第五十八話 赤い マフラー

 冬。

 私が住んでいる静岡県西部・・・遠州地域は全国的にみると温暖な気候といわれている。確かに北に日本アルプスが控える遠州地域は局地的に豪雪地帯が存在はするものの雪は滅多にふらない。

 気温もマイナスになる事は、まず、ない。


 しかしながら、冬場の遠州地域は空っ風と呼ばれる強風が吹き荒れていて、気温は高いのに、体感温度は低いという事態にしばしば遭遇する。北陸地方出身の友人に、遠州地域の冬の感想をきくと、北陸の冬は純粋に気温が低いので「冷たい」冬だが、遠州地域の冬は風が強いので「寒い」冬だという。


 もっとも、風が吹かなくとも冬は寒い。そんな季節に風を切って走る原付にのるとどうなるか・・・。

 とんでもなく寒い!!


 言うまでもないが、原付の速度を出せば出すほど、向かい風は強くなっていく。かといって、のんびり走っていても寒いから、一分一秒でも早く進もうと思い、どんどん速度は増していく・・・悪循環である。


 そんな冬場のライダー達を救うツールとしてライダースーツが存在する。しかし、街場を見渡してみると、原付ライダーでライダースーツを着ている人がいるだろうか? 恐らくライダースーツで完全武装している原付ライダーに遭遇するのは稀なはずである。


 原付でライダースーツというのは違法でもなんでもないのだが、アンバランスな感じがして気がひけてしまうのだろう。そんなスーツ着てて、乗ってるバイクは原付かよっ・・・という視線にさらされてしまう。また、ライダースーツは身動きが取りづらいので基本的には室内では脱ぐことになるのだが、結構かさばるので置き場所に困るということもある。


 私もライダースーツを持ってはいなかった。ビジュアル的な理由もあるのだが、ライダースーツは高い! しかも、バイク用なので、バイクに乗らない時に防寒具として使うことができない。上着はどうにでもなる。普段、歩いて外出するときに羽織るウインドブレーカーやダウンジャケットでことたりる。


 しかし、問題は足だ。寒風にあおられていると足は棒のように固く冷たくなってしまう。


 そこで、下半身を寒風から守るためズボンを二着はくことにした。これなら、バイトの時もそのまま履いて仕事に臨むことができる。だが、それではまだ足りない。


 足にふきつける寒風はズボン二着履きで、ある程度ガードできるようになったが、靴とズボンの境目、足首が寒い!! 足首が冷たくなっては歩くのがままならなくなってしまうし、足首が冷えると結局、足全体が冷えてしまう。ということで、靴下を二枚重ねて履くことにした。やはり、一枚の時とは防寒効果が全然違う。


 さらに私は防寒具ということで、首にマフラーを巻くことにした。

 ただ、マフラーといっても、毛糸のマフラーのような防寒効果の高いマフラーではなく、中国旅行に行った際に買ってきた、光沢のある赤地に金色の糸で龍の刺繍がしてある、マフラーというよりはスカーフといったほうがいい代物である。


 当時、相当調子に乗っていた私は恥も外聞もなく、そんなマフラーを首に巻きバイトに行っていたのである。バイクを走らせるとマフラーが風で勢いよくあおられるのだが、その様が仮面ライダーのようで爽快だったのを覚えている。その爽快さがたまらなくてマフラーは冬が終わって暖かくなってもつけていた。夏場でもつけていることができたわけだから、防寒効果はほとんどないわけだ・・・。


 勿論、バイト中はマフラーを首に巻いてはいなかったが、ネクタイ着用を義務付けられていたバイトだったので、マフラーと同じく中国で買ってきた龍の刺繍のしてあるネクタイを着用していた。今、振り返ってみると、書くのもためらいたくなる赤面モノの感があるが、当時は規則は破っていないから別にいいでしょという意識だった。


 あの頃は若かったんだなあとしみじみ感じる。
 それとも、今の私が周囲の視線を気にしすぎるようになってしまったのだろうか・・・。


 こうして、防寒装備を整えた(?)私は冬場も原付をのりまわしていた。車に乗ることに慣れてしまい、車内の快適さに慣れてしまった今の私には考えられないことではあるが・・・。


 若かったんだな・・・やはり。





棒