
天守閣
南側から見た姿で、天守の前に伸びるのは走長屋。
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天守閣
北側から見た姿。蒲生時代に構築された野面積(のづらづみ)の石垣の上に建てられた、五重五階の天守閣で、石垣内部には地下室である穴蔵もあります。
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南走長屋と干飯櫓
2001(平成13)年復元。当時の伝統工法を用いて建てられたもので、天守閣から続く連続した建築群という、当時の状況が見事に再現されました。
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走長屋、鉄門、南走長屋と干飯櫓
天守閣からの眺め。
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茶室「麟閣」
千少庵(しょうあん)が蒲生氏郷のために建てた茶室。江戸時代も大切に使われてきましたが、明治になって城が取り壊されるに当たり、森川善兵衛(指月庵宗久)氏が譲り受けて、1872(明治5)年に自宅へ移築。以後、長らく森川家が大切に保存してきたものを、1990(平成2)年に市制90周年を記念して再移築されました。
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本丸御殿跡
現在は広場となっている本丸御殿跡。
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高石垣
本丸東側の石垣。なんと20mの高さで、城内一。石垣は布積(ぬのづみ)で構築され、緩やかな美しい曲線を描いています。
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廊下橋
高石垣を左右に配置した廊下橋。
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本丸内堀
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西郷邸跡
会津若松城下にある、幕末の会津藩家老、西郷頼母の屋敷跡。新政府軍が攻めてくると西郷頼母は城内に入りますが、その妻と娘など一族は「もはやこれまで」と自害したという悲劇の場所です。
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会津酒造歴史館 【市指定歴史的景観建造物】
大正時代の建築。西郷邸跡のすぐ近く、かつての白虎隊長、一ノ瀬数馬邸跡に建築されたものです。
会津の酒造りは、蒲生氏郷が関西から醸造技術者を招いたことに始まり、気候と風土が見事に適合し、名酒の産地となりました。
宮泉銘醸(株)が現在も酒造を行っていますが、なんと一般公開を行っており、人気の観光スポットになっています。
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会津葵本店
西郷邸跡の向かい側、大手門近くに店を構える創作和菓子(南蛮菓子)の店。江戸時代から会津藩に伝わる料理献立書や茶会記の中から読みとったものを、現代に甦らせているそうです。
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御三階
阿弥陀寺に現存する、会津若松城本丸中奥にあった楼閣風の建築。玄関部分は、本丸御殿の内玄関を取り付けたものといわれており、会津若松城の歴史を今に伝える貴重な建築です。
外観は3階ですが、内部は4層になっており、2階と3階の間に天井の低い部屋があります。さらに、3階への階段は上から引き上げる仕組みになっていることから、どうやら密談をするときに使うものだったようです。
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会津武家屋敷「西郷邸」
会津若松市郊外の東山町に復元された、西郷頼母邸。屋敷の図面が残されていたことから、忠実に復元することが出来、家老屋敷の様子を見ることが出来ます。
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会津藩校「日新館」
会津若松城の西隣に設けられた会津藩の学校で、1803(享和3)年に開校。「ならぬことはなりませぬ」など、会津藩士風と儒学を教え、数ある諸藩の藩校の中でも最大規模といわれています。
惜しくも戊辰戦争で焼失しましたが、1987(昭和62)年に会津若松市郊外の河東町に完全復元され、その壮大な規模と学習の様子を見ることが出来ます。
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会津藩校「日新館」
白虎隊の若者たちも学んだ、勉学の風景。
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