[543] 江戸時代初期の洋風建築 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/22(Thu) 20:40 <HOME>
韓国論も、あんまり気分が良い物ではないので、そろそろ休憩。
さてさて、長崎で江戸時代初期に建てられた、石造りの洋風建築の跡が見つかったそうです。
幕末ならいざ知らず、江戸初期に石造りの建物があったとはね。もちろん、南蛮人が作った物ですが。
これを始めて見た日本人はどう思ったんでしょう。ちょっと気になります。

記事は以下の通り。
オランダ商館跡に住居遺構 「日本最初の洋風建造物」
 長崎県平戸市教委は20日、江戸時代初期にオランダ貿易の窓口となったオランダ商館跡地で1612年に建てられた住居の基礎遺構の一部が出土した、と発表した。市教委は「住居は日本で最初に建てられた洋風建造物と考えられ、位置の特定や基礎構造など全容の解明に努めたい」としている。
 市教委によると、遺構は地表から約25センチの深さで出土し、複数の板状の玄武岩が長さ約5メートル、幅約1メートルにわたり敷き並べられていた。住居の東側外壁の基礎とみられる。
 この住居はオランダ商館が最初に建てた洋風建造物で、石造2階建てに商館長の部屋や食堂、オランダ風の居間などが入っていたとされる。古文書などから住居の位置は推定されていたが、遺構が出たのは初めて。
 同商館は1609年、平戸市崎方町と大久保町にまたがる海岸沿いに設置され、1641年に長崎の出島に移された。その際に江戸幕府の命令で建物は破壊され、現在は石塀の一部や井戸などが残っている。(共同通信)

[516] たけしま? 投稿者:JACK 投稿日:2004/01/17(Sat) 11:46
昨日discussionの授業で韓国人の生徒が「旧日本軍に韓国の島“たけしま”を占領されて奪われた。日本人は歴史的に占領国を次々と解放しているのに何故たけしまを返さない?
ロシアの北方領土問題の前に日本人は韓国に侘びを言うべきだ」これって寝耳に水、初めて聞いたのですが皆さん、本当にそんな島存在するんですが?韓国の歴史の教科書って結構
日本に対して大げさで過激な表現が使われていると聞きましたが?

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2004/01/17(Sat) 12:19 <HOME>
「竹島」ですね。現在日韓両国が領有権を争っている島です。つい最近も、韓国が竹島の切手を作り販売したことに対して、日本政府が講義したというニュースがありましたよ。

近いところで領有権が争われているものとして、日本と中国による西沙諸島や、中国と東南アジア諸国の南沙諸島(位置から見て、どう考えても中国領じゃないと私は思う)の問題があります。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/17(Sat) 12:31 <HOME>
島根県の遙か北方に「竹島」という島が存在します。距離的に言えば、韓国の方が近く、韓国では「独島」という名前で存在しています。
*参考
隠岐島からは北西約157Km、韓国の鬱陵島(うつりょうとう)からは約92Kmの位置

外務省のHPに詳しくありますので、ちょっと抜粋しています。
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1.竹島の現状
(1)地誌
○島根県隠岐島北西85海里(北緯37度9分、東経131度55分)に位置。
○東島(女島)、西島(男島)と呼ばれる二つの小島とその周辺の数十の岩礁からなり、総面積は約0.23平方km(日比谷公園とほぼ同面積)。

(2)韓国の占拠の状況
○竹島の東島に1954年7月頃から韓国警備隊員(警察)が常駐。
○宿舎、燈台、監視所、アンテナ等が設置され、年々強化されている模様。
○1996年2月8日、外務部は竹島に接岸施設の建設を行う旨発表。

2.竹島領有権に関する両国の主張
(1)竹島領有に関する歴史的な事実
日本:我が国では古く「松島」の名によって今日の竹島がよく知られていたことは多くの文献、地図等により明白。(例えば、1650年代に伯耆藩(鳥取)の大谷、村川両家が「松島」を幕府から拝領し経営していたという記録があり、また、経緯線投影の刊行日本図として最も代表的な長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」(1779年)では現在の竹島を位置関係正しく記載。その他にも明治に至るまで多数の資料あり。)

韓国:15〜16世紀頃の古文献に、于山島又は三峰島という名で竹島の記述あり。
(注:于山島や三峰島が竹島に該当していることを実証できる積極的根拠はない。むしろ、右文献はそれが竹島でないことを示す。)

(2)1905年の日本政府による竹島編入の有効性
日本:1905年(明治38年)2月には、閣議決定及びそれに続く島根県告示により、日本政府は近代国家として竹島を領有する意志を再確認。

韓国:1905年の竹島編入の島根県告示は、一地方官庁により隠密裏に行われたものであり無効。またこの編入は、日本がそれまで竹島をその領土の一部と考えていなかった有力な証拠。
(注:告示は正式に公示された上、新聞報道もされており隠密裏ではない。竹島の島根県編入は歴史的根拠を踏まえて近代国家の行政区分に組み入れ、領有を再確認したもの。)

(3)日本占領及び戦後処理のための諸文書の中での竹島の扱い
韓国:戦後の対日占領政策実施にあたり、1946年1月29日付総司令部覚書第677号が、小笠原諸島等の若干の外郭地域の日本からの分離を行った際、竹島は日本領土から分離され、日本漁船の操業区域を規定したマッカーサーラインの設置にあたっても、竹島がその線の外におかれた。また、1943年のカイロ宣言にある「日本は、暴力及び貪欲により略取した一切の地域より駆逐さるべし」の規定は、島根県編入という侵略行為によって日本に併合された竹島にも適用あり。

日本:対日平和条約前の一連の措置は、いずれも日本国領土の最終決定に関するものではないと明記されており、竹島が日本の領域から除外されたものではないことは明白。又、もとより我が国の領土である竹島はカイロ宣言に言う「暴力及び貪欲により略取した地域」にあたらず。
(注:1954年(昭和29年)9月、我が国は本件問題につき国際司法裁判所に提訴することを提案したが、韓国側は右提案を拒否。なお、日韓両国間では国交正常化の際に「紛争の解決に関する交換公文」を締結。)

3.竹島問題に対する両国の基本的方針
(1)日本政府
○「竹島は歴史的事実に照らしても国際法上も明らかに日本の領土である」という我が国の一貫した立場に基づき、韓国の占拠に対して文書または口頭により、同島における韓国側建造物及び官憲の撤去等を繰り返し要求。
○また、竹島問題は平和的に解決されるべきであり、政府としては外交上の経路を通じて粘り強く本件紛争の解決を図り、解決の方途については諸般の情勢を勘案しつつ効果的な方途を探求していく方針。

(2)韓国政府
竹島は歴史的にも国際法上も韓国の領土であることが明らかであり、日本側が、日本の竹島領有権を主張しているのは韓国として容認しえず遺憾であるとの立場。

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あくまで、日本の外務省の発表なので、韓国には韓国の言い分もあるかと思います。
とはいえ、何分着色の好きな国ですから、どこまでが事実か判断するのは極めて難しいでしょう。

いずれにせよ、韓国人ギャーギャー騒ぐのであれば
我が国は本件問題につき国際司法裁判所に提訴することを提案したが、韓国側は右提案を拒否
と言う点をついてあげると宜しいと思います。
国際法上明らかに韓国の領土というのなら、何で裁判をしないのか。
ちなみに国際司法裁判所は、両国が裁判しても良いと認めない限り、裁判は出来ません。
あと、日本の外務省の対応も生ぬるいですね。
そろそろ、また国際司法裁判所に提訴すべきと思うのですが。

ま、私に言わせれば竹島はまだ、どっちの帰属か曖昧なので、韓国の領有権主張には目をつぶっても良いのですが
中国の尖閣諸島領有権主張が一番腹が立ちます。
石油があるかもしれない、と言う情報がでたとたんに、領有権主張を始めたのですから。

さて、韓国の教科書は一度読みましたが、基本的には自国が如何に苦しめられたか、と言うことと日本に多大なる影響を与えたかについて書かれています。
とはいえ、ここ10年ほどで急速に見直しが行われているみたいで
次第に、あまり他国を刺激するような表現は使わない傾向にあるみたいです。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:カリウス 投稿日:2004/01/17(Sat) 19:54
>尖閣諸島
>南沙諸島

どちらも石油があるからということで、中国は自国領といっているようですね。
ここの領有権を主張するまえにウイグル自治区等にある石油の開発でもしたほうがいいのではないかと。

まあ、領土の領有問題は陸続きのとこでも、エルサレムとか、カシミールをはじめとして色々あるわけで、島の領有となるとますます難しいんじゃないかな?
昔は別にそこまで自分の領土について拘っていたようには思えないし(特に僻地は管理するだけで大変そうですし。ただ、他国と国境を接している、豊かな平野とかなら自分の領土として主張しますが)、島となればなおさら管理はザルだったのではないかと。
ただ、現在は領海の問題とかもありますしね。日本も沖の鳥島とか、引き潮のときにしかみえない岩山を無理やり補修工事して、島として認めさせてるくらいですからね。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/17(Sat) 20:42 <HOME>
>島となればなおさら管理はザル
結局、ここが問題だったんでしょうね。多分、両国とも、何かの際に立ち寄って使ったりとか、色々やっていたんでしょう。これに日本の韓国占領が加わって、余計話がややこしくなったと。韓国を占領していなかったら、日本領だったのかどうかが解りにくくなりましたからね。

中国は本当にウザイです。ウザすぎて、最近三国志すらやる気無くしました(笑)。中国は、他にもヴェトナムと領土争っていますし。本来は、ウイグル、チベット、内モンゴルなど、返さないといけない方が遥かに多いはずなのですが。

>日本も沖の鳥島
仕方がないとはいえ、アレも他国の立場から見たら見苦しいですね。ただの岩じゃない(笑)。でも、あそこがあるか無いかで、水産資源利用が大きく変化しますから、やむを得ないでしょう。

ただ、南極の氷がこれ以上溶けたら、確実に沈んじゃうなあ。

[516へのレス] 皆さん竹島は日本領です。間違いなく。 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/19(Mon) 18:54
 竹島の領土紛争ですね。1954年から開始されていて、無人島である竹島に突然警官を送り込んだ韓国が、日本の非難にもかかわらずずっと不法占拠を続けているやつですね。

 根拠 
 サンフランシスコ講和条約
 上記の条約の記述方法は、「旧日本(大日本帝国)領土−切り離す領土=新日本領」という方式。
 実際、切り離したのは、下関条約やポーツマス条約などで決められていた台湾や樺太の南半分、満州国の無効等。その中には当然朝鮮領土も入っている。
 そこには竹島が明記されていない。半島は全土が大日本帝国領土なのだから、そこから引く土地に竹島が明記されていないのならば、当然に依然として日本領である。


 韓国側の主な根拠は、「SCAPIN677号の記述に『竹島は韓国領にする』」*Supreme Command for Allied Powers Instruction Note、連合国軍最高司令官総司令部覚書。GHQの事実上の命令書。

 しかし、GHQには日本の領土を決定する権限は与えられていなかったし、覚え書きより正式な国際条約の方が優先する言うまでも無い…。
 さらにSCAPIN677は行政権の停止を言及しているだけで、領土権に関しては逆に『連合国の最終決定に関する方針を示すものであってはならない』とはっきり書いている。つまり韓国の主張は、SCAPIN677を独島領有の根拠としながらもSCAPIN677の条項自体に反した事を言っている。
 
 韓国側の主な根拠2なるもの
 サンフランシスコ条約は5次案までは独島(韓国での竹島の呼び名)は韓国領土。
 韓国ではサンフランシスコ講和条約の正式文が長い間公開されていなかったらしい。代わりに第五次案のものだけが公開され、それで「独島はウリナラの領土!」と国内向けに言い張っている。
 おわかりだと思うが、所詮は「第五案」。最終決定では竹島は韓国領から外されている。つまり日本領。

 ちなみに竹島を日本領だと意見したのは、GHQ外交局長でアメリカ駐日政治顧問のウイリアム・シーボルト。その発言を受けて、最終決定稿では竹島を韓国領から外した。
 
 韓国側の主な根拠3
 昔から韓国領土だという証拠がある。
 これも嘘。韓国側が主張している古文には、竹島或いは独島と明記されたものは全くない。鬱陵島という島の近くにあった小島が歴史書に何度か出てきて、それを根拠も無いのに「これは絶対に独島のことだ」と言い張っているだけである。
 
 韓国側の主な根拠3の内容
 世宗実録には鬱陵島から独島が見えたと書かれている。
 竹島の標高は150m程度、鬱陵島で竹島が見える高さの山まで昇ると100kmも離れていることになるから、計算すると。
 高さ157mの物体を100km離れて見たと仮定した場合、
 1.角度は何度?
 2.同じ角度で1m離れて見た場合は、高さは何m?
 設問1の解答:α=0.089954度
 設問2の解答:0.00157m
 視角0.09度、長さ1.5oなんて砂粒…。水蒸気や高波で常に妨げられ、100kmも離れたら大気の歪みでとても見えるとは考えられない。
 一つ一つ細かく検証をしていけば分かるのだが、韓国はそれをするとばれてしまうから故意にしていない。
 ようは、鬱陵島の横の小島は于山島と呼ばれていた。韓国ではそれを全て混同して勝手に『于山島は現在の独島に違いない』と主張しているだけ。

 ちなみに、韓国では『鬱陵島から竹島を観るツアー』が催されていて、国家的に捏造を既成事実化しようと行動中である。もちろん鬱陵島から肉眼で竹島が見えるはずもないが、「見えた」と言わなければ駄目らしい(笑)。

 結果、事実は竹島=日本領。
 韓国側が事実を歪曲してつたえたいるだけ。竹島=韓国領は嘘八百。
 これを証明することは簡単。韓国・北朝鮮と日本以外で発行されている世界地図を見ればよい。竹島は日本領或あるいは紛争地帯と書かれていて、韓国領と明記している世界地図を発行している外国は皆無。

 しかも、日本は1954年9月から国際法廷に提訴している。どうして韓国は裁判に出てこないのか?韓国には、「ぜったに韓国領だ」という根拠があるのだから不思議だ。しかし、論理的に独島が韓国領だと立証出来ないのだから国際裁判に出てくる可能性は皆無。その上むろん韓国が竹島をあきらめるわけはないしこの状況は続くと考えられる。
 よて、このまま、竹島で日本の漁船を拿捕したり虐殺したりの「居直り強盗」を続ける事は明白。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/19(Mon) 19:46 <HOME>
おお、これは詳しい〜。
これは非常によく解りました。
と、同時に読んでいてだんだん韓国に腹が立ってきた(笑)。

でもね、まだ竹島ぐらいなら、場合によってはあげてしまっても良いんです。
それで彼らの自尊心が収まるなら、おいらはぶっちゃけいらない。
って、もちろんそんなことじゃ当然いけませんから、仮に総理大臣になったら、絶対に譲りませんがね。

しかし、小泉君も仮にもナショナリストで靖国行って韓国を刺激するなら
竹島問題ぐらい、「韓国よ、国際私法裁判所に出てこい」と毅然とした対応を取って欲しい。
どうも、韓国の強硬な行動よりも、その行動をヘラヘラと笑って、これと行った対策を取らない小泉、と言うか福田官房長官か。
これと川口外相、外務省のふがいなさが一番腹が立ちます。

それとも、いっそのこと韓国が何を騒いでも、何も対応を取らず、竹島に近寄らず、日本国内では竹島って何?状態、でも韓国では騒ぎまくる、と言うこの状況も、意外と面白いと言えば面白いですが・・・。

というか、日本が不況じゃなかったら、負け犬が吠えている程度の問題なのでしょうが・・・。

しか〜し、同じような問題で一番むかつくのが「日本海・東海表記問題」。
何ですかアレは。
んなこと言うんだったら、東京湾だって、千葉湾と言ってしまうぞ(違。
韓国があそこを東海と呼びたいのは解るし、別に自分のところでなら呼んでも良いですよ。
日本も朝鮮社会主義なんとか共和国を北朝鮮と呼んでいますし、その土地土地で通称があるのは良いでしょう。

