!!

また、会場内で古代グッズ(埴輪、土偶のレプリカ等)を販売します。

申し込みは、氏名、住所、電話番号、メールアドレス、
申し込み人数(3名まで)を記入して
bunka@city.gyoda.lg.jp までメールしてください。入場整理券をお送りいたします。
(先着順、定員になり次第締め切ります。)

ぜひ、お申込み、ご来場ください!!


■2694  Re: 安彦良和先生ほかの古代史講演会開催 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(2回)-(2014/09/24(Wed) 07:05:24) [ID:OAfYRxW1]

宣伝関係の投稿はご遠慮いただいておりますが・・・。
安彦良和さんの古代史公演!しかも、入場無料は凄い。

当日予定がなければ、申し込んでいるところです。

 

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棒

■2467   甲陽軍艦 
□投稿者/ 作左衛門 新参(17回)-(2013/08/21(Wed) 13:44:24) [ID:BhNfjSLI]

戦国大名武田氏の話ではありません。

歴史本でよく見かける誤字の一つが「甲陽軍艦」です。「ぐんかん」を「軍鑑」に変換しようとして失敗したのでしょう。
もっとも、「軍鑑」が登録されているソフトとは、かなり少数派でしょうから、本当に「軍艦」だと思っているのではないか、という疑惑もありますが・・・。

これに比べると、「石田光成」などは、本当に変換ミスなのかもしれませn。

この他に、ありがちな歴史用語の誤字としては、何があるでしょうか?


■2468  Re: 甲陽軍艦 
□投稿者/ 大黒屋介左衛門@管理人なのか? 新参(9回)-(2013/08/30(Fri) 23:55:22) [ID:kHDSda5m]

返信遅れてすいません

何も思い浮かばなかったのが大きいんですけど、強いて挙げるとするなら、ここの板に書き込む時によくやらかす「海禁策」ですかね。「解禁」と。

 

■2499  Re: 甲陽軍艦 
□投稿者/ 作左衛門 小物(20回)-(2013/09/28(Sat) 12:54:57) [ID:v6qwLMZL]

最近、「長尾影虎」も見つけました。
これも、よく目にした記憶があります。

 

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棒

■2522   クリスマスとミトラス教 
□投稿者/ 蒼龍 新参(3回)-(2013/12/24(Tue) 22:39:06) [ID:XID2BmGr]

キリストの誕生日とされる12月25日ですが

聖書には「満天の星空が輝く」との描写があります。
しかし12月25日のイスラエルは雨季に当たり
仮にイスラエルの気候が現在と同じなら

@聖書の「満天の星空・・・」が間違い
Aキリストの誕生日が間違い

の何れかになります。

しかし最近の説だとクリスマスはローマ帝国末期にキリスト教と公認を争った
ミトラス教の祝日だったと言う説もありますから
実際はどのような経歴でミトラス教の祝日がキリスト教に吸収されたのか気になります。


■2523  Re: クリスマスとミトラス教 
□投稿者/ 大黒屋介左衛門@管理人なのか? 新参(3回)-(2013/12/24(Tue) 23:36:04) [ID:9rzKECNQ]

これキリスト教の布教拡大に伴い、各地の冬至のお祭りと融合したという話がたぶん有名だと思います。特にミトラ教に限らず冬至のお祭りはどの部族・文化でもお祝いされてますからね。
 

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棒

■2516   京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 蒼龍 新参(1回)-(2013/12/04(Wed) 21:34:13) [ID:XID2BmGr]

地形を調べた、ないし近くに住んでいる方なら分かりますが
鎌倉幕府の本拠地、鎌倉は狭すぎます。

そのため鎌倉時代末期には都市機能が限界に近づき
鎌倉府崩壊後は鎌倉は衰退を続け江戸時代には一農村にまで衰退します

そこで疑問に思った事があるのですが

平安〜鎌倉時代初期の京浜地域は幕府の本拠地に成り得るか

「日本史の謎は「地形」で解ける」と言う本を読んだのですが
鎌倉以外に本拠地として相応しい土地として
頼朝がお世話になった三浦氏と千葉氏の本拠地に挟まれた中間ポイントである
京浜地域なら、平地が多いため、市街地の拡大も容易で、米の増産も見込める
国防上の理由でも、背後に河川が多いので水軍を展開させ易い

