郡上八幡城 ぐじょうはちまん
所在地:岐阜県郡上市
交通・最寄駅:長良川鉄道郡上八幡駅


本丸御殿の跡地には山内一豊とその妻・千代の銅像がある。賢妻の鑑・千代は初代郡上八幡城主・遠藤盛数の末娘という説が有力。平成17年には千代を主人公とした大河ドラマが放映され、今後は彼女の出生の地にも注目が集まることであろう。。 郡上の城下町は大正8年の大火で焼失したが、その後の街並みは城下町の面影を概ね残した形で再建された。家の両サイドに設けられた「袖壁」が印象的。袖壁は軒出しを支えるほかに防犯・延焼防止の機能をもっている。

 別名・積翠城。
 戦国時代末期の1559(永禄2)年に千葉氏の末裔・遠藤盛数により築城された。石垣をはじめ現在の城郭は1588(天正16)年にこの地に転封された稲葉一鉄の子・貞通による大改築で形成され、1667(寛文7)年には郡上藩主・遠藤常友が城郭と城下町を整備した。江戸時代には郡上藩の中心地として遠藤・井上・金森・青山の諸氏の居城となり明治維新に至る。
 維新後は廃城となり石垣を残してすべての建物が取り壊されたが、1933(昭和8)年に天守台跡に当時国宝だった大垣城をベースに4層5階の模擬天守閣・隅櫓・高塀が木造建築で再建された。
 模造とはいえ天守閣は築60年をこえる日本最古の木造再建城であり、戦後の築城ブームで再建された多くのコンクリート製の城とは一線を画した美しさは、作家・司馬遼太郎をして日本で最も美しい山城と言わしめた。

(写真・本文:Kircheis さん