第五十三話 始まりの終わり

 全員の卒業検定が終了し、講堂にて合否を待つ。


 受験番号がスクリーンに映し出された人が合格だという。私は普通二輪免許受験者の一番の番号だ。スクリーンにパッと文字がうつしだされた。卒業検定は一人を除いて全員合格・・・。そう一人を除いて・・・。


 残念ながら、試験終了後に一緒に話をした大型免許をとろうとしていたお兄さんは落ちてしまった。教官いわく検定中に接触があったとのこと。ただし、それ以外は全く問題がなかったので、次にやれば合格するでしょうとのことだった。お兄さんは別段驚くこともなく、淡々と教官の話を聞いていた。恐らく自分でも分かっていたのだろう。しかしながら、内心悔しがっているんだろうなというのは伝わってきた。


 ということで、私は合格した!! 表情にも思わず笑みがこぼれた。もし、不合格だと補講代と検定代で8000円が吹き飛んでしまうだけに安心した。


 結果発表の後、私は修了証書を受け取り、ホンダレーシングカレンダーというイカしたカレンダーを貰った。今は12月なので来月から早速使うことが出来る。結果発表に続いて卒業生に対しての所長の話がある。所長が言うには今から免許センターに行けば午後の運転免許試験に間に合うので、免許が今日手に入るというのだ。


 ここまで読んできた読者の中には、卒業試験をクリアしたのに、なぜまた試験があるのか? と思われる方もいるかもしれないので補足しておくと、免許証は都道府県の定める免許センターでの試験に合格しないと交付されない。免許センターでの試験には、適性検査、学科試験、実技試験の三つがあり、三つ全てに合格しないと免許をもらうことができない。


 ちなみに、適性検査は視力の検査をするだけなので入所式の適性検査で「自分勝手で冷血で素直」と判定された私でも問題なくクリアできる。また、学科試験は自動車免許を持っていれば免除される(自動車免許と二輪免許の学科試験が同じ問題のため。ちなみに私が二輪免許を取りに行く数年前までは二輪免許の学科試験は自動車免許の学科試験と異なり、簡単な問題で構成されていた)。


 で、最後の実技試験であるが、これが一番の曲者である。自動車学校に行かず、免許センターで実技試験を受けることもできるが、ほぼ100%落とされるようだ。


 以前、自動車免許を取りに行った時に、教官が言っていたのだが、免許を持っていて車を普段から運転していた人が違反をして免許取り消しになり、その後、免許をとりに免許センターに実技試験を受けに行ったが、何度行っても合格しない。そのうち、試験官に、


「自動車学校にいったほうがいい。」


といわれたそうだ。これは第四十六話「天啓の幻」でも少し触れたが、実際に路上を走るのと、試験に合格する走りとは異なってくる。路上を走行した経験が多ければ多いほど、逆に不利になってしまうことさえある。また、車に乗る前の各種点検(後方の確認や車の下の確認)なども採点に入っているらしく、採点基準を知らない限り合格するのは至難の業だ。


 しかし、自動車学校に通い、卒業試験に合格すると「実技試験免除」の資格がもらえる。だからこそ、皆、自動車学校に通うのだ。また、自動車学校では卒業しても筆記試験の免除まではされないが、筆記試験対策は充分にしてくれるし、筆記試験が合格するレベルに達していないと卒業できないシステムになっているところが多い。


 余談になるが、自動車学校と自動車教習所は一見同じものを指しているように見えるが、実は別物で、自動車学校は卒業と同時に「実技試験免除」の資格をもらえるが、教習所は「実技試験免除」の資格はもらえず、あくまで免許センターでの実技試験に合格するためのノウハウを教える場となっている。そのため、料金は自動車学校のほうが割高になっている。


 しかし、「自動車学校」というと面倒なので、「自動車学校」を「教習所」と言うことも多く、また、先に述べたように免許センターでの実技試験が非常に難しいせいか、「教習所」自体もほとんどないので、「自動車学校=教習所」といってもあながち間違いではないのかもしれないが。


 ちなみに私の父がバイクの免許をとった頃はバイクの自動車学校などはなく、免許センターにて実技試験を受け、何度か落ちて合格するというパターンだったらしい。勿論、採点基準は今とは比べ物にならないくらい易しかったようだ。恐らく国内のバイク需要を高め、バイク産業の発展に繋げようという意向のもとのシステムだったのだろう。その後、バイク事故や暴走族対策などから、免許取得の基準は厳しいものへとなっていったようだ。


 閑話休題。
 卒業検定に合格した勢いを駆って、そのまま免許センターに行くことにした。他の合格者達もそのつもりらしい。まあ、学生の私はともかく、免許センターは土日休みなので、せっかく平日に休みを取ったのならば卒業検定だけでなく免許もとってしまおうというのは社会人ならば当たり前のことだろう(平日休みの職種ならばこの限りではないが)。


 しかし、免許センターで免許をもらうには、ジェットヘルメットかフルフェイスヘルメット、そしてライディングブーツが必要だという。参ったな・・・原付ライダーの私が持っていないものばかりだ・・・。が、所長いわく教習所の備品を3000円でレンタルしてくれるらしい・・・。足元見やがって・・・と思っていると、3000円は保証金として教習所に預け、ヘルメットとブーツを返却したら丸々もどってくるそうだ。


 ということで、ジェットヘルメットを借り(フルフェイスはメガネをかけていると被りにくいので、普段からジェットを被っている)とブーツを借りた。しかし、原付のシート下の容量ではヘルメットとブーツは入りきらないので、コインロッカーに普段被っているヘルメットを預けた。コインロッカーは100円を入れて鍵をかけるが、鍵を戻すと100円が返ってくる仕組みになっている。読者の中にはイチイチお金のことを気にしやがってと思っている人もいるかもしれないが、学生は時間はあれどお金はないのだ


 さて、出発しようと思った矢先

「あ、インナーキャップ忘れた!!」


 卒業検定に夢中になりヘルメットからインナーキャップを取り出すのをすっかり忘れていた。バイク乗り場にいくと、卒業検定の時に被っていたヘルメットの中に私のインナーキャップが残されていた。ほっとして戻ろうとした私に、近くを通りかかった教官が、


「よう。」


 と声をかけてくれたので、私は頭を下げた。自分の存在を認めてくれる人たちなので非常に嬉しい。しかし、インナーキャップを取り出すのをすっかり忘れていたわけだが、よく考えると、いつも被っていなかったような気がするのだが・・・


 何はともあれ私は原付にまたがり免許センターへと出発した。





棒