との事で
京浜地域も幕府本拠地に成りえた可能性もあるのでしょうか
個人的には興味深いです


■2517  Re: 京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 作左衛門 小物(26回)-(2013/12/06(Fri) 08:53:41) [ID:pDhq7NIX]

鎌倉幕府は最盛期に崩壊してしまうような、(室町・江戸両幕府に比して)ショボイ政権ですから、鎌倉が手狭になるほどのレベルには達しなかった、ということでしょう。
また、頼朝から北条泰時の時代においては、鎌倉あたりが分相応というものです。

北条時頼・時宗父子に十分な時間があり、より健全な形で幕府が成長した場合、脱鎌倉も課題になったかもしれませんが、三浦氏はこの段階で潰れており、京浜地域を選択するファクターにはなりえないでしょう。

 

■2518  Re: 京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(1回)-(2013/12/06(Fri) 21:14:29) [ID:yqwPmEab]
http://www.uraken.net/

源頼朝が幕府を成立させた頃は、いつまで戦乱が続くか解らない、権力の基盤固めの段階ですので、
鎌倉の天然の要害を捨て去り、防御しづらい京浜地域に政治の中心地を移し、将来の発展に備えるという選択は厳しいと思います。

その後は北条氏が他家との権力闘争に移行しますので、益々鎌倉の防御力の高さは捨てがたいものになったのではないでしょうか?

ただし、一方で頼朝が北条氏ではなく、三浦氏と千葉氏に支えられた政権を樹立していれば、京浜という選択肢もゼロではないかもしれません。その際には三浦氏と千葉氏に圧倒的な軍事力があることが前提ですが・・・。

室町幕府も、応仁の乱以降は京都があまりにも攻められやすい地形ということで、将軍は逃げ回ることになるぐらいですから、江戸幕府のように将軍直属の軍事力のある政権でもない限り、当時の人口規模を考えても、平地はそれほど必要ないのでは?と思います。

個人的には同時代で、平泉が奥州藤原氏の本拠地として発展できた理由の方が、興味深いような気がします。

 

■2519  Re: 京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 作左衛門 小物(27回)-(2013/12/08(Sun) 10:26:02) [ID:4PywQzK1]

頼朝段階で、京浜地域を拠点にするならば、三浦・千葉両氏に加え、上総氏にも支えられる体制になるでしょうから、広常粛清は起こり得なくなります。
上総介広常が存在感を高めると、その関東割拠論も排除できなくなり、畿内・西海への遠征もおこなわれず、適当に平氏政権と妥協することになり、本当に「東国国家」で終わっていた、という考え方もできますね。

 

■2520  Re: 京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 大黒屋介左衛門@管理人なのか? 新参(2回)-(2013/12/11(Wed) 14:02:27) [ID:9rzKECNQ]

実際鎌倉時代の土木技術だと東京湾沿岸地域のような低湿地帯を開拓するというのはかなりの苦労があると思います。
むしろ稚拙な治水技術では河川を背後に防御線を展開する以上に常に水害の恐怖におびえることになりかねないかと。海は海で干潟が発達した遠浅の海が広がっていて水軍の展開どころかまともな船の運用も厳しいですしね。川舟はともかくとしても外洋船の運用は厳しいでしょう。湾の出口はそれこそ三浦氏の根拠地ですから。

 

■2521  Re: 京浜地域が鎌倉幕府本拠地に成りえた可能性 
□投稿者/ 蒼龍 新参(2回)-(2013/12/15(Sun) 15:22:28) [ID:XID2BmGr]

>>大黒屋介左衛門@管理人なのか?さん

>>実際鎌倉時代の土木技術だと東京湾沿岸地域のような低湿地帯を開拓するというのはかなりの苦労があると思います。
むしろ稚拙な治水技術では河川を背後に防御線を展開する以上に常に水害の恐怖におびえることになりかねないかと。海は海で干潟が発達した遠浅の海が広がっていて水軍の展開どころかまともな船の運用も厳しいですしね。川舟はともかくとしても外洋船の運用は厳しいでしょう。湾の出口はそれこそ三浦氏の根拠地ですから。
 
当事の技術で京浜地域の開拓は難しいんですね。

それはそうと設立当初の鎌倉幕府は江戸幕府のような全国政権ではなく
関東の独立政権を目指していましたから
あまり広い平野は必要なかったかも知れませんね。

 

