日本の旅 第47回
新潟県上越市<1>(春日山城・林泉寺)

     A trip of Japan No.46 Jyoetsu city , Niigata prefecture ( Kasugayama Castle)
○市の概要
新潟県南西部にある上越地方の中核都市。人口は約13万人。面積は249.25km2。1971(昭和46)年、直江津市と高田市の合体により発足した。位置関係としては直江津は関川の河口付近に、高田は関川中流の西岸にひらける。

1.はじめに
 今回は筆者(裏辺金好)の大恩人であるアンニュイアドン様が、なんと筆者のワガママで地元である新潟県上越市の名所旧跡を撮影してくださいました。誠にありがたやありがたや・・・。

 さて、新潟県上越市。アンニュイアドン様には失礼ですが、一見、どこにあるのかピンと来ない方も多いのではないかと思われます。ところが、歴史マニアだと上杉謙信の本拠地として名高い春日山、もっと歴史マニアだと江戸時代初期のお家騒動の1つ・高田騒動の舞台としてお馴染み。

 ・・・・なに、全然知らない?有名じゃない??? 失礼しました。なお、上越市は日本のスキー発祥の地でもあります。明治43年、オーストリアのレルヒ少佐が、日本陸軍研究のために来日したのですが、スキーに関心があった長岡の師団長の要請で、上越市の金谷山においてスキーのやり方を教え込みにいったわけです。なぜレルヒがスキーを教える羽目になったの?と言うのが疑問ですが、実は彼、アルペンスキーの創始者マチアス・ツダルスキーの弟子なんだってさ。なるほど。

 そんなわけで、新潟県上越市は人口13万4000人の、新潟県西部の都市。昭和48年に、日本海に面した直江津市と内陸部の高田市が合併して誕生しました。春日山はだいたいその中間に位置しています。

2.春日山城・林泉寺
 上越市でもっとも有名であろうのが春日山城ですね。その歴史はかなり古く、今から600年前(南北朝時代)に築城されました。本格的な城郭となったのが、戦国時代の越後守護代・長尾為景(ためかげ)、その息子長尾景虎(上杉謙信)、その養子上杉景勝の3代の時。

 その後、この地方の中心は高田に移り、春日山城は荒廃しましたが、今も空堀や郭跡、大井戸などが残り、一部では当時の雰囲気を再現。また、これも長い歴史を持つ春日神社、童話作家小川未明の父、澄晴が上杉謙信を祀るため創建した春日山神社もあります。また当然、春日山城には上杉謙信の像も・・・ございます。TVでよく出て来ますねえ。

 一方、城の麓にある林泉寺というのは近年のゲーム『信長の野望』で一揆を起こしてプレイヤーを困らせる・・・のですが、上杉謙信が7歳で入った学問の寺です。ここで寺の説教よりも用兵学の方に興味を示しまくったというのは有名。

 謙信の祖父・長尾能景が1497(明応6)年に創建。茅ぶきの惣門は春日山城の裏門を移築したものらしく。山門は大正時代の物ですが、これも立派な門です。写真は残念ながら、修築中のようですね。残念。また、室町時代の庭園や謙信の墓、謙信直筆の額などの宝物があります。

 余談ですが、長尾為景(上杉謙信の父)というのも凄い人物。というか、義を重んじた謙信とは対照的に、自分の主家である上杉家の当主を、自分の言うことを聞かないから2人も殺し、越後を自分の勢力下においたわけです。あ、上杉謙信が、なぜ「上杉」なのかですが、これは北条家に敗北した関東管領の上杉憲政が、謙信に対し、自分を支援する代わりに跡目を譲ったことから来ています。

3.五智国分寺
 国分寺という名前が表すように、聖武天皇が全国に造らせた寺の一つではあります。もっとも、これは1562年、上杉謙信が廃寺同然だった国分寺を再興したもの。聖武天皇の国分寺の方は、現在では場所も解っていません。

 で、現在の五智国分寺は平成9年に鎌倉時代の形式に則って建物が再興されたほか、未完成ですが1856(安政3)年に建築された、三重塔が存在しています(県指定文化財)。また、重要文化財として平安時代後期に作られたと思われる木造の大日如来座像が安置されています。

 上越市の旅はまだ続きます。引き続きまして次回は高田城と親鸞聖人ゆかりの地などを訪ねます。