大洲城天守及び台所櫓
肱川(ひじかわ)を取り込んだ縄張りの大洲城。天然の外堀に、さらに内堀を配した壮大な規模だった。なお、天守は2004(平成16)年復元。台所櫓は1859(安政6)年に再建されたもので、重要文化財。
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大洲城は室町時代に築城されたといわれているが、詳しいことはわかっていない。藤堂高虎が板島城(のち宇和島城)7万石で入封した際、大洲城に城代を置いており、発掘調査の結果、この頃までに城の基礎が造られた様である。
1609(慶長14)年に淡路洲本城より脇坂安治が5万石で入封し、大洲城を居城としてふさわしい城に完成。現在見られる天守も、この頃造られたと考えられている。
1617(元和3)年になると、脇坂氏に代わり加藤貞泰が6万石で入封。以後、明治維新まで13代で大洲を支配した。
1888(明治22)年に天守は取り壊され、内堀、外堀は大半が埋められた。そして長らく4棟の櫓など、僅かな建築物が残っているだけだったが、2004(平成16)年に木造で天守閣が復元され、昔日の威容を取り戻している。
(写真・本文:裏辺金好)
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