ただ、日本海という名称自体は、もう日本が韓国を占領する前からあるというのに
日本が強硬に日本海と呼ばせたとして、国際的な地図からの削除も要求するというのは、もう許せない。
じゃあ、東シナ海も西海に改称するように要求したらどうだって(してたら、ごめんなさい)。

しかし凄いよあの国は。
あんなに熱くなれると言うことは、ある意味で尊敬すべき事です。
ま、もう少し資料の読み方を学習し、政府の発表を鵜呑みにせず、前向きな方向にエネルギーを使うべきですが・・・。

しかし何か、他国や他人の批判をするのは気分が良くないと思うのは私だけでしょうか?
問題点を明らかにする上でも、大切なことだとは思うんですけど。

[516へのレス] 日本海の呼称は正当 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/19(Mon) 22:00
>しかし何か、他国や他人の批判をするのは気分が良くないと思うのは私だけでしょうか?
>問題点を明らかにする上でも、大切なことだとは思うんですけど。

 間違いではありません。間違っている事を正すのは、何時の時代でも、何処の文化圏でも、何処の国でも、正しい事です。
 特に日本と半島系の問題のほとんどはは、文化の違いとか価値観の違いで見方が変わる。世界各地で起きている普通の歴史問題ではありませんから。
 管理人様が心に痛みを感じるのは、まだまだ相手の実態をご存じないからかもしれません(大変失礼な言い方でかも知れませんが、他意はございません。そこのところご理解いただけたら幸いです)。
 かの半島国家場合は、日本人が内に反省を求めるのに対し、外に原因を求めます。まあ、これは半島が常に中国の影響を受けてきたなどの歴史的要因がありますが。

 コリアン・ザ・スタンダードは、相手と意見が違った場合は、必ず相手が間違っている。自分たちは絶対に正しいというものです。(日本のピー系党の売国外交は、これと相性が最高)
 
 間違った主張でも「強引に、しつこくすれば通る」などと思わせたらお終いです(現にそう思ってますが)。調子に乗ってモット酷い事になるでしょう。最近は日本に対する外交をもろに世界各地に向けてやってますから、そのうち国際的非難も高まってくるでしょう。


>韓国があそこを東海と呼びたいのは解るし、別に自分のところでなら呼んでも良いですよ。

 韓国独りよがりの東海問題ですね(笑)。

 実態
 1990年代初頭から韓国は『日本海という呼称は不当だから廃止して、正当な呼称である東海の単独表記にしろ』と世界中に要求していた。日本にではない。世界中に、である。この阿呆らしい要求は10年間世界中から無視され続けたが、近年突然『併記しよう』と言ってきたことによって初めて会議の俎上に乗った。

 そこで、どうして「東海」なのか?

 理由

 韓国国歌にあるから

 以上
 
 …

 ちなみにIHO(国際水路機関)・ワシントン条約締結国会議・ユネスコ・WHOその他諸々、全て韓国の主張は却下。日本の完全勝利が確定している。
 特にIHOは世界各国が『韓国の馬鹿げた我が儘のためだけに討議の時間を割く価値はない』と改定案の投票自体を却下するほど。しかし、韓国政府も東海呼称は韓国マスコミが煽った運動だから、引っ込みがつかないのが現状。

 その上、ネットを使ったサイバーテロも並行していしている。
 ターゲットになった機関は毎日数万通の嫌がらせのメールを送られFAXも脅し文句で占領されっぱなしになる。電話も無言電話や恫喝で溢れ、HPは不正アクセスによりクラックされる。そんな嫌がらせをされて仕方なく東海問題を掲示した機関もいくつかあるらしい。
 VANKと言う韓国の団体が行っているが、韓国政府公認のため捕まりません(笑)。
 驚くべき事に韓国政府はVANKを大統領の名において表彰し活動に支援金を出している。つまりサイバーテロを公認しているのも同じだ。だから絶対捕まらない。ご存知ですか?韓国はサーバテロでは世界ワースト1。

  確かに日本海以外の名前が多く使われていたことがあるが、それは18世紀後半の50年間だけである。それ以前は日本海の存在自体が西洋には知られていなかったし、本格的にアジアが開けた19世紀には既に西洋では『日本海』の呼び名が定着していた。
 
 つまり、
 日本海を東海に変えたところで喜ぶのは韓国だけで、その他の国は地図や呼称などを全て訂正しなければならない。東海つまり東の海なんてありふれた名前は世界中のどこにでもあり、どこの東の海なのか特定が出来ない。韓国の主張が国際的に却下された判決文も、砕けた表現で言えば『韓国の我が儘につき合っていられない』からである。

 管理人様も指摘されておりますが、固有呼称「日本海」がいけないなら、インド洋とかどうするつもりですかね?メキシコ湾は?イギリス海峡は?個人の名前がついてるマゼラン海峡とか間宮海峡とかはどうなってしまうのでしょうか?(笑)。

 だいたい、地図を見てください。

 地図からから日本を抜いたら、

 そこは、

 太平洋

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/19(Mon) 22:29
韓国は良くも悪くも何も知らされていない国だったということもあるでしょうね。

だいたい日本文化の開放もやっと今年一定の段階まで達した。
いくつかの韓国内でのヒット曲が日本の楽曲のカバーだということ今年始めて知った人も結構いたんじゃないですかね。

そういえば軍事政権が崩壊してまだ日が浅いんですよねあの国。

日本が今まで何をしてきたか?
日韓の関係が知らされてきたことと、知らされていなかったことがあるということをこれから知っていくこともあるんでしょう。

そのことを信じたくない人もいるでしょうし、信じざるを得ないと感じる人もいるでしょう。そういった感じ方の違いが右と左、ジェネレーションギャップとなって分かれていく過渡期にあるんじゃないかと思います。

ま、もう少し事態の推移を見守りたいですね。


>VANK
この国には昔KCIAという国民弾圧組織があったのを思い出しました。戦争状態が続き、敵の手前国論の統一が不可欠だったとはいえかりにも民主主義国家の体裁があるにもかかわらず・・。
半島国家の悲しさ、冷戦の犠牲者そういったことを感じます。
わが国は本当に運がよかっただけなんですね。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/20(Tue) 15:47
園韓神社とやらが、宮内省にあるって本当ですか?

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:明倫北斗 投稿日:2004/01/22(Thu) 00:39
韓国熱がだいぶヒートしていますね。 私も一口加えてください。
先の中国と韓国との「高句麗歴史の帰属問題」の論争に関して、日本の
学会は「わしゃ知らんわや?」とばかり、局外中立の立場をとり、高見の見物をしているつもり?ですが・・・だがどうですかね?、この
「つもり?」てんで韓国側に理解されていないようですが?△ × ?
本当におかしな方向に展開する雲行きをみせておりますよ
今、これはただ韓国新聞の一論説ではありますが、やがてこれが学会、そして韓国国民の感情に変化するかもしれないとの危惧から、この問題、私から提起いたします。

それは現在、日本の学会は高句麗史を韓国と中国両方に分類し、渤海史を中国の歴史として認識してきました。
私は歴史には疎いが、それなりに北アジア史を勉強し、この日本の学会の見解は至極正しいと思っているのですが、だが最近、韓国の新聞論調が、妙におかしなこと?を書きはじめたのです。
このことは韓国に甘い私の目から見ても、日本に対するイチャモン以外の何者でもないと思うのですが・・・
だがこの韓国記事、どうもまことに困ったことに、大真面目な感じがするのですよ・・・ まだくだらない韓国記者の「ぼやき、つぶやき」の段階ではありますが、何故かね・・・私・・・妙な嫌な予感がするのですよ。    その内容は
尖閣列島領有の中日問題に関して韓国は局外中立である
竹島領有の韓日問題に関して中国は中立である。
領土問題に関しては、第三国が介入すべき問題ではなく、あくまで当事者国が真剣に話し合うべき性質のものである。

歴史問題も同様である、韓国は今、高句麗史も渤海史も朝鮮の歴史であると主張しているのに、日本は高句麗を鮮中共有の歴史ととらえ、渤海を中国の歴史として認識している。
これはまことにけしからん行為であり、日頃の日本の強権反韓思想が、隠そうとしても如実に出た現象である。どうして日本は競争相手の中国に荷担し、韓国に敵対行動をとるのか?
日本はただちに、従来の歴史認識を転換させ、局外中立に立ち、高句麗
渤海に対する自己の見解を封印し、当時者たる韓国と中国との話し合いに任せるべきである。    とのことでありました。
いやはや、下世話に申す横車とはまさしくこのことであり、
日本は高句麗と渤海の歴史認識は間違いでした。
実は歴史無知でありましたと宣言しない限り、それは韓国に対する敵対行動を意味するとの論でありました。

この掲示板において、皆さまの中にて、中国と韓国の歴史論争を密かに
しのび笑いをしている方も、多くおられると思います。
実を申すと私も、困った問題とは言いながらも、内心は苦笑していたのですよ、日本の学会のお偉方も、案外にこの問題、騒動が大きくなることを、密かに心待し楽しんでおられる方も居られると思います。
だがね・・・この論争、韓国側が負けた場合、いや恐らくは判定負けでしよう。高句麗の件はいざ知らず、渤海に関しては理論の立ちようがありません。
棄権した日本を除いても、世界の歴史学会は中国側に軍配をあげるでしよう。
だがね・・・その敗北の結果、韓国の怒りが中国または判定者に向くとは限りませんよ。
日頃の感情が介入すれば、理論はその感情に味つけされて展開します
「外道の逆恨み」「坊主憎くけりゃ、袈裟まで憎い」の例えとおり、
そのやつ当りは、こじつけの屁理屈論となり、韓国に荷担しなかった日本が悪いのだ! 日本の謀略と裏切りによりこの論争は敗北したのだ!
すべて諸悪の根源は日本にあるのだ! とばかり局外中立しているつもりの、寝耳に水たる日本一国のみに向かってくるかもしれませんよ
言われなき非難の日本は、仰天、ぐったりと途方に暮れ、もう打つ手がなく、案外に高笑いするのは中国かもしれませんね。
ごめんなさい。おかしな文を投稿しました。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/22(Thu) 17:13
 明倫北斗 さん

 つまり八つ当たりが日本に来るって言う理解でいいんですよね?まさかそこまでは、と思いつつも、十分ありうると思ってしまいます。現実主義者が失敗するときは、えてして相手も同じように考えるだろうと思ったときですから(笑)。「まさかそんなバカな事はすまい」という考えが今までの半島外交に日本政府が翻弄されまくった理由の一つということでしょうか。

 ちなみに、
 東海問題に関してはほぼ100%韓国に勝ち目がないのがさすがに解ったので、今でも騒いでいるのはVANKと民族教育諸悪の根元・韓国国史編纂委員会くらい。他国に嫌がらせをするだけで国から金が貰えるのであるから贅沢な商売である。止めれません(笑)。

 それでも日本側としてまだ油断が出来ないのは、改定案の提示だけなら毎回出来るので、同じ事がこの先永久に繰り返されるかもしれないから。そして韓国と北朝鮮は、日本に対する嫌がらせならば50年間無休の実績がある。

[516へのレス] Re: たけしま? 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/22(Thu) 20:36 <HOME>
もう、嫌になってしまいますねぇ。
私が死ぬ頃にも、まだこの論争続けていたら、泣きますよ。
ま、戦争を経験した世代が全て死んだら、少しは正常化する可能性もあると思います。

ただ、今度は真実を知らない世代が、もっと勝手な解釈をする可能性もありますけどね。

しかしその一方で、日本国内にもわざわざ韓国と中国に喧嘩を売る方々がいるのが困ったもの。
お互いに手を組んで、本を売っているんじゃないかと疑いたくなるぐらいです。
というか、本当は仲が良いんだろ!韓国と日本の右派は!(笑)

>他国に嫌がらせをするだけで国から金が貰えるのであるから
この問題に限らず、文句を言うことで補助金が出る団体って言うのは、かなりありますね。
一部の過激派環境保護団体もそうですし、日本国内でも○族解放同盟とか・・・。

[509] 扶余 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/14(Wed) 18:54
すご〜くレス長くなってしまったので、新しく。
明倫北斗さん♪
私、人に意見できるほど知識もないのにいろいろとスミマセン(^_^;)
漢民族は倭族。わかりました〜。決して重箱の隅を突っついたわけではありません。ありがとうございました。
三苗、どうなんでしょうか?
倭人と稲作農民を結びつけずに、倭人=海人とするなら中国東北部もあるかもしれませんね。(気候的に水耕農業は、加羅辺りまで?)
>古来より、中国人の史家が東北地域人の指定席の一つに入れている
「倭人」の実体もわかるような気がするのです。
>また、「『後漢書』鮮卑伝」にて、光和元年(西暦178年)に鮮卑壇石槐が、興安嶺北東部鄂倫春(オロチョン)の倭人集団をとらえて、千余家を秦水(内モンゴルの海拉爾ハイラル川と思われる?)近くに移住させたとの記録にあるがごとく、

これ両方、知りません。(^_^;)倭人=北方説初めて聞きました。
とにかく、どんな説もがんばってほしいです。私も調べてみます。

扶余に関しては、資料によっては説明がまちまちですが、私はとりあえず鳥越憲三郎さんの「古代朝鮮と倭族」のを○として済ませています(モンゴル種の遊牧民族、BC200に中国北東平原南下、ツング−ス系諸部族を征服混血して主農半猟民族となり扶余国建国、もAD400滅その後東扶余建国してまた滅、高句麗等の力を得て馬韓に百済建国。なので馬韓は人民は倭人等で王・上流階級は扶余人)でもせっかくなので扶余の民族、詳しく調べている明倫北斗さんに、こちらこそ教えて頂きたいなと思う次第です。
できれば、金好さん達の知識もお伺いできれば幸い。。。

鮮卑、モンゴル人、さっぱりわからない。。。
モンゴル人とインド人って、B型が多いッていうけども。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:明倫北斗 投稿日:2004/01/15(Thu) 02:35
明倫北斗です。扶余に関してのいろいろな情報を本当にありがとうございました。今後も一生懸命勉強しようと思います。
三苗ね? か〜たんさんの文にあったとおり、本当にこの民が前1000年以前に東シナ海をわたり、日本の九州南部に稲作文明を運んだ可能性は、本当!私とても強いと思いますよ。か〜たんさんのヒント、とても参考になったと感謝しています。
だが愚鈍なる私、山海経や後漢書らの中国東北地域情報の「倭人の項」をどうしても簡単に切り捨てることができず。・・・
苗=倭と結ぶことができないのです。
そしてそれ以上に、その生活環境からも、良渚人=苗人と直結することに抵抗をおぼえるのです。
まあこれは私の頭の固さに、原因するものでありますね・・・、
あの、長江下流域にて、インドやメソポタミア文明に匹敵、いやそれ以上の城郭都市文明を築いた長江人が、その都市文明を捨て、安微省あたりに集団疎開し三苗人となり、またこの三苗の中の一部が、漢族の圧迫により、山東半島に移り倭人となり、またこの倭人集団が何んらかの理由により、ある一団が遼寧から吉林にはいり、中国古書にある東北倭人となり、、またある一団は朝鮮海峡から九州に入り、稲作文明を日本に伝えたとの仮説も、十分に考えられますね・・・
あの強大なるローマ帝国すら、文明が崩壊すれば、ゲルマンの部族社会に逆戻りするのですから、
都市住民の長江人が、東夷伝に出る弥生倭人に変貌することも、大いにありえる仮説の一つですね。
うーん。なかなか、現在の私の頭には入りずらい、歴史観ではありますが、こちらのほうも一度、謙虚な気持ちにて勉強しようと思います。
本当にいろいろなる、ヒントやご支持ありがとうございました。
また、明日から文献読みだ!。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/15(Thu) 12:31
私は文献史学は素人なので発言は控えていたのですが、日本の稲作は少なくとも二段階の伝播が想定されます。

