営業エリア:東京都千代田区、新宿区、豊島区、練馬区、荒川区、品川区、港区、千葉県市川市など
 1911(明治44)年、東京市(当時)が東京鉄道(株)を買収し、東京市電気局を創設。同時に路面電車(市電)事業と電気供給事業を開始したのが始まりである。1943(昭和18)年に都制施行に関連して、東京市電気局から東京都交通局へ名称を変更し現在の事業名に。さらに、1960(昭和35)年には地下鉄事業にも乗り出し、浅草線(浅草橋〜押上)を開業。以後、三田線、新宿線、大江戸線と地下鉄網を充実させ、大江戸線以外は私鉄との直通運転も行う。
 一方で東京全域に張り巡らされていた路面電車は次々と廃止になり、現在はわずかに荒川線(約12km)を残すのみである。こちら、ホームを高くすることで車両との段差をなくすという路面電車としては珍しい形態をとる。
(解説:裏辺金好&グロッグフロッグ)

 ■保有車両(路面電車)

●5500形
 1953(昭和28年)登場。
 1系統(上野駅前〜品川)でのみ活躍していた車両で、都電の騒音を防止するために様々な技術を盛り込んだ「防振防音電車」として誕生した。具体的には、振動を防ぐため特製の電動機、騒音を減少させるためゴム入りの車輪を取り付け、さらに車内には汚れた空気をはき出す扇風機式の換気装置が回転するのが特徴で、従来の車両とは大きく異なる。
 5501号(通称PCC)は、アメリカの路面電車PCCカーから部品や技術を導入し製造したもので、5502号以降は三菱電機、住友金属、ナニワ工機が国内向けにアレンジして製造(通称はメーカー名よりMSN)。
 しかし、なかなか故障も多かったようで5507を最後に製造が打ち切られ、1系統廃止とともに5500形も引退した。現在、5501号が都電おもいで広場で保存。
(写真:都電おもいで広場/撮影:裏辺金好)

●6000形
 1947(昭和22年)登場。
 1953年まで291両が製造された都電を代表する車両で、長らく活躍を続けた。しかし、都電網の縮小により活躍の場を大幅に減らし、最後は6152号がイベント用として荒川線で活躍。しかしブレーキの基準が合わなくなったことから2001年12月に引退し、現在は荒川遊園地で保存。また、6080号は北区の飛鳥山公園で保存され、現在はどちらも美しい姿である。
(写真上:荒川遊園地/撮影:裏辺金好)
(写真下:飛鳥山公園/撮影:裏辺金好)
●7000形
 1954(昭和29)年登場。
 現在の姿を見ると、とてもそんなに昔の車両には見えないが、これは1978(昭和53)年にワンマン化改造された車両たちが、車体を大幅に更新したためである。当時流行した「軽快電車」電車風のデザインとなり、都電のイメージアップに貢献。また、近年になって前面方向幕がLED方式に改造されている。
 荒川線の主力車両であり、ラッピング広告を貼った車両も多い。あまり雰囲気が良いとはいえないが・・・。なお、現在黄色をベースにした往時の塗装もリバイバルで運行中。
(写真上:荒川遊園地前/撮影:裏辺金好)
(写真中:荒川車庫/撮影:裏辺金好)
(写真下:荒川車庫前/撮影:裏辺金好)
●7500形
 1962(昭和37)年登場。
 現在の荒川線では最も古い車両に見えるが、前述のとおり登場自体は7000形の方が先。ごらんのように、写真上が現在の姿、写真下が登場時の姿であるが、スタイルがやや異なっているのは1983年の冷房化改造にあわせて車体が更新されたことに起因。
 大幅にイメージを変えた7000形と異なり、こちらは今までの雰囲気をよく残した改造となっている。なお、老朽化に伴い後継車両投入が行われて、近いうちに引退する見込みである。
(写真上:大塚駅前/撮影:裏辺金好)
(写真中:江戸東京たてもの園/撮影:裏辺金好)
(写真下:都電おもいで広場/撮影:裏辺金好)
●8500形
 1990(平成2年)登場。
 7500形以来久々の新型車両。いつの間にか登場から15年が経過するが、車体の曲線に合わせた大型一枚ガラスの前面などの美しいデザインは今でも新車同様の雰囲気を持つ。
(写真:荒川車庫前/撮影:裏辺金好)
●9000形
 2007(平成19年)登場。
 昭和初期の車両をイメージして製造。そのため外観では、ダブルルーフ(二重屋根)、丸窓、エンジとクリーム色のツートーンカラーを採用。また、内装は木目調で統一し、半間接照明を採用することによって、レトロ感を演出した。
 一方でバリアフリーも考慮され、車椅子スペースの設置、低い吊り手の採用などが行われている。
 制御方式はVVVFインバータ。
(写真:荒川車庫前/撮影:裏辺金好)

