広島県廿日市市〜宮島・厳島神社〜 
  Hatsukaichi City (Miya Jima Itsukushima Shinto shrine)

 厳島神社は、推古天皇即位(593年)の時、佐伯鞍職によって社殿が造られたと言われます。古来から宮島はなにやら霊気だとか神を感じさせる場所だったそうです。そして平安時代末期、平清盛によって今の社殿の大半の基礎が形成されました。その様式は当時の流行である、寝殿造。もちろん、最近に至るまで、火災だとか台風などの直撃で屋根が吹っ飛ばされたり、色々なところが痛んだりして修理をしていますが、基本的に平安時代そのままの格好で残っているという、日本建築を見る上で、重要な神社です。

 正確な建築年を言えば、入り口にあたる客神社、本社拝殿&幣殿などは1241(仁治2)年の建築、現在の本社本殿は、1571(元亀2)年に毛利元就が改築しています。また、厳島神社には大鳥居があまりに有名ですが、こちらは意外と新しく、1875(明治8)年7月の完成です。

 ところで、この厳島神社最大の特徴は、神社が陸地ではなく海の上に立っているところにあります。そのため、台風の影響を見事に受けますし、最近は水没の危険性もあるようで・・・・。1996(平成8)年に世界遺産へ登録されたのはいいですが、維持管理はとにかく大変な神社です。
(写真:特記以外、裏辺金好撮影)
 ▼MAP
▼アクセス
JR山陽本線 宮島口駅
広島電鉄 広電宮島口駅より連絡船

▼関連サイト

社団法人 宮島観光協会


大鳥居 【国重要文化財】


廻廊



拝殿など 【国宝】
 正面の大きな建物が拝殿&幣殿。この奥が本殿です。そこから手前に突き出ている平舞台。平安時代のものらしいですが、さすがに当時の木のままの訳はないでしょう。
 一方、この平舞台の上に乗っかっているのが高舞台。どっちが平でどっちが高か、混乱したかと思われますが、デーンと高くなっているのが高舞台。それを載せているのが平舞台です。元々、高舞台は取り外し可能だったらしいですが、1615〜1623年の間に、平舞台の一部がくりぬかれ、固定式になったみたいです。





能舞台 【国重要文化財】
 朱色の厳島神社の廊下を歩いていると、突然木の地肌をいかした(?)建築が目に飛び込んできます。それが、能舞台。こちらは江戸時代、1680年の建築だそうです。なかなか立派な一重切妻造り、妻正面、桧皮葺ですが、しかし色彩的に他の建物とあわないと感じるのは、私だけでしょうか?
 なお、床がよく共鳴するそうで、足拍子のたびにいい音が響く上、潮の満ち引きによっても音響が変わるとか。

反橋 【国重要文化財】
 1557(弘治3)年、毛利元就・隆元親子により再建されたもの。かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って厳島神社に入ったことから、勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれます。

厳島神社夜景(撮影:デューク)

厳島神社夜景(撮影:デューク)

厳島神社夜景(撮影:デューク)


厳島神社周辺

厳島神社宝蔵 【重要文化財】
室町時代中期の建築で、正倉院と同じく校倉造(あぜくらづくり)。


厳島神社多宝塔 【重要文化財】
1523(大永3)年の建築。


厳島神社五重塔 【重要文化財】
1407(応永14)年築。厳島神社本殿の直ぐ隣の小高い場所に位置。
高さ15間1尺(約27.6m))にも及ぶ檜皮葺(ひわだぶき)の3間五重塔です。


豊国神社本殿(千畳閣) 【国重要文化財】
 五重塔の直ぐ前にあります。豊臣秀吉が、安国寺恵瓊に命じて建立させた建物ですが、着工から10年余、1598年に秀吉死去に伴い工事は中断し今に至っています。以前は仏像をまつっていましたが、明治元年の神仏分離令により、仏像は大願寺へ。現在は豊国神社として秀吉をまつっています。


 五重塔・千畳閣から厳島神社と反対方向に目を転じると、普通に住宅が並んでいます。そう、人が当たり前のように住んでいるんです。でも、何だかちょっと千と千尋の神隠しみたいな雰囲気です。新しいタイプの住宅が少ないのと、瓦のせいでしょうか?


この周辺は古い町並みが残っているのも見所の1つ。


宮島町歴史民俗資料館(旧江上家住宅)
 江戸時代後期の建築。昔の宮島の商家の面影をよく残す建物の1つで、醤油(しょうゆ)の醸造販売業を営んでいた江上家の母屋、土蔵などを修復したものです。


宮島町歴史民俗資料館(旧江上家住宅)

宮島町歴史民俗資料館(旧江上家住宅)

宮島町歴史民俗資料館(旧江上家住宅)

宮島町歴史民俗資料館(旧江上家住宅)

上卿屋敷・林家住宅 【国重要文化財】
1703(元禄16)年築。厳島神社の神職の1つである上卿を務めた人の屋敷で、江戸時代の社家として貴重。
表門も同時期の建築。大聖院近くの真っ直ぐな通りに位置しています。


上卿屋敷・林家住宅 【国重要文化財】


大願寺山門
 宮島はまた、寺が多く存在していますが、その中の1つ。厳島神社の出口に位置し、江戸時代には厳島神社の修理を担当。1866(慶応2)年の第2次長州戦争の際、江戸幕府の勝海舟と長州藩の広沢真臣が止戦会談をした場所でもあります。

大願寺本堂