最初の伝播で日本に入ってきたのは陸稲と考えられます。
畑で作る米です。縄文の集落はほとんど台地上の縁辺部に形成されますからいきなり水稲耕作は不可能です。
また実際の発掘成果として『縄文中期農耕論』や、三内丸山遺跡におけるヒエ(キビだったかも)栽培の可能性、北海道美々貝塚遺跡の畑跡の検出などがあり、縄文社会での農耕がすでに想定されています。

そして次段階に九州北部での水稲農耕が開始されます。

ですが、最近発表された春成秀爾さんらの弥生時代開始年代の修正によって時間軸の再編がなされようとしているのでどうなるかわかりません。これらの伝播がいつどのような集団によってもたらされたか?どんなステップを踏んだか?今後の研究結果に期待するところです。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/16(Fri) 23:47 <HOME>
いやはや、残念ながら私にはもうさっぱりお手上げの状態です。
この辺は専門じゃないので、あんまり詳しくはないんです。ですので、ちょいとご勘弁を。

>鮮卑、モンゴル人
モンゴル人という枠組みは、チンギス=ハン登場以後でしたかな?
基本的には、モンゴル系と言われる大きな枠組みの中で、鮮卑だとかがいたはずです。

どうでも良いですが、以前、キルギスで日本人が武装勢力に捕まった時
キルギス政府の高官がよくテレビに出ていましたが、日本人としか思えない顔でしたね。
韓国人よりも、日本人に似ていました。じゃあ、日本人ってどんな顔か、と言われると困りますが・・・。

中央アジア関係は、明倫北斗さんが詳しいと思うので、その辺のお話も素人にもわかりやすくやっていただければと思います。

ちなみに、宣伝しておきますが。
歴史共有放送局&裏辺研究所内の歴史研究所では、歴史に関する文章を書いて、投稿することが出来ます。
素人にも解りやすく、と、あまり極端な仮説でない、という2点さえ守って頂ければ
もう大歓迎しちゃいますので、宜しければご利用下さい。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/17(Sat) 09:50
なんだか私もおぼろげな知識なので、良くわからなくなってきました〜(^_^;)
弥生人って、弥生土器で水耕稲作していて環濠集落など村を作って暮らしていて体格は大柄で扁平顔?、、、etc・・・
でこの間、九州の土器の炭素法の測定で始まりがBC10Cまでさかのぼるかもってニュ−スがありました。
でも確かに、北九州から朝鮮半島南部には、小柄な海の民が展開していてこれを中国側が倭人としたなら、弥生人と倭人は違ってきちゃうかもぉ?

キルギス人、、、
>「2000年前にエニセイ川上流で発生したキルギス族のうち、魚を求めて大陸から海を渡ったのが日本人、中央アジアに留まり狩をした肉好きがキルギス人。だからわれらのルーツは1つだ」
なんて、言ってるらしいですね。







[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/17(Sat) 20:44 <HOME>
>弥生人と倭人
次第に、と言うか急速に混血していったんじゃないかと思います。

>2000年前にエニセイ川上流で発生したキルギス族のうち
DNAか何かの観点から言うと、そんなはずはないらしいんですけどね。韓国が、「日本は我々が・・・」と言うと、なんだか腹が立つんですが、キルギスの人にそう言う伝説について言われると、何か親近感を覚えてしまうのは、これは良いことなのか、悪い傾向なのか。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/17(Sat) 21:12
隣接する国家間の仲が悪いのは至極当然と心得ます。
だからこそ江戸時代の日韓関係が世界史上の奇跡といえるかと、それぞれ本音と建前があるにせよね。

[509へのレス] Re: 扶余 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/18(Sun) 10:56 <HOME>
まあ、お互い罵り合いながら、共に発展していければ一番良いのでしょうが
考えてみれば今の日本と韓国って
韓国が一方的に反発しているだけで、日本は軽く無視状態なんですよね。
昔のいじめられっ子が、延々と恨みを引きずっている一方で
虐めた方はすっかり忘れているという関係と見事に似ているのがなんとも・・・。

[469] 空白の3世紀 投稿者:TYIM1983 投稿日:2004/01/09(Fri) 22:40
ずいぶん久しぶりにスレ立てさせていただきます。
下の方でも出てましたが…。結局日本の3世紀ってどうだったんですかね?いや、安彦良和のマンガ見て気になったもんで。
ヤマトのイヨが晋に遣使したことくらいしかわかりませんよね。
それと、箸墓古墳がヒミコの陵と推定されている根拠は何なんですか?

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/09(Fri) 22:58 <HOME>
お久しぶりです。
まず、卑弥呼の墓と推定されている根拠ですが、櫻井市のHPによりますと、

邪馬台国の女王、卑弥呼の墓とする説があり、最古の巨大前方後円墳とされる奈良県桜井市の箸墓古墳が、周濠と外堤に囲まれ、墳丘と外堤をつなぐ「渡り堤」も持っていたことが分かった。10日発表した同市教委によると、周濠や外堤、渡り堤は、後の大王墓(天皇陵)に代表される巨大前方後円墳にあり、その原形が箸墓古墳で既に整っていたことになる。「大和政権の権力の象徴」とされる前方後円墳のルーツだったことをうかがわせるもので、邪馬台国から大和政権へと続く古代国家成立の過程を考えるうえで重要な資料となる。

と、言うことで、大和政権期の前方後円墳に至る過渡期の墓であることから、推定されているようです。
もちろん、あくまでも「推定」で、邪馬台国が九州にあった場合には、全然違う物になりますが・・・。

>3世紀の日本
中国の文献に出てこないので、日本の状況が解らないのですが
ここから考えられるのは
1.中国に使者を送らずとも、平和な生活、安定が出来た
2.中国に使者を送る余裕すらなく、邪馬台国も崩壊し、戦争状態だった
このどちらかの両極端な状況じゃなかったのではないかと私は推測します。

安定していた場合で、邪馬台国が近畿にあった場合
次第に、大和朝廷に向かうための組織作りが行われていたのでしょう。
邪馬台国が九州にあった場合、九州は邪馬台国を中心とした連合国家が繁栄し
一方、大和では朝鮮系勢力による建国が徐々に進められていたのだと思います。

一方、戦争状態であった場合を考えますと
近畿と九州、どちらに邪馬台国があるにせよ、小国家間による対立、朝鮮からの新グループなど
結構、大変な暗黒状態ではなかったのかと思います。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/10(Sat) 07:02
箸墓古墳は古墳時代前期を代表する遺跡です。
宮内庁の治定によると被葬者は「倭迹々日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)」となっています。この辺は日本書紀の『〜昼は人作り、夜は神作る〜』云々という記述との兼ね合いでのことらしいのです。しかし他の行で「大坂山から人が列になり手渡しで石を運び積み上げた」という意味の記述があるんですがこの箸墓古墳葺石に使われてるのは川原石です。ここからすでに倭迹々日百襲姫命稜ではないことがわかります。
何で発掘調査ができないのに葺石が川原石とわかってるかというとなんてことはない宮内庁の治定してる地域が古墳全体ではないからです(確か後円部のみ)。プライドは高いですけどいろいろ片手落ちなんですよねあそこの役所。
で、そういったわけでわかってることが他にもあります。土器がわかってるんですね。それでこの古墳の築造年代が判明してるんですがそれが3世紀中頃、そう魏志倭人伝の卑弥呼の死亡記述242年とあってくるんです。ちなみに倭迹々日百襲姫命はもっと後の人ですからここからも治定が間違ってることがわかります。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/10(Sat) 22:02 <HOME>
そりゃ、ずいぶんと杜撰な管理体制ですね。全然、倭迹々日百襲姫命のお墓ではないですねぇ。他にも、伝 仁徳天皇陵など、色々怪しげな古墳もありますが・・・。

結局、見つかった土器から全然別人の墓だと解っているにもかかわらず、まだ宮内庁は間違えを認めていないのでしょうか?

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/10(Sat) 22:32
曰く、それでも天皇家につらなる人の墳墓であろうことは疑いない・・。

また、この発掘も正式な学術調査の結果ではなかったはずでして、さらに宮内庁の治定地の外のことであります。
このお役所は他のどこより面子を重んずるところでして・・。

ちなみに、宮内庁の陵墓治定と確実に合致してるとおもわれるのは・・
見瀬丸山古墳(伝欽明天皇、堅塩媛合葬稜・・ちなみに陵墓治定ではなく陵墓参考地)
誉田御廟山古墳(伝応神天皇稜)
聖徳太子稜

多分この二つもそうだったと思います。
石舞台古墳(蘇我馬子)
野口大墓(伝天武・持統合葬稜)

ぐらいです。
すくねっ!


[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/10(Sat) 23:48 <HOME>
げっ、そんなに少ないんですか。
・・・というか、どんな調査をしているんでしょう。
そしてもう一つ、どうやったら宮内庁に就職できるのか(笑)。

いっそ、宮内庁の公務員になろうかしら(笑)。
もうただあきれるほか無い、素敵な情報を有り難うございました。

・・・う〜ん
何度読んでも衝撃だ・・・。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/11(Sun) 18:51
古事記やら日本書紀を読んで適当に治定したみたいですよ。
宮内庁(宮内省かな?)の役人が。

大規模な古墳はおしなべて大王家、後の天皇家とのかかわりが予想されますしね。

これを被葬者の決定を重点に国家事業でやるとなると莫大な金と時間がかかり、おまけに天皇家の権威を揺るがすような大発見があったりすると非常に困るわけでして・・。
天皇家の姓がわかるかもしれない、天皇家の出自がわかるかもしれない、邪馬台国論争に終止符を打てるかもしれない、学術的には大きなメリットはあるんですけどね〜。

>宮内庁職員
国家公務員試験に合格して省庁選択の際に宮内庁を志望しそれが通ったらなれるのではなかったかと・・、ちなみに陵墓の管理は書稜部というところだったとおもいます。三の丸尚蔵館もここだったような・・。

あと、まれに古い家柄の御当主だったりすると嘱託になれたりするみたいです。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/11(Sun) 21:04 <HOME>
あら、普通に志望できるんですね。面白そうだけど、面接の時に「おたくらの裁定したデタラメ古墳名称を全部変えるために、志望しました」
なんてやったら、確実に落とされるだろうなあ。

>天皇家の出自がわかるかもしれない
朝鮮系であることが確実になるのが怖いんでしょうね。
今の、愛子内親王が即位して、その跡継ぎがいなくて天皇家が断絶した時
初めて古墳の調査が出来るようになると思うのですが、その頃には私たちは生きていないでしょうね。
そこに答えがあるかもしれないというのに、悔しいなあ。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/11(Sun) 21:58
>古墳名称
古墳名称はしっかりしたものがあります。
前述部に書いてあるのがそうで、通称の○○稜古墳というのは考古学では用いません。
通称のほうが有名で正式名称のほうが完全に学術用語と化しているのです。最大の古墳も仁徳天皇稜というほうが一般にわかりやすく正式名称の大仙古墳というのは知らない人のほうが多い。教科書にそう書かれてるのが悪いんですけどね。

>宮内庁
雅楽部みたいに特殊技能が必要な部署は入るのは難しいでしょうね。あと皇宮警察官はかなり信用調査がしっかりされるみたいですよ。だから宮内庁の一般職員もそうかも・・。

旧華族系の人々が幅を利かせて一般の家から採用された人は苦労するでしょうね〜。おもしろそうなお役所ではありますけど。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/11(Sun) 22:47 <HOME>
あらら、古墳の名称ってそうなっているんですか。そうですね、教科書が悪いです。考えてみれば、教科書でいい加減に付けられた名前をたたき込むから、このような勘違いが・・・。

>旧華族系の人々が幅を利かせて
そうでしょうね、プライドの高い連中が派閥作っていますから、一般の職員はお殿様に頭下げないといけないんでしょうね。
そもそも、一般の人は採用されるのかなあ。面接で落ちるような気も・・。
違っていたら、もしもアットホームな職場だったら、宮内庁の皆様、ごめんなさい。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:TYIM1983 投稿日:2004/01/14(Wed) 14:32
なるほどなるほど…。
あと、いわゆる「親魏倭王印」はまだどっか掘ればでてくるんでしょうかね?
ヤマトは遼東の公孫氏が滅びた直後に魏へ遣使しているところを見るとかなり正確に大陸情勢を把握していて、ヒミコの後継者たるイヨは晋にも遣使しているわけです。
つまりこの時点で、この印はもはや何の効力も持たないただの金塊なわけだということがヤマト政府ははっきり認識しているわけですよね。
とすると溶かされて別の宝物になってしまっている可能性もあるのでは…?

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/14(Wed) 17:39 <HOME>
どうですかね〜。溶かして使えるような量でもありませんし、加工技術があったとも思えませんし
私はどっかに眠っているのではないかと思います。
案外、発掘を認められていない古墳の中に眠っている可能性もあります。

ただそれ以前の話として、本当に金印を頂いたのかどうか、海の中に沈んでしまったのではないかとか
また、邪馬台国と大和政権が違った場合、大和政権の手によって捨てられてしまったりとか
その辺が怪しいかなあという気がします。

ところで、漢奴倭国王の金印って、アレは本物なのでしょうか?
わざわざ偽造はしないとは思いますが、江戸時代に農民のオッサンが掘ったら出てきたというのが、
どうも胡散臭くて・・・。

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:TYIM1983 投稿日:2004/01/14(Wed) 23:25
漢奴倭国王印は確かに胡散臭いですけど…。
地図をみればどうも志賀島は埋めたくなるようなところですよね。
RPGやなんかだったら確実に「ある」ようなところ。
あれ…ところでイヨは西晋時代に遣使したんですか?それとも東晋?

