8.国鉄改革とローカル線の廃止

 日本国有鉄道は国鉄であるが故に、政治の道具として利用され、我田引鉄と言われるように議員が自らの選挙区に鉄道を建設するよう圧力をかけ、数多くのローカル線が建設されていきました。さらに、北海道や九州では炭坑のために建設された路線も多く、炭坑が閉山すると不採算に陥りました。
 また、国鉄は親方日の丸意識が強く、駅員のサービスが悪く、さらに労働組合が多くストライキを起こし輸送に障害を与えていました。さらに航空機網の拡大や、高速道路網整備が進む中で、国鉄は相変わらず地方では非効率的なダイヤと車両で運転し、財政を圧迫していきました。
 そこで国鉄の分割民営化論が興り、1982年の第2次臨時行政調査会による「国鉄分割・民営化」の答申を皮切りに、83年には国鉄再建監理委員会が発足。活発な議論が行われ、86年には、いわゆる国鉄改革8法が国会で成立しました。
 そして国鉄は、多くの不採算ローカル線を廃止、もしくは第三セクター鉄道として地元の企業と自治体の共同運営に移管させ、また分割民営化に向けて多くの地域密着の車両を生み出します。さらに広島で列車の増発が功を奏したことから、他地区でも列車の増発を実施しました。

(写真:山陽本線 広島〜横川/撮影:裏辺金好)
神岡鉄道
 国鉄神岡線を受け継ぎ、1984(昭和59)年10月1日に開業した、日本で2番目の第3セクター方式の地方鉄道。富山県富山市の猪谷駅から岐阜県飛騨市の奥飛騨温泉口駅に至る路線ですが、開業から20年を過ぎた2006年に廃止となりました。現在、かつて第三セクター方式として生き残った鉄道の多くが、存続の危機にある状況。
(写真:神岡鉄道 猪谷駅/撮影:武蔵野通信局
錦川鉄道
 山口県の岩国と錦町を結ぶ岩日線は錦川鉄道へ移管されました。小さな気動車が活躍し、現在は写真のとおりカラフルな新塗装に変更されています。また、錦川鉄道は新型車両投入を進めており、攻めの経営姿勢へと転じています。
(写真:錦川鉄道 岩国駅/撮影:裏辺金好)