カリフォルニア留学生活体験記
第1回:生活環境編(寮生活とスーパーマーケット)

written by U−Zi

○所長より

(日本外務省ホームページより)

ロサンゼルスの様子。
(写真:Neo Nostalgia −風景写真素材集
 突然ですが、カリフォルニア州の某大学に通っていらっしゃるU−Ziさんという方に留学生活に関する原稿を連載して頂けることになりました。以前、留学生活に関する原稿を書き始めていらっしゃったJACKさんは忙しくなったのか、ここのところサッパリ連絡が来ませんが・・・。

 さて、その前に話の主な舞台となる(・・・と思う)カリフォルニア州ですが、もちろんアメリカ合衆国西部の太平洋に面した場所にあります。州都はサクラメントで、他にロサンゼルス(ロス・アンゼルス)、サンフランシスコ、オークランド、サンティエゴといった我々にも馴染みのある名前の都市がたくさんあります。

 また、カリフォルニアの名前の由来は、16世紀にスペイン人の間で人気のあった騎士道物語に登場する架空の島名からで、「楽園に近い島」という意味だとか(ちなみに、この騎士道物語を痛烈に皮肉ったのが、同じスペインのセルバンデスが書いた「ドン・キ・ホーテ」)。

 歴史を大雑把に書いておきますと、ヨーロッパ人達が来る前は当然、先住民族がいました。6つの言語、105のグループに分かれていたそうです。そして、1542年に初めてスペイン人がこの地に足を踏み入れ、1769年にスペインが本格的に植民を開始。そして、1822年にはスペインから独立を果たしたメキシコが、このカリフォルニアを占領します。

 しかし、カリフォルニアの住民はメキシコからの独立性を強め、アメリカ合衆国を巻き込んで戦争が開始(アメリカ・メキシコ戦争)。結果、グアダルーペ・イダルゴ条約(1848年)で、カリフォルニアはアメリカ領となり、今に至ります。さらに同年1月、シエラネバダ山脈のサターズミル(現 コロマ)で金鉱が発見され、翌年ゴールドラッシュが起こり、人口が激増。そのため、1850年にカリフォルニア州が正式に発足。そのためか、この州の愛称は「黄金の州」だそうです。のち、大陸横断鉄道も開通し発展。

 そして話はぶっ飛び、20世紀後半にはいると、サンフランシスコ近郊のシリコンバレーで先端電子技術産業が発展。他の地域も飛行機やミサイルをはじめとした一大工業地域を形成しています。のみならず、農業も灌漑農地面積が合衆国内で最大と恐るべき地域です。

 また、ニクソンレーガンといった州知事経験者が大統領になり、現在、有名な俳優、アーノルド・シュワルツェネッガーが州知事を務めていることでもお馴染みですね。一方、大地震が起こったり、大規模な山火事が起こったりと、自然災害に結構悩まされています。

 そして話がまた、ずれますが、ロサンゼルスのハリウッド地区、アナハイムのディズニーランド(日本ではフロリダの方が有名?)、ユニバーサルシティのユニバーサルスタジオなどのレジャーランド、名所の他、自然環境ではヨセミテ国立公園、セコイア国立公園などが有名です。と、こんな感じでしょうか。それでは、U−Zi 様、宜しくお願いします。・・・前置きが長くなってご免なさい。

○はじめに
  「リュウガク」はめちゃカッコイイ、と何故か前々から僕は思っていた。
 そして「リュウガク」するなら英語圏だろう、とも。英語が一番身近な外国語であるせいもあるし、他の言葉を一から学ぶのはだるいと感じていた。そして何より日本の大学にいけるほどの学力が僕にはなかった。何一つ受験勉強と言うものをせず好き勝手に遊びまくっていたからだ。

 さすがに高校三年にもなると嫌でも大学受験がつきまとってくる。いっそのこと海外に逃げてしまおう、そしてそこで成功してやればいいじゃないか、というかなり安易な気持ちでアメリカ留学を志したのだった。こんなことを言うと一生懸命留学を志して日々英語の勉強や情報収集をしている人々に殴られそうだが・・・。

 僕が思うにどんなに準備万端にしたつもりで留学をしても現地に着き、そこで生活をしていくということに自分のした勉強や集めた情報はあてにならなかったりすることもかなりある。また自分の理想と現実の「リュウガク」の差に失望することも多々ある。これから先書いていく文章はあくまで僕という人間の見解と僕の留学先のカリフォルニア州立大学某校からの視点なので全ての「リュウガク」に当てはまる、とは限らないということをまず言っておく。あくまで参考程度、読み物程度に読んでいただきたい。

1.寮での生活環境について
 はっきり言ってハリウッド映画や某シットコムのような世界を思い描いていたなら、かなりの落胆度が高いと思う。僕は当初寮に住んでいたが、あまりの酷さに言葉を失ったくらいだ。暗い照明、壊れかけたタンスとクローゼット、汚い机、みすぼらしいベッド。刑務所を想像してもらうとイメージが沸きやすいだろう。

 洗面台からは始終水が漏れ、ベッドをぬらす。シャワーブースのシャワーカーテンはかびて赤茶け、トイレのタンクからも水が漏れている。病気になるのではないか、以前にこんな場所でやっていけるのかと僕は不安になった。ちなみにアメリカの大きい建物(ビル等)の空調は全ての部屋で共有されているので、ある部屋で1度温度を上げると他の部屋も1度温度が上がり、という具合になる。またフロアによってはあまり空調が効かないフロアがあったり効き過ぎるフロアがあったりするので、部屋によってはかなり暑かったり寒かったり・・という現象がざらだ。

 と・・・何だかあまりよくないことばかり書いているが、裏を返せば汚いので何をやっても大抵の事は多めに見てもらえる、という利点もある。家具の位置を動かそうが掃除をしなかろうが誰も何も言わない。それに寮にいれば必ず誰かしらに会うし、英語を話す機会はたっぷりある。寮の中でのイベントもなかなか面白いし、寮内でのパーティーなどの酒の席で終電がとか飲みすぎると帰れなくなるなど日本での飲み会における心配をせずともいい。(女の子の場合はお持ち帰りをされる危険性は日本よりもはるかにあるが・・・)僕は今アパートに移ってしまったが時々寮での生活が恋しくなる。

2.スーパーマーケットについて
 多くの人が言うようにアメリカのものは本当にデカイ。が、それも不思議と普通になってくる。僕は日本に一時帰国したとき日本のものが余りに小さいので驚いた。逆カルチャーショックだった。そして日本の製品は良く出来ていることやアメリカに比べて値段が高いこともショックだった。

 冷凍食品と缶詰は量も種類も日本に比べて多いけれど、逆にレトルト食品やお惣菜、といったものが日本には多いからあまり変わらないかなぁ、と思う。野菜や肉などの生鮮食品の種類はアメリカでは極めて少ない。変わっていることといえばこちらではTurkey(七面鳥)をかなり食べるということだ。

 感謝祭やクリスマスだけでなく毎日Turkeyを食べる。値段も鶏肉に比べるとお手ごろなので庶民の重要蛋白源として重宝されているのかもしれない。味の方は、というとやや独特の臭みがあって鶏のささみのようなもさもさした食感である。食べなれないうちはあまり美味しくは感じない。感謝祭はローストしたTurkeyにクランベリーソースをかけて食べる。なかなか美味しいのだけど、日本人には食べにくいかな、と思う。日本の食べ物はやっぱり旨い。

棒
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