○埼玉県秩父市〜羊山公園〜/埼玉県深谷市〜渋沢栄一生家「中の家」/撮影日:2008年4月27日(日)

 味野源次氏ら大学時代の友人と共に、本日は埼玉県秩父市の羊山公園へ。このシーズンは芝桜が非常に美しく咲き誇っており、1度は見たかったのですが、ついに行くことが出来ました。

 まるで絨毯(じゅうたん)のような美しさ。友人の一人は「ここで芝桜に囲まれて死にたい」と縁起でもない事を言っていましたが、心落ち着く、やわらかい雰囲気の素晴らしい風景でした。

 さて、秩父駅より秩父鉄道で熊谷駅へ。やってきたのは国鉄時代の塗装の1つカナリアイエローに復元された1000形(もと国鉄101系)でした。この顔でこの色、というのも全国でここだけしか見られません。

 秩父駅ではSLと交換のため待ち合わせ。C58には「芝桜」のヘッドマークが装着されていました。

 熊谷駅にて6000形(もと西武鉄道新101系)。こちらはshibazakura expressのヘッドマークを装着。

 続いて、明治期の大実業家である澁澤栄一の故郷である深谷市へ。その玄関地である深谷駅は、澁澤栄一も携わった日本煉瓦製造のレンガによって東京駅が造られたことを記念して、兵営6年に東京駅風に改築されました。しかもこれ、橋上駅ということで地面じゃなくて、ホームの上に建っています。

 全景はこんな感じ。駅に模型がありました。・・・1つ欲しい(笑)

 さて、タクシーで渋沢栄一記念館と、それから上写真の渋沢栄一生家「中の家」(なかんち)/上写真」を見学。いやはや、駅から遠い遠い・・・。そして学芸員の方が有難いことに、良く語る語る・・・。ずっと聞きたいのは山々だったのですが、帰りのバスの時間もあることですし、満足に拝聴できなかったのは残念です。

渋沢栄一とは何者か、ということについては若い人の中では知られていない、ということで学芸員さんが我々の訪問を喜んでくださったのですが、実際に私の友人も「渋沢栄一って名前は聞いたことは歩けど、誰?」という反応でしたので、ウィキペディアの渋沢栄一のページを紹介しておきます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%8B%E6%B2%A2%E6%A0%84%E4%B8%80

 現在でも日本を代表する実に膨大な数の企業の設立にかかわったり、顧問として助言をしています。しかも、常に利益第一ではなく、社会を良くすることに重点を置いていました。非常に立派な思想の持ち主ですし、思想倒れになった人ではなく、実際の経営手腕そのものも大したものでした。

 こちらは渋沢栄一が寝泊りしたという部屋。現在の家は明治28年に妹夫婦が再建したもので、渋沢栄一が生まれ育った環境とは異なっていますが、栄一は多忙の中で年に数回は訪問したそうです。

 その近くの鹿島神社。拝殿は明治14年の建築です。
 神社の創立は不詳ですが、平将門を討伐するときに、源経基の家臣である竹幌太郎が陣を置いて、祀ったとか。

 ところで帰りに乗ったバスの停留所の名前。これで、「しもてばかかべがやと」と読むそうです。計で「ばか」と読むとは。

 ウソじゃないよ、ハイこのとおり。

 ちなみにこのバス停付近には、尾高藍香(おだからんこう)生家があります。尾高藍香は、本名を尾高惇忠(あつただ)といい渋沢栄一の従兄弟。栄一は彼に論語などを習い、その後の人格形成に大きな影響を受けたようです。

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