第三十五話 楽勝だろ〜

 教習は自分で思った以上に順調にすすんだ。何よりも教習が楽しい。

 この教習所、年間の卒業生は1600人を数えるという。教官は全員で何人いるかわからないが、恐らく10人前後だろう。そう考えると年に一人あたり160人を卒業まで指導している計算になる。


 さらに、この教官というのが凄い。教習所の壁には、インストラクター大会で優勝した教官やら、ロードレース大会で優勝した教官の写真が貼ってある・・・。つまり、ここの教官はバイクの教官であると同時に自他ともに認める一流のライダー達なのである。多くの生徒を指導している経験ゆえか、上級者だからこそ、下手な人に余裕をもって指導できるのか。こういうところは見習いたいところである。


 ともかく、教官達は面白くて、個性的な人が多かった。もちろん、厳しいこともいわれたが。


 教官の言葉の中で、今でも心地よく心に響く言葉がある。
「楽勝だろ〜。」
 である。この言葉は教習が、あまり進んでいない段階でいわれた覚えがある。確か左折・右折と、すぐ発進してすぐ停車させる教習(渋滞などでなかなか進めない時を想定しての教習)の時だったと思う。


 私が教習所に行く前に二輪免許を取りにいったバンカーの話によると、教官の操縦するバイクの後ろに乗せてもらってコースをまわることがあるという。この教習のとき、私は始めて他人の運転するバイクの後ろにのった。これがなかなか楽しい。自分で運転しているわけではないのだが、バイクは操縦者と一体感があるので、自分で運転しているかのような気分だ。入所式の時に、そこの所長が言っていたバイクの三つの楽しみの一つ。
 『後ろに乗る楽しみ』
 とはこういうことだったのかーー!!


 教官は教習の要点を説明しながら、バイクを飛ばした。教官はポイントを説明すると、その度ごとに、
「楽勝だろ〜。」
 と言ってくれた。この運動音痴の私に・・・楽勝だろ〜・・・という言葉をかけてくれる人がいたとは・・・。私は普段はクール(!?)に振舞っているが、実は人に煽てられたり褒められたりすると調子に乗って要求にこたえたくなってしまう性質である。私は教官の要求通りに右折・左折、発進・停止をこなしていった。


 さらに、この日はクランク(直角に曲がる道の連続を走り抜ける練習)の教習も同時に行った。クランクといえば、自動車教習の時には、なかなかできなかった記憶がある・・・。自動車教習の時はクランクの途中に目印をきめて、その地点で車をとめ、ハンドルを一杯まできってなんとかクリアするというレベルだった。しかし、二輪の場合、車を止めてしまったら足を地面につけなくてはいけないし、ハンドルを一杯まできって曲がろうとするとバランスを崩してしまいやすい。つまり、二輪の場合は走りながらハンドルをきらないといけないというわけだ・・・。


 だが、私は昔の私とは違う・・・。最初このクランクを見たときにも思ったが、なんとなくできそうな予感はあった。自動車はどうしても視野が狭くなるし、空間把握能力が低いと車の大きさと周囲の道の広さなどの状況がよくわからず、壁にぶつかってしまったり、内輪差によって脱輪してしまったりする。

 しかし、バイクの場合、視野は限りなく広く、道路の幅なども容易にみてとれるし、自動車と違って車の大きさを考慮する必要もない。さらに、インチキ臭いのだが、教習所のクランクの両脇には赤いパイロンがズラーっと並んでおり、ごく稀に白いパイロンが混じっている。実はこの白いパイロンに向かって走っていくと、コースどりが上手くでき、クランクが突破できるという具合になっている。


 私の予想通り、クランクは簡単にクリアできた。与えられた課題を次々とクリアしていけるとは、我が人生において稀にない快挙である。クランクにとどまらず、この日は坂道発進の教習も行った。自動車教習のときは一時間に一課題くらいのペースだったのに、二輪の教習のペースは早いなと思いつつ。


 坂道では右手のブレーキは使わない・・・、いや、使えないのである。なぜなら右手はアクセルをふかさなくてはいけないから。なので、右足のフットブレーキでバイクを動かないようにおさえつけていないといけない。ギアをローギアにいれて、アクセルをふかす。上り坂の発進時は、平地における発進よりもより大きなエネルギーを必要とする。生半可なふかし方をしてクラッチを繋いでも、エンストを起こしてしまうだけである。エンジンを3000回転まであげる・・・。


 よく、エンジンがどれだけ回転しているかの目安はエンジン音を聞けばわかるといわれる。自動車の教習の時もいわれたが、結局、エンジン音の違いで回転数の違いをつかむことができなかった。いやむしろ、エンジン音が回転数に応じて変わるというが、変わっているかどうかがわからなかった。エンジン音の違いがわかるようになったのは、就職してミッション車を本格的に運転しはじめて半年くらいたってからのことだった。


 話を戻そう・・・。私は教官に言われたとおり、3000回転までエンジンの回転を高めた。もちろん、エンジンの回転数を表示するタコメーターをみながら確認した。そして、今までぐっと握り締めていたクラッチレバーをじょじょに緩め、クラッチをつなげていくと・・・二輪車はスルスルと坂道を登っていき・・・エンストしてしまった・・・。私は車体が動き出したのをいいことに、右手のアクセルを緩めてしまったのである。それをみた教官はすかさず、


「男はいつでもぐっとこらえるのが大切だ。」
 
と男を語られてしまった!! 
 しかし、この言葉なんだかインビンな響きに聞こえてしまうのは、私が下衆野郎だからか・・・。


 11月・・・教習はまだまだ始まったばかりである・・・。

棒