松江城は関ヶ原の戦い後に出雲・隠岐24万石で移封された堀尾義晴が築城したもの。鎌倉時代より出雲の中心であった月山富田城に代わり、陸水双方の交通の要所である松江に白羽の矢を立てたのである。
その松江の中でも、適度な高さを持つ山であった亀田山に築城された松江城は、1611(慶長16)年に完成。そして、堀尾氏が3代で嗣子無く断絶した後、京極忠高、松平直政と序城主が代わり、以後は松平氏の治世下で明治維新を迎えている。
明治維新後、政府機関である広島鎮台は松江城の払下げを決定。破却の危機にさらされたが、旧藩士の高木権八らが天守閣を落札し、今に残ることになった。
(本文:裏辺金好)
(写真上:ムスタファ 下:武蔵野通信局)