[469へのレス] Re: 空白の3世紀 投稿者:TYIM1983 投稿日:2004/01/14(Wed) 23:46
すみません、今歴史研究所見てきました。
西晋、それも即位間もない武帝に遣使していますね。
光武帝に奴が遣使したときもそうでしたが、やっぱり強力なリーダーであることを理解して遣使しているようですね…。
とすると、これ以後4世紀も含めて遣使がなかなか行われないのは、ヤマトの政情の問題の他にも、肝心の大陸、それも中原に政情の安定した国がめったに現れなかったせいもあるのではないでしょうか。
晋からして短命ですし。

[479] ラストサムライ 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/11(Sun) 14:24
 この映画観てきました。友人に誘われ遊ぶついでですが。
 感想は言われているほど面白いものではなかったかと。
 予想通りわざわざ時間割いた上、二千円近くの金を払って観るほどのものでは…とても。図書館にDVD入ってから観ればよかったかと。

 所詮は外国人から観た日本の騎士(あえて武士とはかかない)感かと。
あらためて認識レベルが髷+二本ざし+切腹でサムライやブシだということが証明されたかと(ある意味間違いではないが)。

 物の見事に外国人(ハリウッド)がつくった「日本人&日本」だったかと。
 宣伝してたような「日本の心」や「日本人の忘れてしまったもの」が描かれていたと言う事は無いでしょう(絶対)。そんな物最初から描かれてません。しかし、口が裂けてもこんな事言える空気ではありませんでしたが(笑)。

 よかった点?は、やはり渡辺謙の演技力(絶賛)。あとはこれまで多くのハリウッド映画のようにハチャメチャ日本ではなかったこと。彼らは中国文化と日本文化が一緒くたになってまったく区別がつかないようで。しかし、これはあたり前かと。一般人じゃなくとも異文化圏の異文化国家の認識では、我流で相当勉強した人はもちろんのこと、学者でも否めないことかと。

 しかし、あれを観て「感動した・泣いた」とか「武士だ」とかいってる日本人の方々の気がちょっと知れません。

 一般日本人の認識レベルもこの程度だという事でしょかね?つまり日本人もよくわかってない。

 話のレベルは下がりますがゲームや漫画の武士系キャラ?も着物+日本刀で、やたら猪突猛進(そりゃあ騎士道だ)。無意味にやたら義や忠だと叫ぶだけで、潔白を好む=武士だとされちまいますから。


 前々から思っていたんですが、やはり一般人と我々のような歴史好き?(歴史に対し何故?と疑問を抱き考えずにはいられない=探究心を持った人)の認識の格差がかなりあるかと。

 私としては一番の認識の格差は、日本の政治機関の二元性(朝廷と幕府等の関係)を外国人では全く理解できないということでしょか。これは歴史に興味の無い日本人はまったく理解してませんし、初心者で勉強し始めた日本人でも理解しにくいかと。

 日本史を勉強(探求)するに当たっては基礎も基礎(分かってないと話にならない)なんで我々のようなものは余り意識して考えませんが、どうもこれが大きな原因(は色々ありますが)のような気がします。

 何処の国も基本的にまず最高権威と最高権力機関は一体ですから。現代人には政治機能を剥奪された朝廷が存続できる理由が理解しにくく、また外国人に至っては理解不能でしょう。(だからこの映画のように朝廷と武士の隔たりが無いものができるかと)。

 つまり日本人はまだしも外国人には、公家と武士が一緒くたで区別がつかないかと。ヨーロッパでは歴史的に貴族=騎士ですからね。天皇、公家、武士の3権威の利害関係、政治構想の対立、三者関係上の建前を気づかなかったんでしょうしわからないのかと。

長くなってしまいましたが、「ラストサムライ」面白かったですか?皆様方。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/11(Sun) 18:08
見てませんがね。
そもそもはなっから期待してません。

ハリウッドというのは歴史というのものを尊重するという概念がそもそもかけていて、自分たち好みの味付けをしないでいられなく、おまけにそれを世界標準だと言ってはばからない。
それはアメリカという国家そのものに対しても当てはまりますね。
大いなる勘違い国家なんですよ。
でも、たちが悪いことに世界最強の国家でもある。


・・・感動したとか言ってる日本人、いますけどね。
映画の宣伝もあります。
あくまでフィクションですから日本が舞台ではなく、日本のような架空の世界でのお話としてみるならそういう評価もできなくもないんじゃないですかね。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:クアウテモック 投稿日:2004/01/11(Sun) 19:45
皆さん厳しいですね。
ストーリーとしては良かったのでは?と思います。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/11(Sun) 21:19 <HOME>
こちらも見ていませんが、うちの研究所の副所長は「ストーリーとしては良かった」と、クアウテモックさんと同じ意見です。
見る予定がないので、あらすじを訊いてしまいましたが、ラストシーンは
ハッピーエンドが多いハリウッドが多い中では珍しく、良かったのではないでしょうか。
(見ていない人のために、ごまかしておきます)

いずれにせよ、感動したと言っている人たちも、どう言った点で感動したのか、
そりゃ人それぞれ色々と思うので、まさか「幕末のことがよく解った」という
アホな意見が大勢でないと信じておきたいです。

>日本のような架空の世界でのお話としてみるならそういう
アメリカ人も見る映画ですから、くそまじめに歴史に忠実だと、
彼らの理解を超えてしまうんだと思いますよ。
超えちゃうし、パンフレットで説明するのも大変だと思います。
他にも、アメリカ以外に各国で放映するわけですし。
私は、このあたりはやむを得ないと思います。

だいたい、外人が日本で戦っている時点でおかしい。
・・・あ、いや、戊辰戦争で奥州列藩同盟で戦ったスメル兄弟の例はありますが。
そうか、そう言う例は確かにあったなあ。
ま、パールハーバーよりは良しとしてあげましょうよ。

それより、スパイ・ゾルゲが大ヒットしたという話を訊かないことの方が残念。
あの作品、皆さんご覧になりました? もうDVDで出ておりますが、
あれこそ「感動した」ってところです。

>大いなる勘違い国家なんですよ。
国家は本当に勘違いの連続です。
しかし国民は、これはもう人それぞれです。
日本人がアメリカに言って、源氏物語の解釈について質問されて困ったという話も訊きます。
つまり、アメリカは70%のクソバカと、30%の超勉強家で構成され、その30%は我々なんかよりも遙かに凄く、70%は、もう救いようがないんだと思います。
って、これは極論ですが、単純化するとこんな感じになるのではないでしょうか。
ただ、自身がアメリカに住んだことも、言ったこともないので、ここらは推測で意見を言うのはなかなか危険じゃないかなと思います。
マスコミが、勝手に固定観念を作ってくれますからね。

また、こう言っては失礼ですが貧しい移民の人たちなんかは、勉強している余裕はないから
映画を見る時には、とにかく単純化された痛快な物を好みます。
アメリカは、貧しい人たちが多いので、そうすると大衆相手の映画がいい加減なのはやむを得ないでしょう。

問題は、地欠王さんの言うように、日本人・・・ですなあ。
まあ、マスコミに登場するのは何も考えていない馬鹿者ですが。
一方で世の中には知らないこと、勉強しなければいけないこともあるわけで
歴史好きから見れば、歴史のことを殆ど何も知らない人がバカに見えてしまいますが
バカにした相手は日々、経済学だとか電子工学だとか勉強している例もあるわけで。
う〜ん、そう考えると難しいねえ。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/11(Sun) 22:04
>裏辺金好@管理人 さん 
>こちらも見ていませんが、うちの研究所の副所長は「ストーリーとしては良かった」と、クアウテモックさんと同じ意見です。

 あいや、話としてまとまりがあることは間違いないですが、はっきりいって根本的な勘違いがあり極端な言い方をすれば、ぶち壊しです。

 つぼは明治大帝とその忠臣として描かれる勝元との関係の描写がこの話のキーポイントであり
面白い(感動する)ゆえん。これが根本的に破綻していました。

 先にも書きましたが、天皇と武士との関係認識が完璧に間違っている関係上、凄い勘違い話なってしまっていて、面白いと思おうにもシラケて無理でした。
 映画観ていて認識違いがあるってるとはすぐ気づくんですがね。
それを差し引いてみて、頭の中で監督らが勘違いしていると理解できても酷すぎて「え?何で?」となってしまうわけで。
 百聞は一見にしがず。ご覧になる機会があればよくわかると思いますが、ここの部分(天皇と武士関係)認識は歴史にまったく興味の無い方々にはわからないらしく大丈夫(面白い)なんでしょう。

 とりあえずあの気位の高い明治大帝が武士を擁護したり美化した発言はありえんでよう。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/11(Sun) 22:13
>外人が日本で戦っている
箱館戦争ではフランス士官が旧幕府軍とともに戦ってますよ。

ただ、アメリカ人は聞いた事ないですが・・。
たしか、開陽沈没まで中立を守ってたんじゃなかったかな?
開陽沈没の報を聞き旧幕府軍の海軍力低下が決定的となって引渡しを留保していた『ストーンウォール』号を新政府軍に引き渡したと記憶してます。

>日本人
確かに歴史ができればいいってもんじゃないですよね。
むしろ歴史しかできないのは役に立ちはしない。

ただ、外国に留学なり、外国相手に商売やるような人はある程度の日本史と日本文化の知識とがないと恥ずかしい目にあうんじゃないかな?
相手のことをより理解するのにその国のことを知ろうとするのは当たり前のことと思うし。
知ったかぶりや間違った知識を教えると相手に対して失礼でしょう。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/11(Sun) 22:55 <HOME>
見ていないのでよく解りませんと言うのが現実で、
こうなるとむしろ見に行ってやろうかという気にもなってきます。
大学のテストが間近でなければ、早速行ってくるところなのですが。
取り敢えず、日本を舞台にしたファンタジーと思えばいいのでしょう。
が、一般の人はそう考えず、幕末物と見るわけで、そこが腹立たしいですね。

ただ明治帝は武士を擁護したり美化した発言はしませんが
これが孝明天皇だったら話が別になります。あの人は武士、と言うか幕府や特に会津藩が好きでしたからね。
もしかして、監督はこの2人を間違えたのでは。

>相手のことをより理解するのにその国のことを知ろうとするのは当たり前のことと思うし。
少なくとも、ただグローバルの時代だからという理由で、外人が我々に英語を強要するのは腹立たしいですね。

そして日本人の中にも、歴史を軽視して中国に出かけていって集団売春をして帰ってくるアホがいますから
ここは歴史を勉強する意義という物を、もう少し学校でしっかり教えないといけないんだけど・・・。
これは、また別のスレッドで。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/11(Sun) 22:56
>裏辺金好@管理人 さん
>問題は、地欠王さんの言うように、日本人・・・ですなあ〜

 確かにそう考えると、おそらく今だから通用した映画でしょうね。

>一方で世の中には知らないこと、勉強しなければいけないこともあるわけで
>歴史好きから見れば、〜

 確かにそうですが、それはそれ、これはこれです。間違いを指摘(指摘の仕方もよりますが)するのは双方の義務でしょう。

>大黒屋介左衛門  さん
>確かに歴史ができればいいってもんじゃないですよね。〜

 同意見です。やはり歴史だけだでは当然駄目ですが、知らないと恥ずかしい上、失礼につながります。

 映画についてさらに一言。
 いや確かに最初の設定。南北戦争、インディアン掃討の英雄が落ちぶれて日本へ軍事指南へ行くって設定は大変よいものかと。出だし大変よし。
 しかし、その英雄が実はインディアン虐殺に後悔しと言う設定がドッ白けです。つまり主人公がインディアンと日本人を重ね合わす訳ですがここから設定が破綻してきます。
 偽善の現代アメリカンの大好きな開拓時代の自虐話です。確かにアメリカ人にはその設定が理解しやすくリアリティーがあると思いますが…それを日本に転化するとありえない物に。
 スターオーズを宇宙版西部劇+宇宙版騎士物語りと観ると面白いように、インディアンと武士を重ねあわすと底が観透けます。酷評すれば、インディアンを武士に置き換えただけ、これは勝元らの行動の最初の描写に多く出てきます(後に合戦の仕方にも)。
 これではとても日本らしいとは片腹痛い。
 まあ、これがハリウッドの思考ルーチンの限界でしょう。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/11(Sun) 23:54
>裏辺金好@管理人

>日本を舞台にしたファンタジーと思えばいいのでしょう。

 残念ながら今回の映画の売りは、そうじゃない所です。

>一般の人はそう考えず、幕末物と見るわけで

 またくです…。そこが最悪なとこで。

>これが孝明天皇だったら話が別になります。あの人は武士、と言うか幕府や特に会津藩が好きでしたからね。
>もしかして、監督はこの2人を間違えたのでは。

 私も最初これが明治大帝?か?と。違う人かな?つまり「映画上のただの天皇」かなと思ったんですが、そんな善良な解釈は残念ながらありません…。

>こうなるとむしろ見に行ってやろうかという気にもなってきます。

 お金と時間お無駄ですが(おい!)是非管理人さんには一見していただきたいです。

 天皇についてですが、おそらく彼らは傀儡君主・象徴天皇だと、そのマンマよくも考えもせず傀儡だけの情けない君主だと思った事は間違いないでしょう。おそらくここは、溥儀と同一化して区別がつかないんでしょうし、実像を求める必要性も感じなかったかと。その上、ハリウッドの思考ルーチンでは明治大帝の実像など思いもよらなかったんでしょう。

 映画として、ここは突っ込みどころか私的には微妙な線ですが、大変面白い明治大帝になってます。ありえません(笑)。

 まあ、原因としては日本史への無知・無理解。つまり、先にも書きましたが朝廷・幕府、天皇・新政府と天皇、公家、武士の関係が理解できないからでしょう。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2004/01/12(Mon) 01:10 <HOME>
私も見ました。まあ話としては面白かった、というのが感想です。細かいつっこみどころもいくつかありましたが。

そもそも、実際にはない架空のお話なので、あんまり細かいこといっても仕方ないのかな、という気がします。第一、日本人の中でも日本史のことが分かっている人がどれだけいるのかという問題もありますので。
恐らく「武士道とは何か」ということが主題な訳で、それ以外の設定については気にしてはいけないのでしょう(といっても、気にしますがね)。渡辺謙も、脚本を見て日本像が誤って伝わらないよう気を配ったようですので、私はあまり文句は言いません。

>外人が日本で戦っている
>戊辰戦争で奥州列藩同盟で戦ったスメル兄弟の例
幕府軍を教練したフランス人士官が函館戦争で戦ったのは有名ですね。また列藩同盟には外人傭兵を雇う計画もあったらしいです。
細かいことですが、「スメル兄弟」ではなく「スネル兄弟」です(ヘンリーとエドワード)。スメル兄弟では「臭い兄弟」ですよ(苦笑)。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:JACK 投稿日:2004/01/14(Wed) 10:22
明けまして、おめでとうございます。
今年も皆様と歴史について熱く語られる様に
どうか宜しくお願いします。
お久し振りです。この映画はホストと一緒に
アメリカの映画館に行きましたが、感想としては
疑問なのが何故渡辺兼が異国の敵について学ぶために
英語を堪能にする必要があるのか?実際に英語とオランダ語を喋れる人物が黒船来航の際に交渉したと聞きました。
名前は残念ながら覚えていませんが彼の場合、相手の方が
英語の知識や言い回し、本音と建前を知りつくしていると考え、オランダ語を選んだと説明されていました。
また彼ら侍たちが住む場所は九州地方なのか横須賀地方なのかいまいち解りにくかったです(当然字幕なし)
戊辰戦争で神風隊が示現流の構えで明治政府軍と堂々と戦ったり、会津藩の白虎隊など少数で尊王攘夷の精神で戦った侍たちに対して余りもトム・クルーズの脇役としてか見られていないんじゃないかな、アメリカ人も日本人の歴史に興味が無い人達にとって。僕としては明治天皇の存在を弱い人間に
摩り替えることでハリウッド映画を後ろ立てにする超保守派
に都合の良い、『日本は所詮負け犬』で太平洋戦争でも天皇の存在が当時のマッカッサー陣営の幹部が危惧していた特攻隊にも歴史チャンネル番組では『哀れな犠牲者たち』と扱われたり何だか悲しいです。一番悔しいのが日本人やインディアンが殺されていく場面でアメリカ人が無反応なのに
白人の将軍が刺されて死ぬ場面では『Oh my gosh! Cacha you
Believe tmen!?』とほぼ全員非難していました。
どうしても許せないのが前に座っていた韓国人の若者二人の
『Hey Look! Jap were Killed, That's fucking pleasure!!
Go to hell asshole』と侍の人達が銃弾で死んでいくのを叫びながら笑っていました。いくら旧日本軍に収容所や従軍慰安婦{僕は信じません}で酷い仕打ちをされたからって過去の問題に掘り下げて同じアジア人を差別するのは可笑しいです。話としてはまあ良かったですが、環境は最悪でした。

[479へのレス] Re: ラストサムライ 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/14(Wed) 11:13 <HOME>
スネルでしたね、臭くしてしまって申し訳ありません(笑)。
まあ、基本的には羽州探題最上氏さんの仰るように「細かいツッコミどころ満載」
ってと頃だと思いますし(見に行く時間がないのが辛い)
NHKの大河ドラマですら、と言うか民放の時代劇でも、これと似たようなことをやっています。
大河ドラマで言えば
「毛利元就」の時に、毛利元就が「これからの時代は、男性も女性も一緒に働く時代だ」
などととんでも無い発言をしていたり
「徳川慶喜」は、物語の中盤から慶喜が大政奉還を唱えていたりって感じで・・・。

それにしても、不思議なのはどうしてもアメリカは白人優位の映画しか作れないんだなあって事ですな。
それでも、この映画はまだまともな方らしいですが、興行収入的には悪いそうです。
やはり、白人の将軍が刺されて死ぬからでしょうか。

まあ、我々も中国人と日本人が死ぬシーンで、こういう戦場物だったら、中国人が死ぬ方が抵抗は少ないと思いますけどねえ。

韓国人のその馬鹿二人については、渋谷にたむろしている日本人の馬鹿と大して変わらないレベルだと思います。
これが、韓国の中でどれぐらいの地位を占めているのか、それともアメリカの韓国社会だけの話なのか
そこがちょっと気になるところですが、いずれにせよ、そのようなつまらない行動を取るようでは
何とも情けないというか、成長はあり得ないでしょうね。

