第六十一話 地獄と天国

 三月の終わりごろである。その日、夕方からバイトを控えていた私は、中途半 端な空き時間をもてあまし、ネッ トサーフィンをしていた。 すると、そこに某コンビエンスストアで「仮面ライダー」のキャンペーンをし ていた。内容は某コンビニを何店 舗かを回ると賞品がもらえるというもの。


 以前の話で紹介したが、私がバイクの免許をとろうと思ったキッカケの一つは 仮面ライダーにインスパイア (カッコよく言えば)されてのものだった。仮面 ライダーのキャンペーンと聞いていてもたってもいられなくなった私は、冬場の 定番装備であ るズボン二重履きの、靴下二重履きを我が身に施し、原付にまた がった。三月の終わり頃とはいってもまだ寒い。しかも、この日は小雨がパラ ついていた。


 某コンビニは家の近くにはなく、「原付ライダー」の定番道路である「浜松環 状線」沿いにあった。

日 曜の環状線はすいている。平日は環状線周辺の工場からの出荷トラックや、営業車でにぎわっているのだが、環状線沿いは商店がすくないので 工場が休み の日曜日は交通量が極端に少なくなる。


 私は走り慣れた環状線、車もろくすっぽ走っていない環状線を何の気なく走っ ていた。

 しかし、地獄の淵が、そんな私を待ち構えるかのようにポッカリと空いてい た。私はその事に気付くべきもなかった。

 気付いた時には遅かった・・・。

 私は原付ごと環状線の濡れたアスファルトに投げ出されていた。

「イテテテ・・・。」

 全身を痛みが襲いすぐに立ち上がる事ができない。


 環状線の真ん中に直径三十センチくらいの穴があいていたのだ。とっさにかわ そうと思ったがかわしきれず、車 輪が穴にはまり転倒してしまったのだ。まさ か、こんなところに穴があいてるなんて・・・。


 立ち上がれないでいる私の後方から乗用車が走ってきた。乗用車は追い越し車 線に車線変更して何も見ていなかったかのように走り去っていく。もし、私が死にそうなくらいな致命傷を受けていても無視されていたのだろうなあと、ちょっと悲しい思い がした。タヌキや猫の死骸と同じ扱いなんだろうなと・・・。


 いつまでも寝ているわけにもいかないので何とか起き上がった。

 全身に痛みがあるものの、出血しているのは右の掌と右足のヒザだけだった。寒さ対策の為に手袋をしていたの と、ズボンを二重履きしていたので最低限の ダメージで済んだようだ。


 夕方。何もなかったかのようにバイトに行く。手の出血はレジ作業の妨げになるので絆創膏を貼って対応した。


 バイト終了。私がバイトをしていたお店は、防犯のため閉店の時間まで働くバ イトと社員が一緒に帰ることに なっていた。バイト連中は店外に出してある商 品を店内にしまい、生鮮食品の冷蔵庫にシャッターを下ろせば閉店後の作業は終 了なのだが、社 員は売り上げの集計をせねばならないので、バイトは社員待ち ということになる。その間、休憩室でバイト同士で話をして待つことになる。ち なみに、私がバイトをしていた店は男性のバイトは私ともう一人だけで、圧倒的 に女性の比率が大きい。


 雑談中、私が何気なく手の絆創膏をいじっているのが先輩の目にとまったようで、

「あれ? カリウス君、手の絆創膏なに?」

と聞かれ、

「いやー、バイクに乗って環状線走っていたら、環状線に穴空いていて、すっ 転んでしまったんですよ。足もこの通り負傷しまして。」

と、おもむろにヒザの傷をみせると。

「うわ、ひどいケガ。消毒したほうがいいよ! 事務所に救急箱あったよね!」


 予想外の反応であった。

 自分では、擦り傷だから大したケガではないと思っていた。てっきり、「何 やってるよー」くらいの一言で一蹴されると思っていたが、世間のレ ベルで は、放置しておくケガではないようだ。女性の先輩達に連れられて休憩室横の事務所へ。

「救急箱ありましたよね?」

「え? どうしたの?」

と、女性副店長が聞きかえしてきたので先輩が、

「カリウス君がケガをしていて・・・。」

「え? いつケガしたの?」

どうやら仕事中にケガしたと副店長に思われたようで・・・。出勤前にケガをし たことを説明。

「そんなことなら、出勤してすぐに言ってくれればよかったのに・・・。」

と言うと副店長は奥から救急箱をもってきてくれて、ガーゼに消毒液を含ませ私 の膝を消毒してくれた。

「!!」


 てっきり、自分でやるもんだと思っていたのに何だこのシチェーションは!?  周りには先輩達が副店長が消毒し ているのをじっと見つめている。私は思わず、

「こんなに大勢の女の人に心配してもらったのは生まれて初めてです(泣)。」

 と漏らした。今までの人生を振り返ると大概こういうケガをすると「汚い。」と か「トロ臭い。」とか罵られたも のだが、今日は一体どういうことなんだ!?

「良かったね。大勢の人に心配してもらえて。」


 そう言いながら副店長は消毒の終わった膝に絆創膏を貼ってくれた。涙がこぼれ おちそうだった。自分にこんなに 優しくしてくれる人達がいるなんて・・・。 一点の偽りなく天にありがとうと感謝したことを覚えている。


 この事に限らず、ここでのバイト・・・いや、この人達との出会いは私の人生 観を大きく変えてくれたと今でも 感謝している。

 こうして、環状線に投げ出され地獄の淵を覗き、人の優しさこそ何物にも代え がたいモノだと知った、長い一日は終わった。




棒