[344] 再び三国志 投稿者:カリウス 投稿日:2002/02/08(Fri) 03:11 <HOME>
呂布の乗っている馬、赤兎馬っていうのは汗血馬なのかなあ? 汗血馬は決して足がはやいわけではないけど持久力はかなりあるとのことなので。
あと、彼の持っている方天画戟。三日月の刃が両方についてるけど果たして便利か?
[344へのレス] Re: 再び三国志 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/08(Fri) 06:31
>赤兎馬っていうのは汗血馬なのかなあ?
わたしもそういう話は聞いたことがあります。
見た目が赤いのは、それが理由だとか。
>方天画戟
>三日月の刃が両方についてるけど果たして便利か?
振り回すのには威力を発揮しそうですよ。
でも確かに中国武将の使う武器は、団子型のハンマーみたいなヤツ(銅鎚だったか)とか「これ使いにくそう」ってのはあります(笑)。
[344へのレス] Re: 再び三国志 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/02/08(Fri) 12:36 <HOME>
赤兎馬>
赤兎馬って赤汗馬と黄驃馬の掛け合わせと言う気がします。
黄驃馬は足が速く持久力が有る馬です。
これに持久力抜群の赤汗馬の血を入れれば、
丈夫で速い馬が作れるでしょう。
ただ、大きさが並ではないそうなので、
アムールの方に生息する蛮馬の血を引いている可能性も有ります。
方天画戟>
この武器は『戟』という多目的長柄の亜種です。
戟は集団乱戦時の騎兵戦に良く、
突く、払う、凪ぐ、掻く、割る、という五動作から
攻撃が成り立ちます。
この武器は便利な反面、非常に扱いにくい武器なので、
優れたバランス感覚と幼少時からの訓練が必須です。
さて方天画戟ですが、
逆反りの刃は確実に頸動脈を凪ぐ事を前提に作っています。
つまり、呂布は首を跳ね飛ばすのが上手かったはずです。
逆反りの刃で
縦の一刀両断をすると刃が滑って頭蓋を割ったのち、
下顎の歯骨で止まってしまい、運が悪いと折れちゃいます。
一刀両断に適しているのは青龍刀です。
分厚く重い刀身は例え刃が鈍くても重さで押しつぶせます。
頭蓋を越えて胸まで刀身が滑り込めば、
その部位は柔らかいので、刀身を引き抜く事が出来ます。
その辺の理論は日本刀と同じですね。
日本刀も袈裟切りで頸動脈を切るのが
もっとも良いとされ取りますが・・・。
鎚系の武器はもっとも古く、もっとも効果的な武器です。
その為、古今東西で様々な亜種が誕生してます。
フレイル、モーニングスター、メイス・・・バトルハンマー。
等が代表的な『鎚』系統の枝種ですね。
これらの武器は重さが難点ですが、
頭部に当たれば即死を前提にしているので、
乱戦時に振り回すと効果的です。
また、重装備の鎧を着た敵兵を屠る際には必要な武器です。
歩兵が持つと馬殺しに化けます。
なので、サブウェポンとして携行した武将兵士も多いですね。
ただ中国武将の場合、同じ打撃系統の武器を操る場合、
カン(金へんにもんがまえを書いて中に月、と言う字)
という武器が好まれました。
これは銅で作られた棍棒なんですが、
異常なほど重く、剣を合わせるとその剣を砕く事も可能だったようです。
特殊な形状を持つ武器というのは、
基本的な武術を体得し、且つその武器の使用方法を理解した上で、
再び鍛錬しないと使えませんね。
銃も同じですね。
イキナリ44マグナムは撃てませんよ。
22口径から練習して呼吸法や姿勢をマスターし、
38口径に移行して反動に対してぶれない撃ち方を学んだ後、
9パラカートの銃で実践的な撃ち方を覚え、
357で強力な反動に耐えられるようにした後、
初めて44マグナムが撃てるんでやんす。
[344へのレス] Re: 再び三国志 投稿者:FUDO 投稿日:2002/02/08(Fri) 19:14 <HOME>
得物は、特殊なほど扱いがムズイですが、習熟すると苦労に見合う威力を発揮しますねー。日本刀など、ちゃんと訓練積んでない人間じゃ扱えないですし。素人さんには鉄パイプのがまだマシ(笑)
実際んとこ、膂力がある人なら斬る系よりぶん殴る、叩き潰す系の武具の方が良いかもしれませんね。折れないかぎり殺傷力も落ちませんし。ガッツのだんびらなんかは、剣というより打撃武器に近いですよねー。包丁で切るんじゃなくて鉈や斧でかち割る感覚。
呂布なんかは、弓も上手いですし、イメージよりもずっと器用な戦士だったんでしょうね。張飛あたりには、蛇矛じゃなくて金棒がビジュアル的に似合いそう(笑)
[329] 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/04(Mon) 23:07 <HOME>
光栄三国志8で長安とか洛陽には関がありますが、あれ防御力を考えると「内通」とかの計略で落とすべきもんですよね。
しかし、その計略がなかなか掛からない状況では、やっぱり「力押し」で突っ切るしかないんでしょうか?(苦笑)
力技で落としてしまうと、自分が攻め取ってから逆に役に立たなくなりますから、そんな原始的な方法は使いたくないんですが、あれはホントに計略効かないとどうしようもないですよね…。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/04(Mon) 23:44 <HOME>
城門の防御力を下げるのに関係があるのは「崩落」「地穴」の計略と、あとは歩兵の数かな?
騎兵とかでは、あんまり下げられないんですよね?城壁攻撃は。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:小坊主 投稿日:2002/02/05(Tue) 00:04
三8の堅い城や関は力押しよりも相手の士気を減らして撤退させたほうが被害も少なく楽に落せますよ。
混乱かけまくったり、野戦であらかじめ士気を減らしておいたり。
どうしても力技で行きたいなら歩兵系の兵科で行くか、象さんで頭突きをぶちかますか。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/05(Tue) 00:30
>力押しよりも相手の士気を減らして撤退
あぁ!その方法があったのか!ケインさん、どうもです。
士気は気付かなかったなぁ…。
オレも何か、もうろくして来た…(苦笑)。
昔はもっと覇気に満ちて国取りしていたのに(笑)。
こんなんじゃ、ネット対戦できる歴史ゲームができても覇権は築けそうにないな。
ところで三8PKは買う価値ありなんでしょうかね?
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/02/05(Tue) 02:43 <HOME>
三8のPK>
既に入手しましたが、元ゲームがクソなので価値はないです。
子育てに勤しんだり、エロゲでもないのにカミさんといちゃつきたいなら別ですが・・・。
せめて信嵐みたいに、イベントエディターとかついてればねぇ。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/05(Tue) 03:01
三8PK>
そうですか…岳飛さんの意見でスッパリ諦めが付きました(笑)。
子育てもカミさんといちゃつくのも、己の想像でカバーします。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/02/05(Tue) 13:06 <HOME>
私も買いましたが、そんなにすごい物でもなかったような気が・・・。
てゆうか、まだあまりプレーしてないんですよね。
改めて、三国志3でもやってみようかなと思ってます。
新しい物ばかりやってきたので、たまには古い作品をプレーするのもいいかな、と。
[329へのレス] Re: コーエーは厨 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/02/05(Tue) 17:07 <HOME>
関は籠もるもんです。三8は一人でのみプレイするゲームでもない(バランス悪いし)それよりPKは致命的バグはいってますぜ。おかげで入りたくもないユーザー登録させられるはめに。コーエーにはめられた
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/05(Tue) 23:17
>PKは致命的バグはいってますぜ。おかげで入りたくもないユーザー登録させられるはめに。
最初からユーザー登録させるためにバグ入れてたんなら、相当策謀家ですな、考えたヤツは(笑)。
三8のバランス>
確かに悪いですね。
敵軍7名中、3名内通させたのに、それでも門開くの失敗しました…。
おまけに自分が一般の身分でやってる場合、COMがアホすぎて勝てる戦も勝てない(苦笑)。
そろそろ光栄も巨大企業ゆえのヌルさが目立ち始めてきたのか。
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:FUDO 投稿日:2002/02/06(Wed) 00:37 <HOME>
ヌルさ>
自分が虎になれないなら虎を飼うしかないかと。
スクウェアがクエストをアレしたように。<飼い損ねたようですが(笑)
単純だけど奥が深い。そんなシステムを追求して欲しいです。
見かけは豪華だけど、飾りを剥がすと貧相な昨今の婦女子のようでは困る〜(笑)
[329へのレス] Re: 三8の個人的ボヤき(笑) 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/02/07(Thu) 18:42 <HOME>
>PKは致命的バグはいってますぜ。おかげで入りたくもないユーザー登録させられるはめに。
最初からユーザー登録させるためにバグ入れてたんなら、相当策謀家ですな、考えたヤツは(笑)。
それ、オレも言った事アルヨ。流石光栄、製品版とPK版を別々に出す、メッポウソフト高いに加えてこの謀略。「商人の風上にもおけません」な
>三八
このゲーム、マルチで遊んで、取れるバランス(字余り)
[317] 五輪の書 投稿者:海苔 投稿日:2002/02/02(Sat) 14:15 <HOME>
以前どこぞで話題が出てましたが、武蔵の晩年というのは、果たしてどうであったのか、という疑問が。
とある作家は「死に損ねて暇を持て余した挙句に書いた駄作」と五輪の書を評していまして。
[317へのレス] Re: 五輪の書 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/02/02(Sat) 19:49 <HOME>
それもまた、正解ですよ。
要は何に主点を置くかです。
武蔵と言う人物を一重の武に傾倒させるだけであるなら、
正に死に損ねて暇して書いた駄作ですね。
その作家はきっと、
本人にすれば宮本武蔵以上の修羅場を経験しているんでしょうよ。
[317へのレス] 当時… 投稿者:海苔 投稿日:2002/02/02(Sat) 20:17 <HOME>
で、後世の人間の評なんてのはいくらでもありますし、これからも増え続けていきますけど、当時の武蔵を知っていた方で、彼の評をしている方っていらっしゃるんでしょうか。
>作家
坂口安吾だったりします(苦笑)。
[196] ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/22(Tue) 22:45 <HOME>
「この好きな戦国武将って役に立つんですが」
「無論だ!」
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/22(Tue) 22:47 <HOME>
「コヒナタ!そいつの好きな戦国武将は松永弾生だ!気をつけろ!」
こーいう「対戦相手とのデータで役に立ちそうな好きな戦国武将」って他にありますかね?
ワシとしては「コヒナタ!そいつの好きな戦国武将は松永弾生だ!気をつけろ!」はホントに使えるアドヴァイスだとはたと気がついたんですが
[196へのレス] コッソリ主張しておきたい 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/23(Wed) 00:56 <HOME>
「好きな戦国武将:松永久秀」というネタは、わたしが漫画家目指していた頃に書き溜めておいたネタ帖にあったりします(笑)。
これほど「危険な事が分かりやすい」人物もそうはいない。
弾生の変わりに三好長慶でもいけますが、少し「人生のきらびやかさ」にかけます(爆)。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/23(Wed) 04:07 <HOME>
自分は今川義元なんか結構好きすね。
[196へのレス] このネタ分かるの今のとこ私くらい? 投稿者:雅 投稿日:2002/01/23(Wed) 07:12
私の好きな武将は戦国武将は徳永家康だ!気をつけろ!(爆)
まあ、コレって理由はないんですけど。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/24(Thu) 05:34 <HOME>
いや、ここは「徳永家康が好きな武将は寝技が強い。粘り腰もたいしたもんだから気をつけろ」とか理由も欲しいところ
「前田慶次ファンは派手な技にたよりやすいが、変則的な技を使う」とかね
[196へのレス] Re: いたらなくてスマナイ(笑) 投稿者:雅 投稿日:2002/01/24(Thu) 12:20
そこまでは頭がついていけませんでした。
大名の名前ぐらいしか知りませんので(苦笑)
さすがリッチーさん。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/24(Thu) 17:00 <HOME>
↑ちなみに、コ日向であった
「コヒナタ!そいつの好きな戦国武将は松永弾生だ!気をつけろ!」
っていうのは、「理由はいわなくても」マッチいはく
これほど「危険な事が分かりやすい」人物もそうはいない。
なのです(爆)コヒナタの作者、なかなかいいセンスです
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/25(Fri) 01:32 <HOME>
いろいろ考えてみましたが・・・。
前田利家・・・本人じゃそのつもりはなくとも要領がよく、出世してしまっている。
伊達正宗・・・派手好きだが実はしたたか
毛利元就・・・普段は大人しくみえるが常に水面下でぬかりなく事をすすめておき、一気に形勢逆転をかけてくる。
武田信玄・・・どっしりかめているようで案外姑息。
上杉謙信・・・義を重んじてかっこいいが、まわりの人を大事にしない。
と書いたはいいけど趣旨にあってるか不安だわ・・・。というかネタがどこからでてるかよくわからんので・・・。
[196へのレス] Re: 質問 投稿者:雅 投稿日:2002/01/25(Fri) 10:22
松永弾生ってどこらへんがヤバイ!と言われるとこなんでしょうか?