>従軍慰安婦
一応書いておきます。これはあったと思いますよ。
ただ、注意しておかないといけないのは、従軍慰安婦という言葉は戦後になって、
日本の学者が付けた言葉であることと、日本人の従軍慰安婦もいたこと。
それから、韓国では無理矢理という風に描かれていますが、
事実としては売られていったこと。
ただ、売られなけばいけなかったのは、日本の占領政策のせいで貧しくなっていったからしょう。

ちなみに私はどちらかと言えば韓国に好意的というか・・・。
あのヒステリックさには苦笑するしかありませんが、やはり歴史的に見ると小国故の悲しさがありまして。
その立場になってみると、ちょっと理解せざるを得ないかな、と言う気がします。
(同情するなと、韓国から怒られそうですが)
歴代王朝もことごとく腐敗していますし、現政権の腐敗も凄いですし
北はあの政権ですし、民衆の立場に立ってみると、かなり不幸な歴史ですよ。



そう考えると、日本の韓国占領は、美味く善政をやれば喜ばれたはずなのに、馬鹿なことしましたね。

ちなみに、韓国は地域ごとの差別・非難も強く、一説によると日本に対する非難も、その一部とも言われています。
また、日本に近い地域ほど日本に対する好意度も増すとか。
*だからアメリカの韓国人はそう言うことを言うのかな? それとも、北朝鮮系?
この話題をやる場合は、新スレッドで。

[431] こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2003/12/29(Mon) 20:55
年の暮れにちょこっとだけお邪魔させていただき、お世話になりました。
「各国の歴史」とてもわかりやすくて助かっています。地図とにらめっこしながら読ませていただいています。
歴史ってダビデの紋章など面白そうでも、イスラムなどの知識がないとどうにもならなかったり、難しく奥が深すぎて
日々途方に暮れています、、、(^_^;)
ところで、日本にある奈良の大仏のような大きな鋳物の作品って朝鮮半島や中国、インドには、あるのでしょうか?
思い出せないというか歴史に疎いもので〜
先日読んだ本に「世界的高度なレベルの仕事」とあったので、
他所では、どんな物があるのか疑問になりました。
宜しかったら、教えて下さい。
では、年の暮れも差し迫っていますが皆様良いお年をお迎え下さいね。





[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/29(Mon) 23:21 <HOME>
まだまだ地図を追加していきたいところなのですが、意外と地図を作るのって大変で
(簡単そうに見えるんですけどね〜)
地図1つ作るだけで1時間とか2時間になってしまい、
結局、もう1つ、つくる・・・というのが決心着かない状態です。

他の国での巨大な鋳物ですか?
他の国はたいてい、石とか土で造りますから、鋳物という例は殆ど無いと思います。
中国の大仏様も、山や岩をくりぬいていますし。
ただ、奈良の大仏を造った職人さん達の大半は渡来人なのですよね。
そうすると、朝鮮にはあってもいいものですが・・。
何かありましたら、ご報告しますね。

ちなみに鋳物については
http://www.at-takaoka.co.jp/casting/c_menu.html
という鋳物メーカーのサイトの記事が面白いです。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2003/12/31(Wed) 13:21
無いんじゃないでしょうか?

奈良の大仏は盛り土したものにメッキの要領で造営してますが、これが外国なら、岩盤の露出した崖をくりぬけばいいだけですし、金属であることにこだわるなら金属のみで造営するでしょう。

この事業で重要なのは『でかいことはいいことだ』『でかいものを作ることは仏に篤く帰依している』という自己満足につきてますからね〜。
民衆を救う目的でかえって民衆に貧窮をもたらしているという矛盾に気づくことなく世を去った聖武天皇ですから・・。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/31(Wed) 17:31 <HOME>
結局、奈良付近に、デカイ物を作るための岩盤がなく、材料がなかったから、鋳物になってしまった、と言うのが真相でしょうか。
それとも、他の地域にはない物にチャレンジしたのでしょうか。

奈良の大仏は、今ではすっかり観光名所となってしまいましたが、出来た当時はヴェルサイユ宮殿のごとく、人々にとって余計なお世話だったんでしょうね。

あの行基さまですら、大仏のこととなると目がなかったようで、協力しちゃいましたね。
聖武天皇に限らず、そこだけは行基さんも民衆の困窮に目がいかなかったか、
長期的に見ると、仏法を広め民を救うためのシンボルになるメリットが大きいと考えたのか。
どうなんでしょうね。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/01(Thu) 03:33
>行基
聖武天皇によって今までは私度僧として日陰の身にあった境遇から開放されてますから・・、聖武天皇に恩義こそ感じても反論、諫言などは考えもしなかったんじゃなかろうか?

また、聖武天皇は行基の弱者救済活動のスポンサーでもあったから民衆に艱難辛苦を与えている原因が大仏造営にあるという矛盾にたとえ気づいていたとしても、それに対しては何も言えない、言えるわけがない・・。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/05(Mon) 09:44
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいいたしま〜す♪
金好管理人様♪
ホムペの紹介ありがとうございます。BC3000年のシュメ−ル人から鋳物は作られているのですね、すっごい!
大仏君の製法もよくわかりました。
大国屋様♪
大仏の製法は、他国でもいくらでも作れたけどあえてそんな事はしない言う事ですね。そっかそっか・・・
日本には、すばらしい技術者が集まっていたと思ったんだけどなぁ・・・
「大きいものはいい物だ!」〜確かに、
古墳もかなり大きいものにこだわりがあったようですし、
今だって、そんなこだわり続いているような気がします。

う〜ん時代背景を考えると、また見方も変わってきて「こんなもの〜」みたいになってきてしまう所もあるのかもしれませんね。
当時の2人に1人は、参加した計算になるとも・・・
聖武天皇、不人気なのですね。





[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/05(Mon) 23:51
>古墳もかなり大きいものにこだわりがあったようですし
巨大古墳の造営にはちょっと違う意味もあります。
最も仮説ですんで正確に当時の人々の心情を伝えるものではありませんが・・。

巨大古墳の造営には大和政権の国威発揚と連合への忠誠の表現という意味があります。
前者は「わしらはこんなにでかいもんこしらえることができるんだから、逆らうだけ無駄だぜ」という連合未加盟の豪族、もしくは参加から日の浅い豪族へのアピール。外国ここでは朝鮮半島諸国なんかも含まれます。
後者は江戸時代の幕府の外様大名への普請の割り当てとおんなじです。江戸城の築城、名古屋城の築城、江戸の堀の掘削などなど、ま、そういった類です。
つまりはでかい勢力を持つ豪族の力をそぐのに財力をつかわせたということですね。

でも、世の三流政治家と同様自分の名を後世にしらしめす記念碑を築きたいという願望も占める要素は大きいでしょう。『でかいことはいいことだ』そう思い込む、思い込みたいという心理は今も昔も変わらないということでして・・。

どうせ造るなら墓みたいに生きてる人間には役に立たんものより、ローマ人みたいにみんなの役に立つ公共工事をすればいいのにと思ってしまいます。それもやりすぎは問題ですけど・・、秦の始皇帝とか、隋の煬帝みたいに。

結論「生きてるうちに銅像が建つようなやつはろくなもんじゃない」

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/07(Wed) 07:25 <HOME>
>大和政権の国威発揚と連合への忠誠の表現
たしかに巨大古墳の造営の発想は、名古屋城や江戸城の築城に似ていますね。
考えることは、いつの時代も一緒と言うことでしょうか。
もっとも、お墓である点と、その後も行政府として使う点が違いますけどね。

>公共工事
当時、もし公共工事するとしたら、どのような物があったでしょうかね。
日本に運河・・・と言うわけにもいきませんし、道路かなあ。
私はイマイチ、当時の日本・大和政権にあう公共工事が思いつかないのですが、
どんな物が出来たでしょうね?

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/07(Wed) 10:07
>公共工事
道路もありですけどやっぱりメインは治水灌漑でしょうね。
日本の河川は短くても流れは急峻で、雨が多い分氾濫しやすい。
農耕が定着していた当時最も急ピッチに整備しなければならないインフラは堤防と取水堰と灌漑溝でしょうね。

街道網の整備は重要ですけど軍事上の理由から日本ではきわめて整備が遅れてます。山がちで平野が少ないのも理由ですけど。まともに整備されるようになったのは江戸時代からでしょう。それすら橋を架けるのに制限を加えたり不十分ですから。

ホントはこういう日本みたいな地形なら街道より港湾設備の整備と航路の開拓が最もいいと思うんですがね、流れの速い海流、毎年必ずやって来る台風、冬は北西の季節風で大荒れと航海はきわめて危険ですからね。
でもいまの我々ほど海に囲まれてることを忘れてはいなかったでしょうが・・。


結局のところ引き合いにローマ人を出したのは問題があったかな?
日本には(ていうか東洋では)建設者の功績をたたえるのにその人の名をつけるという風習はないから。
公共工事に魅力は感じなかったかも・・。
だいたい墓こしらえても墓碑すら建てないし・・、名を残すという情熱が薄かったんだろうか?中国ならその分歴史の編纂に情熱を傾けてたけど・・。

独特です日本人。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/07(Wed) 13:02 <HOME>
そうですよね、ヨーロッパで言う公共工事=建設者の名前を冠する ですからね。
日本は、そこは「和」を重んずるのか、建築物に自分の名前を付ける例は少ないみたいです。
あまり突出して名前を付けた物を建てると、後々壊されることを恐れたのかもしれませんね。

ムネオハウスが精一杯でしょうか(笑)。
現代の鉄道に置いても、中国やヨーロッパが歴史上の人物の名前などを列車名にしていますが
日本ではつい最近、JR九州がシーボルト(あっさりと廃止)、
かいおう(お相撲さんの名前)が登場しただけです。

とはいえ、この件については日本独特ですが、歴史的に見ると、実は意外に日本とヨーロッパ
というのは政治システムなどが似ているそうです。
(アメリカとは全然違いますが)
そこが、中国と違ってヨーロッパ追従が出来た理由なのかもしれません。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/07(Wed) 13:17
あの、全然話が違ってしまうんですけど、「旧唐書倭国日本伝」で日本国は倭国の別種・・・ってありますよね、
で日本って名前に変わったのは、天武天の時ですよね。
単なる名称変更とは思えないのですが、どうなんでしょ?



[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:さくらもち 投稿日:2004/01/09(Fri) 05:11
 皆さん、あけましておめでとうございます。そして初めまして、か〜たんさん。さくらもちです。

 か〜たんさんの言っていた「日本は倭国の別種」という件なんですが、このことについては、諸説あってよくわからないんです。
 一説によると、「倭国」というのは実は九州を支配していた「九州王朝」のことで、大和朝廷のことではないという説があります。
「日本国」は大和朝廷のことを指していて、「旧唐書倭国日本伝」に書かれてある「日本国は倭国の別種」というのは、九州王朝が大和朝廷に滅ぼされ、大和朝廷が新しい支配者になったことを指しているというのですが・・・。

 それどころか、実は遣隋使も、聖徳太子が派遣したものではなく、九州王朝の王が送ったという説もあります。
 真偽のほどは、これからの研究が待たれるところですが、この謎が解ける日が来るのでしょうか・・・?

 でも歴史というのは、一つの事件についても謎や異説があり、そして知られざる逸話もあるから面白いんですよね(^-^)
 それでは、今年もよろしくお願いします。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/09(Fri) 18:23 <HOME>
さくらもちさん、あけましておめでとうございます。
倭国ですが、さくらもちさんの言うとおり、諸説ありまして
そもそも当時の中国は、野蛮国を全て「倭」と一括りにまとめてしまう傾向があるので
中国文献に出てくる「倭」が、必ずしも日本を指しているわけではないんですよね。
さらに、中国から見れば大和王朝だろうが、九州の邪馬台国、
クマソだろうが、区別が大してついていないわけで
一方、日本側に残る資料は少ないので、研究する上で非常に難しいですね。
というか、それでもこの時代にこれだけ記録が残っているだけでも凄いんですが。
流石、記録マニアの中国。ただ、内容は正確して欲しかったものですが。

>聖徳太子が派遣したものではなく
そう言う説があるんですか、それは初めて知りましたが、考えられることではありますね〜。
そもそも、聖徳太子に至っては、いなかったという説もあるぐらいで。

>この謎が解ける日が来るのでしょうか
よほど何か、新しい資料が出てこない限りは無理でしょうね。
ただ、日本では未調査の古墳、史跡もたくさんありますし、広い中国には、色々と資料が眠っているでしょうから
突然、国家プロジェクトでも始まれば、何かあるかも。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/09(Fri) 20:00
さくらもちさん、はじめまして〜(おいしそうなお名前♪)
一説にと言う事で、倭国=「九州王朝」(倭の五王朝、近畿と平行説?)で九州王朝が大和朝廷に滅ぼされてとなると、邪馬台国近畿説になるのでしょうか?
で統一して、日本国建国!・・・時代的には、どの辺りかしら?

>でも歴史というのは、一つの事件についても謎や異説があり、そして知られざる逸話もあるから面白いんですよね(^-^)
ホントそう思います。推理小説のようで、、、
真実を知りたい気持ちは同じなのに、研究者の間でなんだか抗争がありますよね。ああいうのやめてほしい〜。

私的には、古事記にわりと忠実な考えに賛成なので神武(九州)東征にて近畿での各部族との戦争の末の大和王朝(九州分家)成立。
でもその後の大和朝廷でのトップが同じ部族かと言うと、またよくわからなくなってくる、、、(^_^;)
ただ白村江の戦いの後、自国意識が出来てきて天武朝あたりで日本国建国、その「日の本」意識って何処から来てるのかなぁって思うのですが・・・
でも、想像の域から出ない古代のお話は、この辺で終わりにします。

ありがとうございました〜
さくらもちさん、これからもヨロシクお願いします。








[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:明倫北斗 投稿日:2004/01/10(Sat) 01:07
旧唐書倭国伝について

うーん、旧唐書と新唐書の違いについて、とても難しくて恐くて答えられそうにもありませんね。
旧唐では、倭国と日本が別となっていますが、新唐では日本国伝となっていますね。成立において、新旧は約100年の開きがあり・・・・
この間、日本も中国もいろいろなことがあり・・・
まあこの問題については、議論を突き詰めますと、古来より倭族(加羅と倭の奴)と日本(ヤマト)が複雑に絡み合い、耶馬台国論争ばかりでは無く、任那府の帰属問題ら、国際紛争に発展する可能性もあり、現在の日本の学会主流も、「さわらぬ神に祟りなし!」とばかり触れぬようにしているのが実情です。
網野善彦氏が『日本とは何か?』の中で述べておられるように
倭は地域名、日本は中国の漢や唐のごとき王朝国家名ということですから、旧唐書が成立する、西暦945年のこの時期には、中国人は倭という地域(東の夷の地)と日本(大和)朝廷は別個の存在と思っていた
それは、筑紫加羅政権と畿内政権などという奥の深い、複雑な問題ではなく、当時の中国人の地理感覚は、
例えば、「『山海経』海内北経」において、倭は燕に属す。とあり
また、「『後漢書』鮮卑伝」にて、光和元年(西暦178年)に鮮卑壇石槐が、興安嶺北東部鄂倫春(オロチョン)の倭人集団をとらえて、千余家を秦水(内モンゴルの海拉爾ハイラル川と思われる?)近くに移住させたとの記録にあるがごとく、同じ時期でありながら、卑弥呼の倭と秦水の倭は天と地のごとくとび離れている。
つまり当時の中国人の神経は、西域シルクロードを向いており、東域の倭については、実に曖昧、大雑把であります。
唐朝は、白村江に出撃してきた東夷軍を、百済、加羅 筑紫 扶余の倭連合軍と本当に思っていたのではないでしようか? 
新唐書になって、やっと倭を九州の地と限定して、その地域政権(天智朝)を征圧し支配したのが日本(大和)政権(天武朝)と認めたのでは無いでしようか?
ごめんなさい。これ全くの素人のいい加減な私見です。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/10(Sat) 21:59 <HOME>
そうそう、それです私が言いたかったのはw。
そうなんですよね、とにかく辺境の地で野蛮族が住んでりゃ、そこは倭になってしまうわけで。
まあ、今のアメリカ人が殆ど世界地理が解らないの解らないのと同じで、
何でも一色単に混ぜてしまうのと同じようで。

>認めたのでは無いでしようか?
色々考えられますが、例えば、外交関係者は認めていたけど、外交を担当していない人間にとっては、何にも知らなかった可能性もありますし
記録に残す側が、全然、その辺の事情を無視している可能性もありますね。

で、これはよく言われますが、果たして邪馬台国は本当に日本にあったのか?
沖縄あたりにあったんじゃないのか、なんて疑ってしまいますよ。
下手をしたらフィリピンとか(笑)。
まあ、さすがに、それはないでしょうけど。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/11(Sun) 15:44
明倫北斗さん、はじめまして〜
>素人のいい加減な私見です。
いえいえ、コレだけの私見が出来るのは相当な知識がないとぅであります。。。
倭人の根拠地は、長江辺りでそこから山東半島〜朝鮮半島南部〜九州あたり〜台湾などなどを領域に暮らしていたを指すかなと思いますが、そういう中で大和朝廷が現れ、中国側では別個の物との認識だったわけでしょうか?
大和朝廷事態も中国側の人々だったのでは?と思いますが
どうなんでしょう・・・
金好様
>果たして邪馬台国は本当に日本にあったのか?
沖縄ですか???


