ロッキードL−1011(トライスター)
     Lockheed L−1011(Tri Star)


ANAをメガキャリアへと導く原動力となったトライスター。
(写真:不明/撮影:鉄の鳥(禁転載))

●基本データ・就航区間
登場年:1970年
(国内)使用航空会社:全日空(退役済)
就航路線:成田〜グアム等

●機体の解説
 L−1011トライスターは旅客機のジェット化の波に乗り遅れていたロッキード社が起死回生を狙って開発した同社初のジェット旅客機である。
 開発に当たっては、アメリカン航空が要求した250席クラスの大陸横断能力を備えたワイドボディ機ということが念頭に置かれ、ほぼ同様の要求に従って開発されたDC−10とはからずしも似たような性能の機体が出来上がった。
 ただ、旅客機メーカーとして確固たる地位を築いていたダグラス社に対して、エレクトラで失敗していたロッキードは、より先進的な機能を備えることで、対抗することにし、米空軍のギャラクシーの開発で培ったノウハウを投入。機体姿勢制御機能など、極めて先進的な機能を盛り込んだハイテク機となった。
 トライスターはイースタン航空やデルタ航空から大量発注を獲得し、開発が進んだが、エンジン開発の部分でつまずき、さらにダグラスに比べて販売網の薄さがネックとなり、海外での販売に苦戦した。これを打開すべく、多額の賄賂が各国の政治家に渡り、ロッキード事件となる。日本でも全日空の機種選定に影響を与えたといわれており、全日空の社長や元総理大臣まで逮捕されるという事件に発展する。
 このような黒い部分が明らかになり、販売は低迷。さらに、長距離性能も持たせることができたDC−10に対して、輸送力を削る必要があったトライスターはこの点でも見劣りがするようになり、結局1982年に250機で販売は終了することになった。
 日本では、ロッキード事件に絡んでなにかとネガティブな部分が取りざたされるが、全日空はトライスターの導入を機に、世界でも屈指のメガキャリアへの道を歩み始め、客室乗務員の制服も一新するなど、全日空のイメージ向上に一役買うことにもなった。
 なお、トライスターは初期の段階で、自動操縦装置に不備があり、これが原因で墜落事故を起こすなどしている。

●ギャラリー


 ロッキード社のデモフライト機。
 日本にも売り込みのために何度か飛来している。
(写真:台北松山空港/撮影:鉄の鳥(禁転載))


 香港国際空港にたたずむトライスター。
 航続距離などの関係で、現在運航されている機材は極めて少なくなっている。
(写真:香港空港/撮影:デューク)


 巡礼用のチャーター機として運航されている(と思われる)トライスター。
(写真:ダッカ空港/撮影:ムスタファ)