2012年5月3日 国立科学博物館を徹底探訪する


 通常、三連休があると山口県にいる氷川副所長、水澄所員と遊ぶのが恒例。そしてGWは東京に呼び出し、さらに別の場所に向かうというのが通例でございます。 で・・・本来であれば、常磐線沿線で色々と観光をと考えていたのですが、この日は大雨。とても外を歩けるような雰囲気ではございませぬ。

 そこで、もう何度も行っているにもかかわらず「特別展を見る→馬藤所員が恐竜関連の常設展に連れて行く→足が疲れる→他が見られずに撤退」というパターンが多い国立科学博物館について、今回は特別展を無視して、ガッツリと常設展を見ることにいたしました。

まずはシアター36○で、Zガンダムも驚きの全周囲モニターで迫力ある映像を堪能。続いて、日本館1階を見ます。ここは、「自然をみる技」というコーナーで主に江戸時代からの日本で使われた望遠鏡や時計、地震計などが展示。上写真はトロートン天体望遠鏡。1880(明治3)年、明治政府が内務省地理局に導入したイギリスのトロートン・アンド・シムス社製の望遠鏡で、国の重要文化財に指定されています。

紙張子製地球儀。1695(元禄8)年、渋川春海(はるみ)が作った、日本製としては最古の地球儀。国の重要文化財に指定されています。なお、こちらはレプリカ。

黒漆塗天球儀。18世紀後半頃の製造で、現在の宮崎県延岡市にあった延岡藩主の内藤家に伝来したもの。

雪華図説。1832(天保3)年、下総古河藩の藩主で幕府老中の土井利位(としつら)が、顕微鏡を使って観察した雪の結晶をまとめたもの。庶民からは「雪の殿様」として親しまれたそうで・・・。

18世紀後半に製造された和製カフ型顕微鏡。

紙張子製天球儀。1690(元禄3)年製で、渋川春海の星図に基づいて作られたもの。名張藩藤堂家に伝わった一品です。

江戸時代中期に始まった日本独自の機構の時計である尺時計。写真真ん中は一挺てんぷ櫓時計。

一挺てんぷ台時計。

江戸時代末期になって小型化した和時計。そのため、上写真のように枕時計というのも登場しました。

大型枕時計。

大森式地震計。大森房吉が1898(明治31)年ごろに完成させたもので、従来の地震動を感知してから動き出す方式から、常に動いて記録できるように改めた画期的な地震計です。

さて、国立科学博物館2階南翼へ。ここは「生き物たちの日本列島」として、日本と日本に関連する動物達の剥製などを多数展示しています。

固有種も多い小笠原諸島。オガサワラオオコウモリが展示されていました。

イノシシ。実は生息地域によって体の大きさが違っているそう。気温の差のみならず、特に島の大型獣は本土に比べて小型化し、逆にネズミのような小さな動物は島の方が大型化するそうです。

こちらはテン。左が冬毛で、右が夏毛。これだけ夏と冬で雰囲気が違うわけです。

ノウサギの場合も、これだけ違います。

では、この重厚かつ豪華な回廊を通って、今度は2階北翼を見に行きましょう。

2階北翼は「日本人と自然」がテーマ。ここは考古学が好きな人間には、非常に魅力的なコーナーです。

まずは縄文人の骨格。頭蓋骨の左が縄文時代晩期の男性、右が後期・晩期の女性。全身骨格左が縄文時代早期の男性、右が後期・晩期の男性です。一口に縄文人といっても、早期の人間のほうが全体的に華奢。また、中期以降の縄文人の平均身長は、男性が158cm、女性が149cmほどです。

沖縄から見つかった港川人。詳しく書きますと、沖縄県具志頭村港川石灰岩採石場で1970年に大山盛保によって発見された化石人骨で、放射性炭素法によって、1万8000〜1万6000年ほど前と推定されています。 かなりヌードな格好に小さなお子様達は大興奮!特に男性の(自主規制)に小さな女の子たち大興奮・・・なゴールデンウィークの博物館でした。

世界最古の落とし穴の推定復元図。旧石器時代から日本では落とし穴を使った狩が行われており、これは世界最古であるといわれます。その狩猟方法については諸説あるようですが、この模型では罠猟説を元に再現しています。

続いて縄文人の復元モデル。

縄文時代の住居。

陸で使われた石器。

海で使われた石器。

弥生系渡来人の男性の全身骨格。縄文人と異なり鼻の付け根が平坦、顔が全体的に長いという特徴などがあります。平均身長は男性が163cm、女性が151cmほどで、縄文人より高いですね。