[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/11(Sun) 21:01 <HOME>
>沖縄ですか???
魏志倭人伝の法学に関する記述をバカみたいに正直に読んでいったら、確か沖縄の方にたどり着いたような。
まあ、そんなはずは無かろうでしょうがね。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:明倫北斗 投稿日:2004/01/13(Tue) 01:42
か〜たんさん。こんにちは明倫北斗です。
どうもいろいろな、ご意見ありがとうございました。
お尋ねの件、うーん・・・どうもとても難しくって・・私、浅学の身(−涙ー)うまく答えれるかどうか? ほんと!困っております。
それは中国の史料にて、「倭と倭人」「倭族と倭国」の定義が、一緒なのか、別なのか?、ここのところがどうも古来より、はっきりしておらないような感じを受けており・・・私自身、これが理解できずに弱っているのですよ。
ただ私自身、これは独断ではありますが、前の投稿文で書いたとおり、
中国の古書は、倭と倭人について、ただ漠然と東(ひがし)の夷(えびす)の地に住む未開人と、当時の中国人の書記官が述べた無責任なる記録・・・
だが、これが私の頭の中にて、ぼんやりと描いている、倭族と倭国のテリトリーの範囲内に、この倭人と倭がどんどんと使用されているために
頭がこんがらかっているのですよ。

成る程に、中国人の目から見れば、内モンゴル海拉爾の倭人も、また九州糸島半島の倭人も、さらに畿内大和の倭人も一緒かもしれませんが、
私の感覚上の倭人(矮 ワイ)とは、倭族の土地に住む人々と思っております。そしていくつかの倭族が合体連合したのが倭国であろうと・・
私は倭族の故地は、個人的な意見ではありますが・・・
朝鮮鎮海湾の巨済島、南海島と釜山一帯地域、また対島海峡の対島、壱岐と筑紫平野一帯らの地域が、これにあたり、ここが東夷倭人伝にある
小人にて刺青、素潜りの海洋の民の土地であると思っています。

だから、加羅、巨済、奴、伊都、末盧らは、これ韓国の人から怒られるかもしれませんが、まぎれもなく、漢族のつくった部族国家だと・・・
だが、畿内にできた??族による「ヤマト」は旧唐書に記されている。
と同じく、倭族とは別個の存在と思っております。
こちらのほうは、海洋の民とのイメージは薄く、おそらくは『古事記』
や『日本書紀』にある、大陸の民、出雲系(朝鮮辰韓族)の移民殖民団と考えていました。
今回、か〜たんさんから、大和朝は中国側の人々が、つくったのではないか?とのご指摘を受けました。うーん、成る程ね・・そうかもしれませんね・・・一度、この仮説も勉強しようと思います。

ところで、では耶馬台国は倭国なのか?「ヤマト」国なのか?と尋ねられますと、困ります。もう本当に困ります。正直いってもうわかりません。 5年前までは、私は耶馬台国は、魏史倭人伝にあるがごとく、その風習からも、当然に倭族の一員だと想定していました。
だが、学生生活の最後の夏休みに、友人2人と車にテント用具を詰め込み、38日間、九州の隅々、五島列島から壱岐、対島まで渡り、遺跡、古墳、博物館、資料館を見てまわりました。
その結果や、その後の考古学の発見により、今は情けない話ですが、意志薄弱の転向組です。私の乏しい頭にて結論を下してはいけませんが、
たいへんなる努力の末にも、九州に耶馬台国の痕跡は認められませんでした。
だが、畿内説と倭人伝の論理が組み立てられるかといえば、今、現在は無理です。一生懸命勉強中ですから、すこし時を待ってください。

最後に倭人の根拠地は、長江流域ではないか?とのお尋ねがありましたが、この長江下流域の、河姆渡人や馬家浜人らの古い人種ではなく、新しい良渚人を指しておられると思いますが、
ごめんなさい。こちらは私・・・私の想像力では、稲作文明を運んだのは、倭人とは考えてはいないのです。これはいくたの民族の手を経由しての文化の伝播だろうと思います。この点はか〜たんさんと意見が異なりますね。勿論、私が間違っているとは思いますが・・・・
倭人が朝鮮海峡に住みつく、もう何百年も前から、おそらく前1000年の縄文後期に、沖縄方面から九州南部に自然発生的に入ったのではないでしようか?
ならば倭人はどこから朝鮮海峡に入ったかといえば、私、わかりません
強いて無理に答えるとするならば、山海経らにある、遼寧省あたりから
小河沿文化の倭人らが半島沿岸伝いに、北から南に降りてきたのではないでしようか?
根拠は何もありません。ただ長江人が山東半島より、南鮮に入ったルートより、より自然であり、また中国の古書文献に合致する確率が高いとの理由だけです。

1995年頃、長江文明学術調査団の一員として『長江文明の発見』を発表された徐 朝龍氏の文献内容は衝撃的であり、高校生の私も胸を弾ませて読んだものであります。
その後に日本人の安田喜憲氏や、私の尊敬する哲学者の梅原猛先生も、
倭人のルーツは長江人だ!日本人のルーツは長江人だ!との論文研究を
多く発表されておられますが、どうも私、その説にぴったりとこないのです。
梅原先生、安田先生、徐先生の文化講演や文化講座を多く聞くたびに、その違和感がひろがっていくのです。
良渚人は父系社会であり、また邑落を他族や災害の攻撃から守る、とてつもない防衛思想や城壁の構築精神を有うしております。
だがその長江人の民族、種族の遺伝子は、倭国大乱(環濠土塁集落)以前の母権制社会の倭人には、どこにもみうけられません。
九州旅行にて、それはよく認識しております。
現在の日本の世相の半分を占める、無防備による一国平和主義、この発想に出発する、村落の形態と、その後の都市構造(城壁なしの住民区無防備)ら、海洋倭人と大陸長江人とは、まったく似ても似っかぬ、別種類の民族であるような気持ちがしてならないのですが?・・・・
  ごねんなさい。これ私だけのおかしな意見だとは思いますが・・・

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/13(Tue) 12:52
明倫北斗さん、未熟なか-たんにこんなに語っていただいてありがとうございます。熟読させていただきました。
倭人の定義については、全くわかりませんが私は基本的に南方系に属するかなぁなどと思っています。
>海洋倭人と大陸長江人とは、まったく似ても似つかぬ、別種類の民族であるような気持ちがしてならないのですが?・・・・
私もよくわかりませんが時代を重ねる毎に中国って、東西南北が侵略等によって民族シャッフルかなりあるようです。
http://www.rui.jp/message/04/04/30_f999.html
などにもあるように、追われた苗族が倭人の祖ではないかなぁとも思うのですが〜、(まっそれぞれと言う事で・・・)

>私は倭族の故地は、個人的な意見ではありますが・・・
朝鮮鎮海湾の巨済島、南海島と釜山一帯地域、また対島海峡の対島、壱岐と筑紫平野一帯らの地域が、これにあたり、ここが東夷倭人伝にある
小人にて刺青、素潜りの海洋の民の土地であると思っています

そうすると朝鮮半島南部〜九州が主体の人々なのですね。実際にこれを書いた陳寿?あるいは使者の人が認識したのはこの辺りなのでしょう。確かに3C頃の海洋系倭人の生息地はそうかもですね。
梅原先生、安田先生、徐先生、、、私も、安田先生?の本一冊読んだ事あります。長く研究されているのですか?すごいです♪
邪馬台国が何処にあったのか?はわからないけれども、自分でここって考えて研究してみるのも楽しいと思うのです、
今後卑弥呼の金印が出土するとか?ないかなぁ〜?実際歩いてみるには遠すぎるので明倫北斗さんに期待しま〜す♪

民族問題ってさっぱりわかりませんが、北方遊牧民族によって世界中かなり駆逐あるいは混血されっちゃたんじゃないかと思うところ・・・
馬韓の後の百済を作った扶余は北方系ですよね。
ところで、
>だから、加羅、巨済、奴、伊都、末盧らは、これ韓国の人から怒られるかもしれませんが、まぎれもなく、漢族のつくった部族国家だと・・・
は、どうしてですか?
私のつたない知識に答えるの大変ですよね。スミマセン(^_^;)




[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/13(Tue) 13:02
金好様、
上に勝手に他所のホムペ紹介しちゃったけど
まずかったら、削除してください。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/13(Tue) 18:25 <HOME>
>上に勝手に他所のホムペ紹介しちゃったけど
うちはその辺甘いので、と言うかむしろ根拠となるネタは提示した方が良いと思うので、どうぞご自由にやって下さい。

なお、風邪引いちゃって、頭ボーっとして、小難しいネタのレスはちょっと出来ませんので、また後ほど。

[431へのレス] Re: こんばんは〜 投稿者:明倫北斗 投稿日:2004/01/14(Wed) 01:08
か〜たんさん。明倫北斗です。
ごめんなさい。前回レス文を間違えました。
まぎれもなく。倭族のつくった部族国家だった!とする所を、まぎれもなく漢族と書いてしまいました。訂正いたします。
それと、倭人の祖は苗人ではなかったか?とのご意見を伺いました。
そうですね・・・その可能性もありますね。ありがとうございました
歴史には種々の可能性があります。こちらのほうも、この可能性を求めて、勉強しようと思います。
次ぎに扶余に関して・・・
私も2年ほど前に扶余に夢中となり、中国史料の東夷伝を調べましたが
なにぶんにも書かれていることが、まことに微々たるものであり、この民族に関しては、謎の部分が多く、かいもく検討もつきません。
山海経や春秋らの古書類においても、扶余に触る項目はなにも無く、手がかりのカギとなるところは、どこもありません。、
残るところは、神話伝承の部類しかないと思います。
この民族の勃興に関しての情報をご存知ならば、是非おしえてください。扶余の輪郭がすこしでもわかるようになれば、
古来より、中国人の史家が東北地域人の指定席の一つに入れている
「倭人」の実体もわかるような気がするのです。
扶余と倭は、中国の史家が間違えていなければ、そしてさらに鮮卑さえもある地方において同居する可能性すらあるのです。
倭という実体がとほうもなく大きくなる気がしてなりません。
無責任な記述が、真実に一転することすらあるのです。
この意味からも、私は可能性を求めて、倭人の北方説をとっただけにすぎません。
どんな突飛なる扶余情報でもかまいません。お知りの分、お裾分けすこしいただけないでしようか。
米 文平『鮮卑史研究』(中州古籍出版社 東北亜研究2000年)
「鄂倫春自治旗嗄仙洞の鮮卑皇祖石室碑文項」


[473] お願い 投稿者:中国史だいすき 投稿日:2004/01/10(Sat) 15:51
中国の歴史楽しくよませていただいております。
はやく宋代の歴史が完成しないかなと思って待ってます

[473へのレス] Re: お願い 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/10(Sat) 22:05 <HOME>
宋代の文化史がまだ完成していないんですよね。どうも、あっちに手を付けてみたり、こっちに手を付けてみたりというのが私の悪い癖で。

なお今回の場合、朱子学のあたりを説明するのが面倒なので、放っているのですが・・・。
・・・なんとかします。
が、その前に色々事情があって他に書かないといけない物があるのでお待ち下さい。

何を書くか。
1.EU成立までの道
2.戦後アメリカ大統領史
って感じです。そんなに書いている余裕があれば、総代の歴史完成させろよってところなのですが、うちのHPは戦後関係に弱いので、穴埋めの意味があるため、ご了承下さい。

[443] 独眼竜正宗の総集編 投稿者:蕭月(しょうげつ) 投稿日:2004/01/03(Sat) 23:46
独眼竜正宗の総集編見ましたが、なんか義姫が「やさしいお母さん」になってますね。
この人って、子供の頃の正宗の右目を見て、嫌っていたんですよね?
そういうグログロした描かれ方をしているんだと思っていたので、ちょっと面食らいました。

NHKの大河ドラマって、けっこう「人物像の創り過ぎ」が多いみたいですね。
…いや、NHKだけじゃないか。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/04(Sun) 00:25
>「やさしいお母さん」
政宗の願望と呼べるものかも・・。

>大河ドラマ
独眼流政宗のすごいところは脚本もそうだがそのキャスティングのすごさに圧倒される。当時まだ若手だった渡辺謙の主役抜擢、わきをかためる人々(岩下志麻、大滝秀治、勝新太郎、津川雅彦、北大路欣也、原田芳雄、三浦智和、西郷輝彦、いかりや長介etc)今の大河ドラマのスタッフに見習っていただきたい。

>「人物像の創り過ぎ」
ドラマですから・・

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/04(Sun) 17:42 <HOME>
危ない危ない。このスレを見たお陰で、なんとか第4集・第5集を見ることは出来ました。
相変わらず、というか、ここからスタートなのかもしれませんが、渡辺謙が良い味出しています。
そして、俳優さん達が老人をやるシーンの上手いこと上手いこと。

>「やさしいお母さん」
彼女を描くのは結構難しいところでしょうね。まあ、こういう親子関係みたいなプライベートな問題は
記録だけからは推察しにくいし、実態は解らないし、内心も解らないし
非常に難しいところだと思います。

>キャスティングのすごさに
大黒屋さんにお会いした時に、大河ドラマって、同じ俳優が、別の大河ドラマで同じ役をすることはないですね、と言ったのですが、津川雅彦が徳川家康やっていました。そこにまずビックリ。

葵三代でも徳川家康をやっていましたからね。ま、脚本家が同じだから、そう言うことも起こるのかな。

それにしても確かに豪華な顔ぶれ。
演技も半端じゃなく上手く、また物語の構成も上手で、総集編じゃなく、1話ずつ再放送して欲しくなるような大河ドラマでした。

>人物像の創り過ぎ
こればかりは、難しいですね。
むしろ、見る方があくまでドラマ、1つの仮説と思って見て頂けないかなと、そう思います。
大抵の人って、ああいうドラマを見て、「○○って、こんな人だったんだ」と完全に擦り込まれちゃいますから。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:蕭月(しょうげつ) 投稿日:2004/01/04(Sun) 18:19
この時の渡辺謙って、まだ若手だったんですか。
ならば余計に正宗のイメージに合ってきますね。

勝新太郎の秀吉は、ちょっと貫禄ありすぎだと思いました(笑)。
津川雅彦と役を入れ替えた方が、イメージに合うような。

ちなみに、漫画『花の慶次』の家康が、この勝新の秀吉にそっくりなんですよね。
原作の隆慶一郎が「家康は勝新にやってもらいたい」というイメージを持っていて、それを元に原哲夫が描いたそうです。

>人物像の創り過ぎ
>大抵の人って、ああいうドラマを見て、「○○って、こんな人だったんだ」と
>完全に擦り込まれちゃいますから。

歴史に詳しくない人だと、大体そうなりますね。
あまりにも虚像を作りすぎるのは、やるべきではないと思います。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:林 梅雪 投稿日:2004/01/04(Sun) 23:46 <HOME>
ずいぶん面白い話題で盛り上がっていますね。
私、現在大河ドラマの研究をこそこそとやってるんですが
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/5784/taigadorama/index.html
なんか、結構参考になります。
しかし、最近はあまりみて楽しい時代劇ってなかなかないと思うんですが、気のせいでしょうか?