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■2512   「豚に歴史は無い」という話 
□投稿者/ 作左衛門 小物(23回)-(2013/11/06(Wed) 10:27:19) [ID:MTtEYCez]

戦前の歴史観(あるいは皇国史観)を批判する際によく持ち出される話です。

皇国史観の御大とされる平泉澄が、帝大助教授時代にまだ学生だった中村吉治から「百姓の研究」をしたいと相談され、「百姓に歴史はあるのですか?豚に歴史はありますか?」と返した、という筋書きです。

戦後に農村・民衆研究が盛んになり、名声を得た中村吉治が言い触らしたことで、平泉の人格の卑しさ、皇国史観のレベルの低さを裏付ける逸話として語られることが、ほとんど「様式美」とすらなっています。今では、中村本人の研究よりも、この逸話の方が有名な印象すらあります。

もっとも、平泉はアジール研究なども手掛けたように、民衆史にも相応の実績があり、多分に中村の「私怨」が混じっているだろうことにも留意すべきです。戦後の平泉は、学会から事実上追放されており、個人攻撃の対象にしやすかったという事情もあったのでしょう。

たしかに、平泉は「農民=禽獣」という理解を提示したことはあったようですが、それは「前近代の農民は、封建領主によって隷属状態に置かれ、その主体性は著しく制限されている」という意味で、中村が広めた「伝説」とは若干意味が違います。また、表現の善し悪しを別とすれば、極端におかしな理解でもありません。

果たして、戦後の歴史学は、本当に平泉の農民論を克服できているのでしょうか?
どうも、死体に鞭打つことで「進歩性」を装っているだけではないか、という疑念を拭えません。


■2513  Re: 「豚に歴史は無い」という話 
□投稿者/ 作左衛門 小物(24回)-(2013/11/09(Sat) 10:16:33) [ID:4PywQzK1]

この「豚に歴史は無い」の逸話は、研究対象を農民・町人に特化する大義名分ともなっており、とくに江戸時代の政治史は、徳富蘇峰『近世日本国民史』からコピペしてお茶を濁すパターンが定着し、「貧弱」(by藤井譲治)な水準のうちに停滞する一因とも相成りました。
「豚」が農民から権力者に置換されただけで、関心の無い対象を「歴史の無い豚」と切り捨てる発想は健在だったということでしょう。

 

■2514  Re: 「豚に歴史は無い」という話 
□投稿者/ 大黒屋介左衛門@管理人なのか? 新参(1回)-(2013/11/14(Thu) 22:28:29) [ID:9rzKECNQ]

遅れまして

アカデミズムに限らず、こと組織に属していれば多かれ少なかれ組織防衛を優先した理不尽はあるものだと理解しています。
歴史学に限らずとも学問というものが主題の検証と反論の積み重ねによって定説をなすものであるわけで、とはいえ人間であることも否定しようのない事実でありそこに好悪の感情が内在するのは避けようがないと思いますね。ましてそこを完全にシャットアウトしたようにふるまえばそれこそ組織で孤立するでしょう、傲慢極まりないですからね。

経験のない若造が誰も踏み込んでない海のものとも山のものとも知れない領域に安易に足を突っ込もうとするのを『傲慢』にたしなめたのか?
苦労に苦労を重ねたのち一息ついたところでのどに引っかかったとげをことさら大げさに『傲慢』に触れ回ったのか?

さてさて・・・

 

■2515  Re: 「豚に歴史は無い」という話 
□投稿者/ 作左衛門 小物(25回)-(2013/11/17(Sun) 21:13:16) [ID:4PywQzK1]

検証と反論、これこそが学問を進歩させる基本ですが、平泉に関する批判は、「豚」発言のコピー&ペーストで、お手軽(?)に済ませる手法が確立してしまった観すらあります。
トドメをさすために触れ回ったであろう中村はともかく、その真似をして「進歩的」な気分に浸りたい手合は、平泉をとやかく言う資格は無さそうですね。

 

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■2508   真珠湾・宣戦布告について最近気がついた真実 
□投稿者/ Greenlight 新参(1回)-(2013/10/31(Thu) 09:16:24) [ID:38xgTzGa]

