
ちょっと本題に入る前に、「えさし藤原の郷」とNHK大河ドラマ「炎立つ」のメインテーマだった、奥州藤原氏とはなんぞや?というお話です。もの凄く簡略化してお話しします。
奥州藤原氏は、京都の藤原氏の流れをくむ一派で、平将門討伐に功のあった藤原秀郷を祖とすると考えられています。
この地域との縁は、同地方を支配していた
安倍頼良・
貞任と、
源頼義との戦いである
前九年の役に於いて、藤原の
藤原経清(つねきよ)が安倍氏に味方したことに始まります。彼は安倍頼良の娘婿となり、激しく源頼義と戦いますが、最終的に敗北し処刑されます。
しかし、彼の妻は息子である
藤原清衡を連れて、安倍氏に代わって台頭した豪族、
清原武貞と再婚し、息子を清原一族に入れることに成功します。そして、
後三年の役と呼ばれる清原氏の内紛を、
源義家の助力で制した清衡は姓を藤原氏に戻し、中尊寺金色堂で有名な平泉を拠点に、
源頼朝に滅ぼされるまで、2代
基衡、3代
秀衡、4代
泰衡と、100年にわたって絶大なる黄金を中心とした文化を繁栄させました。もしかすると、この時代の日本で一番繁栄していたのは、東北だったかもしれませんね。
江刺は、藤原清衡と、その父の経清が住んだ場所。史跡として、えさし藤原の郷の近くに「
豊田館(左上写真)」「
藤原氏御館跡(岩谷堂城)」があります。ちなみに岩谷堂城は、ほぼ同じ場所に中世の豪族・江刺氏が岩谷堂城という拠点を構えていたようで、現在見る遺構は、おそらく江刺氏のものでしょうが、標識にはあくまで「藤原氏御館跡」と書かれているようです。