宮城県松島町〜日本三景の松島と瑞巌寺〜
  Matsushima and Zuigan ji Buddhist temple in Matsushima Town , Miyagi Prefecture
▼MAP

▼アクセス
JR東北新幹線仙台駅→
      JR仙石線 松島海岸駅
 宮城県宮城郡松島町は人口1万7000人ほどの町。言わずとしれた、日本三景の一つ「松島」を擁しており、観光産業が非常に盛んなほか、海苔やカキの養殖も盛ん。一方で、北部では農業も盛んで、農水共に重要産業となっています。なお、JR東北線に松島駅、JR仙石線に松島海岸駅と「松島」の名をつけた駅が2つありますが、圧倒的に松島海岸駅の方が近いので注意。
1.何と不思議な松島の形
 松島は2回、季節を変えて訪問しているので、ここでは夏の松島と、冬の松島、両方の姿を掲載しております。空が晴れている方が夏、(残念ながら)曇っているのが、冬の松島です。

 まずは一番最初の写真から。
 国道沿いにあるこの建物は「観瀾亭」。豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を仙台藩主伊達政宗がもらい受け、江戸の藩邸に移してあったものを、さらに二代目伊達忠宗がそっくりそのまま、庭ごと海路で松島に移したそうです。

 その後、5代藩主伊達吉村が、この名前を付け、また藩主や姫君、側室などの松島遊覧や、江戸幕府の巡見使などの諸国巡回の際の宿泊及び接待用の施設として利用されてたと言われています。

 現在、宮城県の重要文化財になっています。

 さて、松島そのものですが。
 沢山ポッカリと浮いた形になっているこの不思議な島々が何故形成されたかと言いますと、元々は松島丘陵の南東端だったものが、多くの丘を形成しながら海に陥没していったものなのです。そして波によって浸食されて、あの不思議な形が形成されたのです。

 現在、島や岬はおよそ260ほど存在しています。中でも最大の島は湾東端に位置する宮戸島で、この島にある大高森と、北の富山(とみやま)、西の扇谷山、南の多聞山の景観は、それぞれ壮観、麗観、幽観、偉観とされ、「松島四大観」と称されています。一方で、前述の通り海苔やカキの養殖も行われ、さらに観光するための船の乗り場があったり、漁業用ボートも停泊したりと、ちょっと雰囲気ぶちこわしの部分もあります。


 JR松島海岸駅右手に少しだけ歩いていくと素晴らしい景色が(写真3枚目・4枚目)。ここれは、雄島と呼ばれる部分で、その昔、死者の浄土往生を祈念した岩窟が50ほどある不思議な場所です(最盛期には108もあったとか)。この岩窟の壁面には卒塔婆や仏像、法名を彫った跡が数多く見られ、ある意味ちょっと不気味(?)。写真撮っておけば良かったですね。忘れていました。不気味と書きましたが、結構面白いので是非。
 
 朱塗りの渡月橋や、1307(徳治2)年に松島雄島妙覚庵主頼賢の徳行を後世に伝えようと弟子30余人が雄島の南端に建てた「頼賢の碑」(重要文化財)がおさめられた六角形の鞘堂なども必見です。

 また、ここから松島の諸島を眺めるのもいいです。実際、西行法師や松尾芭蕉もここを訪れています。

 それから、ご覧のように海岸も素敵です。
 この辺は見逃しがちなので、松島を訪問された際は、ぜひ足を伸ばしてみてください。




2.五大堂(重要文化財)

 松島で忘れては行けないのが、この五大堂。
 807(大同2)年、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初です。後に、慈覚大師が延福寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、大聖不動明王を中心に、左右降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれています。


 現在の建物は、伊達政宗が再建したもので桃山式建築手法の粋をつくして完工したもの。屋根下に彫刻がされているのですが、これが非常に細かい。まさに日本の美を凝縮した感じでした。


3.瑞巌寺(国宝・重要文化財)
 それから忘れては行けないのが瑞巌寺
 臨済宗妙心寺派の寺で、正式には青龍山瑞巌円福禅寺といいます。

 この寺は、9世紀前半に天台宗の慈覚大師・円仁が開創したとつたえ(円仁は受験単語。覚えましょう(^_^)、初めは延福寺という名前でした。鎌倉時代に、執権・北条時頼が宋からの帰国僧、法身性西(ほっしんしょうさい)を住持として円福寺とあらため、鎌倉建長寺派の禅宗寺院となりました。

 ちなみに北条時頼は禅オタク。いや、彼に限らず当時の武士の間で禅が大ヒットしたのです。禅寺に改められてしまうのも無理はない。まあ、そんなわけで以後、東北地方の臨済禅の拠点として栄えます。


 とはいえ、中世末に戦乱その他諸々の原因で一時さびれます。しかし、救いの手が。虎哉禅師のすすめにより、既に何度も登場している伊達政宗が1604年(慶長9)から5年をかけて再建、一大伽藍となし、名称も瑞巌円福寺と改めます。


 さらにその息子の2代仙台藩主の忠宗(ただむね)が、京都妙心寺から雲居希膺(うんごきよう)を中興開山にむかえて以後、全国に広く知られるようになり、江戸時代には伊達家代々の菩提(ぼだい)寺として栄え、また、藩主を迎える場所などが整備され、建築物としても一級の仕上がりになりました。


 政宗時代にたてられた堂舎も多くのこっていて、方丈(現在の本堂)、庫裏(くり)、庫裏回廊は桃山文化を代表する建造物で国宝。前述の五大堂や御成(おなり)門、中門などは重要文化財に指定されています。また、宝物殿もあって、色々伊達家ゆかりの文化財なども拝顔できます。ちなみに、宝物殿は、最近造られたものです(写真は瑞巌寺庫裏)。

 また、瑞巌寺本堂へ行く途中の並木も素晴らしいものです。 松島の見るべきところは、松島だけではないんですね。
 
 それにしても、こうやってみると松島は伊達家代々の力が入っているなと痛感させられます。
 

4.おわりに
 おまけ。
 如何にも怪しげなこのお城は、松島城観光ホテル。昭和2年に造られた建築で、疑似天守閣の他、立派な木造の城郭風の建物があります。しかし、ちょうど私が冬に訪問した頃(2004年1月)に解体が始まり、この疑似天守閣(壱の丸)と、天皇陛下が皇太子時代に宿泊された「参の丸」などを除いて解体されてしまいました。残念。こんな事なら写真に撮っておくべきでした。

 それからJR仙石線の松島海岸駅へ。そもそも観光のために造られた駅のため、前述の通り、JR東北本線の松島駅より、松島観光にはこっちが圧倒的に便利です。ちなみにこれも昭和2年建築の近代建築です。