新発田城〜新潟県新発田市〜 
  Shibata Castle

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JR新発田駅からバスで5分


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新発田市役所〜132年の時空を超えて 新発田城〜
 新発田城は1598(慶長3)年、豊臣秀吉配下の堀秀治の与力大名として、溝口秀勝が移封されたことに伴い、この地域の有力国人であった新発田氏の居城を利用して、築城されたもの。新発田氏は戦国時代には新発田長敦、重家兄弟のときに上杉謙信に服属。ただし新発田重家は上杉景勝のときに冷遇されたことに不満を持ち反旗を翻したものの、敗北し滅亡させられています。溝口秀勝は、その上杉景勝が会津に移封されたのに代わってやってきたものです。

 近世の新発田城は、新発田氏時代の色々な城の中から、「新発田川が形成した三角洲上の平城」であり、交通の便が良かったことから築城場所として溝口秀勝が選んだもので、1654(承応3)年、三代藩主の宣直のときに完成しました。度重なる火災により何度も再建されますが、明治維新まで溝口氏と共に歩んできました。

 現在は城郭跡の大部分が陸上自衛隊の新発田駐屯地となり、また本丸南面の石垣と水掘周辺が当時の縄張りとして残っているだけですが、本丸表門と旧二の丸隅櫓(本丸鉄砲台櫓跡に移築)が残り、さらに2004(平成16)には天守代用とされる御三階櫓と、辰巳櫓が復元、さらに近くには足軽長屋、武家屋敷(石黒家)が現存しており、見応えのある景観を形成しています。
(写真&解説:裏辺金好)

復元された辰巳櫓

本丸表門【国重要文化財】
1732(享保17)年築の脇戸付櫓門です。

旧二の丸隅櫓【国重要文化財】
1668(寛文8)年築の二重二階櫓で、現在は本丸の鉄砲櫓跡に建っています。

御三階櫓
元々は1679(延宝7)年に建造された、新発田城最大の櫓。金沢城などと同じく、海鼠(なまこ)壁なのが特徴です。
また、屋根がT字型になっているのは全国で唯一。 鯱(しゃちほこ)も3つ載っています。

新発田城周辺の関連史跡

清水園
 三代藩主の溝口宣直が造営した下屋敷「清水谷御殿」を利用して、4代藩主の溝口重雄(しげかつ)が、縣宗知(あがたそうち/幕府の庭方を務めた人物)を招いて、近江八景を取り入れた京風の回遊式庭園を造営したものです。

清水園書院 【新潟県指定文化財】
 1666(寛文6)年築。80余坪の建物で、寄棟造柿葺平屋建。下屋敷の面影を今に残しています。

清水園書院 【新潟県指定文化財】

清水園庭園
 

清水園全体マップ

清水園資料館
 明治中期に移築された酒蔵で、清水園では米蔵として利用されました。現在は武具甲冑(下写真)など、様々な資料を収蔵、公開しています。

朝倉國景着用具足
 ・・・朝倉って、越前守護の朝倉家? というわけで、この具足の正体は右の通り。

朝倉國景着用具足
 解説ではこうなっていますが、果たして溝口伊織家の初代が本当に朝倉家嫡流なのかは不明のようです。

旧新発田藩足軽長屋 【国重要文化財】
 1842(天保13)年築。清水園の向かい側に現存する、新発田藩で使われた長屋で、木造茅葺き造の八軒長屋。1つ1つが狭く、生活は大変そうです。また、全国的には極めて珍しい遺構。

武家屋敷石黒家
 江戸後期築。清水園の直ぐ近くにありますが、元々は三の丸近くにありました。こちらは七十石取りの武士の屋敷です。

D51 512号機
 おまけ。新発田駅近くの東公園に保存されています。