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福山城は、江戸幕府の西国鎮護の拠点として,譜代大名の水野勝成が、1619年に入府し築城した城。5層7階という大規模な天守閣が特徴で、当時は写真左の背面全体に黒い鉄板が貼られるという非常に珍しい構造だった。
水野家の後、阿部氏が福山を領有し明治維新まで存続。阿部正弘は幕末時代の老中として受験でも頻出の人物であるので、受験生はチェック。
明治維新後も城はよく残ったが、1945年8月8日の空襲で天守閣は消滅してしまった。しかし、市民の熱意により1966(昭和41)年秋、市制50周年記念事業として天守閣のほか、月見櫓、御湯殿、鏡櫓が再建。また、在来線と山陽新幹線が三の丸に通されたため、駅から城が非常によく見える。
なお幸い残った伏見櫓は、豊臣秀吉が築いた京都伏見城「松の丸東櫓」であったものの遺構を、福山城築城時に、徳川秀忠が移建させたもので、筋鉄(すじかね)御門とともに国の重要文化財に指定されている。なお、岡山県都窪郡山手村西部、清音村にも福山城(備中福山城)があるが、当然別物なので、お間違えなきよう。
(写真・本文:裏辺金好) |