3.弾丸列車と中央亜細亜横断鉄道計画 |
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戦争が進むにつれ、輸送すべき物は多くなります。そこで計画されたのが弾丸列車計画です。後に新幹線として結実するこの計画は、新しいアジアの建設を目的とした国家的な交通政策で、東京〜下関間を直結し、下関〜釜山をフェリーでむすび、さらには中国の天津、北京までのばそうという遠大な計画でした。そのため、下関〜門司間に関門トンネルが掘られ、さらに朝鮮海峡にも海底トンネルが計画されます。
さらに、シベリア鉄道に対抗し、中央アジアを横断し、アフガニスタンやイラクのバクダット、さらにはヨーロッパまでつなげてしまおうという中央亜細亜横断鉄道計画もスタート。湯本昇氏らが中心となった計画で、アフガニスタンに人を派遣するなど、調査も行われたり、悪名高い泰緬鉄道建設など、部分部分では工事が進められたものの、弾丸列車計画も含め両方とも失敗。敗戦を迎えました。目的はともかく、その構想の壮大さには、ロマンを感じますね。 写真は、アフガニスタン協会が昭和17年7月7日に行った評議員会及総会で配布された中央亜細亜横断鉄道調査部設置趣意書です。国立国会図書館所蔵。 |