名前すら社会の授業で聞いたことがない(苦笑)
[196へのレス] 松永久秀>雅殿 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/25(Fri) 11:13 <HOME>
松永久秀ですが、旧体制・権力・宗教を認めないのが、当時の人々から悪人と言われた所以かと思います。
織田信長と非常に良く似た現実主義者ですが、旧主三好長慶の影響なのか、茶器収集や茶道が好きといった文化人的側面も見逃せません。
内政に優れた官僚出身を考えると、石田三成や本多正信・正純親子に見られるような、周囲の声がそのまま悪人の評判としてが広まったと想像しますので、個人的には危険人物の印象は薄いですね。
[196へのレス] Re: ここら辺がヤバイ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/25(Fri) 16:44 <HOME>
将軍殺したとこらへんがヤバイ。大仏殿焼いたところがヤバい、主君シイギャクの容疑がかかっているとこがヤバい、という三悪行で有名だピョン。危うし、小日向、です
まぁ、「知らなくても問題ない」人物ではあります。多分試験にもでないでしょう。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/25(Fri) 18:04
あの作者のリザードキングって漫画もってたりするんすよね。
連載されてた雑誌とか知らんのに。面白いという噂を聞きつけて買ったわけですが。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:雅 投稿日:2002/01/26(Sat) 00:45
牛丼さん、華奢ーンさんお二人とも質問に答えてくださってどうもです。
二人とも見る面が違ったのがよかった(笑)
>旧体制・権力・宗教を認めない
昔の時代は伝統や上下関係等様々な面が厳罰なように見えます。
だから、そういう面を持っているというだけで危険思想者だ!
と見られたんでしょうかね。
>三悪行で有名
上の牛丼さんの話と合わせてその三悪行聞くと、
かなり個性的なのがわかりますな…なんか教科書に載らなかった理由
がわかったような(笑)
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/26(Sat) 02:37 <HOME>
松永久秀何がヤバイ>
火薬詰め込んだ茶釜抱えて爆死したのがヤバイ。
テロリストもびっくりな死に様です。
でもこれで彼が忍びである可能性が示唆されます。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/26(Sat) 10:09 <HOME>
「この好きな戦国武将って役に立つんですが」
「無論だ!」
司馬懿仲達が好きな痴呆老人がヤバイです。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/26(Sat) 13:15 <HOME>
高坂昌信・・・有能だがホモっ気がある
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:雅 投稿日:2002/01/26(Sat) 14:26
裏タイトルは『松永久秀はここがヤバイ』か(笑)
>火薬詰め込んだ茶釜抱えて爆死したのが
それはホントにヤバイ…
ビジュアル想像しただけでとてもインパクトがありますな。
[196へのレス] Re: ネタスレ 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 03:48
「コヒナタ!そいつの好きな戦国武将は松永弾生だ!気をつけろ!」
結局やる事が派手なのに実力のほうはいまいち、というところが憧れの松永弾生と一緒だった様で。
[196へのレス] 稚児 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/29(Tue) 12:08 <HOME>
魔猿殿>高坂昌信・・・有能だがホモっ気がある
家臣が幼い頃より身体を主人に許す事により、主従の強い信頼関係作る意味もあるそうです。
[196へのレス] 男色 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/29(Tue) 23:11 <HOME>
なるほど、そういうのもあるんですか。
以前岳飛さんが「寝床での暗殺を防ぐために、信頼のできる者をはべらせておく」とかいう事も言ってましたが…それにしても男色だけは事実に目をつぶりたくなる (^^; 。
[196へのレス] Re: 21世紀はゲイ人の時代らしい 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/30(Wed) 14:14 <HOME>
男色は必ずしも=アナルではないワケで。まぁ何にしろ「男色」ですが
[196へのレス] Re: 21世紀はゲイ人の時代らしい 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/31(Thu) 23:08 <HOME>
「男色=アナル」を想像していたわたしは淫らですか?
[196へのレス] 親愛なる魔猿さんへ 投稿者:海苔 投稿日:2002/02/01(Fri) 00:16 <HOME>
この話題を出すこと自体、淫らです(笑)。
[196へのレス] アルカイダを飛行機でやっつけたのもゲイだぜ? 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/02/01(Fri) 14:02 <HOME>
ワイは高校んときのツレがゲイやったからのー。
「男色=アナル」が淫らとは思いませんけどね。世間の味方はそんなもんだろう。実際、現代社会においてゲイの道は洞窟探検かもしれんし。
[254] 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/27(Sun) 03:11 <HOME>
今更ですが、光栄のゲームは「クリアするのに時間かかりすぎ」ですよねぇ。
これは単純に「プレイヤーが思考すべき事が多い」のが大きな理由ですが、それ以外にちょっと細かな理由を見つけました。
「グラフィック面の余計な演出が増えてきた」というのもそのひとつかと。
例えば三国志8なら季節ごとの評定シーンで「COMが戦争した時にいちいち兵隊のコマが出てきて〜」とかなるわけですが、こんなもの毎回きちんと見てる人間なんていないと思うんですよね。クリックして飛ばすじゃないですか。
こういうのが「余計な演出」という気がします。ズバッと省くべきではないのか?
で…自分の覚えてる範囲でのクリア時間ですが「大航海時代4」は120時間ほどかかった…(苦笑)。
三国志はちゃんとクリアしたのは6が最後。
信長は烈風伝まで。それ以降の光栄SLGは「時間が掛かりすぎる」理由でやっていません。
いや…時間と言うより「飽きてきた」という感が強いですが…。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/27(Sun) 09:29 <HOME>
長いのは別にいいです。「だれる」のが問題。
まぁ小生光栄のゲームは基本的に一回しかクリアしませんが
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/27(Sun) 14:10
確かにだれるのが一番の問題。
チンギスハーン4なんて100回近くやってると思うけど、
いつも途中でだれてしまってまだ1回もクリアした事が無い。ハァ。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/27(Sun) 14:14 <HOME>
コーエーのゲームは基本的に
48時間以内にクリアーしちゃいますね。
最短は『提督の決断4』確か6時間で世界征服完了。
最長はチンギスハーン4 のべ一ヶ月近く。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/27(Sun) 16:08
だれる>
戦略級SLG全般の宿命的欠点ですよね。勢力が安定した中盤以降、緊張感がなくなるのが問題。
光栄系だと対抗勢力が現れないですし。天下統一シリーズや不如帰だとそこそこ高い確率で、
2大勢力の激突が実現するんで、まだマシですけど。それも天下分け目の一線を終えるとだれるし…。
実際の歴史と比較して考えるなら、中盤以降、特に天下の半分近くを制した辺りから、
ゲームの軸が戦争から政治に移行するといいんじゃないかと、個人的には考えてたり。
政権の安定と維持発展のための政策を考えなきゃダメとかね。
ただ、対COMだといずれにしても限界があるんで、ネットこそが突破口じゃないかと。
それも7,8人の「対戦」じゃなくて、一人が一人の武将をロールプレイする、ウルティマ・オンライン型のヤツ。
そうすれば、天下の趨勢が定まっても謀反を企むどこぞの鬼神のような輩が現れて、終盤まで退屈しないと思います。
人間ほど面白いものはないですからね(笑)
提決4、6時間>
スゴイ電撃作戦だ(笑)
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/27(Sun) 17:24 <HOME>
全部ネット化して「欲しくない」というのは偽らざる本音です。
電撃作戦、多くのSLGで、常にプレイヤー側が不利な条件でありながら実は何だかんだで「最も効果的な攻略法」だったりいたしますが、結構萎えますな
ジオンの系譜はシステム上あんまりだれませんが、それでも最後は一気に詰めちゃう
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/28(Mon) 02:44 <HOME>
確かにだれます。信長の野望とかは「城がふえた」とかを売りにしてますがはっきりいって潰していくのが面倒なだけ。人手もたりなくなるので内政もぜんぜんしなくなるし・・・。というか後半は内政しなくても金がどっかで溢れているので問題ないし。
光栄・歴史シュミレーションゲームは結局、最初のコツコツとした内政やコツコツとした拡張が一番楽しいのでしょう。
そう考えると項劉記のようなライバルを倒せばおわりとか、水滸伝のような高Qを倒せばおわりといったほうが面白いかもしれません。世界制覇、天下統一はなにかと面倒です。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/28(Mon) 07:55 <HOME>
>「だれる」のが問題。
そう、それが言いたかった(笑)。
たとえ長くても、ダレなかったら面白いですからね。
>コーエーのゲームは基本的に
>48時間以内にクリアーしちゃいますね。
どうやったらそんな時間でクリアできるのか、メチャクチャ気になりますが(笑)。
提督4は陸戦がなくなってるんですよねぇ、中国との問題で。
>項劉記のようなライバルを倒せばおわりとか、
>水滸伝のような高Qを倒せばおわりといったほうが面白いかもしれません。
>世界制覇、天下統一はなにかと面倒です。
わたしもなんとなく、そっちの方がいい気がする。特に水滸伝は緊張感ありますよね。
ところで「ネット版信長or三国志」やった事のある方いらっしゃいますか?
あれ、面白いんですかね?
