世界地域史 東南アジア史
第4回 11世紀〜18世紀の東南アジア概論
| ●インドネシア・マレー半島史概論 |
インドネシアでは、14世紀に衰えたシュリーヴィジャヤ王国に代わり、最後のヒンドゥー教国家、マジャバイト王国が建国(1293〜1520頃)。これはイスラム教国家であるマタラム王国(16世紀末〜1755年)に取って代わられ、以後インドネシアではイスラム教が中心になっています。この他、東ティモールと共に独立運動で有名になった地域にアチェ王国(15世紀〜1903年)も建国されています。
また、マレー半島にはイスラム教国家ムラヤ(マラッカ)王国が建国。
このように、インドネシア、マレー半島は、それまでのヒンドゥー教と仏教に代わり、イスラム教が主流になります。
一方でヨーロッパの影が出てきます。ポルトガルは東南アジアの香料を手に入れるべく、
フィリピンは、1521年に世界一周を目指すスペインのマゼラン一行がこの地を訪れ、スペインの王権を主張。マゼランはこの地の首長、ラブ・ラブに殺されます。しかし、これを契機にスペインが侵攻し、この地を占領し支配。その中心として、マニラが建設されました。
また、それより前にポルトガルは、ムラヤ王国を滅ぼし、ここに植民地を建設。ただし、こちらはあまり上手く行かず、オランダに奪われました。その他、イギリスなど、ヨーロッパ各国は大航海時代の中、東南アジアに進出する下地をどんどん作ってゆきました。
そして、この後、いよいよ各地でヨーロッパの支配との戦いが始まるのです。