今日は、始めました。伝えたい内容は「真珠湾攻撃」にいて。最初に結論から書きましょう。日本軍奇襲の最終情報をアメリカに流したのは、日本大使館。
私も仕事の性質上日本軍の戦闘について触れる機会が多いのですが、宣戦布告が遅れた理由について長く疑問が溶けませんでした。なぜなら、「宣戦布告」は、国際法では電話一本、文章一行で良いのですから、タイプミスや翻訳の遅れでなどの理由が、不思議でなりませんでした。つい最近まで、国際法に従って通達すると奇襲は成功しないし、逆に、全滅する可能性もあると考えて遅らしたのではないかと、良い方向で考えてました。けれど、当時の最高責任者である、井口参事官、奥村一書記官は戦後外務次官(外務省での最高位)にまで出世しているし、戦後のアメリカ大使でもあります。ユダヤ人を救った大使は戦後外務省は首になります。しかし、この二人は何の処分も受けていません。多くの人たちが云っている「アメリカは知っていた・一部の指導者たち」は、正しいし、空母がいなかったのは当然でしよう。また、現在も語られる東京大空襲です。私の家は渋谷区松濤です。姉の話によると、所謂、都内のお屋敷街は爆撃をされていません。松濤・神山は、鍋島藩江戸家式の後で、外務省官僚の家屋敷や事務方の寮が殆どです。本日現在も、外務省の意見が、よくも、悪くも、アメリカよりなのは、日本人誰よりも、生きるための選択方法を知っているのは外務省の役人ですね。そのためには、国家も、生かして殺さず。

PS ・ハワイに駐在している大使館員が逆に動いたことは理解も出来るように感じます。なぜなら、彼らは世界最先端に居たわけて、アメリカ文化のいい部分を満喫し体に染み付いて当然です。特に、この皆さんは軍事教育も受けていないし、基本は鹿鳴館から続くパーティー外交官。あまりにも異なるアメリカ文化と接触しているうちに、日本の政治・国家体系に嫌気を感じるようになったのでは...?。


■2509  Re: 真珠湾・宣戦布告について最近気がついた真実 
□投稿者/ 作左衛門 小物(21回)-(2013/11/01(Fri) 11:06:29) [ID:2wrVwZtq]

いちおう、マジレスしておきます。

本当に日本大使館の内通で、アメリカ政府首脳が奇襲作戦を知っていたならば、ハワイ沖で返り討ちにした方が、よほど効率的に対日戦争を遂行できたでしょうね。
また、これほどの重大情報を知りながら、支離滅裂な政略から秘匿して、前線の将兵を見殺しにするというのは、きわめて悪質な犯罪行為です。実戦部隊の政府に対する信頼は失墜するでしょうから、東京大空襲で意味不明な手加減するどころか、ヘタをすると、戦争遂行そのものが不可能になったであろう大悪手であります。

真珠湾陰謀論は、アメリカをショッカー(大首領の恣意が罷り通る)か何かと勘違いしているのかもしれません。

 

■2510  Re: 真珠湾・宣戦布告について最近気がついた真実 
□投稿者/ 作左衛門 小物(22回)-(2013/11/02(Sat) 09:06:43) [ID:4PywQzK1]

空母エンタープライズの不在も、よく陰謀論の根拠にされますが、これまた勉強不足丸出しです。

エンタープライズが真珠湾を出て、何をしていたかといえば、ウェーク島基地に航空機を輸送する任務についていました。
ウェーク島は、日米開戦後にまず攻撃されるだろう拠点の一つであり、実際に攻撃され、エンタープライズが輸送した航空機の奮闘もあって、一度は防衛に成功しております。

別の見方をすれば、日本軍と鉢合わせしかねない前線に出向いていたのであり、空母温存策としてはむしろ逆効果でした。
しかも、開戦時のエンタープライズは補給任務を終え、ハワイ近海まで戻っており、それこそ奇襲部隊に捕捉される可能性もあり、見逃した南雲中将はしばしば無能扱いされます。温存策としても、お粗末の極みです。

また、戦艦のように港内で撃破されたならば、修復して戦線復帰も可能であり、乗員も他の艦船に転入できますが、海上で沈んだ場合は、乗員もろとも永遠に喪失することになります。
湾外も十分に危ないという視点を欠いております。

やはり、真珠湾陰謀論はアメリカとショッカー(意味不明で非効率な作戦が多い)を同一視しているのでしょう。

 

