特急 にちりん

▼DATA
J.N.R/J.R. Limited Express
"Nichirin"
 1968.10〜


▼運転区間
 博多〜西鹿児島
    →小倉・別府〜南宮崎・宮崎空港

←汎用タイプの「RED EXPRESS」色が投入され、専用塗装は存在していない。
(写真:日豊本線 小倉駅/撮影:裏辺金好)
 日豊本線を代表する特急にちりん は「日輪」を表し、1964(昭和39)年に登場した気動車急行「にちりん」をそのルーツとする。ちなみにこの列車、元々は「ひかり」だったが、新幹線に愛称を譲ったために改称した物。
 1968年10月改正よりキハ80系が投入され特急「にちりん」に。
 そして電化区間の進捗に伴い、1972(昭和47)年には博多〜大分に485系による「にちりん」も登場。2年後には博多〜宮崎、さらに1980(昭和55)年にキハ80系を置き換え博多〜西鹿児島を全て485系が担当するようになった。また、翌年に下関発着の列車も誕生している(1992年7月改正で消滅)。
 JR化後、1990(平成2)年より783系による「にちりん」も運転開始。また、翌年より485系にちりんは赤一色の「RED EXPREESS色」化される。ボンネット型も例外ではなく、多くの鉄道ファンを驚かせた。さらに、787系「にちりんシーガイア」(現在は783系)の運転開始や、1995(平成7)年に883系による「ソニックにちりん」(現・ソニック)が主に博多〜大分で運転開始ししたことで、485系は勢力を縮小(ただし、485系によるソニックも一時的に存在)。この改正では、さらに宮崎〜西鹿児島が485系「きりしま」に系統分割されている。
 現在は、一部が小倉を発着する他は、主に別府〜宮崎空港の特急として活躍中。また、2000(平成12)年より国鉄特急色に塗り戻された編成も活躍している。

国鉄色時代の485系「にちりん」。のち、2000年に国鉄色は復活してはいるが・・・。
(写真:鹿児島本線 博多駅/撮影:もこてん様 禁転載)

解った解った、そこまで主張しなくて良いから、と言ってしまいそうなぐらい(笑)。
(写真:日豊本線 小倉駅/撮影:裏辺金好)

貫通扉が特徴だった200番台の先頭車だが、塞がれてしまった。
(撮影:さがみ様)

レッドエクスプレス色になると、トレインマークが変更になったが、旧来のマークを掲げて運転することもある。
(撮影:さがみ様)

2000年に復活した485系国鉄色。もっとも、本来あるべきものが顔に無い。写真は、元・貫通型タイプ。
(写真:日豊本線 別府駅/撮影:デューク

数少なくなった、小倉から宮崎へ向かう「にちりん」。
(写真:日豊本線 別府駅/撮影:デューク

(写真:日豊本線 大分駅/撮影:裏辺金好)

左写真の反対側。こちらは、非貫通型の顔。要は左上写真と同じタイプ。
(写真:日豊本線 大分駅/撮影:裏辺金好)

「きりしま」「ひゅうが」色による特急「にちりん」。別府を発着する「にちりん」が増加し、「ひゅうが」の運転本数が減ったことに伴い、こういう姿もよく見られるようになった。しかし、こうなると専用塗装の意味が・・・。
(写真:日豊本線 別府駅/撮影:裏辺金好)

左写真の反対側。カラフルで見ていて楽しい車両。
(写真:日豊本線 別府駅/撮影:裏辺金好)

(写真:日豊本線 延岡駅/撮影:裏辺金好)

(写真:日豊本線 南宮崎駅/撮影:裏辺金好)

(写真:日豊本線 南宮崎駅/撮影:裏辺金好)

真っ赤になったボンネット型は国鉄特急色に戻り、九州鉄道記念館(福岡県北九州市門司区)で保存中。今のところ「にちりん」マークでの展示。
(写真:九州鉄道博物館 門司港駅隣接/撮影:ムスタファ)

特急「ソニック」と別府で同一ホーム乗り換えが可能な列車には、このような方向幕が準備。
(写真:日豊本線 南宮崎駅/撮影:裏辺金好)

同じく特急「ソニック」と別府で同一ホーム乗り換えが可能な列車用方向幕。理由は不明だが、こちらはシンプル。
(写真:日豊本線 南宮崎駅/撮影:裏辺金好)

真っ赤になったボンネット型。と言っても実写の写真がないので模型で代用。
(写真撮影:裏辺金好)