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/05(Mon) 05:18
>渡辺謙
そうです当時は若手だったんです。このときの演技が評価され映画『天と地と』の主演が決まり撮影を開始したのですが途中白血病を発症し残念ながらこの映画は主役を入れ替えて撮り直しされて公開されています。復帰後は再び大河の主役をゲットしてます、『炎立つ』第一部と第三部ですね。近年は『北条時宗』の北条時頼役で大河に登場。

>楽しい時代劇
古きよき時代のスタッフたちの引退、撮影コストの増大、マンネリ化に伴う飽き、大部屋俳優と呼ばれる時代劇を締めるプロのチョイ役の減少・・・、原因は様々。おもしろい原作が減ったのも原因かなぁ?
単純に面白さを追求するなら『必殺』シリーズ。
かっこよさなら池波正太郎原作のシリーズがいいです。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『藤枝梅庵』。


ちなみにマサムネは政宗が正解、正宗だと日本刀の銘物のほうになっちゃいます。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:か〜たん 投稿日:2004/01/05(Mon) 09:50
全然関係ないけど・・・
謙さんに色紙書いてもらった〜♪
「The LAST SAMURAI」
のタイトル入りだぁ〜〜〜
(時代劇と言えば、、、花山大吉)

[443へのレス] Re: 独眼竜政宗の総集編 投稿者:羽州探題最上氏 投稿日:2004/01/05(Mon) 17:04 <HOME>
確かに、キャスティングはすばらしかった。
最近の大河ドラマに見習ってほしいところです。

しかし、最上義光があそこまで悪人風に描かれているとは。
個人的には、地元の武将ですし(名前にも使ってますから)、もう少し何とかしてほしかった。
ま、所詮は政宗の引き立て役ですからねぇ。

>『炎立つ』
渡辺謙が藤原経清(第一部)と藤原泰衡(第三部)を演じてましたが、実は『〜政宗』で伊達輝宗役を演じた北大路欣也が『炎立つ』では藤原秀衡役を演じるはずでした(ドラマストーリーには北大路欣也がでてます)。
しかし実際には渡瀬恒彦が演じました。交代の理由は知りませんが。

[443へのレス] Re: 独眼竜政宗の総集編 投稿者:蕭月(しょうげつ) 投稿日:2004/01/05(Mon) 17:41
>マサムネは政宗が正解

言われてようやく気が付きました (^^; 。
変換の時に「これで合ってたかなぁ?」と、気にはなっていたんですが。

>大河の配役

半年ぐらい前だったかNHKの公式サイトで、大河ドラマの歴史年表みたいな特集ページがあって、これに役者の写真を使った武将の解説があって、見ていて壮観でした。
でもNHKは、そういう特集ページとか時間が経つとドンドン消していくんですよね。
「過去の番組のページは消していく」という方針だそうです。
せっかく作ったのに、もったいない。

>謙さんに色紙書いてもらった〜♪
>「The LAST SAMURAI」のタイトル入り

その色紙は値打ちありますね。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/05(Mon) 19:22
>北大路欣也
確か炎立つ第一部で安倍貞任の父で主人公藤原経清の舅安倍頼時役ではなかったでしょうか?
確か出てたような?

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/05(Mon) 23:21 <HOME>
安倍頼時役は、里見浩太朗ですね。何となく雰囲気が似ている・・・ような似ていないような、よく解りませんが、私もごっちゃになる時があります。

調子が悪かったのですかね?、北大路欣也。その後の大河ドラマには出ていますから、NHKと喧嘩したわけではなさそうですが。

>楽しい時代劇
色々理由はあると思いますが、まずはネタが幕末・戦国・忠臣蔵に偏りすぎているのと、
時代劇を演じる新しい若手の俳優が育っていないんでしょう。
もちろん、今大河ドラマをやっているアイドル俳優が、将来、時代劇の重鎮になっている可能性もありますけどね。その時、「あの時の大河ドラマは豪華キャストで・・」と言ってしまうことも・・・う〜ん、多分無いと思うけど・・・。

>最上義光
悪人というのは酷いですよねえ。それが戦国時代なのですし・・・。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/06(Tue) 00:18
>安倍頼時役は、里見浩太朗ですね
あなや、すいません間違っちゃいました。
とするとあれかな?『銭形平次』の撮影が重なっちゃったとか?

ともあれ、時代劇そのものの本数が減ってますから若手の育成は難しいですね。スタッフの高齢化と後継者不在も問題、殺陣師なんかは職人技ですからね〜。斬られ役の福本さんも定年だし・・。

[443へのレス] Re: 独眼竜正宗の総集編 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/06(Tue) 12:45 <HOME>
そういや悪役ってのも変ですが、敵役で魅力ある人物ってのも、なかなか育ちませんね。
時代劇のみならず、最近では普通のドラマ自体も下火になっていて
俳優=トーク番組でおしゃべりする人へ堕落する傾向があるようで、困った限りです。

後は確かに、スタッフの問題もありますねぇ。いくら演技が良くても、撮影や舞台セットが悪いとダメだし、殺陣指導も重要だし・・・。

[441] 大友宗麟について 投稿者:地欠王 投稿日:2004/01/02(Fri) 11:12
 明けましておめでとう御座います。
 昨年は、管理人様をはじめ大変お世話になりました。本年もこの不束者をどうか宜しくお願いいたします。

 ところで、お正月ドラマで大友宗麟放送されますね。皆さんご覧になりますか?
 予告を観た限りかなり脚色?されているようで(苦笑)。現実の大友宗麟とを知る人にはちょっと突っ込みどころ満載かと。まあ、そこが歴史ドラマの良いところなんですがね。とりあえず楽しみです。

 しかし、宗麟が本当にキリスト教国家を建国しようとしたのは本当だったんですかね?
 ただ勢力広大にと南蛮貿易利益の為に特にほかの大名より利用しただけじゃないのかと思ってしまったり。憶測ですけど。
 しかも、当時の大友家は家臣団を束ねるのに大変でしたからね。その上いたずらにキリスト教を家臣に強要して反感をかなり買ってますし。

 美化されるのは、高山右近の影響ですかね?昔はこの人は大儀より信仰をとった軟弱者って言う評価でしたから。
 しかし、キリスト教・信仰⇒戦いの無い世⇒良い事は、余りにも短絡的かと…。十字軍とかローマ教会のことを知っているとちょっとひきます。そんなに素晴らしい物なら世界中平和とまでは言いませんが、ビザンチン帝国は滅ばなかったでしょう。

 私的には、宗教は個人=心は救っても集団=国は救わないかと。個人救済がすなわち集団救済とはとても思えませんし。
 理由は、宗教の救済の真理が、結局は各宗教総てその宗教を信仰してる人とその宗教世界の救済しか考えていないと結論したからですが。

 長くなりましたが、宗麟が本気だったかどうかと現実性はどの程度だったのか、また成功(耳川の戦いで勝っていたら)してしまったらどうなっていたのかと。
 

[441へのレス] Re: 大友宗麟について 投稿者:蕭月(しょうげつ) 投稿日:2004/01/03(Sat) 23:44
>私的には、宗教は個人=心は救っても集団=国は救わないかと。
>個人救済がすなわち集団救済とはとても思えませんし。

わたしもそう思います。
宗教ってのは「理想しか述べない」ので、それイコール「現実に世の中が良くなる」という事には繋がらないですね。
信仰心の厚い人ほど、そこに気が付いていない、という気がします。

[441へのレス] Re: 大友宗麟について 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2004/01/03(Sat) 23:54
大友宗麟については悪評も多いですな。
まず彼の家督相続、「二階崩れの変」と呼ばれる下克上で大友家の家督を奪取するのですがこれにより父と腹違いの弟を殺しています。
きわめて女癖が悪かったとも、わざわざ京まで女をあさりに行ったり、気に入った女を手に入れるためであれば手段も選ばなかったらしく家臣の一萬田親実の妻に狙いを定めると彼を無実の罪で殺してまで手に入れようとしたらしい・・、ちなみにこの事件が原因で内乱が発生している。

宗麟という名は確か法号のはず、にもかかわらず彼はキリスト教に改宗し、あまつさえ神社仏閣に徹底的な弾圧を加えている。これら悪評がそういった被害を受けた宗教家たちによって吹聴された可能性もあるが宗麟という人物はずいぶん極端な人物であったろうと思われる。

キリスト教国家建設の可能性だがこれに関しては歴史のifを問うまでもなくそのための家臣団の意思統一を怠った時点で失敗は目に見えている。またそれができたとも思えない。現実性はきわめて低いといわざるを得ない。

[441へのレス] Re: 大友宗麟について 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2004/01/04(Sun) 17:35 <HOME>
取り敢えず、大友宗麟をネタに選んだことには素直に評価しておきます。
ドラマについては見てから評価するとして、いずれにせよ中国南北朝時代の前秦の符堅のように、
かなり自分の世界に入ってしまった理想独裁主義者だったのではないかと思います。
理想は立派で、自分のその目標に向かって邁進しているものの
やり方が極めて自己中心的で、周りのことを考えていないというタイプでしょうか。

この他については、やはりドラマを見てから。
でも、遠藤周作が原作と言うことは、キリスト教を愛する観点から、美化されまくっているんだろうなあ。

[388] 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/17(Wed) 14:19 <HOME>
今日は珍しく、歴史ネタで面白いニュースが色々発表されました。
こちらにて御紹介します。

高句麗の「中国化」に反発 韓国、外交問題に発展も

 【ソウル16日共同】中国で最近、朝鮮半島北部から中国にかけて存在した古代国家、高句麗(紀元前1世紀後半−紀元668年)を古代中国の地方民族政権と位置付ける動きがあることに、韓国側が反発、両国間の外交問題に発展する兆しを見せている。

 韓国側によると、中国の社会科学院が昨年から巨額の予算を投入して推進している国策研究プロジェクトで、高句麗を「中国の歴史」の中に位置付けようとの傾向が顕著になっているという。

 中国の動きは、北朝鮮情勢や朝鮮半島統一をにらみ、将来の領土紛争などに備え、中国の歴史観を打ち立てようとするのが狙いとの見方が出ている。

 韓国ではまず学会などが反発、政府も問題を重視し、学会関係者を集め「高句麗史研究センター」を設立、中国に憂慮を伝える方針。与野党議員25人は12日、「中国の歴史わい曲中断を促す決議案」を国会に提出した。(

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/17(Wed) 14:20 <HOME>
原の辻遺跡 壱岐まるごと博物館 東アジアの考古学研究拠点に

 長崎県が壱岐の国指定特別史跡「原(はる)の辻(つじ)遺跡」の周辺部に建設する県埋蔵文化財センターの「基本構想策定会議」(委員長・西谷正九大名誉教授)は十六日、整備基本構想をまとめ、金子原二郎知事に提出した。弥生時代から大陸と九州を結ぶ交流拠点だった壱岐の地理的・歴史的特性を生かし、東アジアの考古学の研究拠点を目指すのが特徴。観光による離島活性化の機能も持たせ、二〇〇八年度のオープンを目標にしている。

 構想によると、遺跡を望む丘陵地に二万数千平方メートルの用地を確保し、埋蔵文化財センター、展示施設、駐車場、緑地広場を整備。核となる埋蔵文化財センターは(1)東アジアを中心とした考古学資料や情報の集中管理(2)国内外の研究機関との連携による学術交流(3)県内の埋蔵文化財の発掘調査・分析(4)市町村の文化財担当者を対象にした専門研修―などの機能を担う。

 展示施設には、弥生時代の装飾具や土器など、原の辻遺跡の出土品を中心に展示するほか、壱岐や長崎県、東アジアの歴史を学ぶ体験学習室を設置。地元の農水産物の販売施設やレストランも整備する。

 さらに、「しまごと博物館」や「しまごと大学」を掲げ、原の辻遺跡を軸に、壱岐島内にある古墳群や元寇の古戦場跡、朝鮮半島出兵関連の遺構など歴史遺産の散策ルートを整備。国内外の大学と連携し、単位取得が可能な特別講座の開催を図る。

 壱岐四町は〇四年三月に合併して壱岐市になる予定。西谷委員長は「遺跡と新たに設ける施設が壱岐市のシンボルとして、地域振興の核になることを期待している」と語っている。

▽原の辻遺跡

 長崎県・壱岐の南東部にある国内最大級の環濠(かんごう)集落で、外濠(そとぼり)で囲む面積は約24ヘクタール。2000年に弥生時代の集落としては、国内3番目の国指定の特別史跡になった。中国の歴史書「魏志倭人伝」に記載された「一支国(いきこく)」の中心と考えられている。捕鯨の様子を表現した線刻絵画が描かれた弥生中期の土器や、イスラム圏からもたらされたと推定される弥生中期のトンボ玉と呼ばれる装飾品のほか、土器、青銅剣など多数の遺物が出土した。保存整備の方針が決まっている。(西日本新聞)

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/17(Wed) 14:21 <HOME>
アカボウクジラ、世界最古の化石=2500万年前−北海道

 北海道十勝管内足寄町で2000年に発掘された化石が、歯クジラ亜目アカボウクジラ科のクジラとしては世界最古の約2500万年前の頭骨であることが17日までに分かった。

 調査した足寄町動物化石博物館によると、同科の世界最古の化石はこれまで、米ワシントン州で発掘された前期中新世(2300万年前〜1500万年前)のもので、この記録を約200万年さかのぼることになる。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:地欠王 投稿日:2003/12/17(Wed) 23:41
高句麗について

 まあ当然、朝鮮半島に関する最古の記録では、半島最初の国家は中国人が建てたことになっていますからね……。韓国人が、神話である檀君をやたらに持ち出すのはこの中国の記録を誤魔化したいためでしょうね。檀君すら13世紀の三国遺事に初めて書かれていたことですから、史料の出し合いになったら韓国が中国に勝てるはずがありません。だから、必殺技「理性ではなく感情で、理論でなく怒鳴り声で反発」するしかないのでしょう。


 韓国は自ら「満州人は韓国人と同じ民族だから、モンゴルも清国も韓国人が作った。ついでに東夷族とは韓国人のことだから、殷も韓国人が作った」と大変面白く無茶苦茶なことを言っているわりに、逆に「半島最初の国家は中国人が作った。だから半島は最初から中国の属領」と言われるとヒステリックに拒絶する。自分たちは好き勝手に主張するのに、同じ論理でそのまま返されることは想定すらしていないようです。こんなやり取りは見ると、半島国家にとって言われるがままの日本は大変良いカモです。


>韓国側が反発、両国間の外交問題に発展する兆しを見せている。
 
 外交問題になっても日本の様には行かないでしょうね。実際に外交問題になっても中国側の譲歩はあり得ないでしょう。実際に中国側のほうが正当性が高いので、腰抜け列島の様においそれとは反発が通る道理があいません。半島外交が通用するのは、世界中の国で日本だけです。


> 中国の動きは、北朝鮮情勢や朝鮮半島統一をにらみ、将来の領土紛争などに備え、中国の歴史観を打ち立てようとするのが狙いとの見方が出ている。

 そうな事は、まず無いと思いますが、できる事ならぜひそうなって欲しいものです。日本のためにも。というより、こういう一文を加えるのは、国民の関心を大きくするためでしょう。「侵略される」と入れることで韓国併合をフラッシュバックさせ国内の世論を引きつけ、国が一丸となって抗議する体制を作りたいんでしょう。もう一つは、早々に完全否定することで国内では「中国の間違った意見」ということにしてしまおうと言う考えでしょう。これなら中国側が意見を変えなくても形がつきますからね。こちらが本命かもしれません。

