北野町山本通の異人館〜兵庫県神戸市中区〜


 国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている神戸市北野町山本通伝統的建造物群保存地区。元々は1180(治承4)年に平清盛が福原遷都に際し、平清盛が都の鬼門鎮護のため、京都の北野天満宮をこの地に勧請したことに始まります。
 そして時代は下り、幕末に開港することになった神戸において、海岸沿いに外国人居留地が整備されますが、明治時代になると居留地の用地が不足。そこで明治政府は東は生田川、西は宇治川の範囲を限って日本人との雑居を認めたところ、居留地や港が南に一望できる環境のよい山手の高台が人気となり、外国人住宅が数多く建ち並ぶようになりました。
 北野地区は第2次世界大戦の戦災による被害や、さらに高度経済成長期にビルやマンションの建て替えの流れも進みましたが、1977(昭和52)年放送のNHK連続テレビ小説『風見鶏の館』などで取り上げられたことから観光地として人気が沸騰。これによって洋館が数多く残ることになり、神戸市では明治・大正・昭和初期の33件の洋風建築物と7件の和風建築物を伝統的建造物として認定。一部は神戸市、または民間によって公開されています。
(撮影:裏辺金好)

〇地図



○風景



北野天満神社



旧トーマス住宅(風見鶏の館) 【国指定重要文化財】
1909(明治42)年頃築。ドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏の邸宅として、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデの設計で建てられたもの。


小林家住宅(旧・シャープ住宅)/萌黄の館 【国指定重要文化財】
1903(明治36)年、アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建てられたもの。コロニアル様式で、典型的な玄関ホール式の平面を持ちます。


旧M.J.シェー邸(現・北野物語館) 【国登録有形文化財】
1907(明治40)年、マーチン・ジェームス・.シェー氏の邸宅として北野町1丁目に建てられたもの。阪神・淡路大震災で被災したため、いったん解体の上で部材を再活用し、2001(平成13)年に現在地へ再建されました。


旧オランダ領事館(現・オランダ館)
1918(大正7)年築。オランダ総領事邸、I.Sヴォルヒン氏の邸宅として使われ、1987(昭和62)年から”香りの家オランダ館”として使用されています。


旧サッスーン邸
1892(明治25)年築。チャン氏の自邸として建築され、1985(昭和60)年まで居住したシリア人貿易商デヴィット・サッスーン氏の名前から旧サッスーン邸と呼ばれます。現在は結婚式場として使用。



旧アボイ邸(現・イタリア館・プラトン装飾美術館)
1915(大正4)年築。アボイ氏の自邸として建築されたもので、現在は18〜19世紀のアンティークを展示しています。絵画はもちろんの事、ソファーや大テーブルなどの家具を本場イタリアを中心に取り寄せ、公開しているのが特徴。



旧ハリヤー邸(うろこの家) 【国登録有形文化財】
1905(明治38)年頃築。外国人のための高級借家として、居留地に建てられたもので、大正年間に現在地へ移築。1953(昭和28)年から1968(昭和33)年までドイツ人R.ハリヤーの住居として使われました。約3000枚のうろこのような天然石のスレートに包まれた外観が特徴的です。


旧サンセン邸(山手八番館)
大正時代にサンセン氏の邸宅として建築。


旧ブリューガー邸(北野外国人倶楽部)
明治時代後期築。

ベンの家
1902(明治35)年築。イギリスの狩猟家ベン・アリソの日本の自邸だったものです。


旧ボシー邸(洋風長屋)
1908(明治41)年築。元々は2世帯が暮らせる外国人向けのアパートで、玄関が向き合うように建物が二つ左右対称に配置されています。


旧フデセック邸(英国館)
1909(明治42)年築。イギリス人技師が設計した、コロニアル様式のバルコニーが特徴的な洋館です。


旧ヒルトン邸(旧パナマ領事館)
明治時代後期にヒルトン氏の邸宅として建築。戦後はパナマ領事館としても使われました。


旧ドレウェル邸(ラインの館) 【国登録有形文化財】
1915(大正4)年築。フランス人J.R.ドレウェル夫人の邸宅として建てられたもので、木造2階建下見板張りオイルペンキ塗り。開放されたベランダ、ベイ・ウィンドー、軒蛇腹、よろい戸などが特徴です。

旧ムーア邸
1891(明治31)年築。ラインの館で紹介したドレウェル夫人が設計し、長らくムーア氏の一族が住んできました。現在は喫茶店として使用されています。

旧米国領事館官舎(現・神戸北野美術館)
1891(明治31)年築。

旧パラスティン邸
明治末期に、ロシアの貿易商フィヨルド・ミハイロヴィッチ・パラスティン氏の邸宅として建てられたもの。


旧中国領事館(坂の上の異人館)
明治時代後期、チン邸として建築。日中戦争のさなか、汪兆銘(1833〜1944年)が1940年に南京において親日政府を樹立したときに使用されました。神戸異人館の中で唯一のアジア系の建築で、部屋は当然中国風。調度品も、壺を始め中国古代の文物で飾られています。


旧グラシアニ邸(現・ラ メゾン ドゥ グラシアニ)
1908(明治41)年にフランス人貿易商・グラシアニ氏の邸宅として建てられたもので、2007(平成19)年からフレンチレストランとして使われていましたが、2012(平成24)年に焼失。翌年に焼け残った白壁の一部や緑色の雨戸や窓枠などを再利用し復元されています。


旧A.P.ディスレッセン邸(門兆鴻邸)
1895(明治28)年築。写真中央に見えるとおり、主屋と付属棟を結ぶ渡り廊下が存在するのが特徴です。


旧ハンセル邸(シュウエケ邸)
1896(明治29)年築。建築家A.N.ハンセルの邸宅として建築されたものです。


旧ビショップ邸(現・東天閣)
1894(明治27)年にF.ビショップ氏の邸宅して建てられた、異人館エリアで現存最古の建築。現在は中華料理店として使用されています。


神戸ムスリムモスク
1935(昭和10)年築。神戸在住のトルコ人、タタール人、インド人らが出資して作った日本初のモスクです。

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