[254へのレス] ネット版のぶやぼ・三国志 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/28(Mon) 08:27 <HOME>
ネット版光栄ゲームの経験者ですが、個人的意見としてはハッキリいってつまらないです。
人間同士の戦いですから、思考能力に関しては先が読めなかったりして結構面白いのですが、ゲームのシステムがユーザー対戦の意味を殺してます。
基本はフィールドの陣取り合戦のうえ、光栄側のサーバーが当時(4年前)は弱すぎて、ゲーム中によく回線の強制切断を受けた経験があります。
登場武将に関しても、伝説の武将と称して源義経や北条時宗を始めとした時代を無視した異常に能力が高い使用キャラとして出てきます。
彼らには普通に戦闘では勝てません(苦笑)
1ターンにつき、1人30秒の持ち時間でいろいろ考えて行動するのですが、それを5人くらいの複数で遊ぶと次の自分のターンまでは120秒(2分)かかります。
最後まで遊んだ記憶が少ないほど、時間が掛かります。
決着がつかずに4時間掛かかり、ゲーム中にチャットができるので、参加者と協議のうえそこで終了した記憶も(汗)
当時は爆発的な人気で盛り上がったのですが、当時から言われていたゲームシステムの問題が衰退を招いたと今でも思ってます。
のぶやぼ(信長の野望の略)と三国志のネット版は、遊ばなくても後悔しません。
今でも遊んでいる人がいるかは、すでにソフトもっていないので知る事は出来ませんが、いるとしたならば”光栄信者”でしょうか。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/28(Mon) 13:02 <HOME>
ゲーム短縮のポイントは連続取りです。
国だろうが城だろうが、基地だろうが、
同時にせめて連続で取っちゃって下さい。
チンギスハン、天翔記以来の信長や三国志シリーズ、
太閤立身伝系統は連続取りが可能になっています。
大航海時代もある程度、実力が付いたら、
片っ端から敵船を沈めましょう。
勝手に金と名声と力が付いてきます。
問題は戦闘方法です。
戦場毎に効率且つ、効果的な戦い方が必ず存在します。
敵の半分の兵力があれば絶対に勝てるのが対com戦の醍醐味ですから、この方法を見つけてみましょう。
太閤立身伝の場合は、
前半はとにかく主命を最高値で達成しまくる。
城主になったら、謀反を起こして大名に。
あとは連続取りするだけです。
信長の軍勢が鬼のように攻めてきたら、
ハンペンとクロカン、知謀の高い連中に鉄砲持たせて、
一人づつ士気を減らして退却させ、
信長一人になったら、撃ち殺してあげましょう。
巧く行けば配下になりますね(一作目のみ)。
こうして気が付くと天下統一してます。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/28(Mon) 23:13 <HOME>
牛丼将軍>
意外にも牛丼将軍はネット光栄ゲームの経験者でしたか(笑)。
さすがネット歴が長いだけある。
>ゲームシステムの問題が衰退を招いたと今でも思ってます。
>のぶやぼ(信長の野望の略)と三国志のネット版は、遊ばなくても後悔しません。
なるほど…。光栄は「妙に頭の固い部分」があったりしますからな(笑)。
もう少しユーザーの意見を広く求めるような姿勢でゲーム作ればいいのにね…不思議だ。
岳飛さん>
何事にも研究熱心な姿勢には頭が下がります(笑)。
自分も昔は「少ない兵数で勝つ」事にチャレンジングスピリットを燃やしていたのですが、歳とるにつれて思考が内政型に切り替わってきてるんですよ(笑)。
>ハンペンとクロカン
半兵衛と官兵衛ですな(笑)。
[254へのレス] Re: 歴史SLGのゲーム時間 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 23:22
コーエーはゲームシステムの問題もそうですが、素材に新鮮味が無くなって来たのではないかとも思います。
コアユーザーならともかく、ライトユーザーが年1作以上のペースで発売されるのぶやぼや三国志を買いつづけるとは思えません。
おまけに当たり前のようにPUK出しますし。
PUKに入ってるぐらいの機能なら最初から入れとけ、と。
ここはひとつ、三国志やのぶやぼから離れてチンギスハーンや源平、ランペの新作でも。
[254へのレス] Re: 速クリはFFWで飽きた 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/29(Tue) 02:20 <HOME>
ジオンの系譜とかも早クリ(同時フェイズで一気に陥落。ただし第三モード)、結構有効なんですが、何気に相当つまんないです。MSもロクに開発せんで投了。まぁ早クリ、結構アチコチのサイトにてやってあるから見てみるといーかも。
あ、ワシは元から「そもそもクリアする気ナッシング派」です。だれたら辞める、コレ繰り返し
[254へのレス] 光栄ゲーム 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/02/01(Fri) 06:39 <HOME>
>コーエーはゲームシステムの問題もそうですが、
>素材に新鮮味が無くなって来たのではないかとも思います。
これ以前、社員の方に聞いたんですが、
「信長・三国志以外の時代は売れない」から出さないという事だそうです。
それはそれで、商売だから筋は通ってると思うんですけどね…なんか“守ってるなぁ”って感じしますよね…。
会社デカくなると、どこも「馬鹿の一つ覚え」的商売になりますな。
[297] このポストには、この人を! 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/30(Wed) 16:06 <HOME>
昨今の政治離れを解消するために、
今こそ古の人々に政治を任せてみたい!
というわけで、彼方ならどのポストをどんな人物に任せてみたいですか。
私は、吉田松陰か細井平州に文部科学大臣をやってほしいと思う。
[297へのレス] Re: なんとなく 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/30(Wed) 19:11 <HOME>
王安石が首相
[297へのレス] お約束ですが 投稿者:雅 投稿日:2002/01/30(Wed) 20:58
織田信長を総理大臣に任命。
総理になって発する一言は『鳴かすなら殺してみせようホトトギス』(爆)
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/31(Thu) 02:46 <HOME>
>王安石が首相
それ賛成。
自分も首相候補挙げるなら、マリア・テレジアとか。
…なんか啓蒙専制君主を首相という発想も面白みがないですが。
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/31(Thu) 04:00 <HOME>
ポルポトが防衛庁長官。国防・軍隊に対する関心が高まるのでは・・・。
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/31(Thu) 06:48 <HOME>
では自分は防衛庁長官にガンジーを押そう。国防・軍隊に対する関心が高なるのは間違いない。
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/31(Thu) 10:16 <HOME>
首相には井伊直弼を推薦します。
自分の政治に邪魔だと思う抵抗勢力を、容赦なく排除する強気な対応を小泉首相は見習ってもらいたいものです。
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/31(Thu) 11:25 <HOME>
総理大臣>織田信長
文部科学>ハッジャージ
国土交通>羽柴秀吉
官房長官>羽柴秀長
官邸専属お茶汲み>千宗易
内閣調査室>服部くん
財務大臣>チンギス・ハーン<墳墓のありかをゲロってもらえば、財政再建などあっという間!(笑)
[297へのレス] Re: このポストには、この人を! 投稿者:カリウス 投稿日:2002/02/01(Fri) 03:46 <HOME>
外務大臣ビスマルク!!
日本の孤立・パッシング・バッシングともこれでおさらば。
でも、官僚と対立して更迭か・・・。
[295] 岳飛の餌 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/01/30(Wed) 13:41 <HOME>
なんか、エライ言われような(笑
人ですか。。。
あんなまずそうなモノ。。。
雑食動物ですよ・・・・・。
猿と同じですよ。
旨いとは思えませんなぁ。
とイキナリ化け物並のコメントですが、
昼休みの私は今、
食堂に居ます。
まぁ、仕事中の大半は食堂に居たりするのですが、
今目の前にあるのはノートPC・・・じゃなくて、
標準銀舎利と何かの残商材で作られたみそ汁、
鮭の切り身、たくあん、きんぴらの煮付けですね。
かなり健康的です。
朝は銀舎利に漬け物にみそ汁、昨晩の残りモノ。
時間がない時はパンですね。
晩飯は色々です。
肉より魚が多いですね。
ハッキリ言って、年寄り並の食材が好みです。
[295へのレス] 強引に歴史話へ… 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/30(Wed) 17:20 <HOME>
魚は花粉症の予防などにも効果を発揮するそうです。背の青い魚だったかな。よく覚えてないですが… (^^; 。
で、歴史とあまり関係がないので、強引に歴史話に持っていきますが(笑)
寿司のネタで「ご飯の上に蛸は不自然だろう」とわたしは以前から気になって仕方がなかったんですが、岳飛氏によると「江戸時代に安全に食えるもの」として考案されたそうです。
ようするに「上手いとか不味いとか二の次にした食べ物」だったんですな(笑)。
[295へのレス] Re: 岳飛の餌 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/30(Wed) 17:47 <HOME>
魔猿さん、それ大分前にも言ってませんでしたっけ?半年くらい前に(笑)。
蛸寿司、美味いですがねぇ、私は。ちなみに一番好きなネタはしめ鯖寿司。
>岳さんの食生活
健康的で何よりです。私はというと…学生らしくかなり乱れてます(笑)。
朝飯は大体パン一個。で、昼飯の弁当がとんでもない量でして、友人連中の倍近い量のご飯食ってます。
なんでかしらないけど、昼飯はたくさん食べます。ちなみに、昼飯と夕飯が栄養バランスは秀逸かと。
お袋に感謝〜。
[295へのレス] 行きたいレストランはプレジデント 投稿者:雅 投稿日:2002/01/30(Wed) 18:30
実は年寄り並だけど食べる量が大きいとか何気にいい材料を使っている等の
逸話があるような(爆)
>蛸にごはん
不自然かはともかく、味は結構イケルと思うんですが。
そのへんはマッチどう?
>ブラザーの食生活白書
学生の時はちょっとぐらい乱れてても大丈夫。
必要以上に気にするのは20代に入ってからでも大丈夫です(笑)
私は、栄養バランスはともかく必要以上に食べるのがいけないようで…
ところで一日の食事が昔は2回だったとのことですが、
いつごろから3回になったんでしょうか?
…フウ、なんとか歴史に持ってけたぞ。
[295へのレス] Re: 岳飛の餌 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/01/30(Wed) 22:33 <HOME>
三食になったのは欧米文化が到来してからです。
つまり、明治以後。
それまでは二食が基本ですが、
なんせ昔は、食材が揃わない・・・・・。
都市部位でしょう。
飢饉になっても、食い物があるのは。。。
[295へのレス] ネタ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/30(Wed) 23:09 <HOME>
>魔猿さん、それ大分前にも言ってませんでしたっけ?半年くらい前に(笑)。
その通りですが、他に新鮮なネタがなかったので(笑)。
>蛸にごはん
>不自然かはともかく、味は結構イケルと思うんですが。
>そのへんはマッチどう?
食って食えない事はないんですが「噛み切れないので、一口で頬張らないといけない」のがツラい(笑)。
[295へのレス] Re: 岳飛の餌 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/31(Thu) 11:17 <HOME>
人を食ってるってのは吉田茂の逸話にかけたツモリだったのですが(笑)
タコ>
味よりは歯ごたえを楽しむ感じですかね…。どちらかというとイカの方が好きカナ (^^)
[295へのレス] Re: 岳飛の餌 投稿者:美鈴ちん 投稿日:2002/01/31(Thu) 23:31 <HOME>
人を喰っているに掛けた>
なんとなくそんな気がしましたよ(笑
マジで食人やっていたら、
私はパプワニューギニアの戦士ですね。
偉大なる英雄の血肉を我に!
本当に食べて強くなれたら楽なんだけどなぁ。
ほうれん草喰って、マッチョになるのは考え物だけど・・・
[291] 地元教会史 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/29(Tue) 23:32 <HOME>
下記のアドレスは私の家の近所の教会のサイトなんですが、
http://www.hi-ho.ne.jp/takada-church/Nindex.htm#
ここにある地元の教会史コンテンツが面白いです。で、ですね、皆さんの地元の教会にも、こういった宗教関連(仏教、キリスト教など問わず)の地元史みたいなものってありますか?
最近思うのは、各教会のサイトが異常に面白い、ということ。各教会の牧師様がそれぞれ個性的な方が多いというのもあるのかもしれませんが。
宗教関連だからって、なんでもかんでも線を引くのは間違いだと、再確認する今日この頃です。
[291へのレス] 気付いてしまった(笑) 投稿者:雅 投稿日:2002/01/30(Wed) 02:16
なんかトップページの『当店一押』と『千客万来』が
とても地元に根付いてる感じがします。
[291へのレス] 内村鑑三 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/30(Wed) 02:23 <HOME>
>各教会のサイトが異常に面白い
「異常に」というのは、海苔さん特有の現象かと思いますが(笑)、
キリスト教と言えば、最近知ったんですが、内村鑑三の唱えた「無教会主義」というのが興味を惹かれました。
簡単に言うと「教会によらず、独立の信念と聖書による信仰」を薦めた思想だそうで。
この内村鑑三という方は、あの「足尾銅山鉱毒事件」の時に経営者を激しく非難したり、
また「教育勅語に対する敬礼を拒んだり」と、とにかく「気骨の人」ですね。
以前、海苔さんに教えてもらった「青空文庫」というサイトで、この鑑三先生の著作が読めます。
http://mirror.aozora.gr.jp/
わたしも落としただけで、まだ読んでないんですが (^^; 。
ついでに(これも海苔リンに教えてもらった)「テキスト文を縦書きで読めるツール」というのがありまして
http://www10.pos.to/~bei/soft/soft.htm
「青空文庫」の作品を読むなら、これを使うと良いです。
[291へのレス] Re: 地元教会史 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/30(Wed) 02:38 <HOME>
>なんかトップページの『当店一押』と『千客万来』がとても地元に根付いてる感じがします。
でしょう。私もそう思います(笑)。
>「異常に」というのは、海苔さん特有の現象かと思います(笑)
まぁ、そうでしょうねぇ(苦笑)。さすがは魔猿さん、よくわかってらっしゃる。
無教会主義なんですが、一つの考え方として、十分有りですよね。一応全部落としたので、テスト明けにでも読んでみようと思います。
[275] 貫と石高の違い 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:30 <HOME>
戦国時代などでは、貫と石高についていろいろとでて
来ますが、これらはどう違うのでしょうか?
