日本の旅 第104回
北海道開拓の村〜北海道札幌市厚別区〜
     A trip of Japan No.104 Historical village of Hokkaido
○北海道開拓の村の概要
 札幌市郊外の道立野幌森林公園内に、北海道の近代建築を集めた壮大な施設。1983(昭和58)年に開村し、明治以来の北海道建築史と生活を学習することが出来る。
○市街地群(つづき)

札幌拓殖倉庫
 1907(明治40)年築 旧所在地:札幌市北区
 かつては札幌駅北側に建っていた倉庫。玉ねぎや雑穀、雑貨などが保管されていました。

龍雲寺
 1893(明治26)年頃築 旧所在地:札幌市北区
 旧札幌郡篠路村に創建された浄土宗の寺。開拓期の農村において、人々の心の拠り所として使われた場所です。

有島家住宅
 1904(明治37)年築 旧所在地:札幌市白石区
 文豪の有島武郎が1910(明治43)年から1年だけ生活した住宅。「或女のプリンプス」をここで執筆した他、彼の作品にはこの家のことが登場することも。

松橋家住宅
 1897(明治30)年築 旧所在地:札幌市中央区
 秋田県から入植し、のちに土地会社を経営した松橋家の住宅。1918(大正7)年に松橋家はこの家を取得しました。かつては、札幌市の中心部にはこのような家があったわけで。

北海中学校
 1909(明治42)年築 旧所在地:札幌市豊平区
 1885(明治18)年に札幌農学校の第三期生が中心となって設立した私立北海英語学校を前身とする中学校。私立中学の名門として発展しました。

北海中学校
 内部で展示されている学生服の数々。

福士家住宅
 明治時代築 旧所在地:札幌市中央区
 造船や通訳、気象観測など、色々な分野で活躍した福士成豊氏の住宅。明治前期に建てられた洋館と、写真には映っていませんが明治後期に建てられた和館が接続する建物です。

開拓使爾志通住宅
 1878(明治11)年築 旧所在地:札幌市中央区
 開拓使の官舎として建てられた洋風住宅。ただし、内部は畳敷きなどの和風になっています。

手宮駅長官舎
 1884(明治17)年築 旧所在地:小樽市手宮町
 北海道初の鉄道である幌内鉄道の手宮駅の駅長官舎として建設。なお、幌内鉄道は後に国鉄手宮線となり、現在廃止となっているが、路線は現在も整備の上で残っています。

広瀬写真館
 1924(大正13)年築 旧所在地:岩見沢市
 岩見沢市の写真館。外観は洋風ですが、内部は和風。

○魚村群

青山家魚家住宅
 1919(大正8)年築 旧所在地:小樽市
 幕末に山形から入植した青山家は、現在の小樽市祝津沿岸を中心に漁業を経営しました。この建物は、基本的には明治20年代の倉庫と、焼失に伴い大正8年に再建された母屋から成っています。

秋山家魚家住宅
 1919(大正8)年築 旧所在地:浦河郡浦河町
 秋田県男鹿半島から明治末期に入植した秋山嘉七氏が住んだ住宅。1978(昭和53)年まで使われていました。

土谷家はねだし
 1887(明治20)年頃築 旧所在地:爾志郡熊石町根崎
 ニシン漁家であった土谷家の倉庫。「はねだし」とは現地の地形を利用し、海へ建物の一部をせり出した倉庫。床に開口部を設置し、荷物の搬入、搬出が出来ました。

土谷家はねだし
 左写真と反対方向から見たもの。

○山村群

札幌農学校寄宿舎(恵迪寮)
 1903(明治36)年築 旧所在地:札幌市北区
 札幌農学校が、現在の北海道大学構内に移転した際に造られた寄宿舎。自治寮として運営され、独特の学生文化を造ってきました。ちなみに、現在は綺麗に整備されていますが、かつては部屋の内部には無数の落書き・・・。う〜ん、これも文化なのか??

札幌師範学校武道場
 1929(昭和4)年築 旧所在地:札幌市中央区
 札幌教育大学の前身、札幌師範学校の武道場。師範学校では剣道か柔道か、どちらかを履修することになっていたそうで、そのための施設でした。戦後は図書館(!)、さらに体育館に転用され、昭和61年まで使われていました。

森林鉄道機関庫
 

森林鉄道ディーゼル機関車
 1956(昭和31)年製造
 下夕張森林鉄道、夕張岳森林鉄道で活躍。昭和41年の廃止まで働いていました。

開拓小屋
 明治初期に北海道へ移住した人々の家を再現。 

開拓小屋
 内部はこんな感じで、至って簡素。
 それでも同行した大黒屋所員曰く、「こんなに立派に切り揃えられた部材は、当時の建物には使われていなかったはず」とのこと。

 これだけ紹介しましたが、実はさらにあります。というわけで、次のページへ。