城の見方ガイド(2) 山城・平山城・平城とは?

○山城

 今回は城の様々な形態や形式のうち、どのような場所に建てられたか、という分類に基づく「山城」「平山城」「平城」、そして「海城」について見ていきましょう。

 まず上写真は新潟県にある春日山城の復元模型。上杉謙信の居城として有名ですが、このように山全体を縄張(なわばり)として建てられた城のことを、山城と総称します。古くは弥生時代の高地性集落や、飛鳥時代から奈良時代にかけて伝わった朝鮮式山城に例があるように、防御力に優れることから古来から数多く建てられてきました。

 素人目にも、これを攻め落とすのは大変そうです。もっとも、春日山城はかなり大規模な山城で、全てがここまでの規模というわけではありません。

 こちらは長野県の荒砥城。山城は基本的には戦うときに使う城で、物見櫓や武器や食料を保管するための簡単な倉庫、それから堀や柵、土塀を必要な場所に造りました。そして今も昔も、ここに登るのは大変ですので、普段は山麓に造った居館で生活していました。室町時代に良くみられるスタイルで、根古屋式(根小屋式)といいます。

 また、こうした小さな山城を幾つも連携させて連絡しあうことで、敵の接近を本拠地に知らせることもあります。

 さて春日山城に話を戻しますと、上杉謙信の屋敷をはじめ重臣たちの屋敷も城の中に存在しています。これは戦国時代になると戦いが常態化してくるため、長期間の戦いに備える必要があったためです。

 さらに織田信長が築城した安土城は、安土山全体に石垣を多用し、五層七階の天守閣、さらに本丸御殿、重臣たちの壮大な屋敷を造るという、従来にないスタイルの城でした。

 何しろ山の頂上にこんなのを造ってしまったのですから、織田信長恐るべし。

 さて、織田信長の安土城は特殊な例かもしれませんが、戦うための山城は、戦国時代に終わりを告げると、不要になっていきました。特に江戸幕府が出した一国一城令によって、大名は原則として1つの城しか持てなくなると、日本全国至る所に存在した小さな山城は軒並み放棄されます。

 平和な時代になると、城は戦闘用としての性格よりも、普段の使い勝手が便利なほうがいい。ということで、次に紹介する平山城や平城が主流になっていきます。ただ、備中松山城(岡山県)、鳥取城、萩城(山口県)、津和野城(島根県)のように普段は山麓の居館で仕事や生活をして、背後の山も引き続き何かあった時は使用できるようにしておく、という例もありました。

 上写真は鳥取城ですが、非常に解りやすい例ではないかと思います。

 また、備中松山城は今も山上の天守閣が現存しており、国の重要文化財に指定されています。

 それから沖縄県にも山城は数多く存在しており、中城城(なかぐすくじょう)は世界遺産に指定されています。曲線を描いた石垣などが美しく、神秘的な雰囲気も漂っています。お勧めの山城です。

 なお、だれがどう定義したのか不明ですが、日本三大山城というのがありまして、それによると
 ・岩村城(岐阜県恵那市岩村町)
 ・高取城(奈良県高取町)
 ・備中松山城(岡山県高梁市)
 とのこと。

○平山城

 山城は普段は使いにくい・・・けど、城の防御力はある程度ほしい、そんな殿にお勧めの形式が平山城。山城ほど標高は高くありません、ちょっとした山や小高い丘陵に詰城を造り、やはり周囲に御殿などを造るパターンです。どこからでも視認しやすいこともあって、今でも地域の誇り。姫路城をはじめ、日本各地に数多くシンボル的な存在として残っています。

 では、どこまでが平山城で、どこからが山城かというと微妙なところで、Wikipediaで色々な城の情報を検索しただけでも、同じ城がページによって山城に分類されていたり、平山城に分類されていたりします。今私が読んでいる本(城の基本知識と戦いのための構造がわかる 監修=小和田哲男 日東書房)では、近くの平らな部分から標高100m以上であるか否かを基準にしていますが、とにかく小高い場所に建っている城、と考えましょう。

 ちなみに日本三大平山城は、津山城(=上写真、岡山県)、姫路城(兵庫県)、松山城(愛媛県)。

 姫路城は言わずと知れた世界遺産。

 松山城の天守閣は標高132mの山頂にあり、結構高い場所にあります。付近との標高差は調べられませんでしたが、山城に近い雰囲気もありますね。

 その他、平山城としては会津若松城(福島県)や・・・

 仙台城(宮城県)や・・・

 小田原城(神奈川県)や・・・。

 彦根城(滋賀県)や・・・。

 高知城(高知県)や・・・。


 熊本城(熊本県)や・・・。

 首里城(沖縄県)などがあります。首里城は山城に分類することもありますが、そこまで高い場所にはないかと。いずれにしても、現存例や復元例が多いこともあって、有名な城の多くは平山城なのです。


○平城

 平城は、その名の通り平地に城を造った形式です。城下町の統治がしやすく、山や丘がない場所でも築城可能。このため、交通の要所などにデーンと構えることもできます。その代わり防御性に劣るので、堀を何重にも作ったり、櫓や門を数多く造るなど、施設配置には工夫が求められます。ある意味、中世からの武家屋敷の最終進化バージョンでしょうか。

 代表例は上写真の松本城(長野県)や・・・。

 名古屋城(愛知県)や・・・。

 広島城(広島県)や・・・。

 小倉城(福岡県)などがあります。

 分類が複雑なのが、江戸城と大阪城(上写真)。平城に分類する人もいれば、平山城に分類する人もいます。う〜ん、平城だと私は思うのですが・・。

 平城の場合は破却が容易ですので、明治維新後は跡形もなく姿を消したものも数多く存在しています。そこまでではないにしても、本丸の一部分を除いて役所や学校や、宅地などに転用され、公園に設置されたモニュメントに僅かに面影を…なんてことも。

○水城

 これまでの分類方法とは別に、海に面した城のことを海城と区別します。

 日本三大海城とされているのが、高松城(香川県=上写真)、今治城(愛媛県)、中津城(大分県)。こちらの高松城、今は海との間に道路が出来てしまっていますが、当時はここまで海水が来ていました。

 こちらが今治城。ちなみに天守閣は存在したか不明、場所もここではないと考えられており、想像の産物。しかし、悔しいぐらいに似合っているじゃありませんか、ちくしょう。

 最後に、こちらが中津城。これも天守閣があったかどうかさえ不明な状態です。

 今紹介した3つは、いずれも最初の3つの区分で分類すれば、平城に分類されますが、臼杵城(大分県)や平戸城(長崎県)のように、平山城で海城というのも存在しています。