[275へのレス] Re: 貫と石高の違い 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:37
過去ログ消えとる・・・
昔岳飛さんがいろいろと説明してくれた事があったんですが・・・
魔猿さんにそのときの過去ログの復活を希望してみればよろしいかと。
[275へのレス] 過去ログは… 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/28(Mon) 17:23 <HOME>
ログは残ってますよ、ケインさん(笑)。
上の「過去ログ」のリンクに入って「米と金」で検索かけてください。
岳飛さんの「泣く子も黙るような」詳細な解説が出てきます(笑)。
[275へのレス] 岳さんは何が主食なんだろう 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/28(Mon) 21:35 <HOME>
何食ってればこんなに知識が入るのか気になりますな(笑)。
で、過去ログを読んでいて疑問に思ったことを。
>米支配は徳川政権の特徴
これはどういう風に繋がるのでしょうか?米生産に従事させることによって、つまるところなんらかの政治的な効果があったということなのでしょうが…。
>西国が金本位政策を維持していた事が後の倒幕成功につながりますが・・・これはまた別のお話。
読んでいるうちに、ここらへんは想像できたわけですが、具体的にどんな風につながっていったのかが気になって仕方がないです。
今こそ、その「別のお話」をするときですぞ、岳さん(笑)。
[275へのレス] Re: 貫と石高の違い 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/29(Tue) 00:34 <HOME>
岳さんの食糧>
人を食ってるに違いない(笑)
[275へのレス] Re: 貫と石高の違い 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/29(Tue) 19:46 <HOME>
過去ログ見ましたゼ♪
実に分かりやすい解説、これで謎も
解けたというものです。
どうもありがとうございました。
しかし、岳さんって博識ですなぁ。
[275へのレス] かなりウケた(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/29(Tue) 23:14 <HOME>
>岳さんの食糧>
>人を食ってるに違いない(笑)
怪人だけに、ありそうね(爆)。
[266] 庄司甚内 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/28(Mon) 13:15 <HOME>
この人は江戸の吉原町に『御免色町』を作った人です。
御免色町というのは、
名前の通り、『天下御免の色事の町』という意味ですが、
こはつまり『徳川の権威、郭に及ばす』という意味でもあるんです。
実際、吉原は殆ど幕府の力は及んでいません。
役人が公務で入る事も許されていません。
町人も武家も無い、世界。
しかし、幕府は何故、これを認めたのか?
実際、吉原では水野十郎左右衛門と幡院長兵衛を代表とする、
旗本奴、町奴の喧嘩場であり、見ようによっては、幕府にとって好ましからざる事態になっていました。
これが何故、認められたのか?
遊女ならば、内藤新宿やらの江戸の外れに行けばいくらでもあります。
何故、江戸城府内に据え置く事が認められ、
明暦の大火の後も吉原町から山谷町へ移動したモノの、
再建立が認められたのか?
非常に興味深い所ですね。
[266へのレス] Re: 庄司甚内 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:27 <HOME>
古今東西、遊郭などの類はまずなくなることはなかったのでは
ないでしょうか?
それは封建社会の江戸とてまたしかり。
[266へのレス] Re: 庄司甚内 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:27 <HOME>
宗教的要素がからむとまた別の話になるのでしょうが。
[266へのレス] Re: 庄司甚内 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/28(Mon) 23:13 <HOME>
これは創設者の庄司甚内と江戸幕府の間に「何か裏取引があった」とか、そういう話なんでしょうかね…。
あるいは、現在の北欧の国々の政策(ポルノ映像を公認)のように「風俗産業の規制をゆるくする事で性犯罪を減らす」ことが目的であったのでは?
[230] 仏教勢力と信長 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/25(Fri) 13:14 <HOME>
自分の知ってる範囲では室町時代にはすでに仏教勢力と言うのはかなり腐敗し、位の高い連中は口で神や仏を唱えながら、現実には金と権力を使い自堕落な生活をしていました。
こういった腐れ僧侶がのさばっている事が、現実主義の信長には許し難い事だったんだと思います。
叡山焼き討ちは、女子供まで焼き打つのは酷すぎると思いますが、僧侶を懲らしめた事には賛成です(爆)。
[230へのレス] 本当は熱い漢 一休 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/25(Fri) 13:15 <HOME>
こういう腐敗した仏教界に嫌気がさして放浪&破天荒な生活を送っていたのが一休御坊ですよね。
さしずめ「仏教界一の傾奇者」だと思います。
ただの「破戒僧」などという言葉では片付けられない「反骨精神」の持ち主です。
以下余談ですが、アントニオ猪木が引退試合の時に詠んだ詩が一休和尚の詩なんですよね。
ご存知の方も多いかもしれませんが、書いておきます。
「道」
この道を往けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一歩が道となる
迷わずに往けよ
往けばわかる
この詩が一休和尚の詩だと知った時「あのとんち小僧のモデルが、こんなに熱い漢だったのか!!」と、自分は感動しまくりでした(笑)。
「歴史はいいなぁ」とホントにそう思ってしまった。
[230へのレス] Re: 仏教勢力と信長 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/25(Fri) 16:23 <HOME>
室町は密かに熱いです。一Q坊主も「髑髏の数珠」を持っていたり相当な熱い男ですが(後継一Q教団を作らないとこも良い)、もう一人「帝家に敬意のケの字ももたない」奇人、聖徳太子の化身(BY本願寺教団)、細川政元に、「上様のご政道がもう少し公平ならば・・・」といわれた満ッチー、さらに伊勢新九郎と大物多し。あと、蓮如と一休の、奇妙なつながりもよく、なかなかに「大穴」かと
[230へのレス] Re: 仏教勢力と信長 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/26(Sat) 02:42 <HOME>
一休和尚はアレでも後小松天皇の皇子ですからなぁ。
将軍義満に優遇されていた理由も納得ですよ。
彼の父親によって南北朝が統一されたわけだし、
一休はその為に幼少時に出家する事となったのだし。
[230へのレス] Re: イッQ坊主 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/26(Sat) 10:07 <HOME>
生まれたときから方外の王子であった、と。ドラマティック!
あのアニメはイッQが段々「カミーユばりに沈んでいく」とこといい、将軍様の「描き方」といいナイスな感じ
[230へのレス] Re: 仏教勢力と信長 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:34
おまけに一休の晩年も凄いですな。
愛人との愛欲に塗れた爛れた日々を赤裸々に文章に残してるし。
江戸時代に戯作者として生きてたら面白かったろうに。
[230へのレス] 蜷川できるアゴ割れ役者はだれだ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/28(Mon) 19:30 <HOME>
盲目の森侍者でしたかのぅ
[222] コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/25(Fri) 10:19 <HOME>
大友宗麟(か龍造寺隆信) // 立花道雪、鍋島直茂でも、まぁ可
一Q // 足利義満、細川政元でもまぁ、可
[222へのレス] 一Qはウケた(笑) 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/25(Fri) 13:13 <HOME>
立花道雪、鍋島直茂は見てみたいなぁ。
あと一Q宗純は、知名度と生き様の凄さの点から、けっこう視聴率稼げそうな気がしますね。
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/25(Fri) 16:36 <HOME>
一Qは「外野」に結構いいメンツがそろえれるかなぁと。花の御所から応仁の乱まで網羅。
大友宗麟(か龍造寺隆信)は、(それなりに有能でも)ダメ殿(人間的に)を支える重臣と「女性」がええかなぁ、と
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/26(Sat) 02:40 <HOME>
斉藤杢之助も面白そうだなぁ。
あと庄司甚内。
[222へのレス] 誰? 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/26(Sat) 07:53 <HOME>
>斉藤杢之助も面白そうだなぁ。
>あと庄司甚内。
日本国民の9割方、知りそうにないですが(笑)。
かく言うわたしも…。
[222へのレス] 誰?<魔猿殿 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/26(Sat) 08:56 <HOME>
斉藤杢之助は、有名な葉隠れを提唱した鍋島家の人間です。
故隆慶一郎氏が、”死ぬことと見つけたり”という作品を出してますので、気になるようでしたら読んでみたらいかがでしょうか。
ちなみに作品は作者の死により未完です。
庄司甚内は吉原を造った人でしたっけ?(汗)
これまた、故隆慶一郎氏の”一夢庵風流記”に北条家の家臣として登場します。
小説ですので史実とは違うのでしょうが、唯一登場する作品はこれしか知りません。
[222へのレス] 杢之助&甚内 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/26(Sat) 13:16 <HOME>
毎度毎度ありがとうございます(苦笑)、牛丼将軍。
そういえば『死ぬことと見つけたり』は、岳飛さんからも薦められていたなぁ。
最近は本読むのも戦国以外の時代が多い…。とりあえず覚えておきます。
『一夢庵風流記』は読みました。庄司甚内なんて全く覚えてないなぁ (^^; 。
[222へのレス] 一夢庵風流記 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/26(Sat) 13:24 <HOME>
魔猿殿<『一夢庵風流記』は読みました。庄司甚内なんて全く覚えてないなぁ
傀儡子親子の息子ですよ。
小田原城攻めで登場するのですが、主人公が凄すぎて確かに忘れやすいですね(笑)
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/27(Sun) 01:03
調所広郷。踏み倒し借金王!
…大河ドラマよりプロジェクトX歴史版が似合いそう(笑)
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/27(Sun) 01:04 <HOME>
庄司甚内>
正確な名前は庄司甚衛門です。
元北条家の家臣ですね。
傀儡の達人でした。
一夢庵風流記にも登場しますが、
この人はむしろ、『死ぬことと見つけたり』に登場したときの方が、より人生に深みが増した感じで格好いいです。
尚、この方。
マンガ版には登場してません(確か。
マンガ版では『甲斐の飛び加藤』が出ちゃってますね。
こちら小説には登場しません。
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/28(Mon) 07:56 <HOME>
>庄司甚内
わたしも一応『花の慶次』見て確かめましたが、出てきてないですね。
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/28(Mon) 14:30 <HOME>
個人的には、直江兼続。
上杉家の名宰相だった彼を、是非!
で、原作は「密謀」(藤沢周平)。
[222へのレス] Re: コレやれよ大河ドラマきぼソ 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:46
隆慶一郎の「吉原御免状」に爺ぃになった庄司甚内が出てきます。
続編の「かくれさと苦界行」と言う作品にも。
主人公は天皇の隠し子(一休みたいやん)にして宮本武蔵の養子。(なんじゃそれ)
氏の各作品と色々繋がりのある話です。
家康の出自とか、庄司甚内とか、色々。
[242] 秀吉は何者か? 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/26(Sat) 03:18 <HOME>
秀吉商人説に伴い、少し興味の箇所を見つけたので、
カキコします。
殿様の子に農民を付けないと在るのですが、
この当時、農民と武士の区別は在りません。
というか、農民の多くが武士です。
主家に仕える仕えないの差も無いくらいですね。
今話題の前田家なんぞ、
荒子城とご大層な名前が付いてますが、
横幅70メートル、奥行き50メートルの『城』です。
これって、その辺の農家より小さい敷地です。
確かに簡壕を巡らしていた様ですが、
それは村の周囲にだって巡らしてますよ。
キチンとした兵農分離が施工されるのは
信長が美濃攻略を為し上洛した後です。
それまでは農民と武士の境目は無かったようです。
さて、その筑前ですが、
母親が農民なのは確かですね。
長浜城内に畑を作る、大阪城にも畑、、、、、
商人はちょっと、やりません。
兵農分離した後の武士は鍬鍬持つを好まず、という
姿勢でしたし、
それ以前から鍬鍬持ちたくないから、
武士やっている人もいますから。
実の所、羽柴筑前の生い立ちは或程度推測できてます。
彼は尾張中村の生まれです。
母親は農民の娘です。
父親は不明。
本人は商人です。
文字が読める点が農民ではない事の証明です。
この頃の農民はカタカナを漸く読める程度ですが、
彼は漢字が読めるという点で、一線を書きます。
本人は寺に居た為読める様になったと言っていますが、
寺に居た期間は精々、6歳〜15歳程度だった事を考えると、
実践で使用していたと言う事が解ります。
となると、これは商人、或いは武士、僧侶、忍びのいづれかの
職務に従事していることになります。
弟、羽柴秀長が商業に長じている点からも、
商人として生活していたと言う事が伺えます。
また、織田家家中の生駒氏や
今川の加藤氏や関口氏を始め地方豪族に
顔が知られていた点を考えると、
米や灯油、簪や櫛を取り扱う台所商人であろうと思われます。
こうした商人は固定の店舗を有さず、
問屋から商品を仕入れる代行や現品ょ訪問販売する為に、
地方を行脚していた訳で、
この事から、諸国の内情を武士以上に精通し、
時として武士達の情報源となり得ていました。
秀吉と信長の接触時期を考えると、
今川に通じている秀吉は信長にとって非常に有用な人材であったと考えられます。
また、桶狭間の際、秀吉が暗躍していた所を考えると、
より土地に精通していたと考えられ、
この点が信長に買われたのでしょう。
もっとも信長は忍びすら軍団長に任命する人間ですから、
気に入れば何でも構わなかったのかもしれません。
余談ですが、
信長の鉄砲術の多くを支え運用したのは、
甲賀忍びの滝川一族です。
滝川一益が寵用された理由に情報集積力と鉄砲運用に長じていたため、と在ります。
[242へのレス] Re: 秀吉は何者か? 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/26(Sat) 13:14 <HOME>
なるほど。岳飛さん、長文ご苦労様です(笑)。
いつも一体どこから調べだしてくるのか、感心しますが、実はタイムマシン持ってるとか。
[242へのレス] Re: 秀吉は何者か? 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:18 <HOME>
岳飛殿は奥が深い・・。
じっくり読ませていただきました♪
[242へのレス] Re: 秀吉は何者か? 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:24
滝川一益の前身についてはご存知無いですか?