■2511  Re: 真珠湾・宣戦布告について最近気がついた真実 
□投稿者/ 名古屋市民 新参(1回)-(2013/11/03(Sun) 10:39:37) [ID:yLX6U1r5]

どうもお久しぶりです。

もう一隻いたレキシントンはミッドウェーに輸送任務中でエンプラ同様非常に危険な位置です。これから考えると太平洋艦隊は真珠湾攻撃の可能性を相当低いと見ていたと考えられます。

真珠湾攻撃自体日本でも良くて半壊だろうと見積もられていたぐらいで、事前に待ち構えていたら確実に全滅でしょう。太平洋艦隊顕在なら南方作戦は全く進展せず余計不利な状態で艦隊決戦になります。山本は使い捨て感覚で空母を出したという話もあるぐらいですからね。

陰謀論者が言うように事前に知っていたというのは無理が有りすぎるとおもいます。

 

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棒

■2469   孝明天皇毒殺説の将来 
□投稿者/ 作左衛門 新参(18回)-(2013/09/04(Wed) 09:42:21) [ID:5MfjTUCy]

最近、あまり流行らない孝明天皇毒殺説。正直なことを言うと、私自身も毒殺説が成り立つとは思っておりません。
今後、岩倉具視などによる毒殺を説こうとする場合には、一工夫も二工夫もしなければ、稚拙な陰謀論で済まされてしまうでしょう。

古典的な議論としては、倒幕をなすためには、孝明天皇が障害であり、毒殺によって強制的に排除したという筋書きになっています。

ですが、岩倉具視にせよ、薩長にせよ、倒幕とは方法であって目的ではありません。各々がどこまで自覚したかは別として、内憂外患という状況に対応するには、将軍よりも天皇が政治的結集の核に相応しいとする問題意識が根底にあったはずです。
そのためには、天皇に一定の判断力・指導力が備わっているべきで、孝明天皇が急死し、明治天皇がある程度成長するまで調停者としての役割をほとんど果たせなかったことは、初期の維新政府に混乱・分裂を繰り返させる一因となっています。
短期的には、それなりに孝明天皇を尊重してきた徳川慶喜が、天皇死後に萎縮するどころか、勅許の恣意的運用をはかるなど、かえって強気の政治運営に出る結果を招いております。孝明天皇の急死で倒幕派が力を得たというよりは、慶喜の政治手法に対する諸勢力の危惧が、倒幕という方法論に踏み切らせたのが実情でしょう。

また、賢明だが頑迷な孝明天皇を排除し、成人前で未だ自己主張をなしえない明治天皇を擁立するという論理も、天皇との信頼関係があって、はじめて権力中枢に地位を確保できる岩倉などの中堅以下の公家たちが持ちえる代物なのかという疑問が生じます。
幼少の天皇が登場した場合、朝廷の主導権を握りやすいのは、むしろ摂関家であって、実際に徳川慶喜と結ぶ二条斉敬がさらに力を強めようとしていました。

いっそのこと、政治的なフリーハンドが欲しい慶喜や、現実に内裏を掌握しており、天皇抜きでも権力を掌握できる二条・中川宮などを陰謀の主体とした方が、まだ説明しやすいかもしれません。

それでもなお、岩倉なり薩長を犯人に仕立てるには、どういう論理展開をひねり出すべきでしょうか。


■2470  Re: 孝明天皇毒殺説の将来 
□投稿者/ 大黒屋介左衛門@管理人なのか? 新参(10回)-(2013/09/06(Fri) 23:45:12) [ID:kHDSda5m]

どうしましょうね?

私もこの説には疑問があるのでどうにも言いようがないんですけど、強いて無茶な論理を飛躍させるなら禁門の変の蟠りが長州内部でどうしても払拭できずかつ薩摩に対してはもはや手出しできる状況にない以上会津だけでもという風潮にあったというのも陳腐に過ぎますね。

そのために仰ぐ旗まで模様替えと言うんじゃ本末転倒に過ぎますし。

 

■2471  Re: 孝明天皇毒殺説の将来 
□投稿者/ 作左衛門 新参(19回)-(2013/09/07(Sat) 09:06:21) [ID:v6qwLMZL]

