世界各地域史・西アジア史
第2回 農耕の開始
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○今回の年表 |
| 前7000年 | メソポタミアでジャルモ朝が定住と農耕を開始。 |
| 前5000年 | メソポタミアで灌漑農業の開始。エジプトでも農耕が開始。 |
| 前3400年 | メソポタミアのウルク朝が、文字を使い始める。また、都市を形成。銅器の使用。 |
| 前2650年 | エジプトで古王国の誕生。前2635年には、階段ピラミッドを建設。 |
| 前2500年 | このころ、北イラクにアッシリアが建国される。 |
| 前2371年 | アッカドのサルゴンが、シュメール系諸国家を征服しメソポタミアを統一。 |
| 前2230年 | アッカド王国の滅亡。 |
| 前2111年 | ウル王ウルナンムが、メソポタミアを再統一。法典の編纂を行う。 |
| 前2040年 | メンチュヘテプ2世が、100年ほど前から分裂していたエジプトを再統一。中王国時代。 |
| 前1894年 | アモリ人がバビロン第1王朝(バニロニア)を建国。 |
| 前1792年 | バビロニアでハンブラビ王が即位。ハンブラビ法典の編纂。 |
| ●初期農耕と牧畜 |
では、ここからが本編。まずは、オリエント(太陽の昇るところ)と、ヨーロッパから呼ばれた地域を見ていきましょう。オリエントは、だいたい地図上の地域の事です。
氷河期末期、オリエントは温暖湿潤にして、特に大河の流域では原始林が生い茂り、大地は豊かな恵を提供していました。今、砂漠ばかりが広がる荒涼とした風景からは想像も出来ない環境です。
北イラクのカリム・シャヒル遺跡、パレスティナのナトゥフ文化(紀元前9000年〜前1500年)など、当時の生活跡からは、定住に近い形で狩猟採集が行われていたことが解ります。
しかし、人口が増加するに従い、新たな食料獲得手段が必要となります。何故かというと、みんなが野生動物の多い、豊かな土地で生活出来るわけにはいかなくなるからです。
幸い、この地域には栽培しやすい食物が多くありました。あったといっても、人々はこの中から、長い年月、それも4000年〜5000年もかけて人々は、大麦・小麦、豆類といった植物を見つけ、また以前から始まっていた動物の家畜化も進行させ、羊、ヤギ、牛、豚を飼育するようになります。中でも羊が家畜化されたのは前9000年頃と考えられ、定住生活が始まったのは前8000年頃とか。
そして犬。これが、実は世界で初めて家畜化されたようです。もちろん、基本的には愛玩と番犬として。食べるわけではないですよ。
よく、農業の登場を革命的な生活の変化と書いている本がありますが、確かにこれにより社会は劇的に変化しました。が、そんな革命的に始まったものではありません。何が栽培に適しているか、かなり人々は試行錯誤したことでしょうし、それに、農耕に成功したからといって、すぐに農耕に重心を移したわけでもありません。
なお、植物は、当時、年間400ミリ以上の雨の降った地域(イラクのジャルモ、イスラエルのイェリコ)などで栽培されました。これら地域では、純粋に自然に降る雨に頼り栽培しました。これを、天水農法と言います。
なお、図は前1500年頃。ジャルモはアッシュールの辺りにあります。![]()