元は津だかどこかの奉行として織田家に入ったらしいのですが、
戦の才を買われて武将に転身したらしいんです。
[268] 足利義昭を考える 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/28(Mon) 14:44 <HOME>
大河ドラマでは桶狭間が終わりました。
というわけで、大河ドラマ連動企画第二弾!
今回は、室町幕府15代将軍・足利義昭について考えてみましょう。
皆さんの、彼に対する印象はどのようなものでしょうか。
また、鞆幕府についてでも結構です。
私自身は、彼の戦略=信長包囲網は正しかったと思っています。
現に、ある一時期まで信長は危機に瀕していたわけですし。
ただし、信長滅亡後に彼が将軍のままでいることができたかは疑問ですが。
[268へのレス] Re: 足利義昭を考える 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:20
武田信玄と上杉謙信、それぞれが上洛、もしくは反信長の兵を挙げ、
上手くいくかなと思ったところで病死してしまったのが痛いですねぇ。
信玄は徳川領ぐらいはやすやすと占領できたでしょうし、
謙信にしても越中、越前、加賀、能登あたりは切り取れたでしょうし。
武田、上杉、北条の三家が関東で長々と喧嘩してなければ義昭の戦略も何とかなったような気もします。
鞆幕府については毛利家の方針が天下を狙わない、というものである以上どうにもならないかと。
[268へのレス] Re: 足利義昭を考える 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/28(Mon) 15:22 <HOME>
僕も、足利義昭の信長包囲網はかなり効果あったとおもいますね。
ただ、それが成功したとしても足利義昭が復権できたかどうかは
別問題ですがね。
まぁ、復権の望みがあるとするなれば越後の虎・上杉謙信くらい
だったのではないでしょうか?
[203] 今川義元を考える 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/23(Wed) 13:47 <HOME>
いよいよ、大河ドラマで桶狭間の戦いが目前となりました。
そこで、信長の引き立て役・今川義元について考えてみようではないですか!
ドラマでは、お歯黒・小太り(今回は小太りではないが)とひどい扱いですが、実像はどうだったのでしょうか。木像や肖像画を見る限りではそんなことはないし、政治手腕だって分国法制定(今川仮名目録追加)など、決して他の戦国大名に劣らないはずです。
ただ一点、戦争下手だったようには思いますが。戦争は、たいていの場合大原雪斎に任せていたようなので、桶狭間で負けても仕方ないとは思いますが。
さあ皆さんは、どう思われますか。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/23(Wed) 17:48 <HOME>
史実として描くか、物語として描くか、で必然的に今川義元はああいった扱いになるのでしょう。
今川義元自身がどういったことをしたのかは詳しくは知らないのですが、戦国時代に一つの国を一定期間以上維持していた、というだけでも、能力は低いとは言えないはずです。
まぁ、本人の能力がどうこうよりも、他人と比べてどうこう、ですからねぇ…。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/23(Wed) 23:55 <HOME>
うむ、静岡の英傑なのに肩身がせまいのう・・・。というか信長というインパクト強しの男と戦って負けたことがいけなかったのでしょう。信長や秀吉の伝記のまさに引き立て役になっている。
実際は上洛できるだけの実力を備えていたでしょうし、駿府、遠州、三河の三国を治めていたというだけでもヤリテだと思います。彼の息子をみればわかりますが・・・。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/24(Thu) 03:27 <HOME>
今川義元は典型的な判官贔屓の敵役ですね。
まずは、実像と能力に付いての考察をば・・・
今川義元は今川氏親の5男ですね。
幼名は方菊丸。
幼い時に大原雪斎の弟子として僧侶の道を歩みます。
出家号は梅岳承芳といいます。
大変思慮深く、賢い子供だった様です。
この人の場合、もっと有名なのは母上様でして、
氏親死後、中御門家の娘で寿桂尼と号しています。
嫡男氏輝が14歳で家督を相続したために、
寿桂尼が国政を司り『女戦国大名』の異名を今に残しています。
今川家の分国法の基礎を定め、家臣団の統制を改めつつ、
重臣共に地歩を固めていきます。
さて嫡男氏輝が若年にて死ぬのですが、
同時に次男彦五郎も逝去します。
公的には病死とありますが毒殺説が非常に強いです。
この頃、梅岳承芳は京都の仁和寺にいるのですが、
三男、玄広恵探は駿河にいます。
家督を奪うチャンスとしてこの二人を毒殺させたと考えるのが妥当です。
家督相続者の相次ぐ死により今川家は分裂します。
3男対5男の家督争いです。
これを『花倉の乱』と言います。
この花倉の乱は大原雪斎の知略により、
梅岳承芳の勝利となります。
彼が還俗して今川義元と名乗ります。
家督相続後の義元は分裂で荒れた領国を整備し、
分国法を改め、戦国大名としてより強固な地歩固めを行います。
かれはその目で京都の惨状を見聞きしていたはずですから、
自分がそれを正す積もりでいたのでしょう。
また、今川家は足利将軍家の家督相続権を有している家なので、
自分が将軍になっても良いハズだと考えていたようです。
今川義元は基本的には公明正大で、
家臣・領民に好かれる人柄だったそうです。
政治面では大原雪斎の助言や考えが繁栄されていると考えられつつも、ドラスティックで先進的な改革を多方面で行い、
実績を上げています。
今川4万5千の大軍を擁するのは伊達じゃなかったんですね。
義元の実践政策は彼の死語も家康や信長にも継承されています。
義元自体ですが文人です。
これは体制地歩を固める人間は文人であるという考えに基づいて、
大原雪斎が育てた為です。
武断な面は部下に任せ、それを統制する能力を有している方を
優先させたのでしょう。
また、貴族趣味に走ったのは、
上洛後、貴族達に『田舎大名』というそしりを受けない為で在ったと考えられます。
桶狭間で敗れた原因は、
大原雪察斎が死去していた事が大きいはずです。
また、三河領民や尾張領民の中の土豪達が必ずしも義元派ではなく、情報を信長に伝えていた事が大きいでしょう。
4万5千という大軍にも問題は在ったろうと思われます。
また、確実に勝てると兵士達が思いこんでいたのを是正しなかった点も問題です。
勝ち戦と思い込んでいる将兵は死兵にはなりきれず、
本物の死兵と向かい合い、一度気圧されると後に引いてしまいます。この時の織田軍は死兵集団ですから、勝ちを意識した将兵は戦意を喪失して、突破を許したハズです。
義元の敗北や欠点は、文武両道を唱えつつも、
軍事を部下に任せすぎた点です。
また、数に油断したという点も重要でしょう。
桶狭間の様な戦いは必ずしも負ける戦ではないのですが、
士気を徹底出来なかった点に軍人としての欠点を見ます。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/24(Thu) 05:31 <HOME>
武田信玄や北条氏康と渡り合った偉い人だと思いマース。上に立つ人間、万能でなくともきっちり下をまとめれておればよろしかろうと
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/25(Fri) 01:22 <HOME>
おお義元公はなんと立派な人なんだ!!しかし、雪斎という人は坊主のくせに戦にたけているとはのう。まあ、本願寺の例もあるからいいのかな。
[203へのレス] 大原雪斎 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/25(Fri) 02:13 <HOME>
>雪斎という人は坊主のくせに戦にたけているとはのう。
自分もこれは思いました(笑)。何か矛盾しているところが笑える。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/25(Fri) 10:27 <HOME>
内政に関しては今川家はすごいと思います。
理由はすでにみなさんが書いておられるので、今更なのであえて書きませんが、周防の大内氏なみに優れた商業・文化を備えていた家ではないでしょうか。
軍事に関しても、朝比奈一族、福島正成といった武将がいたので義元自身は安穏とした生活が送れた事でしょう。
太原雪斎同様に、安国寺恵瓊も生臭坊主として有名ですよね。
しかし一番はやはり、石山本願寺一門と下間一族では(笑)
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/25(Fri) 11:09 <HOME>
>坊主のくせに戦にたけている
確か、当時の寺院には多くの書物が所蔵されていて、その中には兵法書もあったといいますから、坊主でも戦にたけた者がいてもおかしくないと思います。
武士の学問所も、たいていは寺院だったそうですし。
[203へのレス] 闘うお坊さん 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/25(Fri) 11:19 <HOME>
比叡山延暦寺も、鎌倉時代以前から周囲にとっては信仰ではなく恐怖の対象ですもんね(苦笑)
権力者による宗教弾圧が絡んでくると、仏よりも武力を信奉してしまうのは悲しいものです。
[203へのレス] Re: 今川義元を考える 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/25(Fri) 18:31
太原雪斎といえば、彼は家康の師匠もやってましたよね。
義元と同じ人物から教えを受けて義元の姪を妻に娶っているところを見ると、家康って結構今川家では重用されてたんではないでしょうか?
