戦艦「大和」 10分の1模型
日本の持てる技術を最大限投入されて建造された戦艦「大和」は、1940(昭和15)年に進水。連合艦隊旗艦としての任務に就きました(昭和18年2月10日まで)。1942(昭和17)年6月4〜6日のミッドウェー海戦支援、1944(昭和19)年6月19〜20日にはマリアナ沖海戦、同年10月24〜26日にはレイテ沖海戦に出撃し、1945(昭和20)年3月19日には、山口県岩国市沖の柱島水域にてアメリカ海軍空母機と交戦。そして、1945(昭和20)年4月6日、山口県の徳山(現・周南市)を出航した「大和」は翌7日、九州南西沖でアメリカ海軍空母機の多数の攻撃に遭い撃沈しました。最終時の乗組員は3332人で、生存者は僅か276人。
こうして悲劇的な最後を迎えた戦艦「大和」でしたが、これを造りにあたって開発・投入されたブロック工法・先行艤装や生産管理システム、製鋼技術などの多数の技術は造船のみならず新幹線や高層ビル建築など、日本全体に計り知れない影響を与えました。なお、この模型は全長約26m!! ということで、本物だと263mもあります。でかっ!