 しかし、今日のCBCテレビの九時からの番組はひどいものです。呆れて物が言えない、とはあの事ですな。政治を茶化すだけ茶化して意味のわからない終わり方をする上に、何をどお勘違いしたか金一族を皇族を紹介するように放送してます。いやさ、だって何で共産主義なのに金日成の長男紹介するのに「プリンス」なの…。最初は、あてつけかと思いましたが(と言うより願ったが)本気のようで…。さらには、真ん中にいたお化粧の方が「日本は非道で世界の恥さらし」だという意味の事をおっしゃってましたな。あの意見が正気の沙汰通ってしまう日本は世界一の不思議国家です。この番組を見て笑って、その上、李英妃の特集を見て何も不思議に思わない日本人が悲しいです…。私が考えるに幕末以来の最大の危機に立ってますよ日本は。

[388へのレス] 誤字。すみません。 投稿者:地欠王 投稿日:2003/12/18(Thu) 00:06
>いやさ、だって何で共産主義なのに

>金日成 ← 間違い「金正日」

>の長男紹介するのに〜

 その他にもありますが、長くなるとあれなんで重大なものだけにしときます。てか、私の書き込み誤字脱字多いですね…。行換え忘れて読みにくくて申し訳ありません。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/18(Thu) 22:56 <HOME>
個人的には、中国と朝鮮がお互いのナショナリズムむき出しで戦うのをほくそ笑んでいる愚か者です。
もっとも、朝鮮は昔から中国に頭が上がらないので、最終的には
「政治的に妥協」と言う形で、韓国が屈服するとは思いますが・・。

しかし、こうやって考えてみると、我々は韓国や中国の歴史どーのこーのが、
ヒステリックすぎるのではないか?と思ってしまうのですが
他の国家の場合どうなのでしょう?
ドイツとフランスなんか、歴史認識を巡って、火花散らしていたり・・?
ご存じの方、お教え下さい。

CBCテレビについては、見ていないし、番組名も解らないので何とも言えないのですが
どうも民放系のマスコミは、必ず1人、とてつもなく左翼な方を連れてきて
とんでも無い発言をさせることで、左翼からの攻撃を免れる傾向があるように見えます。

>最大の危機に立ってますよ
それでも、戦前に比べればマシでしょう。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:名古屋市民 投稿日:2003/12/23(Tue) 20:31
>中国と朝鮮がお互いのナショナリズムむき出しで戦うのをほくそ笑んでいる愚か者です
 私もその一人です。この騒ぎが続けは共通の歴史認識がいかに虚しいものかよくわかるとおもいます。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/24(Wed) 00:17 <HOME>
個人的には、ぜひ中国人への抗議活動をして欲しいですね。それをやるかやらないかによって、結局は韓国が日本を見下しているのか、そうでないのかがよく解ります。

ともあれ、本当にこういう騒ぎって馬鹿馬鹿しいです。国なんて、民族なんて、最近になって形成された物ですから、そんな古代の国が、現在のどこの国の管轄かだなんて、殆ど言えないと思うんですがね。

中国も中国で、どこまで自分の国と考えているのでしょうか。朝貢と言うことであれば、日本をはじめ、中央アジアの国々も中国史として扱おうと考えているのかしら?

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:カリウス 投稿日:2003/12/24(Wed) 20:26
島国の日本人にはなかなか理解しにくい問題ですね。大陸の歴史というのは非常に難しい・・・。

でも、最初は中国のテリトリだったけど最終的には朝鮮ができたっていうのでいいんじゃないかな?

>中国も中国で、どこまで自分の国と考えているのでしょうか。朝貢と言うことであれば、日本をはじめ、中央アジアの国々も中国史として扱おうと考えているのかしら?

まあ、領土として制圧していたのなら、その期間についてなら自分の国の歴史として扱ってもよいでしょうし、その国に対して色々影響を与えたのならそう書けばいいと思います。

ただ過去から今までずっと自分の国であるみたいな扱いはやめてほしいですが。

話は少しずれますがモンゴルの歴史ってどうなんでしょう?
ティムール帝国もモンゴルの歴史?

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:地欠王 投稿日:2003/12/24(Wed) 22:08
>裏辺金好@管理人 さん
>しかし、こうやって考えてみると、我々は韓国や中国の歴史どーのこーのが、
>ヒステリックすぎるのではないか?と思ってしまうのですが

 そのお考えよく分かります。私は、日本のおかれた立場(アジアの敗戦国)が世界的に見てかなり特殊だと理解してます。
 こういう書き方もどうかと思いますが、書かせて頂くと、
 シナはまだしも、お隣の半島が無茶苦茶にやり過ぎです。これを日本の面白い方たちが容認したり、煽ったりするからキチンとした対応が必要かと。つまりヒステリックすぎる事はないかと。

 かの国は他国の教育にまで口を出して何様のつもりなんでしょうか?悲しい事に近代史の空白教育で、まったく国際感覚と国家間の外交知識を欠いているため、日本人のほとんどが容認や正しいと思ってしまうとが馬鹿げてます。

>他の国家の場合どうなのでしょう?
>ご存じの方、お教え下さい。

 他の国の場合なら間違いなく外交問題になってしまうのでお互いに自粛?しています。中東では目茶目茶書けば書き返す(中東ではそんな事するまでも無いですが)のでいまだに紛争してますし…
 まあ、これについてはこれぐらいですかね…。私もあまり詳しくはありません。

>中国も中国で、どこまで自分の国と考えているのでしょうか。

 漢の武帝の領域が基本となっていることは間違いないでしょうか。ただ、やはり時代によってやはり違うのではと。この時代、この国はここまでが領土みたいです。
 あと、キーポイントは、中国史書が扱っている国々と周辺の中央に影響を与えた国家でしょうかね。 ここで間違えてはいけないことは、自国の領土としてではなく中国史(一部)として扱うことです。そうしないと、領域に収まらない滅びた国やその他の短命国家の歴史が消滅してしまいます。
 史書内にある消えた周辺国家として高句麗も扱っただけでしょう。
 韓国側の主張は今のロシアが共和制ローマや古代ローマ帝国は俺たちの国だったと言っているレベルとなんらかわりません。

>カリウス
>まあ、領土として制圧していたのなら、その期間についてなら自分の国の歴史として扱ってもよいでしょうし、
>その国に対して色々影響を与えたのならそう書けばいいと思います。

 半島の方々はそう書かれるのが我慢ならんようで…。逃避したいようです。

 が、しかし、「中国文化が半島を経由して日本に伝わった」つまり「中国文化→半島・通り過ぎただけ→日本」と書かれるのも我慢ならないようで…
 しかも、中国文化(半島の中では我々の文化)を日本に伝えた(教えてやった)のは半島国家だと言う主張は世界中で誰も認めてくれません。なので韓国の教科書には「何年に何を日本に伝えた」と誇らしげに書かれています。尋常とは思えません…。
 こんな面白い事を書いている国は他にありませんので、読むとたいへん面白いです。近代・現代史辺りなど気が狂いそうになります。黒塗りした戦前・戦時中の日本の教科書もあれには足元にも及びません。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/25(Thu) 23:30 <HOME>
>最初は中国のテリトリだったけど最終的には朝鮮ができたっていうのでいいんじゃないかな
韓国の人が聞いたら、おそらく逆上して日本&中国ににミサイルを撃ちそうなご意見ですが
しかし、実際の所そんなもんでしょうね。

>自国の領土としてではなく中国史(一部)として扱うことです
あ、これは凄く納得の出来るお話です。そうですね、既に日本史でさえ、
本当に今の日本だけを扱って良いのかという意見もありますからね。
極論の中には、日本史という分類がおかしいという声まで・・・。

>韓国の教科書には「何年に何を日本に伝えた」
そうなんですよ、これはいくらなんでもふざけています。
「伝えた」ならまだしも、良く読むと「教えてあげた」などと書いているんですよ。
実態としては「売り込みに行った」ではないのか(笑)。

しかし、このように朝鮮の教科書批判をすると、日本の右翼
系な方々が、何か勘違いを起こして
「朝鮮侵略は正しかったと教科書に書け」などと、トンデモ発言がくるかもしれないので
とにかく朝鮮にしろ日本にしろ、極端な自国熱烈崇拝主義者は、困った物です。

ところで、ここでふと思ったのですが。
実態として、高句麗ってどんな国家なんでしょう?
ちなみに高句麗=Koreaということで、今回、韓国が怒っている気もしますね・・・。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:明倫北斗 投稿日:2003/12/26(Fri) 00:26
またピンボケ男がやって参りました。宜しくご指導のほどお願いいたします。
12月17日、ソウルプレスセンター19階での韓国財団法人、高句麗研究会の学術シンポジュウムの「‘高句麗=中国史‘中国の論理はいかなるものか?」 この問題は考えれば、考えるほど難しいですね。
これ、もはや高句麗の歴史上の本籍地と現住所の論争の枠をこえているような感じですね。
ただ私、日本人という部外者であり、また歴史にあまり詳しくない者の勝手なる感覚にて意見を述べさしていただくならば、これは少数意見だとは思いますが、私はどうも中国側に無理筋があるような感じがいたします。
なるほどに、中国側が言う、「一部国家の研究期間(韓国史学会のこと)が歴史を歪曲し誤った議論(高句麗を唯一の朝鮮国家と断定すること)を展開しているとの主張は、一見は理屈に合っているような気がいたします。
また確かに、高句麗の初代、東明聖王(解朱蒙)が前37年に中鮮国境の鴨緑江の北岸、中国遼寧省の恒仁県の集安に王朝を建てた、その位置が現在で言うところの、中国領土内に入っていました。
だが、これだけで鬼の首を取ったがごとく、高句麗の歴史を、中国東北地方政権の一環として、従来の歴史認識を見なおしを図るとする意図は
ちょっと強引だと思うのです。
現在、韓国側が憤激して発表している、中国側の主張の論点
「高句麗が漢族の一枝流であり、漢の武帝が古朝鮮を滅ぼし、設置した 四郡は中国の固有領土であり、隋の煬帝や唐の太宗の高句麗征伐を、 中国の統一戦争であった」
まさか?こんなことを本当に中国側は言ったなんてことはとても信じられませんが?
これは例によって、例のごとく韓国側の感情論的発表だとは思いますが
ただ、中国側が、集安の地(建国時の高句麗首都)が、ただ鴨緑江の北側だったとの根拠のみにて、また高句麗の前身が、吉林省の三江平原や農安平野の東扶余(始祖は解夫婁)や北扶余(始祖は解募漱)だったとする神話のみにて、高句麗イコール、中国東北政権とする論法は、
やはり、ちょっとね・・・・私、高句麗は高句麗、扶余は扶余で別物と思んです。 たった川一本(鴨緑江)の北と南の差だけでね・・・
古来より朝鮮民族は、天孫降臨の地「太伯山、神檀樹」として長年にわたり、長白山系を崇め祭ってまいりました。
つまり朝鮮民族の象徴、長白山系の南麓に高句麗の故地、卒本集安が位置したというだけにて、高句麗を民族の誇りとして、朝鮮国家と限定してやるのが妥当な線ではないでしようか。?
ちょっとこれ観念的で可笑しいでしようかね?

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:大黒屋介左衛門 投稿日:2003/12/26(Fri) 16:51
古代朝鮮半島の国家で日本になじみがあるのは、高句麗、新羅、百済、加羅ですかね?

日本史の高校教科書だと加羅は大和政権の地方機関かな?
この辺は倭王武の上表文(東は毛人を・・海北を渡りて・・)が根拠ですかね。鉄の産地だったらしく大和政権、百済、新羅の勢力争いの場になったとか・・。

百済はその加羅を新羅が制圧したことでよりいっそうの緊密な関係になった。白村江の戦いが百済滅亡に端を発していることからもわかるし、亡命百済人がかなり日本に入ってきていたことからもわかる。

新羅はその百済、高句麗を唐との連合で破り半島を統一したが、結局大国唐と境を接することとなり、後背の日本との関係を悪化させるわけにはいかなくなった。

高句麗と日本の関係は広開土王の碑文に倭人が登場すること、日本の装飾古墳が高句麗の墳墓に祖形が伺えることなどがありますね。

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:裏辺金好@管理人 投稿日:2003/12/28(Sun) 22:23 <HOME>
どうもです。
明倫北斗さんのお話、楽しく読ませていただきました。なるほど、そんなやりとりがあったんですね。
韓国も中国も、日本に感情的な文句ばかり言っていきますが、
そんな2つの国が激突するとこうなるというのがよく解りました。

結局の所、どちらの言い分にも少しずつ理があるから、なかなか決着はつかないんでしょうねえ。

ところで、大黒屋さんの話に加羅が出てきますが、最近、加羅諸国と表記されるなど、
次第に、大和政権の地方機関という位置づけから、大和政権の同盟だとか
もしくは、ちょっとした関係があったなど、だんだんトーンダウンしている気がするのですが、どんなもんでしょう?

[388へのレス] Re: 歴史ニュースから 投稿者:明倫北斗 投稿日:2003/12/29(Mon) 02:48
いやお恥かしい文でした。
私は、みなさまとは異なりそれほどこの問題について詳しくはないのです。ただ12月05日の朝鮮日報の社説にて、この問題が大々的に取り上げられ、それ以後は興味をもってこの種の問題を眺めていたのです。
私は、前回の投稿にて、中国の姿勢がちょっと強引だとの感想を述べましたが、韓国側の発表や言い分を100%正しいと思っている訳ではありません。
この問題の発端は、どうも、中国の「光明日報」という新聞が、韓国が高句麗のみならず渤海までも、強引に自国の歴史としてとらえていることの関しての異議があり、それに韓国が気に入らない為に、朝鮮日報の社説にて反論、これにまた中国新聞が再反論するという、
学術論争というよりも報道合戦の傾向が強いらしいのです。
ただ両国とも、「学術問題を政治化するな!」と非難を繰り返しながら、お互いにお得意の政治問題に加熱をしているのが実情なのです。、
ただどちらがエスカレートしているかといえば、完全に韓国側であり
韓国は、中国当局が将来の朝鮮統一を睨み
「東北工程」というプロジェクトを組み、高句麗歴史を通じて、朝鮮北部の完全たる中国領土化の理論武装を開始したと、騒いでいるのです。
まあ、日本ではとても考えられないことを、真剣に取り上げているのですね。
そしてこの中国の「東北工程」の謀略の真意を、北京に行った韓国の企業家が小耳にはさんだという
「武帝の半島四郡の中国領土」「隋・唐による高句麗征伐の国内統一戦」ら、実に本当の話しかどうかわからない、「ゲナゲナ?話し」の側面もあるのです。
だが、その真実の中味はわかりませんが、韓国人を誇りを傷つけるべく挑発をしたのは中国であることは間違いありません。
だから前回の私の投稿文は、その意味では韓国側に同情的なんです。
あくまで理論的ではなく、観念的なんですよ
私は高句麗の歴史は、日本の史学会が認めるがごとく、中国と朝鮮が共有する歴史とするのが一番、正解だろうと考えます。
どうしても一者選択せねばならぬ場合は、私は、朝鮮民族の誇りを尊重する為に、高句麗を朝鮮の歴史に限定するのが妥当な線と意見を述べましたが、前回、肝心なことを書き忘れました。
「光明日報」の論じていることは、当然なことであり、渤海は誰が考えても、中国の歴史に組み入れるべきものと思います。
高句麗の建国は、扶余という吉林省の農耕狩猟の民や、または楽郎郡らの漢人役人らが一部加わっていたかもしれないが、その主導勢力は、やはり長白山系に住んでいた、貊(ばく)または沃沮(よくそ)人だと私は思っています。