駅前の商店街の一つであるオタヤ通りから真っ直ぐ進むと見えてくるのが
高岡大仏。これは、銅器の生産で有名な高岡の銅で作った町のシンボル的存在。1907(明治40)年に着工され、1933(昭和8)年に完成したもので、総高15.58m、建設に使った青銅は1万3125kg! その規模は奈良・鎌倉に次ぎ、日本三大大仏の1つを名乗っています。なお、銅器作りは現在も高岡の主産業の一つとなっており、時々テレビでも紹介されていまして、主に、お寺の鐘、銅像など製造しています。
さらに、高岡大仏から先へ進むと、かつての高岡城の跡地である高岡古城公園が見えてきます。
高岡城は、1609(慶長14)年に加賀金沢藩2代藩主の
前田利長が築城したもので、築城の名手、高山右近が縄張りを担当しました。元和年間(1615〜24年)に、一国一城令の影響で建物は取り壊されましたが、今でも城跡は堀と共によく残っており、明治維新後は公園となっています。こちらについては、
別ページ「日本の城 高岡城」を参照してください。