五十一話 王者 の 心

 よく晴れた十二月の日曜日の朝。風はなくヒンヤリとした空気が一面に広がっている。



 今日は二輪教習最後の日。今日の二時間の教習を終えれば遂に卒業検定。あっという間に教習時間は過ぎ、合格するだけの技量は身についているのか? と若干の不安にさいなまれる。




 今日の教習は高度な運転教習だ。卒業検定の項目でもある一本橋やS字、クランクの他に大型二輪検定用のデコボコ道を走る。デコボコ道はケツが浮いたり沈んだりしないように、自転車でいうところの立ち漕ぎ状態で進むとやりやすい。このデコボコ道は悪路の走行を想定しての項目だから普通二輪の試験の項目にあってもよさそうな気がするが、大型二輪の試験限定である。大型二輪試験の難易度をあげるための措置なのだろうか・・・。




 次にUターンの教習。Uターンは試験項目ではなく、また、出来るようになる必要もないが、教官いわく二輪の特性からして路上でやりたくなることの一つらしいので、軽くふれておく程度でやった。しかし、教習コースの道幅は決して広くなく、教習生たちもまだバイクの運転に充分なれていないので、曲がりきれずにコースからはみだしてしまう教習生が何人かいた。言うまでもないが私もはみだした!




 最後は、狭い道を走る教習。教習コースのカーブ中腹の外側にパイロン置き場があるのだが、そのパイロン置き場の中を走り抜けるというのだ。実は私、スラロームのような素早く左右にバイクを振る動作が苦手なので、この教習は特に苦戦した(ほとんどの教習で苦戦しているので「特に」という言葉をつけてみた)。だが、幸運にもこの狭い道の走行は「体験教習」なので、卒業検定とは関係ないので出来る出来ないは問題ではない。パイロンを倒したり、転倒しないようにゆっくりと進む。おかげで前を走る人には随分差をつけられ、後ろの人をやきもきさせることになってはしまったが、なんとかクリアできた。




 一時間目が終了し休憩時間にはいる。いよいよ次が最後の教習だ。最後の一時間は検定試験にむけてひたすら練習する時間だ。検定で一番の不安は急制動だ。今更聞くのもなんだかなあと思ったが、教官に急制動のやり方を質問する。この教官は危険予測ディスカッションの時に、分からないことは遠慮なく聞いてくださいと背中を押してくれた教官なので思い切って聞いてみることにした。



「急制動は、一気にブレーキを握らないでだんだんと握っていく。ブレーキを最大まで握ってはだめだよ。」



 今頃急制動の事を聞いてきたヤツに対して、なんて気さくな人なんだろう。この教官はロードレースのチャンピオンであるのに、驕る気配は一切感じられない。本当にバイクが好きだからこそ、バイクに乗りたいと思うものに対して惜しみない助力ができるのだろう。人間としての余裕、王者の風格を感じた。



 教官のアドバイスをもとに最後の教習に挑む。今まで上手く出来なかった急制動だが、教官に言われた通りに、一気にブレーキをかけず、じょじょにブレーキを強めてかけていくと、すんなりキレイに停止することができた。あまりに上手く出来すぎたので本当に自分がやったのか? と実感がわかないくらいだった。もう一度やってみても、キレイに停止できた。今までの苦悩が嘘のようだ。



 しかし、最後の最後、クランクでこけてしまった。バイクを持ち上げエンジンをかけてもすぐにエンストしまう。そうこうしているうちに教習終了のチャイムがなる。焦りが全身を支配する。なんとかバイクを制御することができ、ピットに戻る。教官が寄ってきて、バイクのギアがサード(三速)に入っていたと指摘をうける。どうやらギアをしっかり落とさないで三速でクランクに突入してしまったので、速度を充分におとすことができず転倒してしまったのだ・・・。また、三速であったにも関わらず私は一速のつもりでいたので、三速の状態でバイクを発進させようとしてしまい、何度もエンストを起こすハメになたのだ。

 教官に


「クランク大丈夫か? 自由教習もあるから利用してな。」


といわれた。自由教習というのは本来の教習課程とは別に自分で自由にコースを走りまわれるというものだ(有料)。私も可能ならば利用したいと思っていたが、自由教習を行っている時間は、私が大学に行っている時間なので、結局、一度も利用することができなかった。




 そして、いよいよ卒業検定へ挑むこととなった。





棒