徳川の世になってから今川家ではいじめられてたけど苦労を重ねて天下人にまでなったんだよ、みたいなふうに流布されたんじゃないかなぁ、と思います。
[203へのレス] 家康は義元の養子です。 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/26(Sat) 02:35 <HOME>
松平元康は義元の養子です。
関口氏の娘を自らの養女にしてめとらせています。
これは養子縁組をしたのと同じなんですね。
前後には三河懐柔という思惑があるにせよ、
義元的にはこの剛胆な少年元康を気に入っていたのかもしれません。
坊主は偉大な軍司>
当時の知識階層は坊主が第一級なんですね。
書物が流通していませんし、
書物を読む人の大半は坊主だったんです。
ですから、武将の多くは坊主に学んでいます。
信長だって、坊主に学び、坊主の意見で『岐阜』という
地名を考案した訳ですしね。
[174] サルとタヌキ 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2002/01/15(Tue) 13:31 <HOME>
ご覧になった方がどれだけいらっしゃるか分かりませんが、先週NHK「そのとき歴史が動いた」で日本史を動かした人物ランキングをやっていました。
で、その中で3位と4位にそれぞれ徳川家康と豊臣秀吉がランクされていたんです。このときのゲストが(変な関西弁を使う)堺屋太一氏で、秀吉は天下を取ること自体が目標であったとし、家康は如何にして天下を静謐ならしめるかということが目標であったと解説していました。
好き嫌いはともかくとして、秀吉と家康について皆さんはどのように思われますか。二人の人物評などを聞かせてください。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/16(Wed) 23:58 <HOME>
秀吉が野心剥き出しなのは、事実なんだろうなと思います。
「とにかく天下人になりたい」と。
家康は、大阪の陣が終わった後「この国で二度と戦は起こさせない」とかいう言葉を吐いたとか、何かの本で読んだ気がする。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/17(Thu) 02:22 <HOME>
ワシの見たところどっちも野心タラタラですが、家康の方が「オレならこうする」ビジョンははっきりあったやも
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:モンケ 投稿日:2002/01/17(Thu) 02:36 <HOME>
サルもタヌキもあまり好きじゃないですね。
どちらかと言えば太閤さんの方が好きですが。
立身出世を夢見るのは今も同じです。出世したらふんぞり返りますよ。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/20(Sun) 13:51 <HOME>
サルは前半生においてはその生き様は結構好きですね。
特に浅井・朝倉連合軍での殿(しんがり)が好きですね。
タヌキは・・・どうも好きになれませんが。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/21(Mon) 22:36 <HOME>
ドラマチックなぶん秀吉か。でも、あの男本当は農民の出じゃなくて、裕福な商人の家の出だもんな。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/22(Tue) 06:45 <HOME>
>でも、あの男本当は農民の出じゃなくて、裕福な商人の家の出だもんな。
そうなんですか?初めて知った…。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/23(Wed) 00:30 <HOME>
そうなんですよ。話によるといくら戦国時代でも農民の子を、殿様の息子と接する(草履とりとか)仕事につけたりすることはないらしいです。つまり秀吉は金で官を買った。
農民出身としたのは自分をより偉大にするために捏造したためらしいです。おそらく劉邦とか朱元璋といった中国の皇帝の真似をしたのでしょうなあ。
秀吉の成金趣味も商人だったということをふまえるとなんとなくわからんでもないです。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/23(Wed) 01:08 <HOME>
なるほど…。ただ、ひとつアンチテーゼを出すなら、
信長は「常識にとらわれない」男ですから「農民でも気に入ったら側におく」という事もする可能性がありますよね。
とはいえ本当に「己の偉大さを浮き立たせるため」に「農民出身」という過去を捏造したのだとしたら、秀吉は実に頭のいい男ですな。
あの「人たらし術」にも納得がいく(笑)。
[174へのレス] Re: サルとタヌキ 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/23(Wed) 14:39
>>信長は「常識にとらわれない」男
実はコレも結構嘘だったりします。
楽市楽座を最初にやったのは信長ではないし。
逆に座から金を貢がせたりしてるし。
[174へのレス] 信長 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/23(Wed) 23:21 <HOME>
>逆に座から金を貢がせたりしてるし
この辺は、常識にとらわれうんぬんというより、最初から金巻き上げるつもりでいた気がする(笑)。
ところで楽市楽座の発案者は誰なんですか?
[174へのレス] 魔猿殿へ 投稿者:牛丼戦士 投稿日:2002/01/25(Fri) 10:09 <HOME>
>ところで楽市楽座の発案者は誰なんですか?
よく言われるのが、美濃の斉藤道三だと言われてます。
国を支えるものは農業による米だけでなく、商業による経済の重要性に気がついた人物でしょうか。
[174へのレス] マムシ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/25(Fri) 13:12 <HOME>
斎藤道三かぁ。
そういえば、道三て元は商人なんですよね。
だから気付いたのか…。納得。
[173] 歩兵 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/15(Tue) 11:58 <HOME>
レポートをやっていてふと気づいたのですが。
漢の武帝の時代、漢軍は匈奴に対抗するため騎馬隊をくりだしていました。歩兵ではオルドス平原地帯の戦いにおいて騎射をする相手と戦うことはままならないからです。
しかし、漢軍の李陵の部隊は歩兵部隊でありながら自分達より数の多い匈奴騎兵部隊を敗走させています。圧倒的不利であるにも関わらず勝利できたのは単に李陵の采配がよかったとか、部隊の士気や練度が高かったというところだけに集約されるとは思いません。
実は武帝の時代には騎兵をもって匈奴と戦うという戦法以外に、歩兵でもって匈奴騎兵を倒すというマニュアルができていたのではないかと私は思いました。
李陵軍の編成は前衛が戟と盾をもち、後衛が弓とドをもっていました。ドは匈奴に対してもっとも有効な武器であり、文帝期の報告によると「匈奴に対抗するには戟やドといった射程距離の長い武器を使う」とあります。
あくまで仮説でしかないのですが・・・。
[173へのレス] その仮説、当たっているかと… 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/16(Wed) 23:59 <HOME>
わたしが持っている範囲の資料では『中国武将列伝』に李牧という武将の事が
書いてありまして、趙という国の人で『史記』に載っているそうです。
で、この人は匈奴との戦いに明け暮れた人で、「騎馬遊牧民族に対する農耕民族の防衛戦術」というものを確立した人物だ、と田中芳樹氏は述べております。
中国の軍事史上ではかなりの名声を得ているそうですが、日本では無名なようですね。
カリウスさんの言うように、すでに武帝の時代には「匈奴に対する戦術」というのは確立されておったようです。
[173へのレス] Re: 歩兵 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/21(Mon) 22:34 <HOME>
李牧ですか。確か彼が死ぬまで匈奴は趙に攻め込むことはなかったという・・・。趙の国は匈奴の戦術をとりいれとりましたからね。
しかし、なぜに劉邦は匈奴に大敗したんだろ。油断か?
[173へのレス] Re: 歩兵 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/22(Tue) 06:47 <HOME>
「勝敗は兵家の常」と言いますから、いくら戦術が確立されていても負ける事もあるかと(笑)。
[173へのレス] Re: 歩兵 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/24(Thu) 23:33 <HOME>
劉邦は開祖皇帝としては希代稀にみる
『戦下手』ですから、
どんなすばらしい戦術を用いても華々しく負けますね。
え? 項羽にかったって?
項羽は人心を失ったからねぇ。
戦下手よりタチが悪い・・・。
[184] 海部俊樹 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/20(Sun) 11:24 <HOME>
今朝、「波乱万丈」で海部元総理が出てたんですが、その中で興味を引かれたことが。
海部氏は内閣で勤めるために奥さんと別居状態だったらしく、しかし長女だけは手元で育てたい、ということで宿舎で一緒に生活してたそうで、その娘さんは小学6年には、完璧に俊樹氏のところへたずねてくる新聞記者やら内閣の関係者やらの接客を完璧に行なっていたそうな。
俊樹氏曰く、「一番頭が上がらないのは妻ですが、二番目に頭が上がらないのは娘ですよ(照笑)」。
俊樹氏が急性肺炎で倒れたとき、娘さんが医者を呼んだ際の完璧な応対を俊樹氏は倒れながら聞いていて、それで先に挙げたような心境になったようです。
で、肝心なことなんですが、政界には娘さんがいて、こういったような関係(つまり、娘に世話になった)の方って他にもいらっしゃるんですかねぇ?
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/20(Sun) 13:54 <HOME>
拙者も見ておりましたよ♪
とてもできた娘さんでございましたなぁ。
[184へのレス] 最近思う 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/20(Sun) 17:38 <HOME>
人間、朝起きて夜寝て、タバコも酒もやらなければ、存外それで健康といえるような(苦笑)。
>シンドウ243さん
見てましたかぁ♪ここのメンツは夜型が多そうなので、心配だったんですよ(苦笑)。
>とてもできた娘さん
ええ、本当に。娘さん側の言い分も一度聞いてみたい気もします。もち、奥さん同席で。
で、海部さんは別部屋で聞いてる、と(笑)。
どこかの局がやってくれないかなぁ。絶対見るんですが。
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/21(Mon) 03:12 <HOME>
自分はその時間は、眠りにつく時間です(笑)。
政治家の人たちも、普通にしゃべってる分にはけっこう面白い人たちは多いんですよね。
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/21(Mon) 03:35 <HOME>
田中のマキねぇさんでしょ。
それと、、、小渕の小娘。
政治家をやっている人間は良かれ悪しかれ
肝は据わってます。
後援会だのなんだの面倒な事もこなしてるしね。
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/24(Thu) 05:36 <HOME>
今保守すか?結局この男は何がしたいワケ?
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/24(Thu) 12:11
なんかこう、この人はサラリーマン総理って気がしましたね。
んで、今はなんとかって言うワインの協会の会長だっけ?
竹下、宮沢以降ろくな政治家がおらんなぁ。
この2人がいなくてプラザ合意を突っぱねてたら日本の経済ももうちっとまともだったかもねぇ。
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:雅 投稿日:2002/01/24(Thu) 12:22
というか、この人まだ政治活動していたんですか?
もう、出るといったらバラエティばっかり(苦笑)
[184へのレス] Re: 海部俊樹 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/24(Thu) 17:02 <HOME>
身の程もわきまえず自民を飛び出して巡り巡って保守で自民にひっついてんでしょ?確か。ダサいス
[176] 食の話 投稿者:モンケ 投稿日:2002/01/16(Wed) 01:47 <HOME>
とある本で、ハンバーグのルーツはモンゴルだと聞きました。
本当なんですかね?
タルタルステーキを焼いたのがハンバーグだとしたら
タルタル=タタール=モンゴルなんでしょうけど。
モンゴル人って生肉を食す文化があるのかな?
真相と、もしそうだったとしたら、どうやって欧州に伝わったか知ってる方、教えてください。
[176へのレス] Re: 食の話 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/16(Wed) 23:58
かなりあやふやな記憶ですが「タルタルステーキにはロシア人が絡んでいて、日本人がそんな名前を付けたとか」ニュースでちょっと聞いた覚えがある…。
[176へのレス] 少し調べたら答え出ちゃった・・。 投稿者:モンケ 投稿日:2002/01/17(Thu) 02:32 <HOME>
ハンバーグのルーツはドイツみたいですね。ハンブルグが語源みたい。
タルタルステーキもドイツ料理みたい。タルタルステーキとユッケは同じモノ?
そう言えば「ミスタービーン」にタルタルステーキって出てましたね。
自分は生肉は食さないので食べたことはありませんが。
タルタルはフランス語で「生」と言う意味らしい。
[176へのレス] 自分ツッコミ 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/17(Thu) 04:48
>タルタルステーキにはロシア人が絡んでいて、日本人がそんな名前を付けたとか
スゲー、ガセネタ(笑)。
[176へのレス] Re: 食の話 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/20(Sun) 13:32 <HOME>
でも、実際はどうなんでしょうかね?
[163] 戦国時代の豪傑 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/14(Mon) 20:24 <HOME>
拙者からも議題をひとつ。日本の戦国時代にはさまざまな人物が活躍しましたが、その中でも「豪傑」と呼ばれる武将がいました。
武力一筋、いわゆる武辺者と呼ばれる者達は、いざ戦になると水を得た魚のように活躍した者もいました。
秀吉子飼いの福島正則のように、知力が低くて酒乱、ただおのれの腕一本で大名になった者もいます。福島正則は家臣の信頼厚く、しっかりと統率できた数少ない豪傑と言えるのではないでしょうか?
しかし、その豪傑も「関ヶ原」の戦を境に浪人化していき、豪傑の出世の道は閉ざされて行きました。
もし、皆さんが豪傑と呼ばれる人物だったのなら、関ヶ原以後、どのような人生を送っただろうと思いますか?
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:FUDO 投稿日:2002/01/14(Mon) 22:39
私だったら遊郭の用心棒でもやってみたいですね。
我が曽祖父はそれに近いことをやっていたそうですが(笑)
右手に槍、左手に美女。それが豪傑というものでせう。
福島正則>
私の嫌いな家康に、いいように利用されたので評価は低いです。
でも配下として考えると使いでのある武将ですよね。
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/15(Tue) 00:37 <HOME>
豪傑という生き方しかできなかったのなら、それ以外の道でも思い切って選んでみたいですねぇ…。
豪傑としては生き辛いようになったのならば、すっぱり刀捨てるかも…。
まぁ、周囲に止められるでしょうが(笑)。
でもね、自分にとって何が大事かって、考えちゃうのが自分だと思ふ…。
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/15(Tue) 03:14 <HOME>
豪傑なら海を渡る。
でも豪傑というよりかは『傾奇者』の方かも・・・(苦笑
だったら尚更、海を越えるでしょうね。
海の向こうでも傾奇が通じるのか否か・・・。
もっとも、その時の知遇に拠りますか。。。。
義理を通すべき人がいるなら話し変わるしね。
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/15(Tue) 03:23 <HOME>
もし自分が肉体的に恵まれていたら、あんまり人生について悩まないだろうし…
具体的には想像できないけど、理想像をいうなら前田慶次のような生き方でしょうかね。
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/15(Tue) 11:47 <HOME>
これはもう台湾にわたり鄭成功の部下のツワモノ軍団(日本の浪人がなったらしい。長い武器をふりまわしては清軍を苦しめたという。実戦なれしてるからね)にはいっていたでしょう。そして最後は華々しくちろふ・・・。
[163へのレス] Re: 戦国時代の豪傑 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/20(Sun) 13:22 <HOME>
拙者であれば、のたれ死んでいたかも知れませんなぁ(笑)
大阪の陣によって、全国の浪人供が活気づいたのもうなづけ
ますね。
[150] 血抜きの溝の謎 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/12(Sat) 12:57 <HOME>
刀には血抜きなる溝がついていて、それが斬ったときの返り血などを防ぐためにあるのは知ってるんです。
で、何が謎かといいますと、ちょいととあるサイトで話題に上ったことなんですが、「明治時代の日本軍の軍刀には血抜きはあったんかい?」ということです。
そもそも、血抜き自体がどんなものなのか知らなかったんですが、それ関係に詳しい友人のおかげで理解。
しかし、流石に先に挙げたことはわからなかったんです。わかるかた、教えてください。
[150へのレス] すごくひさびさな気が… 投稿者:雅 投稿日:2002/01/12(Sat) 19:20
血抜きの溝っていうと刀の中心にある溝のことでしょうか?
