2007年12月29日 岡山の足守地区と最上稲荷へ


 まずは実家にある岡山に帰省しまして、岡山市北西部の足守地区へ。ここは、豊臣秀吉の正室北政所(ねね)の兄である播磨姫路城主木下家定が領地を備中に移され、賀陽郡、上房郡内に2万5千石を領したことに始まる足守藩の古い町並み。岡山県には古い町並みが各所に残っていますが、ここもそんな雰囲気を大切にし、維持保存に取り組んでいます。写真はその玄関口となる足守プラザ。ところが、年末年始でお休み。他の建物もみんなそうで、どこも内部には入れず、ひたすら待ち歩き状態になってしまいました。残念!

 備中足守まちなみ館。元商家だった建物で、老朽化が著しいことからもとの姿を維持して改築したものです。

 足守の古い町並み。色々見所ありますが、詳しくはそのうちまた。

 ちなみに足守藩は「陣屋」であり城を持ってはいませんでした。現在、足守藩陣屋跡は堀と公園を残すのみ。

 続いて秀吉の水攻めでおなじみ、備中高松城にも近い場所にある最上稲荷へ。概要はあとで説明するとして、このように随分と昭和レトロなアーケードと門前町を登っていきます。

 直線距離だったらもっと近いのではないか、と思いつつ結構登っていきます。

 そして到着・・・ってなんじゃこりゃ。築地本願寺?

 怪しげなる門の先に、本殿があります。さて、ここは「自称」京都の伏見、愛知の豊川とともに日本三大稲荷に数えられる場所で、天平時代に報恩大師が開いた稲荷です。神仏混合なのが特徴で、僧侶によって奉られています。

 本殿は比較的最近のものですが、1714年築に建てられた旧本殿が奥に移築されて現存しています。なんだか新興宗教みたいな雰囲気の中で、ようやく伝統ある雰囲気を感じられました。

 おまけ。本殿近くの雰囲気。

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