知覧の武家屋敷群〜鹿児島県南九州市知覧町〜
  Former Samurai'S Residence in Chiran Town Minami Kyusyu City , Kagoshima Prefecture

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JR鹿児島本線鹿児島中央駅などからバス

▼関連サイト
知覧町ホームページ
鳥濱トメと富屋旅館のホームページ
 鹿児島県南九州市知覧町(旧、川辺郡知覧町)は、薩摩半島南部の町。江戸時代に薩摩藩の外城(とじょう)の1つ、佐多島津氏の所領として町並みが形成され、現在でも「南薩の小京都」とよばれる町並みが残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。また、知覧は第2次世界大戦中に太刀洗(たちあらい)陸軍飛行学校知覧分教所が置かれ、特攻隊(特別攻撃隊)の基地として、多くの若者を、爆弾を乗せた飛行機もろとも敵艦へ突っ込ませる作戦を敢行させた、悲しい歴史を持っています。
 今回は武家屋敷跡の町並みと、知覧特攻平和会館を御紹介しましょう。
武家屋敷跡
 知覧の武家屋敷は、白壁の町並み・・・のような雰囲気ではなく、大きく刈り込まれた生垣と庭園が見所となっており、他の町並みとは一線を画した、独特の風景であるのが特徴。7つの庭園が国の名勝に指定され、一般公開されています。まずは7庭園を紹介した上で、町並みの雰囲気を掲載しましょう。ちなみに、森氏庭園は築山泉水式庭園で、他の6庭園は枯山水式庭園です。
西郷恵一郎氏邸庭園
 枯滝の石組みを設けて高い峯としているのが特徴。さらに、この峯から低く高く刈込まれたイヌマキが、遠くの連山を表現しています。
平山亮一氏邸庭園
 ほかの庭園と異なり、石組みが無い大刈込み一式の庭園。後方にイヌマキの生垣を、前方にサツキの大刈込みを配置し、母ヶ岳を借景にした名庭園です。 
平山克己氏邸庭園
 母ヶ岳を借景とした美しい庭園で、イヌマキの生垣は母ヶ岳の分脈をかたどっています。
佐多美舟氏邸庭園
 1751(寛延4)年に造られたものといわれ、知覧武家屋敷跡の庭園の中では最も、豪華で広い庭園です。
佐多民子氏邸庭園
 3.5m立石と、その下部には多数の石組みを配して枯滝としているのが特徴です。
佐多直忠氏邸庭園
 3.5m立石と、その下部には多数の石組みを配して枯滝としているのが特徴です。
森重堅氏邸庭園
 公開されている庭園の中では唯一、水を張った池が存在する築山泉水式庭園で、複雑な形の石を組み合わせることによって近景の山や半島をあらわしています。ちなみに、住居や土蔵は1741(寛保元)年に建てられたもの。
佐多直忠氏邸
 武家屋敷らしく、切石の目隠しによって、真っ直ぐに入れないように工夫が施されているのが特徴。これは、屏風岩とも呼ばれ、防衛を兼ねた造りです。
民家
 町内から移築されたもので、武家屋敷ではありませんが、この地域の民家の姿を今に伝えています。 
民家内部
旧高城家住宅
 
旧高城家住宅内部
町並み
町並み
亀甲城跡への道
 武家屋敷の町並みの先、亀甲城への道。知覧城の東に隣接した出城で、お弓場、邸宅、大手門、搦め手門跡が確認されています。
町並み
町並み
町並み
 
町並み
町並み
 

知覧特攻平和会館
 特攻隊で散っていった若者たちの歴史を後世に伝えるために建設された平和会館で、内部には遺品の数々をはじめ、陸軍四式戦闘機「疾風」(キー84甲)、陸軍三式戦闘機「飛燕」(キー61U改/*日本で唯一現存)、海軍零式艦上戦闘機、一式戦闘機「隼」(実物の10分の8で復元)などが展示されています。
風景
 

T-3
 航空自衛隊防府北基地(山口県防府<ほうふ>市)で初等練習機として配備されていたもの。2005(平成17)年に用途廃止となり、知覧特効平和会館で展示されることになりました。全長8.04m、全幅10.00m、全高3.02m、自重1136kg、最大速度は360km/h、航続距離は1000kmです。


 

三角兵舎
 特攻隊員たちの宿舎で、松林の下に半地下壕を作り、屋根に杉の幼木を使用して、敵の目を欺く構造でした。

三角兵舎内部
 

富屋食堂
 知覧町内にある軍指定の食堂で、特攻隊員たちも憩いの場、そして家族などとの別れの場として使用。隊員たちに親しまれた食堂を経営する鳥濱トメさんは戦後、「特攻おばさん」として呼ばれました。
 現在の建物は、かつて食堂があった場所に再現されたもの。