2014年12月8日 気ままに四国北岸横断ドライブ

〇撮影&執筆:リン

 こんなタイトルを据えると大層な旅行をしたように見えますが、瀬戸内側の数カ所を往路しまなみ海道・復路瀬戸大橋で反時計回りに1周しただけです。最近、しまなみ海道は南下するだけで北上が別ルートのことが多いような…。
 今日は天気が下り坂ということで朝早くから出発し、最初の目的地である四国鉄道文化館に開館時刻の9時頃に到着するように調整…は一切せず渋滞などに流されつつ9時3分に到着。無駄にピッタリ。

 駐車場に到着すると、普段は屋内展示のDF50形が外に引き出されています。残念ながらタイガーロープで仕切られており、朝日の当たる南側からの撮影は不可。今回の目玉は館内の方なので、こちらはあくまでオマケという扱いのようです。
 まあ、館内に置いてある時はいろんなものがあって全体の撮影をしづらいので、これはこれで良い機会です。
 さて、入館料300円を払って早速館内へ。

 今回の目玉というのがこれ。6日〜9日の4日間限定で、定期検査で松山に来た「鉄道ホビートレイン」を本物の0系と並べて展示するという企画。土日のみでなく平日2日も確保してくれたおかげで休みを調整して来ることが出来ました。

 誰もが考えた展示が遂に実現したということでさぞや大盛況…と思いましたが、月曜朝イチということで館内は数人程度。おかげでゆっくり見物できました。

 間近で改めて見ると、やはり強烈なインパクト。戦時中に存在した流線型蒸気機関車を今見るのと同様に、10年もすれば伝説的な魔改造として扱われるんでしょうな…。

 車内も公開。北宇和島→宇和島で乗車したことはありますが、こうじっくり座ってみるのは初めて。模型もプレスリリース通り、新しいものに差し替えられていました。

 続けて、こちらは初訪問となる南館へ。建屋脇にはGCT01形が静態保存。  散々走ってる姿を撮影していたのでこうして保存されている姿には違和感を覚えます。

 こちらも完全に密閉された屋内…かと思いきや、壁ないんですね。西条市内の公園に保存されていたC57 44は初対面ですが、DE10 1は津山扇形機関庫で、キハ65 34は諸々のリバイバル運転で撮影&乗車でと、どちらも面識のある車両。
 キハ65形には動いてもらいたかったですが…こうして丁寧に保存されるなら問題ありません。静態保存なら電気回路改造して普通に車内灯が点灯するようにしちゃえばいいのにとは思いましたが。

 さて、小1時間滞在しましたが、今回の四国入りの目的は終了。この後はノープランでしたが、クルマを東に走らせます。

 1時間ほど走り、到着したのは四国中央市寒川地区の、うどん自販機。四国にはここを含め5〜6ヶ所ほどしかないうどん自販機の1つです。

天ぷらうどんのみ250円での提供ですが…何と11時過ぎで売り切れ。  付近の岸壁が釣りスポットであることから、周辺の工場でお勤めの方々に加え釣り客の需要もあるのでしょう。脇のゴミ箱には使われたうどんカップが山積みになっていましたし。  さて、無いものは仕方ないので移動。

 向かった先は別のうどん自販機。先ほどの寒川のものと同じ業者さんが運営しているもので、こちらは三島地区にあるもの。ひょっとしてこちらも売り切れか?と思いつつ来てみたところ…

 こちらの方は提供中でした。右扉の錆が少々痛々しいですが、それ以外は至って元気。調理完了を知らせるチャイムもしっかり鳴りました。というか長沢ガーデンも欽明館も、こんな音しなかったような…?

 ということで、天ぷらうどん250円。ただ、天ぷらは入っておらず揚げ玉が入っていました。以前はちゃんと天ぷらが入っていたそうです。出汁はちょっと濃いめ。濃縮出汁をお湯で薄める方式のため、お湯が足りなかったのか?それとも周辺が工業地帯で濃いめの味付けが好まれるのか?いずれにしても総じてレベルの高い味です。
 これを食べている最中に、ちょうど業者さんが補充に来られました。せっかくなのでお話でも…と思いましたが、忙しそうだったので遠慮し、去り際に軽く会釈をするのみでした。きっとこの後、寒川の筐体の方にも補充をするのでしょう。

 さて、さらに東に向かうにあたり何かなかったかなと考え、8月のオフ会時に一瞬だけ話題に上った観音寺市にあるというダムを思い出し、行ってみることに。ナビに行き先を入力したところ20kmちょっと。意外と近い…

 というわけで案内板もきっちり整備されていたので迷わず到着。ここが豊稔池ダムです。国重要文化財に「豊稔池堰堤」の名称で指定されており、石積み5連アーチダムという日本でもここだけの貴重な産業遺産。
 高さ30メートル、その構造からダムというより城壁にも見えます。  ダムの直下には豊稔池遊水公園が整備されており、ダムを間近に見ることが出来ます。今は農閑期で豊稔池の水もかなり抜かれており、放水も下部からのみですが、農繁期には突出部にある5ヶ所の放水口から勢いよく放水がなされ、農地を潤しているとのこと。うどんの茹で水ではないらしい。

 石積みというのも凄いですが、これを5年ほどで作り上げたというのがまた凄い。地元の方々も総出での人海戦術だったそうですが、それだけこの辺りの旱魃が深刻だったということなのでしょう。

 すぐ脇を走る県道9号から。放水時はここから見るのがよさそうですね。真下はかなり水が舞うでしょうし。

 上流側は昭和63年から行われた補修工事によりコンクリートが目立っています。ただ、満水時には水没するので問題はなさそうです。

 とりあえず見るもの見たし、天気が悪くなる前に帰るか…とR11を走行していたところ、左側に五重塔が。ナビや案内板を見たところ、七十番札所の本山寺ということで寄り道。

 本尊は馬頭観音。寺の説明によると、馬頭観音は人の煩悩を全て食うという功徳があるそうですが…こんな煩悩の塊が来て御利益あるんでしょうか?
 さて、この本山寺、文化財の側面から見ると八十八ヶ所の中でもかなりの規模で、境内の伽藍ほぼ全てが国登録有形文化財か県指定有形文化財、そしてこの仁王門は国重要文化財、本堂が国宝としてそれぞれ登録・指定されています。仁王門は室町中期の築。門の左右にあるはずの仁王像は失われたか元々存在しないか…いずれにしても、空洞でした。

本堂。鎌倉時代の築で、本堂として八十八ヶ所の中ではここと52番の太山寺の2ヶ所のみの国宝に指定されています。 本尊の馬頭観音の他、脇侍として薬師如来と阿弥陀如来を安置しているそうです。絶対秘仏ということで姿を見ることは出来ませんが。


そして国道から見えた五重塔。境内の伽藍では新しい方で、明治後期の築。それでも老朽化が著しく、寺では浄財を募っていました。

 鎮守堂。雨乞いの対象である善女龍王を祀るお堂で、室町時代の築。善女龍王は空海が雨乞いを行った際に顕現したとの言い伝えから、空海にゆかりのある諸寺で祀られているとのこと。

 ことに旱魃に悩まされていた讃岐国ではその霊験にすがる思いが一層強かったことが容易に推測できます。堂内に安置される善女龍王像は全国的に他例のない彫像で表されたものとのことで、案内図にその写真があります。この他の伽藍も見応えがあり、ふらりと立ち寄ったわりには気が引き締まりました。

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