八月十八日政変で、孝明天皇は以前の勅諚を「偽」と否定しましたが、これは自ら勅諚の価値を暴落させる行為でもありましたね。
長州やその息のかかった公家によって、勅諚が捻じ曲げられたというならば、今後も、新たな与党勢力(一橋・会津・薩摩など)の思惑次第で勅諚が左右されうるということになります。実際、与党から弾き出された薩摩あたりは、「非義の勅命は、勅命に非ず」などと言い出す始末で・・・。

孝明天皇の求心性が、自滅同然に低落していく状況にあって、その急死はある種のリセットという意味合いを持った、とは言えるかもしれません。
もっとも、この論理では、黒幕を岩倉なり薩長に限定することはできませんね。

 

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棒

■2460   松平頼重と高松藩 
□投稿者/ 作左衛門 新参(15回)-(2013/07/18(Thu) 09:24:44) [ID:JtjecnVr]

高松城のページがリニューアルされたましたが、じつは私も高松城を去年見学していまして、海上とのリンクを強く意識した構造に驚いた記憶があります。

ここに親藩を置いたのは、秀忠〜家光の治世にかけ、播磨姫路・同明石・備中福山・伊予松山・豊前小倉など、環瀬戸内地域に譜代藩が創出されていく流れと合致しており、おそらく瀬戸内海を「徳川の海」に再編していく布石なのでしょう。


それにしても、高松藩は徳川御三家から分出した諸家の中で、わりと突出した石高を与えられております。
これは、本来ならば水戸徳川家の二代目になっていてもよかった松平頼重が、よく分からない事情で、同母弟の光圀に家督が回ったことに対する配慮なのか。
あるいは、御三家初代では、頼房が家光と最も気安い関係にあったことによる殊遇なのか。

高松松平家の成立における、妙(?)な待遇の良さは、どのように説明すべきなのでしょう。


■2461  Re: 松平頼重と高松藩 
□投稿者/ 裏辺金好@管理人 新参(5回)-(2013/07/20(Sat) 17:10:22) [ID:xNnnqHF0]
http://www.uraken.net/

おそらく実際の戦闘は殆ど想定していなかったのでしょうが、
どうも高松城のように平城で海城という構造は、水軍にあっという間にやられてしまうような感じがするのですが、どうなんでしょう。

>瀬戸内海を「徳川の海」に再編していく布石
そうでもあり、若干違うような気がします。瀬戸内海を徳川の海にするのであれば、実質的な譜代扱いの岡山の池田家はともかく、浅野家が治める広島、そして毛利家の長州も譜代大名で抑えるか、せめて伊予松山藩は15万石ではなく、もっと強大な力を与えておくべきだったのでは?と思います。

基本的には姫路、明石、高松は基本的に大坂を守るための配置というのが大きいのでは?と私は見ています。

高松の12万石は讃岐の中心としては必要最低限の石高と思いますが、突出しているかといわれれば、どうでしょうか。御三家の分家の中では多少多い石高ですが、親藩の中では必ずしも多い存在とは言えず、そもそも水戸藩が尾張藩、紀州藩に比べてかなり小さい石高です。

水戸+高松で紀州藩レベルという感じでしょうか。そう考えると、バランスを取ったと見ることもできます。

ただあの当時、尾張も紀州もどちらかといえば将軍家にとって気の許せない状態でしたので、水戸藩の関係者の方が充分に信用に足る存在であったのだと思います。

 

■2462  Re: 松平頼重と高松藩 
□投稿者/ 作左衛門 新参(16回)-(2013/07/21(Sun) 09:45:11) [ID:JtjecnVr]

香川県の歴史ミュージアムに、高松藩随一の大型船「飛龍丸」の絵図や、一部復元が展示されているのですが、松平頼重はどうも水軍育成に意を注いでいたようです。
頼重の事績を調べると、やたらと船団を組織して、藩の内外を航行することが多く、はるばる九州まで出向いた事例すらあります。ある種の軍事演習なのでしょうが、ひょっとすると、乗船経験は徳川一族でも最多かもしれません。

おそらく、松平頼重は高松藩を水軍大名に仕立てつつ、平時は畿内を守護する盾、有事には西国に対する矛という、二つの役割を課されていたのではないでしょうか。
これならば、高松城の構造も、籠城よりも水軍の運用能力を重視した故として説明できそうです。より正確には、豊臣政権下の生駒氏によって打出されたコンセプトを、松平頼重がトレースしたということなのでしょうが。

 

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