2011年11月4日〜6日 福岡・北九州・下関を簡単にめぐる


職場で所属している部活の大会の関係で、福岡県と山口県に行ってまいりました。今回は私は試合には出場せず、純粋に観光担当として参加することとし、試合の合間を見計らいながら、適宜色々な名所旧跡や店などに御案内。 福岡県は何度も行っておりますし、kajibooh所員から得た知識もある! ・・・と自信たっぷりではあったのですが、現地で運転しているわけではないので、いざ細かい道路案内となると多少四苦八苦。というか、道路広いですねえ。バスもガンガン走っていますし、一番左の車線に入るのが大変です。 さて、まずは福岡市内でおいしいラーメンを食べた後に天神・中洲エリアへ。まずは旧福岡県公会堂貴賓館を御紹介。福岡県土木部技師だった三條栄三郎氏の設計によるもので、明治43年3月に竣工したものです。この建物の背後にかつては公会堂がくっついていましたが、現存していません。

内部の様子。天井の絵は西洋風ながらも、雲を題材にしているだけ。神々などが登場しないあたり、日本風であるといえます。 さて、年配のガイドの方が、盛んに中州を境に武士の町「福岡」と商人の町「博多」に分かれると連呼されておりましたが、なぜそうなのかの解説はなし。

福岡って、元々は岡山県にあった地名を、殿様である黒田氏が江戸時代に入封するにあたって「故郷の名前をつけるぞ」として決めたものなのですよ。その後、お城の周りは福岡、博多は博多として区別されてきたのですが、明治になって1889年に自治体の名前をつけるときに、福岡にするのか博多にするのかで大喧嘩。

結局、議会では同数となってしまい、最後は福岡出身の議長が福岡に一票入れて決着。 博多の名前は1972年に政令指定都市になってから、ようやく区の名前として復活したのです。・・・という、ウンチクを現地で補足説明することになりました。どうやら参考になったようで、職場の方々には比較的好評だったのが良かったです。

さて、こちらはアクロス福岡。福岡県庁跡地に1995年に建てられたもので、階段状の外観と屋上緑化が凄いデザインです。

その後、天神でおやつなどを食べながら自動車で北九州市へ。宿泊先にはステーションホテル小倉を選択。いやはや、実に良い眺めです。

部屋からモノレールも撮影可能。

そして夕暮れの門司港へ。駅も何だか幻想的です。

バナナマンは知っていましたが、バナナマンブラックは初めて。去年に行ったときには無かったはずですが、エコと節電の使者とのことで、震災後に出来たんでしょうね。

翌日は観光の時間が殆ど取れなかったので、旧八幡製鉄所東田第一高炉史跡を見学。随分とマニアックなネタでしたが、製鉄が盛んな北九州市の歴史を多少なりとも感じてもらえたようで、これも比較的好評・・・だったはず。

私のメインは3日目。朝は自由にさせてもらえたので、早朝から新幹線で新下関まで行き、新幹線をデジカメとムービーで撮影します。まずは700系7000番台の「こだま」。

そして100系新塗装による「こだま」。まだ見られるか不安でしたが、何とか無事に撮影できました。ムービーもバッチリ。

続いてN700系「さくら」。新下関に停車するのもあります。

そして今度は100系旧塗装!

さらに300系「こだま」(ここで16両編成の「こだま」とは!)を撮影・・・ということで、1時間以内に効率よく狙いたいものを撮影できました。しかも、行きの「こだまレールスター」(笑)では豪華な指定席・・・が一部「こだま」運用では自由席なので、これを堪能。

帰りの「こだま」も山陽・九州新幹線用N700系だったので、やはり豪華な指定席・・・が一部「こだま」運用では自由席なので、これを堪能。いやあ、大変満足でございました。

さらに小倉駅に戻ると883系特急「ソニック」が大分県観光号ラッピング車両でした。1両1両撮影していたら、ムービーを撮るタイミングを逸したのですが、まあ仕方が無いです。

こちらは783系特急「きらめき」。

さて、この後に職場の方々と合流して自動車で下関市の長府地区を御紹介。長府の歴史を簡単に語りながら、まずは功山寺という曹洞宗の寺院を見ます。戦国時代には大内家最後の当主である大内義長が毛利家に追い詰められて自害したほか、幕末に高杉晋作が長州藩の俗論派打倒のためにクーデターを起こした場所です。 そしてこの風情ある山門は、1773(安永2)年築。

さらに驚くべきは、この仏殿。なんと鎌倉時代の1320(元応2)年の建築であり、国宝に指定されています。

境内には下関市立長府博物館という小さな展示室があり、我々が訪問したときは三吉慎蔵と坂本龍馬の書簡が展示のメインでした。私には見応えありましたが、歴史に詳しくない人だと三吉慎蔵はマニアックすぎます。 しかも、あまり三吉慎蔵についての解説が無いですし。 ちなみに博物館自体は1933(昭和8)年に建てられた近代建築で、国の登録有形文化財に指定されています。

続いて長府毛利邸へ。長州藩主の毛利家の一族である、長府毛利家の14代元敏の邸宅として明治36年に建てられたもの。

洋館は一切無し!純和風の建築で、基本的に華美なところは無く質実剛健。

個人的には中庭の雰囲気がお気に入りです。2007年にも訪問しているのですが、当時撮影した写真と比べると、見ている場所が違っているのが、個人的に面白かったです。同じ場所に時期を変えて2回行くのも良いですね。

さらに関門橋の下にある「みもすそ川公園」へ。長州藩が幕末にイギリス・フランス・オランダ・アメリカと戦った下関事件で使用した長州砲のレプリカが設置されています。

現在でも通行する船は容赦なく撃沈・・・するわけはないですね。

さらにこの場所、壇ノ浦と申しまして、源平合戦最後の舞台となったところ。NHK大河ドラマ「義経」に合わせて設置された、源義経と平知徳の像が建立されています。そういや、次の大河ドラマは平清盛が主人公でしたっけ。

ラストは下関市の唐戸市場へ。休日はすっかり寿司店だらけになり、適当に購入して空いているスペースで食べることが出来ます。値段は正直、決して安いわけではありませんが、ネタの大きさはまさにテレビなどで「凄い」と紹介されている寿司店みたいな感じ。 なにより、どの店で買っても脂がよくのっていて本当に美味しい。 フグ関係も揃っていますので、その点でもお勧め。いやはや、いささか値が張りましたが、思いっきり堪能。食べ過ぎにつき夕飯は・・・省略になりました(笑)。

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