特急【雷鳥】


正統派の485系最後の特急列車ともいえる「雷鳥」。
(写真:東海道本線 山科駅/撮影:デューク)

●基本データ

登場年:1964(昭和39)年
運転区間:大阪〜金沢 (新潟への延長運転あり)
使用車種:485系、489系
元使用車種:583系、681系

●列車の解説

 1964(昭和39)年12月25日。交直流電車の特急形式として481系が登場した。この形式の最初の運転区間となったのが大阪・名古屋から北陸本線に向かう特急であり、大阪発の特急には「雷鳥」という愛称が与えられた。

 「雷鳥」は当初2往復で運転を開始したが、その後は順次増発され、1973(昭和48)年に1往復が区間延長の上「北越」に変更となったが、1975(昭和50)年にはL特急となった。また、昭和53年に今度は逆に大阪発着の「北越」が「雷鳥」に吸収され、「雷鳥」は新潟まで顔を出すようになった。

 車両面では1968(昭和43)年から485系が運用に入るようになったが、大きな変化は1978(昭和53)年から運用に入った581・583系だ。新幹線の博多開業で手隙気味なっていた581・583系の活用ではあったが、北陸特急の拡充の一端を担った。これは、車内設備に難点もあり、1985(昭和60)年に「雷鳥」の定期運用から撤退した。

 1986(昭和61)年の国鉄最後のダイヤ改正で、それまでで最大の18往復に成長し、当時の在来線最速列車にも輝き、まさに在来線の主役となった。そしてJR化後は一部の列車が「スーパー雷鳥」となるも、大阪〜金沢・富山間の主力特急であったが、681系の登場後は脇役に回った感が強くなった。

 車両面では相変わらず485系が用いられていたが、JR東日本の担当列車に関してはグレードアップされた車両が投入され、車体塗装も一新され、新風を吹き込んだ。

 2001(平成13)年3月3日のダイヤ改正で、485系「スーパー雷鳥」が廃止されると共に「雷鳥」の運転区間は大阪〜金沢間に統一され、JR東日本の車両は担当から外れた。すでに大阪対北陸の主力は681・683系の「サンダーバード」に移っており、「雷鳥」は完全に脇役に回ることになった。

 その後、2006(平成18)年度内に「サンダーバード」に全面移行することになっていたが立ち消えに。しかし、しばらくして段階的に置き換えが進められ、2010(平成22)年3月13日改正で、ついに1往復を残して「サンダーバード」に統合。そして、2011(平成23)年3月12日改正でその歴史に幕を閉じることになった。

●485系・489系


1970年代の485特急「雷鳥」。
(写真:東海道本線 京都駅/撮影:札幌人様 禁転載)

1970年代の485特急「雷鳥」。
(写真:東海道本線 京都駅/撮影:札幌人様 禁転載)

ボンネット「雷鳥」も過去帳入りしましたが、当時は石を投げれば当たる状態! 1979年9月撮影。
(写真:東海道本線 塚本駅/撮影:ひょん君)

489系による「雷鳥」運用もあった。1983年3月撮影。
(写真:北陸本線 津幡〜倶利伽羅/撮影:ひょん君)

改築が進む大阪駅にて出発を待つ485系特急「雷鳥」。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:裏辺金好)

 JR東日本の上沼垂電車区の485系による「雷鳥」。新潟行きの列車を中心に運転されていた。末期には3000番台での運転も実現していたが、新潟行きの廃止とともに過去のものとなった。
(写真:大阪駅/撮影:裏辺金好)

 上沼垂色のボンネット車両。
(写真:大阪駅/撮影:関西ライナー様 禁転載)

 ボンネットタイプ。平成15年まではボンネットタイプの車両も運用に入っており、ファンの注目の的であった。
(写真:東海道本線 新大阪駅/撮影:裏辺金好)

 非貫通タイプの車両を先頭にして北陸へ向かう「雷鳥」。平成18年現在、最もポピュラーな「雷鳥」の先頭車形状である。
(写真:東海道本線 山崎〜島本/撮影:デューク)

 緊急リリーフとして登場した489系のボンネット車。イラスト入りのヘッドマークを掲載したため、多くのファンが撮影に詰め掛けた。
(写真:京都駅/撮影:リン)

大津京駅を高速で通過する特急「雷鳥」。
(写真:湖西線 大津京駅/撮影:デューク)

 パノラマグリーン車の先頭車。この車両は「スーパー雷鳥」に投入されて以来活躍を続けたが、その後「しらさぎ」に活躍の場を移し、「しらさぎ」の683系化とともに、国鉄色に塗り直され「雷鳥」として活躍している。
(写真:北陸本線 寺井駅/撮影:デューク)

 金沢駅に入線する「雷鳥」。金沢発の「雷鳥」は早朝と夕方以降に集中している。
(写真:北陸本線 金沢駅/撮影:デューク)

 485系ボンネット型車両のさよなら運転をかねた、大阪〜富山に運転された「懐かしの雷鳥」。大阪駅は大混乱となった。
(写真:富山駅/撮影:裏辺金好)

 新潟駅を出発する「雷鳥」。JR化後しばらくの間は上沼垂色の車両の独壇場だったが、「ふるさと雷鳥」が運転されるようになって国鉄色が復活しているが、平成17年冬以降は「臨時」マークとなり、味気なくなっている。
(写真:新潟駅/撮影:daikiti)

 「雷鳥」の行先方向幕。新潟行きの方向幕。2001(平成13)年をもって新潟行きはなくなってしまったが、最繁忙期に「ふるさと雷鳥」として新潟まで走っている。方向幕は「雷鳥」時代と変わっていない。
(写真:大阪駅/撮影:デューク)

 「雷鳥」の行先方向幕。大阪行きの方向幕。
(写真:敦賀駅/撮影:裏辺金好)  

●583系


こちらも583系も「雷鳥」(*送り込み回送)。1979年9月撮影。
(写真:東海道本線 塚本駅/撮影:ひょん君)

583系も「雷鳥」運用に就くことがあった。1979年9月撮影。
(写真:東海道本線 大阪駅/撮影:ひょん君)

 583系の「雷鳥」。昭和53年からしばらくの間、583系も「雷鳥」として活躍した。583系で最後まで食堂車を営業していたのはこの「雷鳥」だった。
(写真:京都駅/撮影:もこてん 禁転載)

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