小田原城〜神奈川県小田原市〜 
  Odawara Castle
 15世紀初め、大森氏が小田原地域に進出した頃に築城したと考えられています。そして、大森氏に代わって伊勢早雲(後世の通称として北条早雲)が、1495(明応4)年に同城を占領します。これ以後、北条氏の居城となってから関東支配の中心拠点として次第に拡張整備。豊臣秀吉の小田原征伐の頃には、その来攻に備えて城下を囲む大外郭を完成させると城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭となりました。

 北条氏が滅亡すると、関東を与えられた徳川家康は大久保忠世に小田原城を任せ規模は大きく縮小するものの、江戸城の守りとして重要な地位を占めます。一時、稲葉氏が入城し大改修が行われた後、再び大久保氏の城となり、幕末まで存続しました。

 1870(明治3)年に廃城となり、ほとんどの建物は解体され、残っていた石垣も関東大震災によりことごとく崩れ落ちた。しかし、1960(昭和35年)に天守閣が鉄筋コンクリートで外観復元、また1970(昭和45)年に常盤木門を木造で復元。さらに、1997(平成9)年に銅門、2009(平成21)年に馬出門も復元され、現在も往時の姿を取り戻すべく整備が続けられています。
(撮影・解説:裏辺金好)
▼MAP

▼アクセス
JR東海道新幹線・東海道本線、小田急小田原線
 小田原駅から徒歩

▼関連サイト

小田原市役所 観光情報
小田原市役所 登録有形文化財
小田原城の風景

平櫓
 1934(昭和9)年復興。二の丸南東角にある櫓で、関東大震災で倒壊するまで小田原城で唯一、残存していた櫓でした。桜のシーズンには非常に美しい姿を見せます。


平櫓
別アングルから。


馬出門(左)・平櫓(右)
 二の丸正面に位置する馬出門は2009(平成21)年の復元。門の構造は、馬出門と内冠木門の二つの門と周囲を石垣と土塀で四角に囲んだ桝形形式です。なお、この復元によって馬出門、銅門、常盤木門、天守閣へと続く往時のルートが再現されました。


馬出門


馬出門
背後から見た姿。


銅門
 1997(平成9)年復元。小田原城二の丸の表門で、内仕切門と櫓門、そして石垣による桝形を組み合わせた、桝形門形式です。


銅門(櫓門)
 古写真等も残っていたことから忠実に復元できた銅門。
また、櫓門の大扉には門の名前の由来となった銅金物が施されています。


常盤木門
 1970(昭和45)年復元。明治初期に撮影された写真などを参考に、小田原市制30周年事業により再建されました。なお、常盤木とは常緑樹の意味で、門の横にあった松の木が常に緑色をたたえ何十年も生長することより、小田原城の永遠の繁栄を願って命名されたものだとか。珍しい門の名前ですね。

小田原城復元模型

小田原城歴史見聞館
 1924(昭和9)年築。小田原第2尋常小学校の講堂として建てられ、城内小学校、三の丸小学校の講堂として利用されました。平成8年に小学校は城外へ移転し、講堂は保存活用が決定。2年後に小田原城歴史見聞館として、小田原城の歴史を伝える施設となりました。

小田原城周辺

だるま料理店 【国登録有形文化財】
 1926(大正15)年築。木造2階建ての建築で、唐破風玄関に、屋根の形を比翼入母屋造風とするなど、非常に堂々とした和風建築です。

旧、明和銀行(現、労働金庫小田原支店)
 1928(昭和3)年築。美しい銀行建築で、特に角部が丸くなっているのが特徴。

小田原宿なりわい交流館
 小田原は東海道の宿場町としても発展した場所であり、それを記念した施設が東海道沿いにあります。

済生堂薬局小西本店(左) 【国登録有形文化財】
 1925(大正14)年頃築。どうやら江戸時代には御用商人を務めた家による薬局。現在の店舗は、関東大震災で倒壊した旧店舗の材料を用いて再建したものです。

ういろう
 東海道沿いの建築で、ういろうを販売する「ういろう」の店舗(笑)。実際にあった建物を、戦後になって鉄筋コンクリートでさらに壮大にスケールアップして建築したようです。
http://www.uirou.co.jp/uiro.html

旧東海道
 かつて多くの大名や旅客が通った東海道。

JR小田原駅 (現存せず)
 1920(大正9)年築。当時の東海道本線は、国府津から分岐する現在の御殿場線であり、小田原の鉄道は路面電車しかありませんでした。そのため小田原の街は衰退の一途をたどっていたのですが、同年に地元悲願の国府津〜小田原が開業します。さらに5年後に熱海〜小田原が開業し、1934(昭和9)年には小田原経由のルートが東海道本線となり幹線の駅へ格上げ。
 今では小田急電鉄、さらに新幹線などの駅としても小田原駅は鉄道の重要な拠点となっています。
 その鉄道開業からの歴史を伝えてきたのが、この駅舎でしたが、保存されることも無く、あっさりと解体されてしまいました。

JR小田原駅
 2005(平成17)年築。改築後の小田原駅は、少し前から供用開始していた東西連絡通路(愛称:アークロード)や、小田原ラスカの開店など、利便性は格段に向上しました。しかし、旧駅舎の撤去はやはり残念。

北条早雲像
 小田原の名を全国に高めた北条家の祖、北条早雲の像。小田原駅西口にあります。