熊本城 くまもと
     Kumamoto Castle
所在地:熊本県熊本市
交通・最寄駅:JR鹿児島本線 熊本駅よりバスか市電で市役所前下車

熊本城大天守・小天守
 戦後の城郭復元ブーム時代に造られた為、細部が違っており、ガラス窓の取り付けなどもされているが、ほぼ往時の雰囲気を伝えている。

復元中の本丸御殿
現在は復元が完了し、一般公開されています。

 現在の熊本城は茶臼山と呼ばれた場所へ、加藤清正が慶長12(1607)年に完成させたものだが、それ以前には鎌倉時代より館が造られ、15世紀後半には出田秀信が今の熊本城東南部に千葉城を、1496(明応5)年頃には鹿子木親員(かのこぎ ちかかず)が同南西部に隈本城(古城)を築城している。
 ともあれ、加藤清正の築城した熊本城は優美にして堅牢な石垣が特徴で、「清正流」として江戸時代から名を馳せていた。
 加藤清正の後、徳川家光の時代に加藤家は改易され、小倉より細川忠利が移封。以後、幕末まで細川家の本拠として存続し、城郭は一部が改修された以外は加藤氏時代のままであった。
 明治10年の西南戦争では、西郷隆盛軍の攻撃の前に、天守閣が焼失するも実勢の戦闘では落城せず、加藤清正の縄張りの凄さを見せつけた。
(なお天守閣焼失の原因は、司令長官の谷干城が命じ、参謀の児玉源太郎が火を付けた、という説が現在では有力。おそらく、戦闘で目標になるのを避けたかったのだろう) 
 この戦争で多くの建物を焼失したが、それでも宇土櫓他12棟が今も残り重要文化財に指定。さらに、天守閣も鉄筋コンクリート造りながら戦後に復元され、さらに現在は本丸・二の丸などで復元工事が進行し、続々と建造物が復元されている。また、用地買収によって三の丸まで熊本城のかつてのエリアが確保されており、近い将来に、かつての威容を取り戻すことだろう。
(写真・本文:裏辺金好 *特記を除く)
宇土櫓 【重要文化財】
 これが天守といわれてもまったく違和感の無い外観三重、内部5階、地下一階の五階櫓。壮大な千鳥波風を付け、さらに最上階には回廊まで設けるという力の入れよう。現存しているのが本当に有難い存在。ある意味で熊本城一難の見所。なお、宇土城からの移築という説があったが、現在は否定する意見が大勢を占めている。
北十八間櫓・東十八間櫓 【重要文化財】
 熊本城二の丸北東を守る2つの多門櫓。現存する熊本城多門櫓の中では最大の規模。石垣の高さ(約20m)も必見!
長塀
 坪井川に沿って約240m残る、非常に長い塀。昔からの現存だが、何度も修理を受けているうちに石落と狭間が無くなってしまい、未だに正確な位置は不明。
不開門 【重要文化財】
 「あかずのもん」。本丸北東の門で、普段は開いていないためこのような名称となった。かつては左右に櫓が続いていた。
竹の丸より天守を望む
 石垣だけでも非常に堅固であることが一目でわかる構成。かつてはここに、竹の丸五重櫓や、数々の門・櫓が存在しており鉄壁の守りだった。
二重の石垣
 本丸南西墨の石垣で、手前側の石垣は「清正流」と呼ばれる扇形の曲線を描く。一方、後ろは細川氏時代の構築と考えられている。
田子櫓・七間櫓・十四間櫓など 【重要文化財】
 東竹の丸に現存する櫓群。屋根が少しずつずれた小型の櫓が5棟連なっている。
平櫓 【重要文化財】
 寛永年間(1624〜44年)に造られた櫓で、不開門から侵入してきた敵に備える。
南大手門
 西、南、北と3ヶ所ある本丸への大手門(正門)のうち、大きさが最大の大手門。平成14年に木造で復元。
飯田丸五階櫓
 熊本城内に5つあった三重櫓のうちの1つ。木造三重五階の隅櫓で、平成16年12月復元。
西出丸
 西出丸を守る建造群。平成15年に復元された箇所で、写真左手に見えるのは下写真の戌亥櫓。
西大手門
 西出丸の西正面を守る門で平成15年12月に復元。熊本城の中では最も格式が高く、左写真の右側に位置している。ちなみに、加藤家に代わって肥後に入国した細川忠利は、加藤清正への敬意を表するため、この門の前で衣冠束帯のままで駕籠を降り、敷居を押しいただくような形で「謹んで肥後54万石を拝領仕ります」と深々と頭をたれた、と伝えられている。
戌亥櫓
 「いぬいやぐら」。西出丸の北西(=戌亥)を守る木造二重三階の隅櫓で、平成15年8月に復元。写真左手は宇土櫓。
未申櫓
 「ひつじさるやぐら」。西出丸の南西(=未申)を守る木造二重三階の隅櫓で、平成15年8月の復元。なお、左手に少し見えるのは元太鼓櫓。なお、ここを左手に進むと西大手櫓、さらに戌亥櫓となる。
梅の間
 復元された本丸御殿内部。
(撮影:小田急3000形)
本丸御殿の梁
 木造で復元されており、その技術の高さには驚くばかり。
(撮影:小田急3000形)
暖炉裏
 こちらも復元された本丸御殿内部。
(撮影:小田急3000形)
本丸御殿の復元模型
(撮影:小田急3000形)