そしてこちらが、弥生人の復元。

弥生時代の住居。稲作が始まったことで、人々の生活スタイルにも変化が生じています。

石包丁、石斧など。

三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)のレプリカ。

高杯。

そして時代は一気に飛んで江戸時代。

いろいろなコウジカビ。

コウジカビの拡大模型。麹(こうじ)は穀物にコウジカビを生育させたもので、発酵食品の製造に必須のもの。粒状のものを用いる日本のものは珍しく、通常は穀粒のままつかうか、粉にして使うそうです。 というわけで、今回は考古学満載のコーナーで大変目の保養になりました。では、今度は日本館3階へ向かいましょう。

こちらは、「日本列島の生い立ち」というコーナーで、様々な化石が展示されています。まずは、北海道で見つかったギガントカプルス。 白亜紀後期に生息した笠形の化石で、巻貝の仲間では無いかと云われていますが、分類学的位置や生態は謎に包まれています。

非常に特徴的なデザインのアンモナイト類の一種、ニッポニテス。 3月にはこれを見るために、馬藤所員に北海道大学まで連れて行かれましたが、灯台下暮らし。身近な有名な場所にありました。

しかも、別に1つだけではないという。

同じくアンモナイト類の1つ、ユーボストリコセラス。 どうしてこんな姿になっちまったんだ!

これら全部、ユーボストリコセラス。あらまあ・・・。

よく見ると様々なバリエーションがあることがわかりますが、とりあえず一般的に想像しやすいアンモナイト類もこんなに展示。殆どが北海道からの出土ですが、日本もこれだけ様々なアンモナイトがいたんですね。

グラドフレビス。三畳紀後期のシダ類の一種です。

バイエラ。三畳紀後期のイチョウ類の一種です。

豊富な二枚貝やウミユリなどの化石が産出する、赤坂石灰岩化石群。同じ時代で比較すると他地域と比べて、大型なのが特徴だそうですが、その理由はよく解っていません。

このエリア最大の見所であるフタバスズキリュウ。全身骨格のほか・・・。

産状も展示。かなり良好に残っているとは言え、長年の川の浸食等で、尾と後頭部などが失われていました。

アロデスムス。アザラシと共通の祖先を持つ哺乳類で、中新世中期(約1300万年前)に生息していました。

パレオパラドキシア。中新世前期(約1800万年前)の動物で、束柱類に属します。

そしてヤベオオツノジカを見たところで、次のエリアへ移ります。

3階南翼は「日本列島の素顔」。日本列島を構成する多様な生き物たちを紹介してくれています。まず目に入ってきたのは、美しい貝の数々。最近、左下のヒオウギという存在を知りまして、その美しさにイチコロ。形といい、色といい、素晴らしいデザインです。

こうやって、地盤ごとの組成が展示されているというのが非常に興味深いです。

海の深さごとに、どのような生物が生息しているかの展示。しかし、一般人にはそれよりも「美味しそう」と思ってしまうコーナー。まずはスケトウダラ。だいたい、カマボコになってから拝んでいるので、こうやって魚の状態で見るのは新鮮です。

ホッケ。こちらも、開いた状態で拝むことが・・・(以下略。

マダラ。

ドスイカ。

ベニズワイガニ。

ズワイガニ。なるほど、たしかに「ベニ」とは違いますな。

ブリ。昨日、刺身で食べました。大好き☆

富山県ではお馴染み、ホタルイカ。

アイナメ。

サンコウメヌケ。

・・・などなどなどなどなど。ざっと、こんな感じ。このコーナーは必見ですね。

あとは地球館に行くとこんなコーナーとか。

こんなコーナーがあるのですが、今回のブログでは省略。というか、我々の足もかなり疲労が来ていまして、日本館ほどは見て回れていません(その代わり、過去にだいぶ見ていますが・・・)。

さて、常磐線の特急「スーパーひたち」に乗って福島県にある”いわき”駅までやってきました。上野口からは撤退した415系1500番台も、ここでは主力。並びも見られます。その一方、原発事故の影響で仙台方面の表記が磐越東線経由に書き換えられ、常磐線は広野方面となっていたのが、何とも残念です。

原発の近くを常磐線が通っていることもあり、このまま半永久的に復旧は無理なのか?と思うと、残念でなりません。いや、きっと何か素晴らしい除染技術が出来てくれると信じています。

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