世界各地域史・西アジア史
第5回 エジプト文明(2)

●ピラミッド建造
 さて、エジプトと言えばピラミッド。
 ピラミッドが特に建造されたのは第三王朝〜第六王朝の古王国時代(前2650〜前2160)年頃のこと。バビロニア王国誕生の前1900年より、ずっと前のことになりますね。

 ピラミッドはファラオの墓として建造されたもので、昔は「これは、多くの奴隷を酷使して造ったに違いない!」と、言われておりましたが発掘が進むに連れ、医療施設などが充実していることが判明。つまり、労働者は作業中に傷つくと、ここで治療される。

 奴隷だったら、死ぬまでこき使われるわけで、これによって奴隷説が否定されます。その後の研究で、ピラミッドはファラオの権威を示すと同時に、公共事業として造られたものではないか、と考えられるようになっています。

 さて、ピラミッドの中で特に有名なのが第四王朝時代のクフ王カフラー王メンカウラー王の、通称ギザの三大ピラミッドです。ここに王権は最高に達したと見て良いでしょう。

 ということは、ここからは衰退が始まったと言うことで、ピラミッドも小さくなり、現実世界ではファラオの権限も縮小し、名誉的となり、州知事が群雄割拠する状態へとなります。一方、皮肉なことに文化面では古い価値観から脱却することになったとか。

 そして王国は北と南に分裂し、次に前2040年、南のテーベ王朝が再統一を果たします。以後、第一一/第一二王朝を中王国時代(〜前1786年まで)と呼びますが、この時代、メソポタミアより遊牧民ヒクソスが侵入。ご存じの通り、バビロニア王国なんかはインド・ヨーロッパ語族系の遊牧民に滅亡させられましたが、エジプトも例外ではない。この時代に起こった民族移動の余波を受けて、滅んでしまいました。ここに最初の異民族王朝ヒクソス王朝が誕生します。

 この征服下で、騎馬と戦車というものが伝来。エジプト人達は新しい兵器を手に入れます。そしてヒクソスを、軍事力を蓄えたテーベの王朝が倒し、新王国時代が到来します。今度は、攻撃される前に攻め込む、特に、トトメス三世(前1490〜前1436年)は、シリア方面に侵攻し征服。ここを植民地、属領として支配。総督が派遣され、都市国家の王達は長子を人質としてエジプトに送ることに。

 そんなわけで、この時代のオリエント地域は、ヒッタイト、エジプト、それからカッシートの弱体化に乗じて、またまた勃興したアッシリアが、シリアやパレスティナを巡って争い、また一方で交流を深めるという社会情勢でした。アッシリアは本当によく登場しますねえ。詳しくはあとのページで書きます。

(写真:ギザのピラミッド エジプト旅行情報-Osiris Express http://www.osiris-express.com/より)


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