能勢電鉄(兵庫県川西市など)
     Nose Electric Railway
 能勢電鉄は、明治41年、能勢電気軌道株式会社として創立。川西能勢口〜一の鳥居間で営業を開始した。
 現在は、兵庫県川西市の中心である妙見線(川西能勢口〜妙見口)、日生線(山下−日生中央)、鋼索線(黒川駅−ケーブル山上)及びその上の索動線から成り、昭和53年10月1日より現社名。
 メインとなる妙見線と日生線の営業距離はそれぞれ12.2km、2.6kmで、合わせて14.8km。路線こそ短いが大阪のベッドタウンという性格上、日中でもおおむね10分おきに列車が運転されるなど高頻度運転を行っており、輸送密度では名鉄にも劣らない通勤通学路線である。
 近年になって川西能勢口付近の高架化が完了し、阪急宝塚線との連絡線も通じたことから日生中央−梅田の直通特急が朝夕ラッシュ時に運転されている。以前は川西能勢口から先、国鉄前(国鉄川西池田駅に隣接)まで線路が延びていたが、川西能勢口周辺の開発に伴い廃線となった。現在は道路となっているが、マンホールの蓋にはかつて運行されていた列車がプリントされ、車輪のモニュメントが置かれるなど、そこに線路があったことを今に伝えている。
 (本文:関西ライナー)
●1000系
 1986(昭和61)年、阪急電鉄より導入。
 先に譲渡された1500系だけでは輸送力が不足していたため、阪急で廃車進行中だった1010,1100系を譲り受けたものだが、1700系導入後は予備車的な扱いに。平成12年に運用から離脱し、平成13年に廃車となった。
 なお、最後は阪急正雀工場のイベントに参加することになり、里帰りを果たしている。
(写真1:平野駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
(写真2:平野駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
*写真2枚目、右側は1500系。
●1500系
 1983(昭和58)年に4両編成2編成が登場した能勢電初の冷房車で、84年、85年と更に2編成ずつ増備された。現在では4連5本、2連2本の計7編成となっている。
 この1500系は基本的に元阪急2100系だが、阪急時代に2000系や2021系と混結された編成もあったため、厳密に言えば全ての車両が2100系というわけではない。
 また、阪急時代は非冷房だったが能勢電鉄転属時に冷房化され、当時阪急で最新だった阪急7000系に合わせてスイープファン付きとなった。その他前面に方向幕が装備され、主回路を600Vに変更されるなどの改造が施された。外観上ではクーラーが中央寄りに設置されている等の点で後述の1700系と区別できる。
 なお、2008(平成20)年5月より翌年3月まで、山下〜妙見口間、山下〜日生中央間の折返し運用に就いている
2連2編成をそれぞれ、マルーンとベージュ2色、橙とクリーム2色の歴代オリジナルカラーにリバイバルされて運行。
(写真1:滝山駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
(写真2:山下駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
*写真2枚目は、中間車を先頭車改造したもの。後述の3100系に良く似ている。
●1700系
 1990年〜92年にかけて登場した、元阪急2000系。
 冷房化は阪急時代に施されており、クーラー同士の間隔が1500系に比べて広くなっている。入線時には1500系同様に前面方向幕の設置や600V化改造が施されたが、後に1500Vへの昇圧が計画されていたため、600V→1500V切り替えスイッチが搭載された。
 登場時には阪急時代のマルーン単色から一転、オレンジ地にグリーン帯が巻かれた出で立ちで現れ、鮮烈なデビューを飾った。後に1000系、1500系も同じ塗装に変更されたが、不評だったためか、暫くして再度変更されることとなる。そして、クリーム地に赤帯などの様々なパターンの試験色を経た後、クリーム地に各扉周辺がオレンジ、更に客扉のオレンジ部の左右に白を配した塗装に落ち着いた。
 しかし、2003年夏までにこの塗装は消滅し、結局阪急と同じマルーン単色に全車が変更されている(ただし、前述の通り15000系で2008年からリバイバル塗装として期間限定で復活した)。
(写真1:多田駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
(写真2:多田駅/撮影:関西ライナー 禁転載)
●3100系
 1997年に阪急より購入した、能勢電鉄の最新車両。
 形式は阪急時代の3100系を踏襲しているが、車番は元形式から+20番で付番された。現在は4連1本が在籍しており、他の4連編成に混じって運用されている。
 なお、従来車両とは客室内も大きく雰囲気が変わっている。化粧版がグレーになり、シートのモケットもブルーとされた。つり革も三角形の物が取り付けられ、天井にはローリーファンが設置されている。
(写真:多田駅/撮影:関西ライナー 禁転載)