曳馬城〜静岡県浜松市中区〜


○解説

 曳馬城の跡地は、現在の浜松城の向かい側にありますが、正しくは、浜松城の一領域として取り込まれたもの。

 城の起源は諸説ありますが、1512(永正9)年、尾張国・遠江国守護・斯波義達の被官で浜松周辺の代官であった大河内貞綱が曳馬を占領し、勢力拡大中の今川氏親と戦った記録が残ります。 この時、氏親は金掘人夫を呼び出し、トンネルを掘って井戸を壊して落城させ、今川家家臣・飯尾賢連に治めさせて、飯尾氏の城となりました。


 氏親の孫・今川義元が桶狭間の戦いで戦死し、その息子である今川氏真が跡を継ぐと、時の城主・飯尾連竜はこれに見切りを付け、徳川家康に内通。これは今川氏真の知るところになり、攻められますが、氏真は曳馬城を攻略できず、両者はいったんは和睦。結局、飯尾連竜は氏真に呼び出されて、毒殺されます。


 その後、家康はこの地に侵攻し、曳馬城を接収。この城の地域も含め、広大な浜松城を築城していきます。現在、遺構を確認できるものは残念ながらなく、僅かに東照宮という神社が建つのみです。

(写真&解説:裏辺金好)

○場所



○風景




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