松代城〜長野県長野市松代町(1)〜
  Matsuhiro Castle

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エコール・ド・まつしろ
 現在は長野市に属する松代の地は、戦国時代、武田信玄VS上杉謙信の川中島合戦に於いて、武田方の海津城が築城された場所。武田家滅亡後は、森忠政が入り「待城」と改名。さらに、松平忠輝が入ると「松城」と改名。そして1622(元和8)年に上田から真田信之が入り、以後は真田家の城下町として発展し、1771(正徳元)年に3代藩主の真田幸道のときに、幕府の命令で「松代」と地名を改名しました。
 明治になって城は破却されますが、近年になって整備が大幅に進み、城下町と共に観光名所となっています。

(写真&解説:裏辺金好)

松代城復元図
 今は地形が変わっていますが、松代城は千曲川を自然の要害とした城でした。
この復元図は北側から城を見たもののようです。


太鼓門
 奥の櫓門と手前の高麗門で内枡形を形成。発掘調査や絵図に基づき、太鼓門前橋と共に復元されました。

東不明門跡
 本丸東側の門で、かつては櫓門がありました。

北不明門
 太鼓門と同じく、こちらも奥の櫓門と手前の高麗門で内枡形を形成。写真は櫓門です。

戌亥隅櫓跡
最も高い石垣を持ち、まるで天守台のような戌亥隅櫓跡。
石垣は野面積みで積まれており、築城初期の頃のもののようです。


埋門
トンネル状に造られた門で、敵が侵入する際など緊急時には埋めることが出来ます。
松代城には二の丸に3箇所ありました。