 ■保有車両・元保有車両(地下鉄)

●5200形
 1976年登場。
 浅草線の5000形の6次車として6両編成2本が製造されたものだが、都営三田線の6000形に準じた車体となり、セミステンレス製の車体を採用。大幅にデザインを変えた。
 8両編成1本に組みなおされて活躍を続けていたが、2006年11月3日をもって引退した。
(写真:浅草線 泉岳寺/撮影:グロッグフロッグ)
●5300形
 1991年登場。
 浅草線の主力車両だった5000形の置き換え用として製造された車両で、現在は完全に取って代わっている。浅草線内のみならず、乗り入れ先の京急本線、京成本線、北総線・公団線などでも広く活躍し、エアポート快特などの優等列車にも運用。羽田空港にも顔を出す。
(写真:京急本線 品川駅/撮影:裏辺金好)
●6300形
 1993年登場。
 三田線用の車両で、後に予定されていた東急線との直通運転に備えたもので、のちに6000形の置き換えで一気に登場した。現在は、東急目黒線に乗り入れ、日吉まで顔を出す。
(写真:東急目黒線 武蔵小杉駅/撮影:裏辺金好)
●10−000形
 1971年、試作車が登場。
 1978年より本格的に都営新宿線へ投入が開始され、同じ形式ながら登場年度によって色々と異なる部分が多い。また、京王電鉄へ直通運転を行っている。特に写真下の8次車はデザインを大きく変えている。
(写真上:/撮影:グロッグフロッグ)
(写真下:新宿線 新宿駅/撮影:裏辺金好)
10−300形
 2005(平成17)年登場。
 JR東日本のE231系をベースに製造されたもので、オール新造車の8両編成10−300形と,既存の10−000形の中間車と組成する先頭車10−300R形が存在する。ちなみに両車では帯の太さなどが異なる。
(写真:新宿線 本八幡駅/撮影:グロッグフロッグ)
12−000形
 1986(昭和61)年に試作車が、1990(平成2)年に量産車両が登場。全通後、都営大江戸線となった12号線用に投入された車両で、リニアモーターを採用して車体とトンネルの断面を小型化したのが最大の特徴。写真下は豊島区の千早フラワー公園で保存されている試作車両。
(写真上撮影:雑学の博物館 禁転載)
(写真下撮影:グロッグフロッグ)

 ■保有車両(新交通システム、モノレール、事業用車両)
40形
 2001(平成13)年登場。
 老朽化対策、耐震補強のために1999年12月より上野動物園モノレール(上野懸垂線)の運航を休止したのにあわせ新たに製造された車両で、非常に短い区間であるが動物園内を運転する。なお、実を言うと現在は東京都建設局の「公園施設」。これを東京都交通局が借りて営業をしていることになっている。
(写真:上野動物園/撮影:裏辺金好)
●300形
 2006(平成18)年登場。
 2008(平成20)年3月30日に開業した「日暮里・舎人ライナー」用の車両で、「ゆりかもめ」などと同じく側方案内方式の新交通システムで、ゴムタイヤ駆動で走行する。車内は登場当初はロングシートであったが、営業運転を開始する前までにクロスシート主体の車内に変更されている。
 なお、無人運転のため前面展望は格別。
(写真:見沼代親水公園駅/撮影:グロッグフロッグ)
E5000形
 2005(平成17)年登場。
 馬込車両基地に配備された電気機関車で、撮影者によると、大江戸線の12-000形を馬込車両基地へ回送するために製造されたもの。大江戸線と浅草線は2箇所で交差しているのだが、汐留駅の新宿寄りから浅草線新橋駅の西馬込寄りへ短絡線をつくり、ここを通して車両が運ばれる。
 しかし、大江戸線と浅草線では車両断面が違いすぎることと、走行方式(大江戸線はリニアモーター方式)が違うことから、両線を自力走行できる車両がないと回送はできないため、JRでいう「クモヤ」に相当する車両として、投入されたものである。
(写真:馬込車両基地/撮影:芳野慎一様 禁転載)