東寺(教王護国寺)〜京都府京都市南区〜



○解説

 京都府京都市南区の真言宗のお寺で、796(延暦15)年の創建。すなわち桓武天皇が平安京に遷都した2年後に、国家鎮護のため羅城門の東に設置された官寺(朝廷が設立した寺院)としてスタートしたもので、正式名称は教王護国寺といいます。ただし、古くから一般には東寺と呼ばれており、また、かつては羅城門の西に西寺もありましたが双璧をなしていましたが、こちらは現存していません。
 823(弘化14)年、嵯峨天皇から真言宗の開祖・空海に勅賜され真言宗の寺となり、そして1486(文明18)年に伽藍の大半を焼失し、創建時の建物は現在残っていませんが、豊臣秀頼、徳川家光などの尽力によって再建された建物の多くが現在も残っています。また、南大門、金堂、講堂、食堂が一直線に整然と並ぶ伽藍配置は圧巻。
 1994(平成6)年12月、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されました。
(撮影&解説:裏辺金好)

○場所



○風景


南大門 【国指定重要文化財】
1601(慶長6)年築。1895年に、三十三間堂の西門を移築したもの。




金堂 【国宝】
1603(慶長8)年築。1486(文明18)年に焼失したものを、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建させたもので、唐様、和様、天竺様の建築様式を折衷した桃山時代の寺院建築です。独特な屋根の形状が、力強さを感じさせます。
本尊の薬師三尊像を安置していますが、これが2.9mの高さを持つ巨大なもの。見るものを圧倒します。


講堂 【国指定重要文化財】
1491(延徳3)年築。こちらも1486(文明18)年に焼失しましたが、すぐさま再建に着手されたもの。内部には大日如来をはじめとする21体の密教彫像がずらりと勢揃い。しかも、その多くが国宝に指定され、必見です。


食堂(じきどう)
1934(昭和9)年築。1930(昭和5)年に焼失してしまったことによる再建です。僧侶達が斎事に集まって食事をした場所。



五重塔 【国宝】
1644(寛永21)年築。徳川家光が寄進したもので、高さ54.8mの、木造では日本最大の五重塔です。



大師堂(西院御影堂) 【国宝】
1380(康暦2)年築(※写真2枚目の後堂)。西北一廓を占ある別院である「西院」の中心的な建築です。写真1枚目は前堂で、これは中門とともに1390(明徳元)年に増築されたものです。


宝蔵 【国指定重要文化財】
平安時代築。創建時は南北2棟が存在していましたが、現在は1棟のみ。かつては1198(建久9)年に再建されたものと考えられていましたが、現在では解体修理の結果、東寺創建に近い頃に造られたと考えられています。


毘沙門堂
1822(文政5)年築。写真はその入り口の門で、入って左手が毘沙門堂です。


東大門 【国指定重要文化財】
1198(建久9)年築。文覚上人の大勧進によって再建されたもので、1366(建武3)年には東寺に籠もる足利尊氏を新田義貞が攻めたとき、この門を閉めて防ぎきったことから、不開門とも呼ばれています。なお、1603(慶長10)年に豊臣秀頼の寄進で改修されたと伝えられています。


慶賀門 【国指定重要文化財】
鎌倉時代前期の建築。東大門のさらに北側に位置する門です。

北大門 【国指定重要文化財】
鎌倉時代前期の建築。1601(慶長6)年に改修されています。


観智院客殿 【国宝】
北大門の北にあり、徳川家康によって真言一宗の観学院と定められたところ。所蔵する密教政教の質と量は日本最高といわれ、また客殿は1605(慶長10)年に豊臣秀吉の正室、北政所の寄進によって再建されたものです。

観智院庭園


北総門 【国指定重要文化財】
鎌倉時代前期の建築。北大門や観智院の北側に位置します。

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