うーん、血で錆びるから拭いてるだけかと思ったら、
そういう機能があったんだなぁ…(感心)
[150へのレス] Re: 血抜きの溝の謎 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/12(Sat) 19:38 <HOME>
明治時代の軍刀ったって、
中身は先祖伝来の日本刀を仕込んでいるだけでっせ。
で、この海苔さんが血抜き溝とよぶ、
これは『樋(とう)』ってのが正しい呼び名なんだけど、
昭和新刀と呼ばれる昭和以後に生産されたステンレス刀(正確にはステンレスでは無いんだけど。。。)には、樋は無いんです。
樋があるのは返り血を防ぐためじゃなくて、
血脂が刃にこびり付くのを防止する為に存在します。
主に樋を持つ刀剣が生まれたのは古刀(鎌倉後期〜室町後期)からですね。
江戸期に作られる新刀にも付いていますが、こちらは美術的な意味合いで付けられています。
江戸期にはいると、刀匠に拠っては樋を設けない人も出てきます。
これは従来の『太刀』『打ち刀』の製法から、
『差領』としての製法に変化したため、
刀身の美しさを全面に押し出す様になったからです。
こうした樋の無い刀が江戸後期には主流になります。
江戸末期から大正にかけて生産される新新刀にも、
樋の在る物と無い物があります。
この頃になると、刀匠がどの時代刀を目指したのかによって、
大きく異なります。
さて、話を戻しまして、
明治以後の近代軍隊になって、
下士官や将校に供与される軍刀には、
やはり2種類、樋の在る物もあれば、無い物もある、
バラバラです。
それというのも、供与された軍刀はナマクラですから、
自分で刀身を差し替えてしまうので、
多くの軍人は自前の差領を使用していました。
太平洋戦争中期までは大部分の下士官や将校の軍刀は自前です。
自前という事はもう、それこそバラバラですよ。
刀身長もバラバラ。
小太刀有り、長太刀たり、打ち刀あり、平安刀あり、
殆ど趣味の世界に埋没してます。
銀色小説ネタ(多分。。。ね)で軍刀を使用させる場合は、
それなりの名差領を持たせても良いけど、
タダの兵士は剣帯は帯びられないので、
階級に応じてなんだよね。
陸軍士官学校出たての少尉なのに家柄が良いと、
いきなり大和守とか越中○○とか吊しているから・・・。
[150へのレス] Re: 血抜きの溝の謎 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/12(Sat) 19:41 <HOME>
補足ですけど・・・
明治の軍人で将校やってるヤツの殆どが士族です。
しかも、陸助なら長州出身の家か奥州出身の人間ですね。
幕臣や薩摩出身者は逆に海軍に多いです。
[150へのレス] どぉしてうゎかったぁ〜(爆) 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/12(Sat) 22:41 <HOME>
タイトルは某芸能人の口癖より。
>銀色
…岳さんには隠し事ができませんなぁ、あっはっは(冷汗)。
いや、まぁ、小説に使おうと思って聞いたのではなかったんですよ。メーカーサイトの常連ネタバレ掲示板で血抜き(樋)についての話題が出たので、それでお聞きしたんです。
でも、思わぬことで小説のネタが…。参考にさせていただきます。
>樋
そっかぁ、血がこびりついて刀が痛むのを防ぐためのものだったのかぁ。Aめぇ、嘘教えやがったなぁ(笑)。
それにしても、斬るための道具から、ものとしての価値がある道具へと、刀も変化していったんですね。
ふぅんむ。感慨深い。
>陸軍士官学校出たての少尉なのに家柄が良いと、
いきなり大和守とか越中○○とか吊しているから・・・。
この頃の軍隊って、それほどに家柄が大事だったんですか?まぁ、想像には難しくないですが。
そういえば、志郎は良い家の生まれだよなぁ、朝奈抱いた(笑)家も結構立派だったし。
で、陸軍だからなぁ。
岳さん、どうもです。
[150へのレス] 気になる… 投稿者:雅 投稿日:2002/01/13(Sun) 08:03
明治時代関連の話やドラマを見るとかなり家柄を重視してる人間が
出たり、そういう表現が多いですね。
>血抜き
なるほど…中身はそれぞれだったんですね。
というかかなり種類バラバラなようで。
で、血抜きの溝って私の言う位置にあるもののことでいいの?(笑)
[150へのレス] Re: 血抜きの溝の謎 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/14(Mon) 00:41 <HOME>
樋の設けてある位置は刀剣によってまちまちです。
大体は鎬の部分やその下に設けられるけど、
古刀ですら『絶対に有る』訳でもないので、
刀匠の刀に対する考え方次第なんですね。
そもそも血脂が付いても切れ味が容易に鈍らない剛刀なら、
そんな余計な物は必要ないですし。。。
[150へのレス] 質問の答えどうもです。 投稿者:雅 投稿日:2002/01/16(Wed) 00:40
古刀にすら絶対にないとは…旅行で鶴ヶ城の中にある刀を
そのへん意識して見てきたんですが、そういう溝がある刀は極一部でした。
写真で写ってる人間が多いからさほど古い時代に作られた刀じゃないんで、
そのせいもあるんでしょうな。
[162] 明治の軍隊てゆーか 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/14(Mon) 01:10 <HOME>
下レスに対する解答のしきり直し的スレです。
明治時代の軍隊は事実上、
武士によって創設されました。
武士の多くは家格を重んじます。
創設間もない明治の軍隊の将校の90%は
こうした古い体質を持っている武士でした。
てゆーかね、軍隊で家格が重用視されない訳無いんだよ。
基本的にそう言うの好きな人の集団だから。
だから当然、民主主義の軍隊なアメリカ軍にも、
そういう体質は存在するんだよねぇ(笑
まして帝国制度の軍隊という事は、
国家が家格の差を少なからず設けているわけで、
皇族・華族・士族・平民
とこれだけで四つの差があって、
平民の中の農家にすら
名主・大地主・小作って暗黙の了解な差が有って、
江戸時代の身分制度は殆ど表面だけ廃絶されただけなんですね。
いや、士族の中にだって、
藩の大きさや明治政府創立の貢献した、しないで差があって、
薩摩と長州は年中喧嘩して。。。。。
はっきり言えば、
幼稚園児同士の人間関係の方が
まだ秩序が有るんじゃないですか?
最近、といってもお正月参賀日中なんですが、
モーニング娘が主演のショートストーリーのドラマを
放送していたんですね。
2時間半位で、3つのストーリーをやったんですが、
その第一部が『伊豆の踊り子』
第二部が『はいからさんが通る』
三部は。。。まぁいいや。
とにかくこの二つ見事な対比なんですよ。
双方とも年代的にはそれほど変わらない時代です。
大正時代です。
この時代歴史では『大正デモクラシー』と呼ばれる
思想の変革が起きた事が教えられ、
まさに『はいからさんが通る』並の世界を
想像させられる訳ですが、
実際、これは一握りですよ。。。。
日本人の多くが『伊津の踊り子』に登場した家族より
悲惨な生活を送っていたのは確かなんです。
大体、餓死者が毎年発生するんだからねぇ。
地方の暮らしぶりがそれだけで伺えます。
方や蓄音機ならして、鹿鳴館宜しく
ドレス着込んで舞踏会ですからねぇ。
この格差が当時の日本の抱える問題を
凝縮している様に思います。
昭和の30年頃までは、
日本人の暮らしぶりの多くは、
江戸時代と差程変化がなかったというのは、
決して言いすぎでは無いでしょうね。
話を戻すと、
日本の軍隊の人間関係はこの格差の部分が凝縮され、
歪に突出している訳でして、
狂気的集団に変化するのは当然な気がしますね。
[162へのレス] Re: 明治の軍隊てゆーか 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/15(Tue) 00:40 <HOME>
物語としてなら、秩序よりも狂気を重んじますが、やはり秩序があってこそ、ですから。
秩序の中で抑圧された狂気の方が、私が書くには向いてるかもな(苦笑)。
>岳さんスレ
さて、気になったんですが、残りの10パーセントって、どういう方々だったんですか?
[162へのレス] Re: 明治の軍隊てゆーか 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/15(Tue) 03:24 <HOME>
>昭和の30年頃までは、
>日本人の暮らしぶりの多くは、
>江戸時代と差程変化がなかったというのは、
>決して言いすぎでは無いでしょうね。
国民に辛抱を強いて富国強兵を目指していたんですからね…貧乏なのも当然という感じ…。
あと軍隊がデカいツラしだすのは日露戦争に勝ててしまったという事もあるかと。
負けてれば、それはそれでイヤな世界になっていたと思いますが…。
[139] 管理人より業務連絡 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/12(Sat) 00:18 <HOME>
共同管理者 各位へ
少し小うるさい上司のようなメールを送らせていただきました(笑)。
もし届いておらない方は、聞きたくなくとも催促してください。
また異論反論のある方は、このスレッドにレスをつけていただいてけっこうです。
[139へのレス] Re: マンセー 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 00:31 <HOME>
>まず「共同運営」という意味ですが、〜という気持ちをきちんともっていただきたいと思います。
マッチのいうとりです
[139へのレス] Re: 管理人より業務連絡 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/12(Sat) 05:10 <HOME>
あのメールの件は、本来なら一般公開前にきちんと述べておくべき事だったんですが、わたしも元来、事務的なことには大雑把な性格ですので (^^; 、そこまで思い至りませんでした。
この点については申し訳ありません。
まぁ、ここでの会話は砕けたものでもいいと思うんですが、管理面では砕けすぎてしまうとマズいと思いますので、皆さんご協力の程、宜しくお願い致します。
[139へのレス] Re: 管理人より業務連絡 投稿者:シンドウ243 投稿日:2002/01/12(Sat) 08:38 <HOME>
了解しております。魔猿さん。
10日には間に合いませんでしたが、今日か明日には
トップページにバナーをつけますので・・・。
[139へのレス] Re: 管理人より業務連絡 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/12(Sat) 12:53 <HOME>
おい〜っす、魔猿さん(爆死)。
…軽すぎた……。
>軽い話題も
了解しました。まぁ、私も元々長文で話題振れるほどではないので、メインはそっちになるかと。
>管理と会話
まぁ、会話についてなんですが、筋が通ってれば良いですよねぇ。多少、乱暴な言動でも。
[139へのレス] Re: 管理人より業務連絡 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/12(Sat) 23:22 <HOME>
シンドウさん>
別に急かすつもりでメール送ったのではありませんので(苦笑)。
リンクはお時間のある時に、いつでもけっこうです。
海苔さん>
>会話
そのあたりは、もはや個人の性格の問題かと思いますので(笑)、ご自分の判断でやっていただければけっこうです。
[141] 赤壁なワケよー 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 00:36 <HOME>
某ウンコタレ三国志赤壁漫画でその徹底した予見能力により(自讃)お前ホントは作者だろ?といわれた華奢ーんです。この華奢ーんの予見能力に関してはサンデー連載の「勝手に改造」にて、「初期症状を見逃してませんか?」にて代弁されます。
というわけで、赤壁の話(まぁ漫画でもあるけど)なんですが、コレはオイラが某ウンコタレ三国志赤壁漫画コーナー造った時、「ソコに対するブーイングが約三通ほど」あったワケよ。ワイとしては充分おかしいと思ったけど、考えていくうちに””対立疑問点””が浮かんできたんでそれに関してボッチらボッチらお伺いしたい
[141へのレス] Re: 川の流れ方について 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 00:44 <HOME>
まず、夷陵にしろ、赤壁にしろ上流から下流に向かって攻めていってどっちも撃退されている、といってもまぁよかろうと思います(こまかーい異論各論だの、赤壁陰謀説だのは勘弁してくださいな)
で、まず上流から下流に攻めていってやられて逃げ帰る、っつー時に川っちゅーもんはそう簡単に遡れるもんじゃろか?つーのが疑問の一つでありんす。これに付随しますが、「長江の雄大な流れ」だのなんだのといわれる様に、長江はそもそも「流れはたる〜い感じで」船の移動にどれほどの影響を及ぼす範囲で流れておるんじゃろうか?いう事。一般的には川を上るということと、川を下るということは全然違うワケですが、事相手が長江などという化け物級の川だとそーいうのも「悠久だー雄大ダー」になったりしますか?
