第二十九話 マジでやるんですか?

  入所式では適正試験のほかに教習の基本的な流れが説明された。

 学科教習の話がおわると、実技教習の話にうつる。いったん部屋をでて練習コースへと足を運ぶ。練習コースはちょうど教習が始まる前の休み時間だった。実技教習を控えた人たちが靴を教習用のものにはきかえ、ヘルメットを手元において休憩していた。みたところ、バイク用の靴は教習所のものを使っている人が多かったが、ヘルメットは自分用のものを持ってきている人が結構いた。普通免許から大型免許へのステップアップ組だろうか?


 それはさておき、用具の説明をうける。教習用の靴というのは紐靴だと紐がバイクのクラッチに引っかかるといけないので、紐を覆い隠すようにマジックテープがついている靴だった。イメージとしてはボーリング場で貸してくれる靴みたいなものだと思ってくれればいい。ちなみに、モトクロス用のブーツ(これは膝から下を完全に覆っていて表面はプラスチックのようなもので強化されている)を使ってもいいらしいのだが、モトクロス用のブーツは、つま先に向かって狭くなっているため、はき慣れないと大変らしい。


 次にヘルメット。ヘルメットは無料で貸してくれるのだが、レンタル品の装着の際には、インナーキャップといって、紙でつくった水泳帽のようなものを被らなくてはならない(教官が最初にかぶってみせたのだが、まさに「寿司屋のおやじ」といった感じだった。各所からこらえ笑いがきこえてきたのを覚えている。笑い声がきこえたのか、すぐに取ってしまった・・・。)、髪の油や汗がヘルメットの内側につかないようにするための配慮だ。ヘルメットには顔全体を覆うフルフェイスメットと野球のバッターが被っているようなジェットヘルメットがあり好きなほうを選んで使うことができる。そのほかに膝あて、肘あて等のプロテクター、雨合羽などもかしてくれる(ウインドブレーカーも貸してくれたような気がする)。


 教習を受けるためには、その他に軍手が必要である。私はバイトしていた店から勝手にリース(?)していたのだが、教習所には教習所オリジナル軍手というものがあり三百円で売っていた。教官は軍手を忘れたら「ここで買え」というかと思ったが、


「近くのコンビ二にいけば遥かに安く買えるから、そこに買いにいってくれ」


 といっていた(ちなみにこの教官、教習所にあるバイクグッズ販売コーナーにうっている物品の中には大手のバイクショップより安く販売されているものがあるといっており、バイクショップのふがいなさを嘆いていたりもした)。ただ教習時間に間に合いそうにないときはここで買うしかないのだが。


 私もこれくらい商売抜きで正直に物をいえるように生きてみたいものである。ある意味こういう発言は顧客の立場に立っているというアピールになって、顧客の心を掴む有効な一手なのかもしれない。


 余談だがこのオリジナル軍手、三百円も払って誰か買う人いるのかなあと思っていたのだが、私の弟が是非欲しいというので買うハメになってしまった・・・。ただ、この軍手、白色ではなく青色をしていて材質なども普通の軍手と異なっており、軍手にみえない軍手なので普段から装着していても違和感がないので、実際に使ってみるとなかなかいいものである(ちなみに弟よりも私が使用することが多かった・・・)。


 物品の話を終えるとコースを一望して部屋に戻り、教習の説明の続きに戻る。ちなみにこの時、私は教習をうけるのに必要なカードが自分の席にはセットされてなかったという悲劇にみまわれる(よくこういう目にあうのだが・・・)。しかしこの教習カード、自分の分がないことを申請してから、ものの三十秒で完成してしまったのだが・・・。


 私は教習の科目にズーと目をやった。加速器の操作、発進、停止など自動車免許をとったときのような教習項目が並んでいる。エス字やクランクといった教習科目もあったが自動車のエス字やクランクに比べたら、周囲がしっかり見渡せるぶん、なんとかクリアーできるのではという見通しがあった。ただ、自動車でやるよりはラクというくらいの認識だったので、バランスを上手くとれるか等の不安はあったが・・・。


しかし、私はあるものを発見して驚き、同時に焦りにかられた。


「一本橋」
 である。一本橋とは二輪車の車輪の幅よりやや広い橋の上を走っていくというものである(ちなみに橋といっても川とか何かにかかっているわけではなく、他のところより十センチほど盛り上がったスロープである)。


 私が最初に教習所を訪れたとき、一本橋をやっている人をみかけた。また、教習所のパンフレットにも一本橋の写真があった。ただ私は教習では多分やらないんじゃないかと思っていた。エス字やクランクは狭い道の通過ということで納得できるが一本橋は、その意義がよくわからない。こんなアクロバティックなことはしないだろうと思っていたのだ。


 教習所には上級者がテクニックを磨くために設置してあるのだろう。写真に載っていたのもビジュアル性を重視しての配慮という認識だったのだ・・・。


 しかも、よく見ると試験科目にもなっているようである。さらにこの一本橋、ただクリアすればいいというものではなく、規定時間が決まっており、規定時間より早く通過してしまうと減点されてしまうので、ゆっくり進まなければならないのだ。ただクリアするだけでもできるかどうか心配なのに(そもそも、この地面から盛り上がった橋の上に、うまくのれるかどうかすら不安だというのに・・・)、ゆっくり通過しなければならないとは・・・。


 さらに追い討ちをかけるように、この一本橋教習は、かなり早いうちに教習科目に登場しているのである。やるとしても大型免許取得時や後半の教習だと思っていたのに・・・。


 そんな私の不安をよそに入所式は終了となる。この後、初乗り教習(実技教習は基本的に定員に空きがあれば、自分の都合のいい時間を指定して予約することができるのだが、初回の実技教習である初乗り教習に関しては、教習所の指定した初乗り教習時間に予約しないといけないのだ)を予約していた人は初乗り教習となるのだが、私はバイトの出勤時間の関係で時間の予約がとれなかった。本当は一週間前くらいにバイト先の店長にいっておけば良かったのだが、決心して予約したのが入所日の前日だったので、いきなり店長に、明日おくれますと、いえるわけはなかったのである・・・。


 初乗り教習は夕方近くの遅い時間しかやっておらず、バイト先の店長に相談しないとどうにもならないので(バイトが休みの日は初乗り教習指定日ではなかったので)、結局、私はこの日は初乗り教習の予約をすることもなく帰ることになった。


 一本橋教習をはじめとする各種の教習は私に嫌がおうにも不安をもたらした(自動車免許取得時の苦い記憶によって・・・)。だが、ここまで来た以上、迷いはなかった。難しいと思えるものだからこそ、やりがいはあるし、できるようになった時の喜びや充実感は大きなものとなるだろう。


 そして何より
 今走りださなければ、一生走りだせない気がしたから・・・。



棒