専門家より、考古学を学ぶ学生へ担当:はみこ
なお、大黒屋さんのレポートはこちら から。
とにかく現場は君たちを待っています。時代が変わってしまったことで発掘も博物館もとても大変だと言うことは、つれあいと暮らしているだけでも、ひしひし実感しています。でも、発掘をしてみたいなら、いろいろ手だてはあるし、簡単な作業ほど後々、役だったり、論文のもとになったりします。 たとえば長い間それしかさせてもらえなかった、土器洗いはとても役立ちました。もちろん職につなげることはむずかしいけれど、それはいつの時代にもどの専門職でもいえることだと思います。 専攻の学生が行政発掘に行ったとき1番大切なことは、作業のおばさんやおじさんと仲良くしていろいろ教えてもらう謙虚さと、おばさんやおじさんに同化しないことです。どちらもできないとダメになるでしょう。前者がうまくいくほど後者はむずかしくなりますが・・・。 夏休みなどには、ほかの大学の発掘に参加するという手もあります。 昔はそれぞれが、ひんぱんに情報を集めてバラバラに行っていました。1つの話が全国の仲間をめぐることもありました。考古学は人脈だと先輩には教えられていました。これを古き良き時代の話と片づけてほしくはないと私は思います。
大黒屋さんは学生時代に発掘の現場で調査するのはむずかしい旨や、発掘現場で働いている完全なるプロ集団云々、発掘調査報告書なんて素人にはちんぷんかんぷん、4年で卒論を書けるようになるのは大変なことと紹介されています。でもプロ集団も学生のなれの果てだし(彼らは必ずしも優秀な学生だったわけではない)、発掘調査報告書も数ヶ月現場にいれば簡単に理解できる代物です。みんな4年で卒論を書いてるし、余分な知識がなかったり、通説を知らないことが強みになることも大いにあって、学閥のない大学のひとりの学生が書いた卒論が学会を一歩進めるなんていうこともめずらしくありません。もちろん、書いた本人がいろんな研究会に行って自分のやってることをたくさんの人に知ってもらう・・・という努力は必要です。 考古学というのは案外、公平な学問なのです。 それから大学の先生が、学生が発掘現場でバイトをすることをこころよく思わないのは、責任云々の問題よりも、私はむしろ学生が現場のおじさん、おばさんに同化してしまい、学業よりもそちらが優先になってしまうことが原因であると思います。実際、私の知り合いの先生はそう言っています。 実際それで身を持ち崩した学生もたくさんいますし(たぶん、どの先生の友達にもそういう人がいるんじゃないかな)、ですから、こわがらずに大学の四年間だけでもいいから好きな学問をしてほしいです。大学はそういうところだから。世の中には直接役に立たない学問でもね。専門での就職は確かにとってもむずかしい時代になりましたが・・・(無責任だね〜)。
とは言え、無責任なことはいえないなと、同じ仕事をしている夫に「今、現場に学生さんが入り込む余地はないの?」と聞いてみました。すると、 「まず、現場に来る学生がいない。ほんとに見学にもこない。学部の先生に授業の一環として見学にきても誰も質問をしない。時間をけずって気合いをいれて説明したつもりだけれど、それでもひとりとして質問しない。やっぱり、その程度の学生にはきてほしくない。」 ということでした(大黒屋さんより「耳が痛いですね・・・。自分を含め学生時代大人数で押しかけて時間を割いてもらってるのにそれを相手に意気込みを見せるという姿勢を伝えることができないのは現代の悪しき風潮だと思います。尤も、誰か突破口となるような質問を一人でもすれば(その集団で浮いてない人が)堰を切ったように活発に質問が飛び出すものなんですが。」)。 また、 「学生を育てる気はないの?」と聞くと 「そりゃあ育てたい。自分もそうやって育ててもらったし、仕事とわりきって働いているバイト(おじさんおばさんを含む)との間に専門に勉強している、またはしようとしている学生が入ってくれたらとてもいいさ。身を持ち崩してもらったら困るけど・・。」 とのことでした。もちろん現場にいる技師がみんなこういう考え方だとはいえませんが、少なくとも現場が学生さんに欲しがっているのは、勉強する姿勢みたいです。 大学の先生にもそのような姿勢でお願いすれば、よい現場を紹介してくれるのではないでしょうか?。就職も職についてからも理不尽なことがまかり通ってて(もちろん発掘プロ集団でも・・)たいへんだと思いますが、みんながんばってくださいね! |