[141へのレス] Re: 風の吹き方について 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 00:47 <HOME>
あと、「演技」では、吹かないはずの東南の風が吹いて魏の船が燃えたことになってますが、仮に西から(つまり風上から)風が吹いたとして、東から火をかけても安全に相手の船を燃やし尽くせますか?
いいかえれば、「そもそも東南だの西北だのという風の流れは奇襲にて相手の船を燃やすのには関係ない」といえるのでございましょうか?
[141へのレス] Re: 赤壁なワケよー 投稿者:魔猿(まえん) 投稿日:2002/01/12(Sat) 05:24 <HOME>
>川っちゅーもんはそう簡単に遡れるもんじゃろか?
実際に中国まで飛んで体験してみると分かるんでしょうけどねえ(笑)。
でも、大勢で漕げばけっこう遡れそうな気もします。
赤壁と風向きの関係については、ストーリー忘れてるので何もいえません。
[141へのレス] Re: 赤壁なワケよー 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 07:58 <HOME>
川っつーても日本の河川なら「無理だよできるならお前やってみろ」と問い詰めれるワケですが、なんせ揚子江くらいおっきいとねぇ。
[141へのレス] Re: 赤壁なワケよー 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/12(Sat) 20:00 <HOME>
中国にはかなり昔から、
足漕ぎの外輪船があったから、
帆と組み合わせれば、結構高速の兵船になったそうです。
川の流れも差程、苦労はしないでしょう。
因みに揚子江の流れは、水が濁る位、まったりとしてます。
また季節によっては、風が川下から川上に吹くので、
帆ほ立てれば快適な川上りも出来ますね。
赤壁の放火ですが、
当時の船は木製でして、
水に浮かんでいると水気を帯びたり腐ったりするんですね、
そこでコールタールを船体に塗った来るんです。
今でも船の船底には防腐材はってますね。
それと同じです。
コールタールは油です。
加熱すれば爆発的に引火します。
また、船上には綱や帆、船内には火矢に使用する硝石や油を搭載しているので、一隻が火に噛まれたらひとたまりも無いでしょう。
赤壁は相手を騙して放火しているので、
燃やす側の船は、最初から防腐処理を施さず、
余計な発火物や帆を搭載しなければ、
安全に敵の船を放火出来るでしょう。
これが昼間なら怪しまれますが、
夜でしかも風が向かい風で在ったことから、
手漕ぎで近づいても怪しまれません。
風の向きの変更に付いてですが、
これは本当です。
揚子江は年に何回か季節に反した風向きが生まれるそうです。
地理的要因で解明されているので、
公明は地元民からこの情報を掴んでいたと言うのが通説です。
[141へのレス] Re: なるほどです 投稿者:リッチー・THE・華奢ーん 投稿日:2002/01/12(Sat) 22:05 <HOME>
なるほど。やはり揚子江は「まったり」でしたか。この辺は、ついつい見落としがちな事項ですよね。ワイもハタと気がついたことでした。
風、放火もなるほどです。次は、元寇でもあったという船上への奇襲についてもっと聞いてみたいと思いますのでよろしくお願いいたします
[141へのレス] Re: 赤壁なワケよー 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/12(Sat) 22:46 <HOME>
孔明が地元民から情報を得てどうのこうのは以前、横山光輝氏が何かでマンガの参考にしたということを言ってたなぁ。
>まったり
リッチーさんのアイコンを見てもまったりできるので、おすすめ(笑)。
[99] マムルークというなの兵種 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2001/12/30(Sun) 01:37 <HOME>
以前、チャットに登場したサラセンのマムルークですが。。。
やはり『砂漠の舟艇』たる駱駝騎兵ですね。
ハードレザーアーマーを着込み、
シミターやシャムシール或いはカトラスを装備し、
クックリを飛び道具として使用した様です。
さて、格好だけ見ていると(聞いていると)、
さも勇壮なイスラムのナイトだと連想しますが、
とんでも無い。。。。
こいつら傭兵外人部隊やん(笑
中世のアラビア地方では同じイスラム信者通しは戦う事が許されなかった様でして(現在、戦っている理由は多分に外的要因がおおいですねぇ)、その為にイスラム戦士ではない外国の戦士を雇用したり、捕虜として捕らえた奴隷戦士の部隊を作って、
近隣の国と戦争したようです。
それがマムルークの起こりです。
常時、死地にいるので通常のイスラム戦士よりも、
戦闘能力が高いのは当然。
モンゴル軍すら撃破しとります。
当時のイスラム軍は、
マムルーク、エレファント、イリニチュリを中心に
兵列節度を整え、十字軍を退治した様です。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2001/12/30(Sun) 01:43 <HOME>
そう言えば『後漢書』か何かにも、
西域征伐の下り、
長槍と大盾を構え密集陣型で、戦列を作り戦いを挑む、
碧眼の兵士の部隊と戦闘をした
という記録があるのですが、
これも捕虜か或いは雇用したギリシア・ローマ人系の傭兵ですね。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:海苔 投稿日:2001/12/30(Sun) 03:48 <HOME>
この頃の十字軍の資料(またか)を見てみますと、戦力が段々と傭兵へと依存していったという記述がありますが、それは欧州だけではなかったんですねぇ。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:小坊主 投稿日:2001/12/30(Sun) 14:45
エレファント…エレファン島?
これは象さんに乗って戦う人達ですか?
>戦力が段々と傭兵へと依存していった
近代にはいるまではほとんどの地域で軍隊は傭兵主体だった様に思います。
日本の戦国時代でも比率は知りませんがかなり傭兵が多かったらしいですし。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:カリウス 投稿日:2002/01/02(Wed) 02:13 <HOME>
ええ!? アラブ馬に乗っているんじゃないんですか? 駱駝なんですか!? アインジャルートのときも駱駝ですか・・・。というか、駱駝というのは足はやいんですかねー(沙漠でなくとも)。
戦力が傭兵へ移っていったというのはそうでしょうな。ドイツ三十年戦争なんかみればわかりますし。火砲をはじめとする火器の発展にともない騎士は没落していきましたし(封建制の必然もからんでいるが)。ドイツ三十年戦争は傭兵同士ではあんまり戦わなかったみたいですな。敵対する傭兵軍団同士が協定を結んですぐに和解してしまっていたようです。つまり、本格的に戦うとどちらも犠牲がでて自分達の勢力が衰えることになりますから。そしてその武力の矛先は一般市民へ・・・。
常備軍の登場までは傭兵の時代です。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/02(Wed) 07:47
傭兵と言えば「傭兵ピエール」と言う小説が面白いですよ。
英仏100年戦争の末期の話です。
主人公である傭兵のピエール君が好き勝手やりたい放題という話です。
ラ・イールもちょっとだけ出てきますよ。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/04(Fri) 04:01
そう言えばモンゴル軍は輜重に駱駝を多用したらしいと言うのを見たけど、そうなん?
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/05(Sat) 00:12 <HOME>
駱駝は水の補給を殆ど必要とせず、
また馬と同等の斥力を有しているので、
軍事目的の輜重には向いているかもしれません。
これらは恐らく、
胡人によってもたらされた軍事技術と見るべきですね。
しかし、駱駝がその後、近代兵制度になってから、
やはり使用されるのが中東や北アフリカに限定されるのは、
駱駝という生き物が元々、人間に従順な生き物ではなく、
気むずかしいく、極めて荒々しい動物だからです。
この辺りは、象兵が使用されなくなったのと同様の理由です。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/07(Mon) 12:08 <HOME>
乗りこなすのに長い期間が必要となると、色々と不便ですしねぇ。戦闘中に振り落とされなんぞしたら、それこそ死活問題やし。
ところでサラセンの騎馬(駱駝)兵ってのは、一個の集団で突撃してたんでしょうか?
ファランクス部隊打ち破るのにある程度の小集団で突撃繰り返したとかってのは知ってるんですが、ある程度以上の規模の集団体型での戦闘はしたんでしょうか。
気になる…。
それにしても、突撃する人間ってどんな気持ちでやってたんでしょうな。まぁ、宗教が絡んできますから、覚悟とか云々以前に死ぬのが怖くは無かったのかもしれませんが。
[99へのレス] 一応大真面目 投稿者:海苔 投稿日:2002/01/07(Mon) 12:16 <HOME>
…傭兵の用兵ってやっぱり難しかったんでしょうか。
…ギャグにするつもりなかったのになぁ…。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:岳飛(またの名を美鈴といふ) 投稿日:2002/01/08(Tue) 01:03 <HOME>
いわゆる突撃戦闘を行うのは西欧の騎士くらいでしょう。
もっとも、突撃と言うのを何をもって突撃と言うのかにも本当は左右されるんですが、、、、、。
マムルークは刀騎兵であり、弓騎兵です。
よって戦い方は一撃離脱による集団弓煎法と
シャムシールによる集団敵陣突入後の攪乱が任務となります。
ファランクスと言うのは部隊や兵種名称ではなく、
純然たる戦陣体型の名称です。
正確には『長槍兵によるファランクス陣形』ですね。
パイクを装備した兵士を横一列に並ばせて、
騎兵の突入を防ぐ訳ですが、
騎兵に強い反面、歩兵や弓煎兵に頗る弱いという一面を持ちます。
非実用的な長柄故に一度、懐に入られると、斬られるがままになってしまいます。
そこで、ファランクスが全面にある場合は、
まず弓煎兵を前列に、一斉射撃を行いファランクスの陣列を崩し、
横合いから歩兵によるファランクス部隊への小規模攻撃を展開し、
ファランクスが引くと同時に歩兵を下がらせ槍騎兵による一次突入を開始、その間、弓煎兵は敵陣前列へ飽くことなく矢を打ち込みます。突撃する味方にも矢は当たるでしょうが、これは大きな問題ではありません。
さて一般的にはこの時の歩兵部隊と槍騎兵が傭兵部隊です。
恐らくこの時ならば
ファランクスを組んでいるパイク兵も傭兵でしょう。
正規軍は第2陣か3陣に両軍とも配置され、
傭兵同士の戦闘を見守りつつ、
戦闘介入への機会を待っている事でしょう。
突撃する人間はそれこそ、一番手柄を立てる事を考えています。
第一陣はもっとも功績が評価され、
支払われる給金や評価査定が違いますからね。
この意識は万国共通です。
当時の人にとって、死は身近ですらあります。
だって、戦で死ななくても毎年発生する疫病と飢饉で、
当たり前のように死者が出るんだもん。
戦で手柄を立てる方がより長生きにつながるんですよ。
手柄を立てれば、少なくとも病気を治す薬も買えるし、
飢えて死ぬ事もないですからね。
文字通り自分の生命をチップにして、
一攫千金を狙っていたんですね。
そう言う意味でも、戦争は彼らにとって経済活動の一環であったという言い方もできます。
まぁ、今よりもずっと『のどかな戦争』だったのは確かです。
戦争が激変するのは『クリミア戦争』からですから。
[99へのレス] Re: マムルークというなの兵種 投稿者:小坊主 投稿日:2002/01/12(Sat) 12:50