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兵科と兵種 その役割 3(陸軍と海軍)


○はじめに

 前回は軍隊組織、とくに陸上歩兵の実戦部隊における『部隊』という構成についてある程度は知ることが出来たと思う。そこで今回は、それらを大まかに区分しうる兵科について語ろうと思う。尚、ここで語る部隊はあくまでも一般的、であり現行に於ける各国に存在する全ての軍事組織に適応できるものではない。


1.陸軍

 我が国の言語では、【軍】の文字を用いているが、これは中国より伝わった分類統計上での表記である。本来の意味としては部隊区分で前述した内容に概ね該当する。これが欧米になると、軍という組織表記的な区分ではなく、古来から引き継がれた言葉に、特性的な単語を付随させた表記を行っている。英語で陸軍と言えばアーミー[ARMY]が耳馴染みかもしれない。

 アーミーという言葉はその語源となるラテン語で[armAre]武装する+[Ata]過去分詞語尾で『武装された物(者)』という意味である。本来に於いては陸軍という意味はないが、英語に於いては、海軍のネイヴィー[NAVY]に対して用いられる。

 別語にミリタリー[Military]という言葉があるが、こちらは本来の『軍』という意味である。アメリカ合衆国では《市民軍》という意味が最も近く、民兵と訳した方がいっそスッキリする物である。原語はラテン語で、[mIles]つまり兵士+[ARY]所属=軍隊である。どちらもラテン語を主体としている通り、西洋の軍隊はローマ時代の影響を大きく受けている。因みにローマではarmAreで単数、mIlesで複数の意で使い分けされていたらしい。


 さて、陸軍は文字通り、陸上で戦闘を事とする軍事組織である。
 軍事において最も基本であり、最も中核に位置する存在であり、最も歴史のある集団である。海軍や空軍の存在しない国家はあるかもしれないが、陸軍の存在しない国家は存在しない。少なくとも、21世紀の現在、国家として認知されている範囲では。さらに、長い間最も権力に近い軍事組織であり、暫し、国家そのものに成り得た。それだけに古今東西の戦争遂行に於ける戦略や戦術は、陸軍を主体に研究されてきた。しかし、これは考えなくても、当然である。我々人間は基本的に陸の上で生まれ、陸の上で生活をし、陸の上で死ぬのである。

 陸軍という組織は人間が集団生活を営む過程で、自然的に作られた物なのである。

 陸軍の戦闘は古来から大差がない。
 人間の腕が4本で、脚が8本も無い限り、当然である。
 一人の兵士を最小の構成として、武器を持ち、二本足で歩いて、相手の兵士を倒す。時代が進めば若干の差があるが、相手の顔を見て戦う。相手の顔を見て戦争が行われなくなったら、陸軍はその存在価値が無くなる。もっとも、社会に於ける人間の理性もその時には失われていることだろう。


 陸戦に於いて陸軍の兵種は次の様に大別される。
 前時代的には 
 斥候 歩兵 騎兵 弩兵 補給兵
 細かい分類はまた後にするとして、時代が進んでも斥候 歩兵 戦車 砲兵 補給兵・・・と大差がない。
 現在に至っても、航空部隊による支援は砲兵の役割の延長である。


 斥候が敵情の様子を掴み、歩兵が進軍し、騎兵や戦車が切り込みをかけ、弩兵や砲兵が敵陣の手強い所に、砲撃を仕掛ける。有史以来変わらない戦闘方法であるが、これは海軍の戦闘や空軍の戦闘の基本であり、全ての戦闘の基本である。この様に陸軍とは全ての軍事組織の基本となる集団なのである。


2.海軍

 NAVE ネイヴィー・・・海軍と一般に訳される。
 語源はラテン語で『船[nAvis]』の意味である。
 同時に同じ語源からナビゲーター[navigator]、つまり水先案内人という言葉も生まれ、海軍の成り立ちそのものを由来している。海軍もまた歴史のある軍組織である。
 しかし、その前半は陸軍の延長組織であった。これは勢力版図が海軍をさほど必要としていなかったためである。その為、海軍はもっぱら兵員を輸送する集団と大差がない。確かに海戦は行われたし、海軍独自の戦闘もあったが、基本は陸戦である。海軍が重要視され、加速的発達を遂げるのは西欧では大航海時代の到来からである。それまでは中東や東西アジアの海洋圏で、長い時間をかけて地道に進化していくのである。海軍が独自の戦闘力を必要とし、強力に組織化された経緯は、勢力版図の拡大である。

 陸の上だけであった時代で有れば、海軍の必要性は差程に重要ではなかった。しかし、大航海時代以降に得る植民地支配やそれに先立つ制海権確保において、海上軍事力の重要性に注目が高まり、海軍はより独自色の強い軍事組織として、編成されていく。その結果、権力との結びつきも強くなり、陸軍との闘争が耐えなくなる。これが結果として、陸軍と海軍の反発の原因である。


 海軍の戦闘方法は陸軍の戦闘方法を海上で具現化した物である。
 戦闘力はないが小さくて速力の速い船が集団で戦陣を組み敵の船めがけて突進し、乗組員たちは敵の船に乗り付けて、白兵戦を展開する。そこそこに戦闘力を保有している(装甲を有し、火炎放射器や弓煎兵を搭載)船が、主力戦陣の露払いとして突進し、それを支援するように、弩や投石機を搭載した船が敵陣の手堅い所を砲撃する。およそ陸軍で前述した事と大差がない。

 時代が進んでもフリーゲート艦だの戦列艦だのに名称が変わる程度である。一見、陸軍と大差の見受けにくい海軍の特性は非常に職能性が強いことである。
 そもそも組織にしてからが、民間で使用される組織の流れを転用している。
 この大きな原因は、海軍の組織化に先立って、民間の海洋職能者をそのまま軍に転用したためである。結果として、職人気質の強い集団が形成され、陸軍とは一線を大きく画す組織が誕生する。海軍は自然作用で発達した集団ではなく、人為性の強い集団である。


 この様に内面的に対照的な二つの組織は、第一次世界大戦まで軍隊の二党として君臨していた。


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